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見た目は一寸《チート》!中身は神《チート》!  作者: 秋華(秋山華道)
九頭竜編
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九頭竜!生きる為の進攻

江戸時代のある時期、日本はとても平和だった。

その頃の日本には犯罪がほとんど無かったのだ。

その理由は簡単である。

犯罪を犯しそうな者に対して、先手を打って対処していたからだ。

転生前の日本もこの世界も、当たり前のようにそうではない。

犯罪が起こってから対処するから、犯罪は普通に起こり得る。

当たり前の事が正しい訳じゃないし、犯罪が起こらないから良い訳でもない。

ただ人間は神ではないから間違いを犯す訳で、犯罪が起こる前に対処するなんて事は俺にはできなかった。


全く、怪しい奴がドンドン国内に入ってきやがる。

そしてその多くは村を襲って食べ物を奪おうとする。

八割は思った通りの奴らなんだから、全員盗みをする前にぶっ飛ばしてやってもいい。

でも二割はそのとばっちりを受ける訳だ。

犯罪をする奴は顔に『犯罪者です』って書いておけよ。

そんな奴らを一々見張る人員が勿体ないんだよ。

なんて無理な事を言っても仕方がなく、今もまだ元四十八願領内では盗賊がいなくなる気配はなかった。

そしておそらく、多くは九頭竜と繋がっている。

地続きで隣接している国は九頭竜だけだしね。

伊集院に貸している領地もあるから、伊集院とも隣接していると言えなくもないけどさ。

四十八願が伊集院に貸していた領地は、今は此花が貸しているという風にはなっている。

此花は元々一ヶ所貸している領地があったから、現在では三ヶ所伊集院に貸している事になっていた。

さて今日も朝から四阿会議が開かれていた。

そこで少し嬉しいニュースが伝えられた。

「神武国の海神から連絡があった。なんと生き残っていた勇者に子供ができたんだとさ」

「本当なの!?ブレイブの勇者は普通の勇者とは違うのかしら」

もしかしたらリンの言う通りかもしれないが、俺はそうではないと思っている。

この世界に残る勇者の魂は、未練があって成仏できなかったから死んだ状態でずっとこの世界に残っていたのだ。

それは死しても死なず、不老不死と同じ状態になっていたと言える。

不老不死では子は成せない。

だからずっと勇者には子ができなかったのだ。

だけど山の中から日の当たる世界にみんなで戻れた事で、未練が消えて無くなった。

未練で不老不死になっていた魂は、普通の状態に甦った訳だ。

だから普通に子供ができるようになった。

おそらく他の者もこれからは大丈夫だろう。

尤も、愛洲領内にいる勇者を含めて六人の内、三人はもう子供ができる歳でもないんだけどね。

「ただ、嬉しいニュースは有っても現実はまだまだ綱渡りだぞ」

中央大陸の中央から西では、織田が備蓄食料を放出する事で落ち着き始めた。

しかし依然として九頭竜は圧倒的な食料不足だ。

最悪なのは、イナゴのせいでこの秋収穫予定だった米が期待できない事。

つまり一年以上食料不足が続く事になる。

「九頭竜がバックにいると思われる盗賊は、近衛、遠江、飛鳥、早乙女でも確認されています」

食べ物が無ければ他国から奪うしかない。

普通に市場に流通しているのは、ほとんど肉と魚だけだ。

野菜や果物、或いは主食となる小麦や米は、多少は出ているものの価格は五倍以上になっている。

世界最大の人口大国と言われる九頭竜を賄うには、圧倒的に足りない。

しかも奴隷労働者がいると言われており、そう言った人間の食料も当然必要なのだ。

「こういう状況になると、金なんて役立たずだな。食料を持っている者が最強だわ」

九頭竜はソロソロ本格的にどこかに攻め入る可能性が高い。

何故なら、飢えてからでは戦争もできないかだ。

兵站の根幹は食料な訳で、『腹が減っては戦はできぬ』なんて云われたりもする。

「そしてその金ですら、九頭竜はそろそろ限界を迎えているものと思われます」

「そうなのか?航路収入は少なからずあるだろ?」

「食料価格の上昇にやられてますよ。九頭竜ギルドの無料サービスも既に取りやめてきました」

金も食料ももうすぐ尽きる。

ならば短期決戦で奪える所を攻めるしかない。

人口が少ない、或いは人口密度が小さい所を攻めても、九頭竜の者たちを養うだけの物は手に入らないだろう。

ならば攻撃対象はほぼ一択だな。

金のばら撒き政策で住民を集めている人口大国近衛王国。

でも近衛は戦闘力の高い国と云われている。

九頭竜の未来は風前の灯火か。

もしかしたら九頭竜帝国の終わりが近づいているのかもしれない。

間もなく、近衛王国領内で戦闘が始まったという報告が入った。

『お兄ちゃん!とうとう九頭竜が近衛王国へ進攻を開始したよ。現在戦闘中』

『来たか。ミケコはどうするつもりだ?』

『迷ってるみたい。「食べ物が無いなら奪うのは仕方がない。でも領土まで奪ったら、その時は介入するしかないだろう」って言ってたよ』

『分かった。何か変化が有ったら報告よろしく』

『はーい!』

人間生きる為の悪は仕方がない。

そういう考えは転生前の世界でもあった。

生活に困窮している人が万引きするのを肯定する人もいたよな。

取られる方にとってはたまったものではないが、そういう考えも理解はできる。

だから治安を守る為に生活保護ってのが有ったりするわけだ。

みんな生活保護は困っている人を助ける為に有るのだと思っているだろうけれど、本当の狙いはそこなんだよね。

だから犯罪に向かいそうな人にこそ生活保護は与えられ、何もせず死んでいく人には与えられなかったのだ。

もしも今そのやり方を踏襲するなら、みんなで食料を出し合って助けるって事になるのだろうか。

でも結局そのやり方は悪い奴の方が得をするから、可能な限りやってはいけない。

そして九頭竜もそれを素直には受けまい。

「九頭竜が近衛に進攻を開始。ミケコたちアルカディアはしばらく見守る姿勢のようだ」

「僕たちの予想通りでしたね」

「海から此花に来る線も想定して防衛していたけれど、可能性はやはり低かったわね」

「ただ、この後九頭竜が領土を広げるような事は考えられません。養う人を増やしていたら意味がありませんから」

「千えるの言う通りだ。だから逆に町で人を襲う可能性もあるよな」

あまり想像したくはないが、畑やなんかを襲うだけでなく、町の人々から食料を奪う事も考えられる。

もしそうなれば、当然死者も多数出るだろう。

「九頭竜はイラチの町から出陣し、近衛アンキナの町へ向けて進攻中なのだ」

ゆかりは作戦行動の為、アルカディアに帰っていた。

そこでアルカディアからの情報を受ける端末は、手の空いていた七魅が担当していた。

「町の民を襲うようならミケコも黙ってないだろう。俺たちは有事に対応できるよう準備をしつつ、各自任務を全うしてくれ」

「私は防衛に専念するわよ」

「当然だ。此花を守るのはリンの役割だからな。音羽たち遊撃隊はそのまま豊穣任務を続けさせてくれ」

「了解」

「総司と千えるはギルドを頼む」

「はい」

「兎白は何かあった時はみゆきたちと一緒に、この里の防衛と望海を頼む」

「お友達になったので仕方がないですね。守って上げるのです」

「洋裁と金魚と七魅は戦闘に参加しなければならない時は頼むぞ」

「分かったんだよ」

「わ、分かったのだ。でも自信はないのだ‥‥」

あれだけの能力を持っていても七魅は自信がないんだな。

でもほとんど俺に近い魔力を持ったリンドヴルムな訳だし、今や我が陣営トップクラスなんだよね。

そして洋裁も金魚も超再生のベルトによって戦える魔力は持てた。

洋裁は今は人間だけれど、元々オリハルコンナイフな訳で変化が可能だからほぼ殺られない。

金魚も同じく魔力はカバーできたし、幽霊モードがあるから最悪は回避できるだろう。

魂の分離が可能な敵がいたらヤバいけど、そこだけ気を付ければ問題はないのだ。

暗黒界に行って幽霊の事も分かったからね。

最前線のガチ戦闘は、勝てないまでも不老不死で殺られない者で行きたいからな。

「大丈夫だよ七魅は。まあ俺もいるから駄目な時は助けてやる」

「策也がいると安心なのだ」

こいつはなんで此処まで俺を信頼してくれているんだろうな。

色々と助けてはきたけれど、ちょっと信用しすぎじゃね?

まあ助けるんだけどさ。

でも俺よりも強い奴もきっといると思うんだよな。

あのニャルラトホテプよりもクトゥルフは強いだろうし、ならば俺と同レベルか上って事になる訳だし。

今回の相手は旧神じゃないけどさ。

「では各自持ち場に戻ってくれ」

「お疲れ様~」

皆は席を立ち、それぞれの場所へと向かっていった。


みんながいなくなったガゼボに、俺は一人で残った。

妖凛や少女隊は一心同体だからいるけどさ。

そこで俺は朝霧の視界をリンクし、九頭竜進攻の様子を見ていた。

この戦いは仕方のない戦いだ。

世界中にある食料が、今世界の消費量を下回っているのだから。

火山の噴火、疫病、そしてイナゴ。

人為的なものもあったけれど、最後のイナゴは単なる偶然だと思われる。

だからこうなるのは仕方がなかった。

戦わずに済むように準備をしてきたけれど、それでも駄目だったのだから仕方がないのだ。

仕方ない、仕方ない、仕方ない、か。

つまり人間が争うのは仕方がないのかもしれない。

そういえば転生前の世界で『ユニバース二五』とかっていう本当か嘘かよく分からない話があったな。

これによると、楽園ではいずれ人類は滅亡するって話だ。

※詳しくは自分で調べてね!

戦いや競う環境がなければ、人間は役割を放棄し子孫繁栄は続かない。

実験はネズミによるものだったけれど、転生前の世界では実際にその流れに乗っていた。

文明が進んだ国ほど少子化が進み、人口は減少へと向かっていく。

ただし、争いの先にも人類の滅亡は考えられる。

大量破壊魔法があって、人々もドンドン強くなって。

もう俺が本気になれば、この世界を壊す事もできるだろう。

どちらに進んでも同じ結果が待っているのではないだろうか。

ならば人々が生き残る術は一つかもしれない。

バランスを取る事だ。

適度に戦い、しかし一線は越えない。

もしかしたら前にあった世界ルールは、かなり理想に近かったのかもしれないな。

ある程度上と下が決められていたが、現状を維持する為のものだった。

なのにそれを壊してしまったのは俺だ。

俺はこの世界に来なかった方が良かったのだろうか。

いや、少なくとも俺はみゆきに出会えて良かったのだ。

例えこの世界がいずれ亡ぶとしてもね。

おっ、九頭竜側が一旦引くか。

流石に近衛は噂通りの国だな。

異常に高いモチベーションで強い軍隊を作っている国。

そのモチベーションは、九頭竜と長く敵対関係にある事で維持されてきたと聞いている。

いずれ九頭竜を打倒し、皇を大陸に戻す事が悲願だとか。

冷泉のような特に皇を守る為にある国ではないけれど、友好関係にはあったと云う。

或いは元は同族という話もあったかもしれない。

しかし世界四大国の一つ九頭竜が、この程度で終わる訳がないんだよな。

まだ主力らしき者は誰もでてきていない。

『お兄ちゃん、九頭竜が一旦撤退したみたいだよ』

『そうみたいだな。俺も朝霧の目から見させてもらっていた』

『そうだったんだ。それでね、撤退理由があるみたいなんだよ』

『そうなのか?勝てそうにないからだと思っていたけど‥‥』

『それもそうなんだろうけど、どうやら北から早乙女が九頭竜に対してちょっかいをかけてるみたいなの』

早乙女が?

こんな時にどうして?

矛先が早乙女に向かいかねないぞ?

『早乙女が動く理由は分かるか?』

『ん~‥‥禰子の考えだと、おそらく早乙女もギリギリなんだと思うよ。隠蔽体質の国だからあまり情報は出てこないけど、早乙女が小麦を収穫する時期は他よりも遅くて、疫病やイナゴの被害が他よりも多いみたいだし』

禰子は百目鬼の魂を持つ者で、情報処理能力に優れている。

百の目の情報を瞬時に理解するのは大変だからね。

パソコンで例えるなら、能力の高いCPUを持っているって訳だ。

そんな禰子がそう解析しているのなら、割と当たっている可能性は高いだろう。

ただ、今回はなんとなく違う気がする。

一つは、そのような情報を商人ネットワークを管轄している総司が見落とさないだろう事。

もう一つは、早乙女と上手くやっている元セバスチャンである大魔王が何も言ってこないからさ。

特に俺たちに伝える事はないと考えているんだ。

或いは俺には頼らず自分たちで何かを成そうとしているか。

ならば状況に応じて助ける事も必要かもな。

『アルカディアでは一応早乙女の動向も注視しておいてくれ」

『分かったよー』

結局この日はその後何事もなく、九頭竜が進攻仕草を見せただけで終わった。


しかし次の日の早朝、九頭竜は再び近衛領へと進攻していた。

早朝と言ってもフレイムドラゴンの里時刻であり、現地はもう昼前なんだけどね。

昨日と同様朝霧の目から戦いを眺めていた。

「昨日とは違って九頭竜の戦力が充実しているな。これからが本番って感じか」

四阿会議時間までもう少しある中、俺は既にガゼボに来ていた。

「こんな朝っぱらからよくやるのだ。眠い中戦争とか信じられないのだ」

「あっちはもうすぐ昼だからな。そろそろお腹が減ってきたんだろ」

腹が減っては戦はできないが、腹が減るからこそ必至に食料を手に入れようとしている可能性もあるよな。

お腹がすくとイライラするし、怒りに我を忘れて突き進んでいるのかもしれない。

そういえば転生前の世界で暮らしていた日本は、食べ物だけには五月蠅国だったんだよな。

お人よし国家だったから何が有ってもキレたりしないんだけど、食べ物関係だけはブチギレていた。

毒餃子事件とか懐かしいな。

「美味しいご飯が食べられないのは辛いのだ」

「七魅は最近食ってないけど大丈夫か?」

「今は仕方がないのだ。あたしが食べなければ二人くらい命が救えるのだ」

「肉だけなら沢山あるぞ!」

「肉だけだと胃にもたれるのだ」

つかドラゴンって肉食じゃなかったっけ?

ほとんど人間の姿でいる事で何か変化があるのかな。

「おはようございます」

「おはよう。九頭竜はまた進攻しているみたいね」

総司とリンがやってきた。

「食う物が無ければ仕方がないだろ。誰だって食べなきゃ死ぬ訳だしな」

「三ヶ月も持たないのかしら」

三ヶ月あればジャガイモができるから、主食穀物の代わりになるだろう。

大量に作っているから、おそらく九頭竜にも結構な数出荷できるはずだ。

「総司の見立てでは金ももう尽きかけているだろう」

「そうですね。三ヶ月後ジャガイモを売り出しても買えるかどうか」

「自分たちでも当然作っているわよね」

「大国だから当然対応はしているだろう。ならばやはりこの三ヶ月がもう持たないと考えて良さそうだな」

俺たちの会話に、やってきた千えるが参加してきた。

「でもジャガイモって栽培には種イモが必要ですよね。食料が無ければそれすらも食べてしまうかもしれません。あ、おはようございます」

「おはよう。国内でも食べられる物の争奪はあるだろうしな」

「ですね。九頭竜は一年くらい駄目だと考えておいた方がいいかもしれません」

「私たちは最悪の場合に備えるしかないって事ね」

俺たちは今後のあらゆる可能性を考えて行動を決めて行かなければならない。

良かった時、悪かった時、どちらにも対応できるよう準備をしておくのが国家政府の役割なのだ。

楽観視して最悪になった時、対応できませんでしたでは済まされない。

そうなったのが四十八願であり、これからの九頭竜なのかもしれないな。

もちろん逆も然りで、良かった時にはそのチャンスを最大限享受する事が大切なのである。

それにしても此花の最高決定機関に、何故か愛洲の重鎮がいるのが不思議だね。

これが千えるの狙いでスパイだったら凄いけれど、人格形成に重要な記憶は全て俺の魔法記憶にある訳で。

そうではないと確信が持てる訳だが、この記憶までもが狙いだったら凄いだろうな。

それなら騙されたとしても納得だから、問題にする必要はないのだが。

「どうかしたんですか?策也さん?」

「いや、千えるが此処にいるのが面白いと思ってさ」

「そうですよね。いつの間にか此花の人間な気分ですよ。どうしてこうなったのでしょうか?」

「俺に聞かれてもねぇ‥‥」

元々俺を引き入れる、或いは味方にする所から始まったんだよな。

で、味方になった俺が此花の王様になってしまった。

そこがそもそも想定されていなかった所なんだよ。

全く、リンにしてやられたな。

「何よ?」

「リンは俺と会った時から、俺が王様になる事を想定していたのか?」

「そんな訳ないじゃない。ただ、絶対に敵にしちゃダメだとは考えていたかもね。あんまり考えてなかったけどさ」

「僕はみゆきちゃんと出会ってから、なんとなくこうなるんじゃないかと思っていたよ」

「あたしは最初から、策也に任せておけば大丈夫だって思っていたのだ」

俺は確かにチート能力者だ。

だけど本当はそんな大それた人間じゃないんだけどなぁ。

「また洋裁さんは起きないんだよ!金魚まで遅刻しちゃうんだよ」

「だから放っておけばいいと言ったのです。いい加減学習してください」

金魚と兎白がやってきた。

兎白は四阿会議の前に金魚たちを起こしに行っているようだ。

ぶっちゃけ兎白も寝坊しそうなのだが、どうやら金魚や洋裁よりはマシみたいだな。

「おはよう。これで洋裁以外は全員集まったかな」

「おはようなんだよ。お待たせして申し訳ありません‥‥」

「おはようございます。兎白は悪くないので一応言っておきます」

みんな特に二人の言っている事は気にせず、普通に挨拶を交わしていた。

毎日の標準的な朝だからね。

「じゃあまずは七魅、現在の九頭竜と近衛の戦闘映像を出してくれ。汽車のビデオカメラ映像がライブで送られてきているはずだ」

「分かったのだ」

俺はさっきからずっと朝霧の視覚を共有して戦いを見ているが、丁度今状況が変わりそうだった。

七魅が端末を操作し、映像が映し出された。

今日は九頭竜が撤退する事はなく、近衛の軍勢を蹴散らして町へと接近していた。

「今日は完全に九頭竜が押している。既に畑などから作物を奪ったりはしているが、ほとんど成果はなさそうだ。農民は皆家に避難しているようで死者は出ていない」

「本当なら助けたい所よね」

「でも麟堂の言う通り助けたら、その分九頭竜で死者が出る‥‥」

「猪や鹿の肉で良ければ無料で提供してもいいんだが、九頭竜の人口、それにドラゴン関係の王国の消費量を考えれば焼石に水なんだよな」

それに九頭竜が素直に受け取るとも思えない。

九頭竜はよく今まで食料を確保してきたよ。

奴隷もいるし世界一住民が多い。

そして管轄するドラゴン王国のドラゴンたち。

ドラゴンたちに肉とか配り出すと、たちまちに無くなるからな。

魔物を食っている間は良かったけれど、人間と共に生活するようになって七魅のように色々な物を食べるようになっている。

舌が肥えたドラゴンたちは、果たしてこの危機にどう動くんだろうな。

「もうすぐ九頭竜の軍勢が町に到着するんじゃないかしら」

「九頭竜軍の先に町人らしき人が沢山いるのだ」

「どうしてだ?流石に九頭竜でも家の中にいれば襲ってはいけないだろ」

「だけど食料を持って行かれては、結局民は飢える事になります」

生きる為に町民も戦うというのか?

『我々は町の民と戦うつもりはない!食料さえ差し出してもらえれば町には手を出さないと約束する!』

『信じられるか!』

『それに食べ物が無くなれば死ぬのは俺たちなんだ!』

『断固戦うぞ!』

ライブ映像からはそのような声が聞こえてきた。

食料が十分にあれば、半分ずつで手を打ったりできるのだろうか。

でも当然近衛にそこまでの余裕はない。

悪いのは九頭竜だ。

流石に戦闘で民を殺させる訳にはいかない。

だから九頭竜を撃つ?

結果九頭竜の領地に住む人々を見殺しにしてもいいのか?

俺は此花の王で、此花の民を第一に考えなければならない。

自国民に我慢を強いて、他国民を助ける事なんてできない。

ミケコは現場にいるのだろうか。

どういう気持ちでこれを見ている?

その時ミケコが映像に現れた。

『待つのだ九頭竜の!民と戦うのはやめておくのだ!』

ミケコがそう言うと、九頭竜軍の隊長らしき者がそれに答えた。

『我々も戦いたくはない。しかし今日を生きる食料も無ければ戦うしかないだろう』

『確かにそれは仕方がないかもしれない。そこでどうだ。我がアルカディアの食料を半分分けてやる。それで手を引かないか』

自分の持つ食料の半分なら、自分たちが我慢する事で提供できると考えたか。

でも‥‥。

『それは一体どれほどの食料だ?』

『約五千人分の食事の半分。毎日二千五百人分の食料を提供しよう!』

『ははははは。その程度貰った所でどうにもならん。九頭竜帝国にどれだけ民が暮らしていると思っているんだ?話にならないな』

『くっ‥‥』

その程度では九頭竜はどうにもならないんだよ。

『分かったらそこをどけ!』

俺はこれを見ているだけなのか?

参戦しなければ誰からも恨まれる事はないだろう。

しかし参戦すれば、きっと九頭竜の民からは恨まれる事になるのだろうな。

でも目の前で民が殺されるのを黙って見ているのか?

「策也どうするのだ?やっぱりどんな理由があっても他人を殺して物を奪うのは良くないのだ」

七魅‥‥。

「そうだな。流石に民が殺されるのを黙っては見ていられない」

「策也ならそう言うと思ったわ」

「そうなりますよね」

「九頭竜との全面戦争に巻き込まれに行くのですね。でもその方が私の好きな策也さんですよ」

皆には迷惑をかけるかもしれないな。

そして俺がそう言った時、ミケコも同じ気持ちだった。

『どんな理由があったとしても、わたくしは命がけの民を見捨てる事はできない。殺ると言うなら全力で止めさせてもらおう』

やっぱりミケコはミケコだ。

俺はミケコにアルカディアを任せて良かったと思っているよ。

ミケコに同行していたアルカディアの他の連中も、ミケコの周りに集まってきた。

『本気か?アルカディアが此花と繋がっている事は分かっているのだぞ?此花は九頭竜を敵にすると言っているのと同じだぞ?』

ミケコが少し苦しそうな顔をしていた。

俺はすぐにテレパシー通信を送った。

『ミケコ、大丈夫だ。俺たち此花もミケコと同じ気持ちだ。好きにしていいぞ!』

『ありがとうございます。兄上様!』

映像に映るミケコの顔が何時もの余裕のある表情へと変わった。

『お前がどう思おうと好きにすればいい。わたくしはわたくしの思う通りにやるだけだ!』

ミケコがそう言った後、しばらく両者は向かい合ったまま動きを止めた。

戦うのか?それとも引くのか?

どうする九頭竜。

俺たちはみんなでライブ映像にかじりついて見ていた。

するとチラッと映像の隅に、信号弾のような何かが光ったのが見えた。

それを見てか、九頭竜軍が戦闘態勢を解いた。

『今日は帰る事にする。だが、俺たちはたとえ民であろうと、武器を取った者は敵とみなす。覚えておけ』

そう言って九頭竜の軍隊は来た道を戻っていった。

ミケコのホッとした表情が写った。

だけどなんだったのだろうか。

映像に映っていた信号弾のようなものは。

何にしても、とりあえず戦闘は回避された。

今日の所は良かったと俺は胸をなでおろすのだった。

2024年10月11日 言葉を一部修正

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