1. 夜を楽しもう
夜は、傘を差したくなる。
雨は降っていない。それでも、濡れる気がするからだ。
不安、寂しさ、澱んだ感情。
昼に居場所を持てなかったものたちが、夜にだけ形を持つ。
少女は傘を差し、車道の白線の上を歩く。
均衡を確かめるように両腕を広げ、片手には夜に似つかわしくない白い傘。
黒髪は光を拒み、夜に溶けている。
唐揚げ棒を咥え、無言で咀嚼する。
味はするが、満たされることはない。
先ほど、コンビニで手に入れたものだ。
人間の営みの名残。
食べ終えると、袋を探り、次はアイスを舐める。
冷たさが、体の内側に広がる。
私は夜の魔女。
昼に出れば壊れてしまう、半端な存在。
彼女たち――夜物は、この時間だけが許された自由だ。
人が眠り、世界が目を逸らす間だけ、外に出られる。
焦げた匂いが鼻を刺した。
空気が重い。焼ける前の、嫌な重さ。
「……またか」
火の使い。
夜物の中でも、下位に位置付けられる存在。
それでも、人を殺すには十分すぎる。
本当は、行きたくなかった。
公園で弁当を食べる予定だった。
ささやかな楽しみだった。
だが、放っておけば誰かが死ぬ。
その「誰か」を、私はもう数えない。
夜なのに、明るすぎる。
皮膚が焼ける感覚。人間なら、ここで終わる。
「地上を地獄へ落とす。消えぬ炎で灰となれ」
白い影。
炎の塊。意思を持った災厄。
「神に伝えなよ」
声は、驚くほど静かだった。
「この世界は、まだ落とさせない」
「魔女風情が」
「そう。でもね」
私は、この世界が嫌いじゃない。
それだけで、ここに立つ理由になる。
「神に呪われ、影へ堕ちた哀れな存在よ」
「……そうかもね」
否定する気はなかった。
「情けだ。痛みなく殺してやろう」
「それは、断る」
生き切ると決めている。
壊れるその瞬間まで。
炎が、私を覆う。
「理を歪める力――ストレング。原初の魔法、アダルトチルドレン」
虚空から現れる、小さな子供たち。
過去、可能性、選ばれなかった未来。
私は、迷わずその胸を貫く。
殺す。
何度でも。
それが私の魔法。
核が砕け、炎が悲鳴を上げる。
「醜い魔法だ」
「知ってる」
それでも、美しいと言われる理由も、私は知っている。
問いかけ、答えはない。
核を壊し、壊し、壊す。
やがて、火の使いは消えた。
静けさが戻る。
何もなかったかのように。
帰ろう。
日が昇る前に。
風呂に入って、眠らなければ。
弁当は、温かくなっていた。
誰かの地獄の余熱で。
飴棒を口に含み、傘を差し、袋を提げる。
魔女は、鼻唄もなく、夜を歩く。
「……眠い」
今日もまた、
夜だけが、私を生かしてくれた。
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