#05 食卓
~ウルド カザ:正門~
「はぁ・・・疲れた~・・・。」
町に帰るなり溜め息をつく。
仕事もそうだが行き帰りの時間もあってなんだかんだ長くなった。
早くギルドの報告済ませて帰りたい。
「おっかえり~!」
「?」
疲れた身体で聞きたくないほど元気のいい声が聞こえる。
「ああ、なんだ。ルッカか。」
「なぁにその言い方! 美人で可愛いルッカちゃんのお出迎えが嬉しくないの!?」
適当にあしらうとルッカはムキになって余計に絡んでくる。
「『鬱陶しい』、『めんどくさい』って余計なパーツがなかったら嬉しいかな。」
「それも含めてルッカちゃんの魅力なのだぁ!!」
「ハイハイソウデスカ。俺には一生分からんかもな。」
「疲れてるみたいだねぇ。遠出した?」
「ボックル村。」
「遠出してんねぇ~。報酬に釣られちゃった?」
「七十銅貨プラス二十銅貨。」
前屈みになって俺を見上げながら興味津々に聞くルッカにめんどくさいながら淡々と答える。
「プラス二十?」
「村娘救出したらプラス二十。」
「へぇ、送り狼した?」
「お前何『水薬買った?』みたいなノリでとんでもないこと言ってんだよ。村娘っつってもあれだぞ? 十歳も行ってないような子供だぞ?」
「え? ウルドあんた、ロリコンなの?」
「なんでそうなるんだよ・・・!」
マァジこいつめんどくせぇ・・・!
「つーかお前、今日はやけにテンション高いな。」
「ん~? そ~お~?」
「なんか無理してないか?」
「え?」
ルッカはぽかんとする。
そりゃそうだ。
こいつのこの姿を見れば何かいいことでもあったのかと思うだろう。
『こいつをあまり知らない奴』ならな。
「俺も此処来て二年だ。ある程度顔馴染みの考えてる事なんざ分かるっつの、お前何か思い詰めて誤魔化してるだろ。」
「えぇ、何急に! もしかして口説いてる!?」
「んなわけあるか。お前何か考えこんでる時とかよくテンションで誤魔化す癖あるの知ってるよ。」
「・・・はぁ。」
ルッカはめんどくさそうに頭を掻く。
「ントにこいつ・・・ならなんであっちは鈍いんだか・・・。」
「何か言ったか?」
「あ、ううん! それより女の子のプライバシーに触れるとかデリカシーないんじゃなぁい?」
「ぐっ・・・! いやでももし思い詰めてるんなら・・・。」
「ルッカが良いって言ってるのであるッ!!」
「!?」
後ろから物凄いデカくて野太い声が聞こえて振り向くとそこには、妙にガタイのいい巨体の男がいた。
鎧はその巨体に合う物がこの町にないせいか、防具は胸当てと肩当てのみで背中には巨大な盾、腰には片手で持てるぐらいのサイズだろうがそれでも重そうなハンドアックス、防御に特化した冒険者、『盾戦士』の典型的な武装だ。
「・・・ッ!!」
男はその巨体に見合う程堂々と大股でのしのしと歩いて俺の前に立つと、前屈みで両拳を腰の前でカチ合わせ、如何にも筋肉を誇示するようなマッスルポーズを取る。
「いや、リガード・・・挨拶代わりなのは分かるけどそのポーズに何の意味が
「キャァンダーリィン!!! ステキィ!!!」
「ヘブッ!?」
俺がツッコんでる最中に空気の読めないルッカが俺を押しのけて目の前の男、リガードに抱き着く。
「ったく、相変わらず見せつけちゃってよぉ。」
「妬いちゃうぅ? だったらあんたも相手見つけなさいよぉ!」
「興味ねぇ。」
「え? あんたもしかしてゲイなの?」
「だからなんでそうなるんだよ! で? リガード?」
「ぬ?」
話し相手をリガードに戻す。
「お前は良いのか?」
「何がであるか?」
「お前の彼女だろ? 悩みとか聞いてやらないのか?」
「ふむ・・・。」
リガードは目を閉じる。
だがすぐに息を吸って・・・。
「良いッ!!!」
目をカッと開きながらキッパリとリガードは言った。
「はぁ?」
いやこいつ、ひどくねぇか?
「なんだよ。もし傷ついてたら助けてやりたいとか思わんのかお前は?」
「無論、ルッカの事はいつだって大事!! 助けを求めれば即推参!! 絶対助けるのであるッ!!」
「いや、それだと矛盾してねぇか?」
「ルッカが自分でなんとかしようとしていること、それは『ルッカが乗り越えようとしていること』であるッ!! それはたとえ我であろうと、助けようと手を出せばそれを成そうとするルッカを『邪魔する行為』!! 漢としてそれは笑止千万!! 無粋というものであるッ!!」
「ああ、つまり? 『助けを求めるまで手は出さない』ってことか?」
「ふむ。」
「かなりヤバいことだったらどうすんだよ。」
「大丈夫である!! 本当に困っていたらルッカは我を頼るである!! 我はルッカを信じているッ!!」
「はぁ、なるほどな。」
まぁリガードが何が言いたいかって言うとつまり、『一方的に助けるのは時には独りよがり』、『待つのも一つの信頼関係』ってことだな。
確かにそれも信頼関係としては一つの形ではある。
一概に否定はできないし、こればかりは二人の間のことなんだろう。
外野が茶々入れるのは野暮かもしれんな。
「やぁんもうダーリンってばぁ!! 堂々とそんなに愛語られたら照れるぅ!! あと筋肉ステキぃ!!」
「ルッカお前なぁ、せっかくリガードが良い事言ってんのにノリ軽すぎだろ。つうかお前男選ぶ基準身体かよ!!」
「あんたも筋肉付けないとモテないわよ~?」
「大きなお世話だ。」
「あ、でもあんたその心配ないかもねぇ♪」
「はあ?」
何言ってんだこいつ?
「じゃね~♪」
そう言ってリガードの腕に抱き着きながら去って行こうとするルッカだが・・・。
「あ、そうそう!」
振り返り様に何かを投げて来た。
「?」
それを眼前でキャッチして受け取る。
投げられたのは黄色い液体の入った小瓶。
「あ~げる♪」
「強壮薬?」
強壮薬、疲労回復の効果があるため、長期の移動、探索の多い冒険者が好んで飲む水薬だ。
「そ♪ 疲れてるでしょあんた♪」
「そりゃどうも。」
そう言って小瓶の蓋を開けようとした時だ。
「あ~・・・。」
「あ? なんだよ。」
ルッカが突然変な声を出す。
如何にも『待ってくれ』とでも言いたげな、なんだよ一体。
「今飲むのもいいんだけどぉ・・・。」
「なんだよ・・・!」
なんかめんどくせぇな。
マジで何が言いたいんだよ!
「もうちょっと持ってると良い事が起こるかもね♪」
「・・・はぁ?」
意味が分からん。
「今度こそじゃねぇん♪ ごめんねぇダーリン!」
「いいのであるッ!!」
意味不明な事を言いながらルッカはリガードと一緒に去って行った。
「・・・マジなんなんだよ。」
うん、明らかに何か企んでるよな。
ま、いいか。
とりあえずギルドに---
---行ったら・・・。
「・・・。」
俺は受付カウンターの前で突っ立ったまま無言、真顔。
それもそのはず。
だって目の前にさぁ・・・。
「・・・。」
レレが気絶同然のグロッキー状態で机にもたれかかってんだもんよ。
「・・・何があった?」
「ルッカにいぢめられた・・・。」
無駄だと思って状況聞くと奇跡的に答える気力はあったみたいだ。
「ったく・・・!」
あの女ァ・・・!
最初っからこのつもりで渡してきたなぁ?
くそッ!!
「ああもうッ!! これやるから元気出せッ!!」
強壮薬を懐から取り出し、レレの前に突き出す。
「え? これ・・・。」
レレは顔を上げ、ぽかんとしたまま瓶と俺を交互に見た後に受け取る。
そりゃそうだ。
ぶっ倒れてるタイミングで都合よく強壮薬を持ってくる奴がいるなんてどう考えたっておかしい。
だがそれでも・・・。
「偶々買った強壮薬だッ!! いいから飲めッ!!」
ルッカに乗せられてレレに渡したって体はあまりにも癪だ。
誰が本当のことなんか言ってやるもんかッ!!
「・・・ありがと。」
「あと報告は明日にする!! 今日はお前早めに切り上げて休んでろ!!」
そう言って踵を返してギルドを出て行こうとしたら・・・。
「待って!!」
レレが急に声を張り上げて止めて来る。
「あのなぁ・・・だから報酬は明日でいいって言って・・・。」
無理するレレに呆れながら振り返るが・・・。
「・・・!?」
目の前の光景に固まってしまう。
「んっ・・・んぐっ・・・くっ・・・!」
レレは小瓶の強壮薬を一気飲みしていた。
「・・・レレさん?」
「ぷぁッ!」
困惑する俺を尻目に小瓶の中身を飲み干したレレは勢いよく瓶から口を放して瓶を持ってない方の左手の服の袖で口元を拭う。
「知らなかった? 私、ヤラレっぱなしは性に合わないの! それに、冒険者をサポートする立場のギルドの人間が冒険者に助けられてたら世話ないでしょ?」
「いや、でもお前
「いいから報告ッ!! 書類と魔物の部位!!」
「・・・。」
手を突き出しながらレレに催促され、渋々カウンターに戻り、ボックル村の村長のサインの入った書類と魔物の部位が入った袋を渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・全部で十五体ね。報告どうぞ。」
「ああ。」
オークから切り取った鼻の数を確認しながらレレは淡々と手続きを進行するので俺も討伐の経緯を話した。
「・・・ウルド。」
一通り話し終えると目を閉じて俺に声をかける。
「うっ・・・!」
これは・・・うん、いつものアレだ。
いやでも俺今回は特別ヘマはしてないと思うけどなぁ・・・!
「・・・ごめんね。」
「・・・は?」
え、何?
今ごめんって言った??
謝られた??
なんで????
「・・・な、何が?」
「今朝の事。」
「今朝? あ! あぁ・・・。」
そういえばあったな。
やたらとルタに関して聞いて来て何故かめっちゃ食って掛かられたやつ。
いや、なんでこいつあんなに突っかかって来たんだ?
謎すぎる・・・。
まぁ、ともあれだ。
「興味本位に聞いちゃっただけなのに・・・あんなに踏み込んで聞いちゃって・・・。」
「別にいいって! あの件ならあの時ギルド出てから自警団の奴らの方がやたらとウザ絡みして聞いてきたぐらいだよ。」
「そうなんだ。ああ、あとね・・・?」
「な、なんだよ。」
「妹さん、ウルドとすれ違いだったけど、ギルドに来たよ。」
「え!?」
あいつ・・・!
「・・・あいつ余計な事言ってないか?」
何気なく探りを入れる。
一応俺からはあまり色々言ってなかったから問題ないかもしれんが、もし俺とあいつが言ってる事が食い違うような事があったら怪しまれるかもしれん・・・!
「余計な事って、そんな・・・失礼なことなんか言ってなかったよ? 寧ろ礼儀正しくて・・・死んじゃったお母さんがすごくいい人だったんだろうね。」
「え、ああ。まぁ・・・。」
死んだ母親って・・・!
あいつ、一体何話したんだ!
くそ、めんどくさい事になった・・・!
下手な事言うとあいつと言ってることが噛み合わなくなってバレるかもしれん!
「羨ましいな・・・。」
「羨ましい?」
「私さ。お母さん、私を産んですぐに死んじゃったからさ。よく知らないんだ。お父さんは話してくれるけど、やっぱり話の中の存在でしかないから・・・一緒に過ごした時間があるって、それだけでも羨ましいよ。」
「・・・。」
『アルト・・・ごめんね、いつも手伝わせて。』
ふと自分の母親の事を思い出した。
まだ子供なのに畑仕事を手伝う俺を、自分たちが貧乏なせいで働かせるハメになってるんだって思って負い目感じながらいつも謝ってきてた。
けど俺は別にそんな理由で手伝ったわけじゃない。
ただ手伝いたかったからだ。
今でも思う。
あの時は俺にとってすごく幸せだった。
「・・・ッ。」
ついレレから目を逸らしてそっぽを向いてしまう。
ちょっと泣きそうになったからだ。
「ウルド?」
「なんでもねぇよ。」
気にかけて来たレレをつい意地張って突き放す。
「うん、勝手に不幸語りとかシラけるよね。ごめん。」
「謝るなっつの!」
「・・・。」
突っぱねる俺を気遣ってか、レレは黙ったまま、書類の上でペンを走らせる音が背後から聞こえる。
「妹さん、大事にしてあげなさいよ。」
「あ、ああ・・・。」
端から見たらいい話みたいな雰囲気だが正直罪悪感が酷い。
これからこうやって町のみんなを騙すのかと思うと胸が痛む。
いや、嘘ついてんのは元々か。
それに今の状況になってんのはこっちの嘘が原因、要は自分の撒いた種だ。
元々だが嘘をつき続けて後戻りできない身だ。
だったら開き直って嘘つき続けるだけだよな。
にしても・・・。
「今日のお前っていつもと違ってしおらし
「所でウルド?」
「・・・はい?」
レレの様子がおかしい。
なんかさっきの優しい笑顔と違って明らかに作ったような笑顔だ。
嫌な予感・・・!
「さっき報告聞いて思ったんだけど、『オーク三体相手に正面戦闘』・・・だったっけ?」
あ、察したわ。
これアレだ。
「また無茶してあんたは・・・!」
すぐに作り笑いが崩れ、段々鬼の形相になっていくレレ。
「・・・はは。」
もう乾いた笑いしかでねぇ。
くっそぉ!!
結局これかよ!!
~??? カザ近辺平地~
ガシャン
ガシャン
ガシャン
幾重にもかち合う金属音が等間隔で辺りに響き渡る。
『それ』が歩いているからだ。
空は西の山側が赤く染まり、東の山側が既に闇に染まりつつある状態。
夕暮れだ。
ガシャン
ガシャン
ガシャン
『それ』は歩き続ける。
その金属混じりの足音は止まる事を知らない。
「・・・。」
『それ』はふと足を止めて顔を上げ、前を見る。
目の前には町。
カザの町だ。
「・・・。」
『それ』はその顔を覆っている兜の隙間から光る眼光でカザを見る。
明らかに獲物を見る眼だ。
「・・・。」
『それ』は紫色の霧を辺りに噴出する。
紫色の霧が『それ』を覆うと、霧が晴れると同時に『それ』は消えた。
~ウルド 自宅前~
「ぅぅ・・・ぉぉ・・・。」
不死族のような呻き声を上げながら白目で家の出入口のドアにもたれかかる。
理由はもう分かってんだろ?
そうだよ!!
レレにこってり絞られたんだよッ!!
ったく、元気取り戻したのはいいけどこんな時ぐらい説教とか勘弁してくれよマジで・・・!
・・・にしても。
『妹さん、大事にしてあげなさいよ。』
「・・・。」
なんかいつもと違う顔されると調子狂うな。
なんて言うか、優しい顔だったよな。
「あんな顔・・・すんだな・・・・・・って!!」
何考えてんだ俺!!
あいつはいつも俺に説教かましまくる鬼女だぞ!
何ちょっとそれっぽい気になってんだよッ!!
チョロすぎか俺ッ!!
「だぁぁぁッくそッ!!」
自分の頭をワシャワシャとかき回して思考を紛らわせる。
「ったく・・・!」
主に自分に苛つきつつ、ドアを開けて家に入る。
『ただいま』は言わない。
ルタに『おかえり~!』って出迎えられるのが癪だからだ。
「?」
にしても変だ。
夜と言わずともかなり暗い夕暮れなのに家の中には灯り一つ付けられていない。
今までの一人暮らしならこれで良いはずなのだが今は押し掛け同居人がいる。
それでこの状況はおかしい。
まぁ、安易に考えるなら出掛けてるって考えに至るんだが・・・まぁ、深く考えても仕方無い。
「やれやれ・・・。」
溜め息をつきながら壁に埋め込まれた小さな水晶に手を添える。
すると水晶の中で小さな光がバチッと弾け、家の廊下のランプが一つ、また一つと着いて行き、部屋はあっという間に明るくなる。
生活用の魔道具『蛍光炉』、雷の魔石に手を添えることで魔力を送り、その魔力を家の壁裏などの目立たない場所に張り巡らせた魔力の糸で伝い、それに繋がっている灯り用のランプに光を灯す、と言った原理で、割と日常的に使われている魔道具だ。
辺りが明るくなった所で家の廊下を歩いて行く。
飯でも作るか?
「いや。」
ちょっと汗と血生臭い気がする。
まぁ戦った時の返り血は子供を村に送り届けた後にふき取ったけど臭いはそうそう取れる物じゃない。
じゃあ風呂だな。
「よし。」
とりあえず家の奥へ歩き出す。
脱衣所で脱ぐのめんどくさい、とりあえず上着だけでも脱いで・・・。
「ふぁー、疲れたー。」
愚痴を吐き出すように言葉を吐き出しながら脱衣所に入
「ふーんふんふん~♪」
突如ガラガラと風呂のドアが独りでに開き、鼻歌と共に出て来たのは・・・。
「・・・え?」
ルタだ。
しかもタオル片手のあられもない姿で・・・。
「え?」
ルタもこっちに気づく。
「・・・!」
その場で固まって目を見開いたままぽかんと口を開けていたが・・・。
「・・・~~~~ッ!!」
次第に顔が真っ赤になっていき・・・。
「キャアアアアアァァァァッ!!!」
「ギャアアアアァァァァァッ!!!!」
ルタが悲鳴を上げると同時に俺も悲鳴を上げて即座に脱衣所から逃げていく。
(お兄ちゃんのヘンタイッ!!)
「わ、悪かったってッ!! 入ってると思わなかったんだよぉッ!!」
ドアを背中で必死に押さえながらドア越しにくぐもったルタからの非難になんとか弁解する。
いや、なんでルタがいるんだよッ!!
普通思わねぇじゃんッ!?
家の灯りついてないのに風呂場にいるとかッ!!
・・・・・・・・・いや、待て?
普通はありえないと思うのは当たり前だ。
まさか・・・!
「ルタ・・・。」
(何!! 変態お兄ちゃん!)
「・・・わざとやったな?」
(・・・。)
ルタは黙り込む。
「おい。」
(バレちゃった?☆)
「てめぇ・・・!」
先程の動揺と鼓動はすっかり冷め、怒りが沸々と湧いてくる。
こいつ、わざと家の灯りを消しておいて、俺が誰もいないと思って無防備に風呂場に入ってくるの待ってやがったな・・・!
「男の純情弄びやがってッ!! ふざけんじゃねぇッ!!」
(純情・・・! ぷぷぷ!! ウブだねお兄ちゃんってば!)
「うるせぇッ!!」
俺の怒りの猛抗議を前にルタは反省の色も無く俺を煽って来る。
(所でお兄ちゃん。)
「なんだ変態女ッ!!」
(見たでしょ。)
「ブゥッ!!?」
ルタのとんでもない爆弾発言で口から大量の唾を吹き出してしまう。
(分かりやすいね♪)
「見てねぇっつのッ!!」
断じて見てないッ!!
細身で胸は小さかったが肌に張りのあった綺麗な身体だったことなんて知らない知らない知らない知らないああああぁぁぁぁッ!!!
忘れろ忘れろ忘れろォッ!!!
(嘘ばっかり♪)
「見てねぇっつってんだろ!!」
(ふぅん、そうなんだ~? 勿体ないな~♪ 女の子のいろんなところ見れる貴重なチャンスだったのに~♪)
「ちょっとは見られる事に抵抗しろッ!! 痴女かッ!!」
(私はバッチリ見たよ~? 細身な割に良い身体だったね~お兄ちゃんって♪)
「見てんじゃねぇッ!! あと生々しい感想やめろ変態ッ!!」
(お兄~ちゃん♪)
「今度はなんだッ!!」
(一緒に入らない?)
「ブウウゥッ!!」
ドア越しに近づいて囁くように言われてまた噴き出す。
(だってさぁ、見てないんでしょ~? それなのに私だけ見たんじゃ不公平だと思って♪)
「律義さが謎過ぎるわッ!! なんで変なところ申し訳ないと思ってんだよ!! お前が見たいだけだろ!!」
(否定はしない♪)
「出来れば否定して欲しいんだが!? もういいわッ!! さっさと服着て出て来たら教えろッ!!」
そう言って立ち去ろうとすると・・・。
「駄目だよお兄ちゃん! 上着脱いだままだと風邪ひいちゃうよ!?」
ドアが開いてルタが顔を出す。
一緒に覗かせた肩が布を纏っていない所を見る限りまだ服を着てないみたいだ。
「出てくんなッ!! 全裸の女に言われたくねぇッ!! ったく!!」
半ば逃げるようにその場をあとにした。
---数分後。
「あ、お兄ちゃん此処にいたの?」
風呂から上がり、服を着たルタは俺を見つける。
俺が居たのは台所。
風呂に入れないならと晩飯の支度に取り掛かっていたところだ。
「ご飯なら私が用意してあげるのに~。」
「来たばかりの同居人に飯作らせてばっかりじゃ家主の立場ねぇだろ。」
「律義だねぇ~・・・。」
ルタは呆れながら俺の横に立つと皮むき器でニンジンの皮をむき始める。
「おい、いいって。向こうで待ってろよ。言ったろ? 飯作らせてばっかじゃ
「私が『手伝いたい』って思うからやるの! いいでしょ? あとこれ!」
ルタが何かを俺の前に翳す。
さっき脱衣所に投げ捨ててた俺の上着だ。
「なんだお前、持ってきてたのか・・・は、ヘクシっ!!」
「お兄ちゃん・・・。」
丁度くしゃみが出た俺にルタは呆れ気味に鼻で笑って来る。
「だから言ったじゃん? 『風邪引くよ』って。」
「うるせ、元はといえばお前のせいだ。」
「そう言うことにしといてあげる♪」
「なんで上から目線なんだよ。ったく・・・。」
相変わらずウザいルタの返しに呆れつつ服を受け取って着た後、料理を再開する。
包丁で剥いていたジャガイモを一口サイズに切り分けるとその下に包丁を滑らせて纏めて持ち上げ、鍋に運んで投入する。
「へぇ、手際いいね。」
ルタは俺の手元を覗き込んで感心する。
「別にこれくらい普通に出来るだろ。」
「自炊はよくするの?」
「お前冒険者がどいつもその日銭で毎日飯屋で豪遊してるとでも思ってんのか?」
「違うの?」
「こんな危険な魔物の少ないのどかな片田舎じゃ稼ぎも悪いし、金のやりくりだって大変なんだぞ? 自炊出来なきゃすぐ財布の中身なんざすっからかんだ。」
「へぇ、よく自炊してるってホントだったんだ。」
「は? 何言ってんだお前?」
「ルッカさんに聞いた。」
「そういえばお前・・・!」
「うん、ギルドに顔出してきたよ。」
突然のふざけたニュースに手を止めてる俺を尻目に淡々とニンジンを切り分けながらルタは話す。
「余計な事言ってないだろうな。」
「あ~・・・。」
ルタは突如手を止め、バツが悪そうに目を逸らす。
「・・・なんだ言え。」
「ちょ~っと痛いとこ突かれて苦し紛れに一芝居・・・。」
「お前それだいぶマズいんじゃねぇか!? つうか、なんだよ痛いところって!」
「文字通り、『痛いところ』☆」
そう言うとルタは首が見えるように俺から反対方向へ頭を傾け、襟元を引っ張って見せつけるように首に巻かれた包帯を見せて来る。
「・・・ああ。」
昨日俺が付けた傷だ。
いや、正確に言うと俺の剣を使ってルタが自分でつけた傷だ。
「おかげで『母親が他界したせいで荒れた父親から虐待受けた哀れな美少女』って言う設定付けるハメになっちゃってさ。」
「『美少女』とか盛りやがってよぉ・・・つうかそういう事か、レレが言ってたの・・・。」
「何か言ってたの?」
「あいつの母親、あいつを産んですぐ死んだんだよ。」
話しながらジャガイモを入れ終えたので俺は手前の小さな調味料棚からコンソメを取り出して鍋に入れて混ぜる。
「ありゃ。」
気の抜けた声を出しながらルタはニンジンを再び切り始める。
「だからたとえ今は死んでたとしても一緒に過ごした時間があったのが羨ましいんだとよ。」
「ふーん、でもそれお母さんが死んだ可哀想な妹本人に話していいの?」
「その話が『本当』ならな。この嘘つき女が・・・。」
「それはお兄ちゃんも一緒でしょ? 『嘘つき英雄』さん♪」
得意げに片目を閉じてルタは一口サイズに切り分けたニンジンを乗せていたミニサイズのまな板ごと俺に渡して来る。
「うるせぇ、あと俺の事『英雄』って呼ぶのやめろ。不快だから。」
受け取ってニンジンを鍋に入れ、鍋をお玉で混ぜながら俺は悪態を吐く。
「不快なの?」
聞きながらルタは左隣の冷蔵庫からひき肉と卵を取り出す。
「俺にとっちゃ不快だ、二度と言うな。言ったら殺す。」
「殺してくれてもいいよ?」
開き直りながらルタはひき肉を足元の棚から取り出したボウルに一握りほど入れる。
「チッ、ウゼェ・・・このイカレマゾ女が・・・!」
「酷い言われようだねぇ。」
軽口で心にも無い言葉を口ずさみながらルタは卵を調理台の角で一つ割って中身をボウルに入れて殻を流しのザルに放り込む。
「言われて当然のことしてるからだろ。いっぺん自分の姿鏡で見てみたらどうだ?」
「多分美少女しか映りま、せんッ!」
また開き直りながらルタはボウルの中身を手でかき混ぜ始める。
「マジウゼェ・・・!」
このポジティブ変態女め・・・!
---そんなこんなで飯を作り終わって俺達は料理をテーブルに並べる。
テーブルの上にはカップに入った野菜のコンソメスープ、その右にレタスを添えたハンバーグ、その隣に添えるようにパンが並んでいた。。
「はい、それじゃ! いっただっきまーす!」
「いただきます。」
向かい合うように座りながら元気に合掌するルタを尻目に淡々と合掌する。
「もっと元気よく!!」
「お前ひとりでやれ。」
「もーぅいけずだなーお兄ちゃんってば!」
「お前のその嘘くさいノリにゃついていけん。」
言いながらパンを口に運ぶ。
「嘘じゃないもん!」
「その言葉自体が嘘かもしれんだろ。」
「そうかな? ふふ・・・。」
無邪気に返したかと思ったらルタは急に怪しく笑い、目を閉じると・・・。
「こういう『私』も、案外貴方を欺く為の『嘘の姿』かもしれませんよ?」
「ッ!」
急に豹変して大人びた顔になったルタの姿にギョッとして野菜スープに入れたスプーンを止めてしまう。
「急に黒モードになるんじゃねぇッ!」
「ふふ♪」
俺の罵声も何処吹く風とばかりに楽しそうにルタは目を細めて笑う。
「『目の前にあることだけが真実とは限らない』・・・見えない真実を確かめる手段がない以上、信じる事も疑う事も愚策と言えます。」
急に哲学的な事を話しだすルタ。
「信じるのも疑うのもダメって・・・どうすりゃいいんだよ。」
「どちらも愚かであり、どちらも正しいとも言えます。確実に正しい選択肢がない以上、個人の自由です。だから、貴方のようにやみくもに疑う事も愚かですが、間違ってはいないと言えます。」
「虚仮にした言い方だな。まぁ、どっちが正しいにせよ、最初から俺はお前の事を信用してねぇけどな。」
「今はそれでもかまいませんよ。貴方もそのうち、色々見て知る事になるでしょうから。」
「・・・何が言いてぇ。」
明らかに含みのある言い方だ。
「ふふ♪ さあ、何でしょうね♪」
俺の疑念の眼を受け流すようにルタは涼し気に笑う。
「・・・。」
喰えない女だ。
そう思いながらハンバーグにフォークを刺
「所でお兄ちゃん!!」
「うわッびっくりしたッ!!」
急に大人びた表情からまた豹変して子供っぽくルタはガバッと突き出て俺に声をかけて来たせいでフォークから手を放してしまい、皿に落ちたフォークの取っ手がカチャンと派手な音を立てる。
「お兄ちゃんってエッチな本何処に隠してるの!? 全然見つからないんだけど!」
「話題変えて来たかと思ったら何言い出しやがんだてめぇはッ!!」
「本棚に本が並べてあるかと思ったら勉強っぽい本ばっかりだし、真面目すぎてつまんないな~!」
「いいだろ別にッ!! つうか勝手に人の部屋家探ししてんじゃねぇッ!!」
「どれも『商業の本』だったねぇ。」
「・・・趣味で読んでるだけだ。」
吐き捨てるように言いながらフォークを再び手に取ってハンバーグを口に運ぶ。
「商人の仕事、興味あるの?」
「昔な。」
「今は?」
「冒険者でしか食っていく手段がないし、『目指す理由』がなくなったからな。」
「目指す理由?」
「お前に話す義理はない。」
「もーっ、突き放されるとルタちゃん泣いちゃうよ? およよ・・・!」
「うるせぇ! わざとらしく泣くな! つうかギルドの奴らの件といい、なんで俺の事あれこれ嗅ぎまわってんだ。」
「お兄ちゃんのこと、知りたいから♪」
無邪気に笑いながらルタは答える。
嘘くせぇ・・・!
「何でそんなに知りたがる。」
「お兄ちゃんと早く仲良くなりたいから♪」
う~わ嘘くせぇ・・・!
「お前、何企んでんだ?」
「企んでなんかないよ! これは純粋に本当のことだから! 信じてほしいな~♪」
「さっき『信じる信じないは自由』って言ったよな?」
「え~、そんなこと言ったっけ?」
「こいつ・・・!」
「にひ♪」
歯をかみ合わせたまま無邪気に笑うルタ。
調子のいい奴だ。
けど・・・。
「・・・・・・。」
「どうしたの?」
黙って視線を逸らす俺を気にかけてルタは声をかけて来る。
「なんでもねぇよ。」
苦し紛れに誤魔化す。
別に隠す程の事でもないけど・・・。
こうやって誰かと食卓囲んで飯食ったの、久しぶりだったんだよな。
~リメイク前との変更点~
・家の灯りに魔道具の描写
理由は『ファンタジー世界の感じ薄すぎじゃね?』って思ったためw
・本来風呂イベントの直後に起こるイベントを次回に持ち越し
例のアレの登場が唐突すぎたし、この後の展開で話しますがそれの布石が少なすぎたため