#07 復活
~ウルド カザ:路地裏~
---数日前。
ギルドの依頼がたまたま早く終わり、丁度晩飯の食材に変化が欲しくていつもと違う店に食材を買いだした帰りだった。
「ムムッ!! そこの若者よ!!」
「あ?」
あらぬ方向から声を掛けられ、俺は顔だけそっちに向ける。
視線の先に居たのは紫色のクロスを敷いたテーブルに座った老婆だ。
そのテーブルの上に如何にもな水晶玉を置いており、雰囲気を漂わせるその婆さんは町でちょっと有名な『占い婆さん』だ。
有名って言っても胡散臭さ抜群であまり占いが信用できないって意味でだが・・・。
「なんだよ。」
「お主、『災厄の相』が出ておるぞ!!」
「・・・。」
はい、いきなり胡散臭いやつキター。
「はぁ・・・。」
まぁ、今日は退屈だし付き合ってやるか。
「で?」
占い婆さんの元へ歩いていき・・・。
「その『災厄の相』って奴は俺にどんな災いを起こすんだ?」
代金の銅貨二枚をテーブルの水晶隣に置く。
林檎二個分の金をドブに捨てるようなもんだがいい暇つぶしにでもなるかな。
「ふん、今に分かる。」
そう言って占い婆さんは目を閉じて水晶に手を翳す。
すると水晶が中心から広がるように光始める。
「うむ。」
頃合いと見たのか、占い婆さんが手を翳すのをやめると水晶の光が消えていく。
「見えたぞ。」
そう言うと占い婆さんは目を開ける。
「『黒き災厄舞い降りし時、守られし禁断の箱、開かれん』。」
「・・・。」
「・・・何か心当たりがあるな?」
占い婆さんはしてやったりなドヤ顔で聞いてくるが・・・。
「全然。」
「な!?」
即答されて占い婆さんは唖然とする。
「いや、『黒き厄災』? 『禁断の箱』??? ってなんだよ。訳わからん。」
「だ、だが厄災であることには変わりないのだぞ! 水晶のお告げは確かにそう示していた!」
「具体的には分かってねぇんだろ?」
「うぐぐ・・・!」
見事に論破されて占い婆さんは悔しそうに歯軋りする。
「と、とにかく! 災いが近づいておるのだ! くれぐれも気を付けるのだぞ!?」
「へいへい。」
軽い気持ちでその場を後にする。
---で、現在。
『黒き災厄』、鎧黒いし多分目の前の狂戦士だろうな。
で、『守られし禁断の箱』って俺の・・・!
クッソォあのババァ!!
どうせ教えてくれるんならもっと具体的に教えろよなッ!!
「誰だそりゃ!! 誰と勘違いしてんだてめぇ!!」
ルッカの手前、必死こいて誤魔化す。
「ウルド・・・。」
「ッ!!」
やべぇ!!
ルッカもちょっと不審気に見てる!!
こいつ、結構勘が良いからな。
下手したら・・・!
「グオオオォォォ!!!」
「ッ!!」
咆哮と一緒に狂戦士が斧で斬りかかって来る。
それを先程の要領で剣と鍔元の間で止める。
だが・・・。
「ゴアアアァァァッ!!」
「ぐぅ・・・う・・・!」
鍔迫り合いの中、狂戦士は強引に力ずくで押し込んできた。
とんでもねぇ馬鹿力だ!!
今にも潰されそうでとても二本の腕でも支え切れるもんじゃねぇ!!
「ぼへっとするな!! 早く行けッ!!!」
「う、うん!!」
ルッカは俺と狂戦士を一瞬だけ交互に目配せしたがすぐに撤退した。
幸か不幸か、戦闘中の今の状況のおかげで誤魔化せた。
後は先ほどの約束通り、ルッカの撤退が完了するまで時間を稼ぐだけだ。
そう思ったのも束の間、俺の剣に押し込んできた狂戦士の斧が少し軽くなった気がして奴に視線を戻すと嫌な予感が当たっていた!
奴は片手を斧から放し、今にも突き出そうと振りかぶっていた!
鷹の鉤爪のような手の形を見る限り、掴んでくる気だ!
気が付くのが早かったのが幸いして斧を右側に往なして左側に回避する。
だが奴も甘くない。
すぐに攻撃を回避されたことを察知したのか、体勢を低くして回転しながら流れるように地面スレスレの左足を突き出してくる。
足払いをかけてくる気だ!
俺は上に跳んで回避する。
だが奴の攻撃はこれだけではなかった。
先ほどの回転の勢いを利用して右手に持っていた斧で横薙ぎに切りかかる。
その狙いはドンピシャで俺の胴体を真っ二つにしようと斧が今にも迫りかかっていた。
だが俺は奴の胴体を蹴ってさらに上に跳び、なんとか斧を回避してついでに距離も取った。
だがそれすら分かっていたかのように奴はタイミングよく体の回転を止め、先ほどの遠心力の乗った 斧の力を上に逃すように体の後方に振り上げるとそのまま振り下ろし、三日月を描くように地面を薙ぐ。
すると石造りの道路の石の破片が雨粒のように飛んできて俺に襲いかかってきた!
「ぐっ!!?」
「ガアアァッ!!」
怯んだ隙に奴は飛び掛かってきて斧を振り下ろしてくる。
なんとか回避するが奴は斧を振り下ろした勢いを利用して飛び上がり、宙で一回転して拳を振りかぶりながら回転の勢い乗せて拳を振り下ろす。
「くっ!」
「ゴアァァッ!!」
瓦礫を巻き上げて俺が怯んだ隙にまた奴は切り込もうと走り出す。
だが俺は・・・!
「いい加減に、しろッ!!」
ハンドボウガンを奴の脳天に向けて矢を放つ。
だが奴はすぐに反応して手甲に覆われた左手の裏拳で矢を防いだ。
しかしその拍子に僅かに奴の足が一瞬だけ鈍ったので隙を逃さず後ろに跳んでなんとか間合いの外まで逃げた。
「グウゥゥゥ・・・!」
「・・・。」
距離が空いたことにより、互いに睨み合うように臨戦態勢のまま固まる。
「・・・ふぅ。」
緊張を吐き出すが如く、息を口から捨てるように出す。
コイツ、かなりの手練れだ。
正直今の俺に倒せるとは思えない。
出来ることなら誰か加勢に来て欲しいくらいだがそれも困る。
コイツは何故か『アルト』の俺の事を知っている。
誰かが来て妙な事を口走られたらバレる危険性が上がる。
つまりは『最悪な状況』ってわけだ、クソォ!!
あの占いババァ!
胡散臭い上にポンコツっぽい癖にドンピシャで他人の運命言い当てやがって!!
マジで今日厄日じゃねぇか!!
いや、冷静になれ・・・!
状況を嘆いたって何も変わらねぇ!
考えろ!!
こいつを倒せて、かつ俺の正体が町の誰にもバレない方法・・・!
「・・・・・・チッ。」
思いついた。
正直やりたくないやり方だが仕方ねぇ・・・これしか方法がないんだから。
「・・・。」
奴とにらみ合いながら、気づかれないように物凄くゆっくり、徐々に身を屈める。
「オラッ!!」
充分に身を屈めると、先程奴がぶちまけていた瓦礫の破片を拾って奴にぶちまけるように投げつける。
「グゥッ!!」
狂戦士は左手を大きく振るって瓦礫を振り払う。
再び俺を視界に収めようと視線を戻すと・・・。
「さいならッ!!!」
俺は思いっきりそっぽを向いて全力疾走で逃げていた。
「ガアアアァァァァッ!!!!」
当然と言うべきか、奴は怒りの咆哮を上げて追いかけて来る。
「よし・・・!」
計画通りだ!!
このまま追ってくれば・・・!
「いッ!!?」
振り向くと我が目を疑う。
「嘘だろッ!!?」
「ゴアアアァァァッ!!」
奴はかなり速かった!!
いや訂正、これだけじゃ伝わりにくいだろう。
重装備のくせに速かった!!
ありえねぇだろ!!
熟練の斥候ですらここまで速くねぇよ!!
もう目と鼻の先の距離だ、マズい!!
「くぅッ!!」
再びとにかく追いつかれまいと前に向き直る。
すると・・・!
「!!」
前方の道の片隅にゴミ箱が置かれていた。
「しめたぁッ!!」
通り過ぎ様にゴミ箱の蓋を取ってそのままゴミ箱を思いっきり倒す。
中身にはかなり汚い生ごみが入っていたようで油じみた食べかけやら腐った肉や野菜がぶちまけられる。
だが狂戦士はお構いなしに避けて追いかけて来る。
「ちったぁ怯めよこのッ!!」
ヤケクソ気味にゴミ箱の蓋を奴に投げつける。
当然ながら手で弾かれて防がれる。
けどそんなことは織り込み済みだ。
「ハイ隙あり!!」
奴が蓋を弾き飛ばした拍子にがら空きになった胸元に向けてどさくさに紛れて装填していたハンドボウガンの矢を放つ。
「グアァッ!!」
奴は兜の装甲を利用して頭突きのように矢を真下に叩き落す。
だがそれを全力で追いかけながらやるのは流石に奴も無理なようで、少し距離が空いた。
これでまた振り出しだ。
なんとか距離を取れた!
けど奴の方が遥かに足が速い。
すぐに追い付かれないように何か・・・!
「!」
前方に何かいた。
いやあれは・・・!
「うえぇ、母ぢゃぁん、どこぉ?」
泣きながらふらふらと歩いていた子供の少年だった。
恐らくは自警団に指示されて避難してる途中に親とはぐれたんだろう。
「くそッ!!」
最悪だ!!
こんな時に・・・!
「うへっ!?」
少年が声を上げる。
俺が抱き抱えたからだ。
こんな荷物抱えながら逃げるなんてリスクが高いがそうも言ってられん!
あんな化け物の通り道に置いてきぼりにしたら通りすぎ様に殺されかねんからな!!
「びゃああぁッ!!」
「!?」
丁度肩に抱き抱え、俺の背中に頭があった少年が馬鹿みたいな声を上げる。
「グガアアアァッ!!」
狂戦士は既にかなり近くまで迫っていた!
「クッソォ!!」
仕方ないにしてもやっぱりガキ一人抱えながらこんな爆速甲冑野郎から逃げるなんて無理だったぁ!!
「ゴアアアァァッ!!!」
狂戦士は斧を振り上げ、今にも振り下ろそうとしたその時だった。
「オゴァッ!!?」
突然狂戦士は何かに滑ったかのように転ぶ。
「なぁんつって☆」
つい舌を出しながら皮肉が口から零れる。
実は先程ゴミ箱を倒した際に掠め取るようにバナナの皮を取っていた。
それを追いつかれ、奴が攻撃しに来て油断した直前を狙って足元に落として仕掛けてやった。
「へへ、バァカ!!」
この機を逃さず、全力で走りながら奴から距離を一気に放す。
奴の姿が見えなくなったのを確認して・・・。
「ほら。」
子供を肩から降ろす。
「ぶわぁぁぁ!! うえぇ!!」
先程の事が余程怖かったらしく、かなりガチ泣きしてる。
いやまあ、あんなの普通誰でも泣くわ仕方ない、仕方ないけど!
「泣くな! 男だろ!」
「ぶわぁぁ! うぐぅ!」
「ここは危ないから逃げ
「ぶあああぁぁぁん!! うぶああぁぁ!!!」
「・・・。」
適当に泣き止ませてどうにか自分でどっかに逃げて貰おうと思ったけど無理そうだ。
「グワァァッ!!」
「ッ!!」
手をこまねいているうちに狂戦士が路地裏の角から姿を現した。
「チッ! くそぉ!!」
「ぶわぁぁぁぁ!!!」
少年は尚も泣いてるが抱きかかえてまた逃げる。
「ッ!!」
いけねぇ!!
大通りに出ちゃった!!
「ゴゥァアアアアアアアァァァッ!!!」
狂戦士もお構いなしに俺達に続いて路地裏から勢いよく現れ、ブレーキ気味に僅かに横に滑ったあと、再び勢いよく走って追って来る。
「くそっ!!」
次の路地裏まで結構距離がある!!
マズいな、さっきはゴミでなんとかお茶を濁せたけどもう奴を足止め出来そうなものがねぇ!
逃げてる間に矢は装填しちゃいるがそれで時間稼いで間に合う距離じゃねぇし!!
だぁもうッ!!
どうすりゃいいんだ!!
「!!」
前方に人影があった!!
あれは・・・!
「ん? お、おい!」
丁度こっちに向かって走っていたワットだ!
「ウルド!?」
「え、そいつ・・・!」
ネカネとリィナもいた!
ラッキ・・・いや、アンラッキーだ!!!!
「おいお前らぁ!!」
「そいつが例の『ヤバイ奴』だな!? 任せろぉ!!」
「馬鹿!! 来るんじゃねぇ!!」
ワットがいの一番にこっちに突っ込んでくる!
あの馬鹿!!
いつもその無鉄砲さには助けられちゃいるが今回ばかりは自重してくれぇ!!
「オラァッ!!」
俺とすれ違いざまにワットは背中の両手剣を抜いて思いっきり縦振りに斬りかかる。
「グゥ!?」
狂戦士は横に避け、ワットの剣は無残にも地面に激突する。
だが剣は思いっきり石造りの地面を抉り、先ほどの狂戦士の様に瓦礫を巻き上げる。
「おらもういっちょ!!」
怯んだ狂戦士に向けて続けざまにワットは思いっきり横降りに斬りかかる。
だが・・・。
「な!?」
狂戦士の立ち位置なら誰もが斧で防ぐだろう。
だが奴はあろうことか、それを左手の小手で防いだ。
けどこれは悪手だ。
小手の防御力は盾程頑丈ではない。
その証拠に奴の小手は剣を喰らった部分にヒビが入っている上に刃が少し中に食い込んでいる。
ダメージがあるのは確かだ。
だがそれでも・・・。
「ゴアアアァァァ!!!」
奴は痛みを感じないのか、お構いなしに斧を振って来る。
だがそれを諸に喰らう程ワットも馬鹿じゃない。
「あらよっとぉ!!」
ワットは剣を押さえたまま、身体を跳び上がらせて身体を半回転させた状態で宙にあがる。
「馬鹿!!」
俺にはすぐに分かった。
その回避は迂闊だ!!
「な!?」
ワットが気づいた時には遅かった。
狂戦士は剣を防いでいた小手を動かして剣を自分の身体の外に逃がしていた。
そうしてフリーになった左手で思いっきりワットのわき腹を殴り抜く。
先程の斧の攻撃で見せた馬鹿力は、ワットをあっさりと近くの店の壁まで吹き飛ばす。
「ぐはぁッ!!」
思いっきり壁に叩きつけられたワットはレンガの壁を粉砕してめり込むように埋もれる。
「ったく、また無茶して!!」
「ゴァ!!?」
狂戦士が気づいた時にはすでにネカネが後ろに回り込んでいた。
「ゴアァッ!!」
狂戦士はすぐに気づいて斧を思いっきり横薙ぎに振る。
だがネカネはそれを冷静に伏せて躱し、身体を狂戦士の斧の真逆の右側に回り込む。
「グアァァッ!!」
狂戦士は破れかぶれに拳を放つがネカネは身体を僅かに動かして躱す。
「ハァッ!!」
そのまま深く腰を落とし、ガラ空きのわき腹に添えていた拳を叩きこむ。
かなり重い一撃らしく、鎧にはゴォンと鈍い音が響く。
「ッ!!」
ネカネはすぐに異変に気付く。
攻撃を受けた狂戦士は少しのけぞった様に見えたがすぐにネカネに視線を戻していた。
「ガァッ!!」
すぐにネカネの首根っこを掴もうと突き出した拳をそのままネカネに伸ばす。
だがネカネは左に身体を反らして躱し、わざと転ぶように横に寝てからそのまま転がって起き上がって距離を取る。
「チッ。」
ネカネも気づいたみたいだ。
奴は恐ろしくタフだ。
ならばとネカネは別のやり方で仕掛ける。
ゆらりと横向きに狂戦士の周りを旋回するように移動する。
その動きは段々速くなり、まるで周りにネカネが何人もいるかのように残像が浮かび始める。
ネカネの得意技、『流水』だ。
徐々に速く動くことにより、相手の視覚を惑わせる武術家ならではの技だ。
「ゴアアァッ!!」
狂戦士はやみくもに斧や拳でネカネを薙ぎ払おうとするがどれも残像を掠めるばかりであたる気配がない。
そこへ・・・。
「オラァッ!!」
先程の状態から復活したワットが乱入して狂戦士に斬りかかる。
「グゥッ!!」
狂戦士は苦し紛れに斧でワットの両手剣を防ぐ。
だがそこへ・・・。
「グガァッ!?」
打撃が三発、狂戦士の背中に当たる。
攪乱していたネカネが隙をついて攻撃していた。
弱い打撃だが仕方ない。
流水の弱点は極力脱力しないといけないからだ。
その状態で攻撃してもダメージはたかが知れている。
だがそれでも問題ない。
何故なら・・・。
「まだまだ行くぞオラァッ!!」
ワットがいるからだ。
重量のある両手剣の攻撃は流石にあのタフな狂戦士ですら無視できない。
「ググゥァッ・・・!」
しかもうっとおしく周りを旋回するネカネを相手しながらなので斧で防ぐのがやっとだ。
だが・・・。
「グゥゥ・・・!」
流石に手練れの狂戦士と言ったところか、最善の手段で対策している。
ワットの剣は斧で防ぎつつ、確実にダメージを受けるネカネの攻撃はそのタフさで耐えている。
今のままでは決定打を与えるのは不可能だ。
だがそれもワット達も織り込み済みだ。
何故ならもう一人いるからだ。
「炎 杖 放出」
少し離れた所でリィナが魔法を詠唱していた。
すると前方に向けていた身の丈程の杖の先が赤く光り始める。
普通はリィナ単体でこんな事をしようものなら唱えている間に奇襲されるのがオチだが、そのためのワット達前衛だ。
最初からワット達の狙いはこれだった。
「炎球!!!」
リィナの杖の先端から丸く固まった人の頭ほどの大きさの球体状に凝縮された炎が狂戦士目掛けて飛んで行く。
「グガァッ!!」
炎は狂戦士に当たると派手に爆発し、狂戦士を煙に包む。
「これでッ!!」
「とどめッ!!」
チャンスと見てワットは思いっきり跳び上がり、ネカネも流水を解く。
すると二人の腕、足の露出している部分、及び、首筋から頬にかけての肌の見える部分で血管状に青白い光の筋が浮かび上がる。
そしてそのままワットは半回転気味に思いっきり振りかぶって剣を振り下ろし、ネカネは思いっきり地面を蹴って穿つような跳び蹴りを放つ。
二人の攻撃が当たるとガァンと轟音が辺りに響き渡る。
ただの一撃ではない。
『上昇』と言う身体能力強化の乗った一撃だ。
魔覚は神経に働きかけて魔力を探知する。
その原理は運動神経にも働きかけることが出来、同調させると本来の人間の動きの数倍の運動神経、すなわち数倍の身体能力が得られるのだ。
浮かび上がっていた光の筋は神経の部分だろう。
ワットは腕力に、ネカネは脚力に、それぞれ上昇を込めた一撃を放っている。
それは人間の数倍の怪力を持つオークにも匹敵する一撃だ。
無論、こんなものを喰らえば狂戦士とてただでは済まない。
だが・・・。
「グゥゥ・・・!」
「「!!?」」
煙が晴れてワットとネカネは状況に気づく。
狂戦士は剣を斧を盾にした上でさらにそれを裏拳で押さえて防ぎ、ネカネの蹴りは肘と膝を固めたガードで防いでいた。
「な!?」
「しまっ・・・!」
防がれるはずのない攻撃を防がれた心の動揺に隙があったか、狂戦士にワットは腕を、ネカネは脚を捕まれ、そのまま地面に叩きつけられる。
「ぐがっ!!」
「がはぁっ!!」
思いっきり叩きつけられて苦悶の声をあげるワットとネカネだがそれで済ましてくれる狂戦士ではない。
「がッ!!?」
「ぅぐッ!!」
狂戦士は二人の首を掴んで持ち上げる。
しかも仕打ちはそれだけではない。
「あがッ!!?」
「あッ! ああ゛ぁ!!」
二人は苦悶の声をあげる。
恐らくは掴んだ手に力を込めてるんだッ!!
このままだと二人は・・・!
「くそっ!!」
すぐに助け
「炎 杖 放出・・・!」
「!!?」
リィナがまた魔法の詠唱を始めた!
二人を助けるためだ!
だがそれはマズイ!!
「馬鹿やめろ!!」
そんなことしたら・・・!
「ガァァァッ!!」
「うぁッ!?」
「うわぁッ!?」
狂戦士はワットとネカネをリィナの方へ投げ飛ばした。
「炎ボッわぁッ!!」
投げ飛ばされた二人に激突し、転んで魔法の詠唱が中断される。
そうしてこんがらがるように地面に固まる三人、それが意味するものは・・・!
「ガアアァァッ!!」
狂戦士は斧を持って思いっきり跳び上がり、振りかぶりながら三人目掛けて降下する。
その狙いはまさに『纏めて殲滅』の意思の表れだった。
「ッ!! うわあぁッ!!」
最初に状況に気づいて見上げたワットが恐怖の表情を浮かべ、断末魔の叫びをあげる。
だが・・・。
「ぶわぁぁぁ!!」
「ッ!!?」
狂戦士は子供の泣き声がして右を見る。
そこには先程俺の腕の中で泣きまくっていた子供だけがそこにいた。
「こっちだ馬鹿野郎ッ!!」
俺は逆の左方向から飛び蹴りで狂戦士を蹴り飛ばす。
「グゥッ!! ガァッ!!」
俺の蹴りが弱かったか、あるいは狂戦士のタフさゆえか、空中での軌道は変わった物の、狂戦士はバランスを崩して地面に転がるくらいだった。
「グウウゥッ・・・!」
狂戦士は唸りながら立ち上がる。
「ワット。」
「あ?」
唐突に声をかけたせいか、ワットは訳の分かってない声で返して来る。
「そこの手のかかるガキんちょ頼む。」
「何言っ
「おい間抜け野郎!! よく聞け!!」
ワットが訳を聞く間もなく俺は狂戦士に向き直って声を上げるように呼び掛ける。
「お前さっき俺狙ってただろうが!! 忘れたかコラ!!」
「グゥ・・・!」
狂戦士はぴくりと反応する。
「ああ、そっか。」
わざと納得するような言葉を吐き出すのと一緒に先程の戦闘で巻き上がった地面の瓦礫の破片を拾う。
「馬鹿だから分かんねぇかッ!!」
そう言って狂戦士に投げつける。
「だからさっきバナナの皮で転ぶとか三流道化師でもやらねぇギャグかますんだもんな!!」
「グゥゥゥゥ!!」
言いながら何度も石を投げつける。
「バ~カの バ~カの 狂戦士~♪ 『サ』~を除けたらただの『バカ』~♪」
終いには即席の歌でガキのような挑発をしてさらに石を投げる。
すると・・・。
「ウガアァァァァァッ!!!!」
怒りのような咆哮を上げて斧を振り上げて俺の方へ走って来る。
それを俺は・・・。
「怒んなってバァカッ!!」
挑発しながら逃げる。
「よし・・・!」
奴の注意を引けた上に手のかかるクソガキの処理も出来た!!
このまま奴を引き付けて・・・!
「アァァァァルゥゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォォォッ!!!!!」
「だからその名で呼ぶんじゃねぇッ!!!」
~ワット カザ:大通り~
「ぶわぁぁぁぅあぁぅわぁぁぁあぅあぁ!!」
「ちょっと、どうすんのよぉ、これぇ!」
ウルドが急に預けてきた子供は相変わらずギャンギャン泣いており、子供の扱いをよくわかっていないリィナとネカネはどうしようかとあたふたしてる。
だが俺にとってはそんなことはどうでもいい!!
「お前らはそのガキを頼む。」
「はぁ!?」
「ワット!? あんたはどうするつもり!?」
「決まってんだろ!! ウルドを追いかけるんだよ!!」
「馬鹿、何言ってんの!!」
ネカネが子供から離れて俺に食って掛かる。
「私ら三人ですら叶わなかった相手だよ!? あんた一人でどうにかなるわけないでしょ!!」
「そうだよ! もっと応援呼んで人数集めたほうが良いって!」
リィナも続いて反論してくる。
「んな悠長なことしてられっか!! あんな化け物引きづけてるウルドが危ねぇだろ!!」
「でも・・・!」
「でももヘチマもねぇ!! ダチを見捨ててられっか!!」
「「ッ!!」」
リィナとネカネはどっちも黙り込む。
気持ちは一緒みたいだ、当たり前だ!!
ウルドは俺達のダチだ!
「そう、だけど・・・。」
リィナはまだ迷っているみたいだ。
「ああもう・・・勝手にしなさいよ!! その代わり・・・。」
ネカネは渋々賛成みたいだが近づいて来て俺の眉間を軽く拳で小突く。
「私もついていくから。」
「・・・ハァ、それこそ勝手にしろ。」
「わ、私も
「リィナ、あんたはその子を親の所に連れて行って。」
「なんで!!」
「「ハァ・・・。」」
俺とネカネは同時に呆れて溜め息を吐く。
「流石にお前まで行ったらそいつが可哀想だろ。」
「けど、どうすんの!? 何処につれてけば・・・!」
「ぶあああああぁぁ!!」
「ああッ!! 泣かないで、ほら!!」
子供が余計に泣き出してリィナは余計あたふたする。
「どうせ親とはぐれた子供でしょ? 自警団が匿ってる避難所にみんな集まってるだろうからそこに連れて行けば多分親に返せるし、なんならそこから何人か集めてあとから加勢に来てくれたらいい。」
「う、うん、わかった! 二人も気をつけて!」
「おお、行くぞネカネ!!」
「うっさい。」
俺が号令を出すとネカネはいつもの悪態をつく。
ったく、相変わらず可愛げのない女だ。
~ウルド カザ周辺:平野~
「ハァ・・・ハァ・・・!」
なんとか町の外まで逃げてきた。
だが・・・。
「グアアアァァッ!!」
「ッ!!?」
月明かりのおかげで見えた後ろからの影で察知して横に避ける。
すると俺が元居た場所に狂戦士の斧が深々と刺さる。
見ての通り、奴も追ってきている。
当然だ。
何故か知らんが奴の狙いは最初から俺なんだから。
「ッ!!」
奴が斧を拾った隙に距離を取ったが、奴は斧を思いっきり振りかぶっていた。
「くっ!」
嫌な予感がして俺は思いっきり横に跳ぶ。
すると案の定奴は斧を思いっきり投げて来やがった!!
「ッ!!!?」
飛んで来る斧の威圧感が物凄かった。
まるで人の数倍のデカさの巨大な斧が飛んで来たかのようだったが、それでも斧は俺の横を通り過ぎて前方の地面に刺さる。
「ハァッ・・・・! ハァッ・・・!」
心臓が跳ね上がりそうな程の一撃だったがなんとか避けた。
「ッ!!?」
そうやって安心したのが命取りだった。
あまりに必死に避けていたせいで逃げる足が緩んでいた。
その隙を奴は逃さなかった!!
「ガアアアァッ!!!」
「やべッぶがぁッ!!!」
奴の方に振り向こうとしたが既に奴は俺まで距離を詰めており、振り向ききれていない俺の横腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「がぁッ!! ぐはっ!!」
かなり強烈な蹴りで、俺の身体は吹き飛ばされながら何度も地面にバウンドする。
だがヤバいのはここからだった!
「!!」
吹き飛ばされた先には先程の斧!
しかも突き立てられながらその刃先はしっかりとこちらを向いている!!
奴はこうなる事を狙って前方に俺を蹴り飛ばしたんだ!!
「ぐぅッ!! このッ!!」
なんとか身体を捩って剣で斧を弾いて自身の軌道を斧から逃がす。
「ぶぁッ!! くっ・・・!」
地獄の地面バウンドツアーが終わり、何とか立ち上がろうと地面に手を着く。
「フゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・!」
狂戦士は鎧から煙のように息を噴き出しながら斧を抜く。
「チッ・・・!」
俺は舌打ちしながら立ち上がる。
「アァァ・・・ルゥゥ・・・トォォォォォ・・・!」
「あーあー! ウルっせぇよ! もういいから!!」
俺はそのまま奴に身体を向ける。
そう、もう逃げるつもりはない。
いや、逃げる必要がない。
正直町中で戦えば間違いなくルッカの索敵に引っ掛かって戦っている所を見られる。
そう、これから『見られたくない事』をやるんだ。
だからこそこいつを町の外まで引き付けて逃げてきた。
俺は左手を前方に突き出す。
「・・・。」
その手の人差し指には細かく文字の刻まれた装飾の入った胴の指輪が嵌められていた。
ある人から貰ったものだ。
すぐさまその指輪に手を掛ける。
正直これだけはやりたくなかった。
「先生・・・すまねぇ。」
そしてその指輪を抜こうとすると・・・!
「ガアアアァァッ!!」
奴は待ち切れず襲い掛かって来る。
だがそれでも俺は指輪を指から外す。
「ゴアアァッ!!」
狂戦士は俺に向かって斧を振り下ろす。
だが・・・。
「ゴァ!?」
俺の姿はそこには無かった。
「ふぅぅ・・・。」
俺は吐き捨てるように息を吐く。
奴の数メートル後方で奴を背にしながら・・・。
そして俺の頬には青白い光の筋が浮かんでいた。
「ああ、やっぱ久々だから鈍ってるわ、『上昇』。」
そう、上昇だ。
身体能力を底上げして思いっきり脚力を強化して奴の後方へ回った。
俺はカザで暮らし始めてから上昇は使わなかった。
いや、使えなかったのだ。
さっき外した指輪は封印の指輪だ。
魔覚の力をかなり鈍らせるので例え熟練の戦士でも上昇は使えなくなるえげつない代物だ。
端から見ればこんなもの着けたって得する奴なんかいないだろう。
だが俺には必要だった。
『英雄』なんてクソな自分じゃなく、『ただの人間』として生きるために。
「ったく。」
俺は振り向いて狂戦士に向かって振り向く。
「アルトアルトってうるせぇんだよてめぇ・・・昔のクソ名で呼びやがって。」
「グゥ・・・!」
奴もすぐに向き直って構え直すが仕掛けない。
本能なのか、奴にも理解が出来ているようだ。
俺が『さっきまでの俺』じゃない事を・・・。
「そんなにアルトとやりたきゃ・・・。」
ハンドボウガンの矢を装填して・・・。
「お望み通り、『アルト』と戦らせてやるよッ!!」
思いっきりガンを飛ばした笑みを向けながら剣を奴に向けて構えた。
~リメイク前との変更点~
・逃げる途中に助けに来てくれる無名のPTがワット君たち
理由:第一話のあとがきで書いてました「後の展開」ってのが此処です! まさに此処!
・上昇の演出を追加(神経の筋が光って浮かぶ奴)
理由:理由はただ一つ『地味じゃね?』って思ったから! 運動神経と魔覚同調させるって事以外はただの身体強化ですからねw




