#06 狂戦士
~自警団の男 カザ:中心街~
「ふあぁ~あ・・・。」
月の昇った町中を槍を片手に歩きながら盛大に欠伸をする。
自警団員に交代制あれど自警団の活動に休みなし。
夜とて例外はない。
つまり今の俺は夜勤に割り当てられたわけだ。
とはいえ、普通の住民は寝ているのが当たり前の深夜だ。
自警団とて人間、普通に眠い。
けど怪しい奴ってのは大体夜の方がいるってのがお決まりだ。
例えば・・・。
「やい! 何者だてめぇは!!」
ほぉら丁度おいでなすった!
すぐ近くで仲間が怪しい奴に因縁を吹っ掛けていた、って!
いやあいつ馬鹿か!?
怪しいのは分かるけどいきなり因縁吹っ掛けるのは流石にチンピラと大差ねぇよ!
仕方ねぇ。
「ちょっと待てって!」
「あぁ!?」
仲間に声を掛けると気が立ってるのか、食って掛かるように俺にガンを飛ばして来る。
「いきなり突っかかる奴があるか! どけ!」
「な!? お、おい!!」
仲間をどかすと相手の前に出る。
「ッ!」
目の前の相手を見てぎょっとする。
悪魔を象ったかのような禍々しい形の黒い鎧と兜、顔は全くと言っていい程兜のせいで中身が見えない。
まぁこんな格好して『怪しい者じゃない』って言う方が無理があるよな。
とにかくだ!
「ああ、仲間がいきなりすまなかったな。我々は自警団の者なんだ。」
「・・・。」
目の前の黒鎧は何も答えない。
愛想が無いって言えば軽いな。
不気味だ。
「今は夜だろ? こんな時間で町中をうろつく奴には盗みを働いたり良からぬ事をする輩は多いからな。見たところこの町の者じゃないだろ? ちょっと時間を取らすが、自警団の兵舎まで来てくれないか?」
「・・・。」
尚も黒鎧は答えない。
いやホント気味が悪いな。
けど穏便に、穏便に・・・!
「気を悪くしたならすまないね。君を疑っているわけじゃないんだ。ただ兵舎で素性を聞くだけだ。ああ、それも根掘り葉掘り聞くわけじゃない。怪しくないって分かれば全てを話さなくても
「ウゥゥゥゥゥゥ・・・!」
「ッ!!?」
なんだ!!?
急に唸り始めた!?
「どけ!!」
仲間が俺を跳ね除けて黒鎧に槍を構える。
「どう考えたって怪しいぞお前!! 抵抗するつもりなら容赦しねぇぞ!!」
殺気立って黒鎧に構える。
「おい待て!!」
「あぁ!!? お前まだ穏便にとか
「そうじゃない!!」
こいつはヤバイ!!
ただの悪党で片付けられる存在・・・いや、多分俺達で手に負える相手じゃない!!
「ゴアアアアアアァァァァァァッ!!!!!」
「来るぞ!!」
「馬鹿逃げろッ!!」
きっとこいつは・・・!
~ウルド ???~
「・・・!」
目を覚ますとそこは・・・。
ああ、くそ!
「・・・また此処かよ。」
そう、これは『夢』だ。
それが分かるまで何度も何度も何度もこの場所に来た。
此処は城の中、だが王様も兵士も優雅な貴族も居やしない、ボロボロに廃れた古城だ。
「もう・・・嫌だ・・・!」
この場所は嫌だ。
何度も来ては嫌になる。
だってここは・・・。
『どうして・・・!』
「ッ!!?」
またこれだ!!
耳を塞ぐ。
だがこの行為は無駄だった。
『どうして・・・!』
声は耳を塞いでも聞こえて来る・・・!
頭に直接語りかけているからだ。
しかもこの声は一つじゃない!!
『どうしてお前は・・・!』 『お前だけ・・・!』
『あんただけが・・・!』 『キミだけが・・・!』
声は『四つ』ある。
「うわああああぁぁぁぁッ!!!!」
慌てて走ってその場から逃げる。
だがこの行為も無駄な事だ。
『償え・・・!』 『こっちにこい・・・!』
『許せない・・・!』 『どうして・・・!』
頭から声が離れない。
声の主が何故俺を責めるかも分かっている。
だって・・・!
「分かってるよぉ・・・! 分かってるんだ・・・! だって・・・!」
だって・・・!
「悪いのは・・・俺なんだから・・・! くそっ、分かってんだよぉッ!!!」
そう、悪いのは俺・・・。
だってこの声は・・・!
『・・・大丈夫。』
「!?」
別の声が頭に響く。
なんだこの声は!?
今までのこの夢で聞いたことがない!
「ッ!!?」
何かが俺の手を引いてる!?
見えないけど確実に何かに手を握られて引っ張られる感覚があった!
『ほら・・・こっち。』
「おい・・・誰だ!」
こんな奴知らない!!
誰なんだ!?
誰が俺の手を!?
「ッ!?」
城の中を走っていると城の入り口の扉にたどり着く。
すると扉が独りでに開いた。
俺の手を引いてる奴が開けたのか!?
「くっ・・・!」
扉が開くと眩しい光に包まれる。
---・・・ハッ!」
目が覚める。
けどまだ日が昇っていない。
「・・・なんだよ。」
時計を見て呆れる。
まだ深夜の二時だ。
「・・・?」
僅かにカン! カン! と鈍い金属を叩く音が聞こえる。
「・・・!」
これ・・・自警団の警告用の鐘の音だ!!
「なんだ・・・!?」
すぐにベッドから起き上がり、いつもの仕事用に着ているコートを羽織って寝室から出て階段を降り、短い廊下を走って家の外に出る。
「・・・・・・火事?」
遠くの方で火が上がっている。
あれは、中心街?
魔物が入り込んだなんて考えにくい・・・一体何が?
「ッ!?」
突如何かが飛んで来たかと思ったら家の壁に矢が刺さる。
「これ・・・!」
矢には紙が巻かれていた。
恐らくは矢文だ。
そして多分これの送り主は・・・。
「ルッカ・・・!」
ルッカは索敵を得意とする野伏だ。
恐らく俺が家から出て来たのを察知して飛ばしてきたんだろう。
「何があったんだ!!」
一刻も知りたくて矢から手紙を取り出して中身を確認する。
[中央区にヤバい奴がいる! 今すぐ向かって!]
かなり抽象的な内容だ。
恐らくは俺だけに向けた言葉じゃなく、一人でも数を集めるために数を書いたうちの一枚なんだろう。
出来るだけ数を集めたい。
それだけに事の重大さがよく分かって来る。
「・・・くそッ!」
急いで武器や装備を取りに家に戻った。
~ルッカ 商店街:屋根上~
「大体数は集まったよね・・・!」
下宿の宿に自警団が押しかけて来たかと思ったら冒険者の仲間を招集するように言われて即席の矢文を作って建物から出てきた知り合いに片っ端から飛ばして状況を伝えた。
「ああ、くそ! 目が痛い・・・!」
あたしの野伏としての能力は目を酷使する。
けど今はそんな綺麗事言ってられる状況じゃない!
「・・・。」
視線を炎が上がっている現場に移す。
恐らく現場はあそこだ。
「・・・。」
目を閉じて米噛に指先を当て、魔覚に意識を集中させる。
十分に集中したところで・・・!
「・・・!」
目を開くと目の前に間近で敵と自警団が戦っていた。
あたしがそこにいる訳じゃない。
視覚のみがそこに移動して現場を間近で見ることが出来ている。
『千里眼』、野伏の基本技術だ。
魔覚の索敵能力を視覚と同調させることにより視覚を遠くに飛ばせる能力だ。
「・・・。」
燃え上がる建物の炎の渦中、ボロボロの自警団達に囲まれながら奴は仁王立ちしていた。
「狂戦士・・・!」
『狂戦士』、人体の発する魔力の暴走、戦場で病んだことによる精神崩壊、他者からの洗脳、様々な要因で狂気に堕ちた人間だ。
視界のみで音は拾えないが、戦場は苛烈を極めていた。
一人の自警団員が槍の穂先を狂戦士相手に突き出しながら突撃する。
すると狂戦士は槍の柄を掴むと、信じられない事に自警団員を持ち上げた。
そしてそのまま乱暴に振り回すと槍を持つ、というよりしがみつく力が尽きた団員は暴風に吹き飛ばされるように近くの壁に叩きつけられる。
すかさず狂戦士は奪った槍を他の団員に投げつける。
かなりの剛腕の投擲らしく、槍は団員の腹部に深々とささり、団員は後ろに数歩よろけて倒れた。
恐らくは助からないだろう。
倒れた団員に他の団員が気にかける間もなくは手に持っていた大斧で薙ぎ払うと三人の団員が上半身と下半身が真っ二つに切断されて分離した。
先程壁に叩きつけられた団員が気が付いて地獄絵図の状況に気づくと壁に背を預けたまま狂戦士を怯えた目で見上げていた。
その団員にすら慈悲を掛ける気もなく、狂戦士はゆっくりと斧を振り上げたまま団員に近づいて行く。
「くッ!」
これ以上はやらせないッ!!
すぐに立ち上がって背中に背負った弓を構える。
矢を取り出して弓につがえて引くと・・・。
「ッ!!!!」
更に眼に力を込める。
千里眼の力をさらに強め、視覚に更に意識を集中する。
すると視覚は狂戦士の背中に更に迫り、鎧の隙間を捉える。
「ぐっ!! うぅ・・・!!」
千里眼の力は目に途轍もない負担を掛ける。
目の左右の血管が浮き出て激痛が走る。
けど緩めるわけにはいかない。
「当たれぇぇッ!!!」
視覚の隙間に狙いを定め、矢を放つ。
目標からは数百メートル離れている。
素人が普通に矢を放ってもとても当たる距離じゃない。
けどあたしに限ってはそんな事はあり得ない。
矢を放って数秒の間が空くと、狂戦士の身体がぐらつく。
その背中には私の放った矢が刺さっていた。
しかもその矢はよく行く近くの森で取れる『ドクガダケ』という茸から取った強力な麻痺毒で、少量でも半日は動けなくなるものだ。
すぐにでも奴は倒れて動けなく
「ッ!!?」
いや、待って!?
あいつ、一瞬だけ前屈みになったけどすぐに上体を起こして立ち上がってる!?
・・・しかもこっちを見て、いや違う。
矢を射られた方角を見ているだけだ!
あいつからは数百メートル離れている。
私自身が見えてるわけじゃないのに・・・なんだろう。
なに・・・?
まるで私の顔を見ているかのようなこの見透かされてる感じ・・・気味が悪い!
「?」
奴は自警団員など目もくれず身体をこっちに向けると、背中から矢を引き抜くと・・・投げてきた!?
「はは・・・馬鹿なの?」
見た感じどう考えても野伏じゃない。
そんな奴が方角で位置を察知したからって弓も無しに矢を投擲したって届く訳が
「ルッカァッ!!」
「ッ!!?」
近くで別の伏兵が湧いてもいいように近くに待機させていたダーリンが私の前に立ちはだかり、盾を構える。
「ダーリン!?」
普通に考えれば信じられない行動だろう。
あんな距離から投擲程度の矢が届くわけがない。
けどダーリンが盾を構えたことには確実な意味があった!
ダーリンには魔覚を空気の流れを感じる肌の触覚と同調させ、空気の流れの違いで攻撃を察知する技術、『脅威察知』という技術があった。
そのダーリンが盾を構えたって事は・・・届くの!!?
「ぐぅッ!!」
ガキィっと派手に金属がぶつかり合う音が響く。
それは確実に先程奴が投擲した矢の矢じりとダーリンの盾がぶつかり合った音だった。
「嘘・・・本当に届くとか・・・!」
「ルッカ・・・無事であるか・・・?」
「!」
盾でとはいえ、私を庇って攻撃を受けたのに私を気遣って心配するダーリン。
ああもうッ!
「ありがとうダーリン♡ もう、大好きッ!!」
我慢できず抱き着く。
「良かっ・・・!」
「・・・え?」
ダーリンは突然ぐらつくと、上体を傾けた。
「ッ!!」
あまりに咄嗟で、ダーリンの巨体を支えるほどの腕力なんて持ち合わせてなかった私に抱えることも出来ずにダーリンは足場になっていた店の屋根に寝そべる。
「な!!?」
状況を理解して驚きが隠せなかった。
ダーリンの肩に矢が刺さっていた。
矢は盾を突き抜け、腕を突き抜けて肩に到達していた。
「う、嘘でしょ・・・!」
ありえない!!
矢を投擲だけで数百メートル先の標的に、しかも盾を突き抜けるなんてありえない!!
どんな腕力でッ!
どんな精度でッ!!
どんな投げ方したらこんな芸当出来るってのッ!!!
「ダーリン!!!」
すぐに上体を下ろしてダーリンに声をかける。
「逃げ・・・ろ・・・ルッカ・・・!」
虚ろな目でダーリンは私に声をかける。
「喋っちゃ駄目ッ!! ダーリンッ!!」
ダーリンの状態は誰よりも理解できる。
矢じりの毒はかなり強力だ。
奴の身体に刺さって沁み込んだせいで幾分か希釈されたとはいえ、それでも動けなくなるには充分な効力だ!
とても自分の力で動けるものじゃない!!
「くそぉッ!!」
すぐにまた千里眼を発動して奴の位置を探る。
「!!?」
居ない!!
先程の位置からは移動したようだ。
「くそ・・・!」
千里眼は視覚を飛ばして遠くの状況を見るだけで索敵に使える訳じゃない。
再び目を閉じて魔覚に意識を集中させる。
今度は『魔力感知』だ。
この技術は魔覚の本来の使い方だ。
生物から発せられる精神波と空気中の魔素が合わさった魔力、それを感じ取れるのが魔覚だ。
野伏は特にそれの感知距離を伸ばせるように修行している。
しかも今の状況は丁度いい。
本来この索敵は得策じゃない。
なにせ町中には何人も人間がいるから人間の発する魔力で溢れかえっている。
それこそ森の中で一本の木を探すくらいの無茶だ。
だが自警団が事前に現場近くの住民を遠くに避難させていたからだ。
「!」
黒く渦を巻いたような魔力が一つ、真っ直ぐにこっちに向かっている!
間違いなくこれが奴の魔力だ!!
「・・・!」
すぐに千里眼を発動して奴の姿を捉える。
何故か奴は建物に身を隠すようなことはせず、屋根の上に昇って飛び移りながらこっちに向かってきているみたいだ。
「あの野郎・・・!」
魔力鎮静の技術はないみたいだけど開き直って正面突破とか嘗めすぎだろ・・・!
「お望みならいくらでも喰わしてやるよぉッ!!」
すぐに千里眼を強めて奴のわき腹の鎧の隙間を捉えて矢を放つ。
「ッ!!」
矢は奴に刺さる直前に止まる。
奴が矢を親指と人差し指で摘まむように掴んでいた。
普通の止め方じゃない!!
起動とタイミングを読んで止めているだけであんな芸当不可能だ!
矢が弓から放たれてこっちに届くまでの姿を最後まで捉えていたかのような余裕のある止め方だ!!
まだ距離があって見えないはずなのに・・・!
「ッ!!??」
千里眼の視点を少し遠ざけてギョッとして全身に寒気が走る。
奴の顔が完全にこっちを向いている。
というか・・・。
「もしかして・・・見えてる!?」
兜で視線なんて分からないが何故か確信できる。
完全に目が合っている。
「んな訳あるかッ!!」
そう思って自身を奮い立たせ、また千里眼の視覚を近づけて奴の腰辺りを狙って矢を放つが・・・。
「・・・くそッ!」
また止められた!!
やっぱり見えてる!!
あいつも千里眼でこっちの姿を捉えてるっての!?
それこそありえねぇだろ!!
「ルッカ・・・!」
「ッ!!」
ダーリンの声がして咄嗟に我に返る。
駄目だ!
ダーリンがやられて熱くなったせいで冷静さを欠いてた!!
「ダーリン、大丈夫だから!」
ダーリンの重い巨体を支えながら屋根の端にフックを引っ掻けていたロープを使って屋根から降りる。
「ルッカ・・・逃げろ・・・!」
「何言ってんの! ダーリンを置いていけるわけ・・・!」
「奴の脅威が消えん・・・! 奴は確実に・・・こちらの姿を捉えている・・・! 確実に・・・こちらを殺そうと向かってきている・・・! 我を運んで逃げるのは不可能・・・だ・・・!」
「・・・。」
ダーリンを置いていくわけにはいかない。
けどダーリンの言っている事は確かだ。
先程索敵して分かったが奴は異常に足が速い。
ダーリンを運んでいたら絶対に逃げられない。
けどダーリンを置いて行って奴の前に晒せば奴はダーリンを無事には済まさない。
狂戦士は人質に取るなんて姑息な真似はしない。
きっと逃げられた腹いせに見せしめとしてダーリンを殺すはずだ。
けど冷静になれ。
野伏は常に冷静に立ち回らなければ最悪の事態を招いてしまう。
私の下した決断は・・・。
「ダーリン、ごめん。」
~狂戦士 カザ:商店街~
「グウゥゥゥ・・・!」
獣のように唸りを上げ、狂った化け物は走る。
咆哮と共に暴れたい衝動を敵の前に立つまで必死に抑えるかのような唸りだ。
化け物の目的はただ一つ。
眼前に捉えた獲物二体を狩ることだ。
「!!!」
狂戦士は眼前に捉えた光景に目を疑う。
標的の男女の女の方が逃げた。
どうやら動けなくなった男を見捨てるようだ。
「ウゥゥゥ・・・!」
狂戦士の唸りには怒りが籠っていた。
獲物を逃がす悔しさか、将又己に戦いを挑んでおいて逃げる敵に『恥を知れ』と言わんばかりの憤怒か。
その詳細を知るのは本人のみだろう。
だが狂戦士は足を止めない。
動ける敵と動けない敵、どちらが始末するのに時間が掛からないか。
そんな事は狂って獣同然に落ちた思考の化け物ですら理解できる。
「ガァッ!!」
獣のような声と共に屋根から飛び降りて化け物は標的の目の前に降り立つ。
「ぐっ・・・うぅ・・・!」
男はぐったりと脱力したまま地面に寝そべっていた。
先程女が放ったと思われる矢を受けた時に痺れがあった事から分かる。
矢じりには麻痺毒が塗ってあるのだろう。
それを投げ返した時に女の代わりにこの男が受けて動けなくなった事を狂戦士はすぐに理解した。
「フッ。」
男は不適に笑う。
おおよそ追い詰められた獲物に相応しくない行動だ。
「残念で、あるな。ルッカは・・・お前に矢を放った女はもういない。」
その笑みは『ざまあみろ』と言う嘲笑もあるのだろうが何処かしら誇らしげな雰囲気も持ち合わせていた。
恐らくは己自信に対する誇りなのだろう。
仲間を逃がすために殿を務め、見事に時間を稼ぎきった戦士、王を庇って敵の剣を受けた騎士などと同様、死を前にしても悔いのない結果を残せた事への誇りだ。
「グウゥゥゥ・・・!」
だが現実は非情だ。
そんな誇り高い戦士の美徳に温情をかけることはなく、化け物は斧を持つ手に力を込め・・・。
「ガアアァァァァッ!!」
斧を振り上げ、無慈悲に振り下ろ
「ッ!!?」
そうとした瞬間だった!!
横から矢が真っ直ぐに狂戦士の首元目掛けて飛んできた。
だが狂戦士は身体を僅かにずらし、矢が目指した兜と鎧の隙間を射線上から逃がして兜の装甲で矢を弾く。
「グゥ・・・!」
狂戦士は苛立ちの籠った唸り声と共に矢を放たれた方角を見る。
どんな手段を使っているかは知る由も無いが、化け物の視覚はその方角の遥か先に飛び、矢を放った者を捉える。
先程逃げた女だ。
既に屋根の上に登っており、弓に矢をつがえて弦を引いて次の一矢を今にも放とうとしていた。
女も同様にこちらを真っ直ぐ見えている。
恐らくはこの化け物の姿を完全にとらえているのだろう。
「グゥ・・・!?」
視界にとらえた女は何かを言っている。
よく見ると口の動きが同じ動きを繰り返している。
恐らくは何度もいう事により口の動きで何かを伝えようとしているようだ。
女が言った言葉は・・・
『こっちを見ろ。』
~ルッカ カザ:商店街~
「ッ!」
つがえた矢を放つ。
千里眼の先の狂戦士は意図も容易く矢を回避すると、音は聞き取れないが咆哮しているかのように身を震わせて此方へ走ってくる。
どうやら挑発に乗ってくれたみたいだ。
「・・・。」
次の矢を弓につがえて構える。
だが矢は射たない。
当たらない矢を何度射っても意味がないからだ。
ならば逃げるのが得策だろうがそれもしない。
「・・・ハァ。」
冷や汗を流し、呆れ気味に鼻で笑いながらため息をつく。
自分に向かって笑っている。
我ながら馬鹿な事をしていると思うがこれが最善だ。
ここで逃げれば奴はターゲットをあたしからダーリンに移す。
それじゃダメだ。
だからこうやって弓を構え続ける。
こうやって矢を構えていれば奴はあたしからターゲットを外さない。
無論、奴に勝てる見込みなんて無い。
増援だって期待できない。
恐らく今頃火の上がった中央区に行ってるだろうし、来たところでこの町にこんな化け物をどうこう出来る冒険者なんていない。
完全に詰みだ。
「ガァッ!!」
奴は跳び上がると屋根の上に登っていた。
もう既にお互いに肉眼で捉えられる距離だ。
「ッ!」
すぐに走って隣の屋根に飛び移りながら逃げる。
だが・・・。
「ガアアァァッ!!」
奴も同じように追いかけて来る。
分かっている。
逃げたって無駄だって。
それでも逃げる。
少しでも奴がダーリンから離れるように。
だがそれでも現実は非情だった。
「グアァッ!!」
「ッ!!」
すぐに追いつかれ、奴は斧を思いっきり振り下ろして来る。
「くっ!」
間一髪で躱すが・・・。
「うぐっ!!?」
斧を振り下ろされた屋根のタイルが砕けて爆ぜ飛び、その飛び散る無数の破片に押され・・・。
「うわッ!!」
運悪く屋根の端から足を踏み外してしまう。
「うわああぁぁぁぁッ!!!」
屋根の上から落ちてしまい、石造りの地面に背中を打ち付ける。
「ぐっ、がぁッ!!?」
間一髪で受け身を取れたものの、それでも後頭部を軽く地面に打ち付けてしまい、あまりの激痛に気を失いそうになるがなんとか意識を保つ。
「痛ッつ・・・ッ!?」
後頭部の激痛に頭を押さえる間もなく現実が襲い掛かる。
ドシンと大きな轟音と共に地面の瓦礫を巻き上げ、狂戦士は目の前に着地する。
「くっ!」
『逃げなきゃ』と思って上半身を起き上がらせたが現実はあまりに悲惨だった。
「・・・。」
落ちた先は路地裏、しかも奴の反対側は家の壁に阻まれて行き止まり。
完全に詰みだ。
「ここまでか・・・。」
すぐに自分の運命を悟った。
弓で奴を倒す事は不可能。
ましてや先程の自警団を軽々と惨殺してみせたこいつにあたしが接近戦なんてもってのほか。
抵抗したところで勝てる見込みは零だ。
「グウウゥ・・・!」
狂戦士はゆっくりと歩きながら斧を徐々に振り上げる。
普通なら死を前にして恐怖するところなんだろう。
「ふっ。」
けどあたしは・・・。
「あはははははは!!」
思いっきり笑い飛ばしてやる。
誰が怯えながら狩られる兎みたいに死んでやるかよ!
ダーリンを守る為にこいつの注意引き付けて死ぬんだ!
例えこいつに殺されようとその結果だけはあたしの『大勝利』だからだ!!
ざまあみろ!!
けど・・・。
「あは・・・あはは・・・!」
笑いながら涙が流れる。
怖いとかじゃない。
悔しいからでもない。
いや、悔しいかな・・・。
だってやり残したことあるんだよ。
こうやって走馬灯が見えるようなタイミングでレレの顔が浮かぶんだもん。
「あんたがウルドと付き合うとこ・・・見たかったなぁ・・・!」
「ガアアアァァッ!!!」
狂戦士は無慈悲に斧を振り下ろして来る。
ああ、もうお別れか。
バイバイ、レレ・・・。
「ったく・・・まずはお前に合流しようかと思ったらまさかのビンゴかよ。」
「ッ!!」
目の前に人影が現れたかと思ったらそいつが何かで狂戦士の斧を止める。
「ウルド!!?」
現れたのはウルドだった。
ウルドは狂戦士の斧の刃先を剣の刃と鍔元の間の角で受け止めていた。
「はは・・・。」
『噂をすれば影が差す』ってやつ?
にしたってタイミング神がかり過ぎでしょ・・・!
何にしても・・・。
「ッ!!」
急いで狂戦士の脇から反対の道へ抜ける。
「ガァッ!!」
だが狂戦士はそれを許してくれるわけもなく、あたしを捕まえようと手を伸ばして来る。
「おい。」
だがウルドもそれをさせる程甘くない。
「グゥッ!?」
狂戦士は突如バランスを崩す。
ウルドが剣で斧を往なしてわざと斧を放したからだ。
しかもウルドはすぐさま剣を喉元に突き出す。
「グゥッ!!」
だがそれをさせる程狂戦士も甘くない。
紙一重で上半身を左にずらして剣を躱す。
しかしそれを狙っていたかのようにウルドは狂戦士の避けた反対側へ跳んで身体を入れ替え、あたし同様に退路を確保する。
「おいルッカ、リガードは一緒じゃないのか?」
「!」
両手で持っていた剣を右手に持ち直して狂戦士へ向けながら臨戦態勢を崩さないまま、ウルドは状況を聞いてきた。
「こいつに矢を投げ返されてダーリンがあたしを庇って矢を受けちゃったの、今は麻痺毒で動けない状態。」
「成程な。」
「手伝う、あんた一人じゃどう考えても手に負えない相手だから。」
「いや、お前はリガードん所行け。」
「無茶言わないでよ! あんたは知らないだろうけどこいつ、自警団のやつら何人も殺ってるよ!?」
「大丈夫だ! 俺も無謀な事して死ぬのはごめんだ。 お前が逃げ切ったらさっさと逃げるよ。」
「う、うん。それなら、分かった。」
そう言ってすぐに撤退しようとした時だ。
「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!!!!」
「「ッ!!?」」
急に狂戦士が両腕を広げて天を仰ぎ、狼の遠吠えの様に咆哮する。
「何こいつ・・・!」
「威嚇のつもりだろ。気圧されるかっつの。」
ウルドは冷や汗ながらに呆れながら剣を構え直す。
けど・・・。
「オオォ・・・アァ・・・オォ・・・!」
けど狂戦士の様子が変だ。
咆哮をやめたかと思ったら急に前屈みになって呻き声を上げ始める。
さっきから不気味すぎるったらない!
ホントなんなのこいつ・・・!
「オォ・・・オ・・・!」
また変な行動に出る。
急に斧を持っていない左腕を上げたかと思うと自分の顔の高さで止める。
「オォ・・・ァ・・・!」
尚も呻きながら脱力して軽く開かれた手の指を一本一本折りたたんで人差し指だけを立ててそれを前方に向ける。
指を差してるみたいだ。
「アァ・・・・ルゥゥ・・・・・トォ・・・!」
「・・・?」
何か言ってる?
アル、ト・・・?
「こいつ何言っ・・・?」
言いながらウルドの方を見た時だった。
「ッ・・・!」
ウルドは固まっていた。
目を見開き、冷や汗を流しながら・・・。
~リメイク前との変更点~
・ウルドの悪夢を追加
理由:ウルドの心の闇成分がまだ足りない! と思ったためw
・時間を夕方から夜に変更
本来は前回の話のお風呂直後にルッカが駆けつけて話を聞いてウルドが状況を理解する話でしたがそれだとルッカが知らせてから現場に着くのが早すぎて不自然だったため
・バーサーカーがルッカに到達する前にウルドに出会っちゃうシーンをルッカが奮戦した末に助けに来る感じに変更
理由:ヒーローは遅れて登場! というかウルドの出現が早すぎて不自然だったため