#02 謎の妹
~ウルド 自宅~
―――翌日。
「ん・・・んん・・・!」
ジリリリリリと甲高い金属音が聞こえて俺は掛布団から手を伸ばして音の元凶の目覚まし時計を止める。
早起きをしたい質なので町の雑貨屋から音の出るやつを買っていた。
時刻は六時。
「ふあぁ・・・ぁっ・・・ぅぅん・・・!」
ベッドの上で上半身だけ起こして毛伸びをする。
冒険者の朝は早い。
ギルドはまだ開いてないだろうがこんな時でもやる事はある。
武具や道具の手入れ、いつでも魔物と戦えるように備えての鍛錬、だがそれらをする前にまずしておきたいのが・・・。
「お兄ちゃぁん!! ご飯出来たよぉ!!」
「・・・。」
『朝食の準備』・・・先を越されたみたいだな。
「あーさーだーぞーって、あ、もう起きてる。」
「ああ、残念だったな。」
「むぅ・・・せっかくベッドに潜ってあれやこれやしながら起こす妹イベントやろうと思ってたのにぃ。」
「なんだあれやこれやって!!」
「知りたい?」
「いや知りたくねぇよ!! 何が妹イベントだふざけんな!!」
「お兄ちゃんがもうちょっとお寝坊だったらなあ。」
「今人生で一番自分が早起きで良かったって思ってるよ。てかお前何時に起きた。」
「五時だけど?」
「ジジイかッ!! なんでそんな早く起きる必要があるんだよ!!」
「洗濯してぇ、お兄ちゃんの服用意してぇ、朝ご飯作ったらちょうどお兄ちゃんが起きるぐらいの時間だから。」
「メイドかッ!!」
「妹メイド!!」
「黙れ・・・! てかちょっと待て、なんで俺が起きる時間把握してるんだよ!」
「妹だから!」
「説明になっとらんッ!!」
「ほぉら! いつまでもベッドの上で妹が潜り込むの期待してないで早く起きて!」
「誰が期待するか!!」
「はい起っき!」
「うるせぇ、ったく!」
ルタに散々おちょくられて手を引っ張られながらしぶしぶ起きるとそのままリビングへ、部屋に着くとテーブルの上には既にレタスとトマトを添えたベーコンエッグと小さなカップに入った野菜スープ、昨日俺が買ったクロワッサンが並んでいた。
「はい一緒にぃ? いただきます!」
「いただきます。」
互いに向き合うように座って合唱と同時に食事に手をつける。
「・・・。」
俺はパンを手に取るが口をつけずルタを眺めながら昨夜のことを思い出す。
―――先日の夕暮れ。
「お前は誰だ!!」
剣を構えながら引け腰状態でルタに対してがなり立てる。
「ふっ・・・。」
ルタは含み笑いと共に目をゆっくりと閉じる。
「探しましたよ、お会いできて光栄です、『閃光の英雄』。」
「!!」
ルタは薄目でまっすぐこちらを見る。
今の言葉と合わせるとその雰囲気は、先ほどまで子供のように『お兄ちゃん』とかふざけたこと言ってた少女の姿はなく、怪しく見えるほど知的で大人びた女の姿だった。
「そう言う認識で俺の事を呼ぶって事は・・・。」
俺は今にも鞘から抜きそうだった剣から手を放して構えを緩める。
「王都の人間・・・いや、『国王の使い』か。」
「まぁ、そんなところです。」
「それで? 王様の使いとやらが俺に何の用だ?」
「魔王を倒して王に報告しに行った時、近衛騎士団の団長職にスカウトされましたよね? 貴方。」
「・・・。」
俺はそれを聞いてそっぽを向く。
「帰ってくれ、もうその話は終わっただろう。」
そう、この女の言うとおり俺は魔王を倒した後にこの国の王に呼び出され、魔王と倒した時の詳細を報告した。
王様は俺に称賛の言葉を贈り、俺にその意思があるのなら近衛騎士団の団長職に着かせてくれることを約束してくれた。
だが俺はその話を断った。
「王が貴方にこの話を持ちかけた理由、分かってます?」
「何を今更、向こうからすりゃ俺は魔王を倒した英雄とかだろ? 大方
「『騎士団に加えたらいい戦力になるだろうとかそんなとこだろ』。」」
「・・・。」
急に言葉を挟んで来たかと思ったら俺が言わんとする事を見事に言い当ててくる。
「なんだよ。」
「そんな理由なら良かったんですけどね。」
めんどくさくなってきて振り返りながら半ば食って掛かるような形で問いかけるとルタは呆れたように答える。
「意味分かんねぇよ。」
如何にも『違う』と言いたげな口振りだ。
「だったらなんだ。」
「貴方は大陸全土の各地で火山の噴火が起こって大陸全土が火の海になるような大災害を、それ以上の冷気を放ち、鎮めてしまう魔法の杖があったらどうしますか?」
「あ? なんだ急に・・・!」
「山のように巨大な巨人を一刀両断するような伝説の剣を、貴方ではない誰かが持っていたら?」
「話が見えん。」
「どうなんですか?」
「・・・。」
答えなきゃ話が進まなそうだ。
「そんな物騒な奴とは関わらない。トラブルはゴメンだからな。」
「『トラブルはゴメン』・・・ですか、であればその相手から一番されたくないことは?」
「聞くようなことか? 普通に考え、て・・・。」
言いかけてハッとする。
「ったく、そう言うことか。」
こいつの言わんとする事を理解した。
「『その剣を向けられたくない』、普通は誰だってそうです。」
「つまりあれか。『魔王より怖い奴は管理したい』、でわざわざ王宮に呼んでスカウトか?」
「そんなところです。」
「ッハ、わざわざ余計な気苦労してご苦労なこった。『取り越し苦労』って事も知らずにな。」
「・・・。」
呆れ気味に皮肉を吐く俺をルタはなにも言わずに静観する。
「権力だの地位だの、どいつもこいつも下らねぇ。そんなものに関わるつもりもないからこんな田舎に隠れてんだろうが。」
「ええ、そうでしょうね。ですがそれでも枕を高くして眠れない国も多いんです。」
「だから俺が夜な夜な色んなお国の王様の首取りに行ったり、クーデター企てたりしないようにお目付け役を着ける為にお前を寄越した・・・そんなとこか?」
「ふふ♪」
ルタはその可愛らしい顔に似合わない含み笑いをして近づいてくる。
そしてゆっくり手を伸ばすと俺の胸元に手を当てて来る。
「そんな甘い考えでよく生き残れましたね。」
「ッ!!?」
ルタの言葉で寒気を感じて瞬時に距離を取る。
「おやおや。」
「てめぇ・・・!」
認識が甘かった・・・こいつ、国王の『使い』とかそんなチャチなもんじゃねぇ!!
「俺を始末しに来た刺客か!!」
「まぁ、強ち間違いではないですかね。」
「最初っからそのつもりか!!」
マズイ・・・この手の奴は一手一手油断がならない。
さっき触れられた時にすでに何か仕込まれたかもしれない!!
そう思うと胸の奥がざわざわして冷や汗が出る。
「フッ・・・。」
またルタは怪しげな含み笑いをする。
そして親指と中指を合わせた右手を目の前に翳し、如何にも指を鳴らすかのような形をとる。
「ッ!!」
やっぱりだ!!
さっき触られた場所に何かされた!!
「ぐッ!!」
「ふふ♪」
すぐに胸の奥の何かを出そうインナーの胸元に手を突っ込んだが既に時は遅く、ルタが指をパチンと鳴らすと何かがパンッ!!と派手に胸の上で弾ける。
だが・・・。
「・・・・・・・・・?」
確かに何か起こった。
だが俺の胸から出て来たものは何処から現れたかもわからない鳩と紙吹雪。
それと一緒に毒の霧やら刃物的な物が出てくることはなかった。
「あっははははは!!」
「・・・???」
ルタが笑っているが未だに状況が掴めない。
「いっつじょ~く☆ ふふ、冗談です♪」
「・・・は?」
は?
いやいや意味が分からない!
「暗殺者がこんなあからさまな仕掛けするわけないでしょう? 貴方を殺すつもりならとっくに仕掛けてます。」
「・・・どういうつもりだ。」
「見ての通りです。あなたを殺すつもりなんてありませんよ。」
「てめぇ・・・だったら俺をどうしたいんだ!」
「確かにあなたの推測通り、あなたを殺せば一番合理的かもしれません。けど魔王を倒した英雄を殺した国というレッテルを張られる訳ですから、王としても外聞はよくありません。」
「だったらどうするつもりだ。」
「殺せないのであれば無力化すればいいだけ。」
「無力化?」
「ええ、貴方が国や王に謀反を企てようなんて考えられないようにすればいいだけ。至って平和でしょう?」
「夢みたいなお話だな。で? どうやってそれを実現するってんだ?」
「簡単な方法があるでしょう?」
「なんだよ。」
「ふふ♪」
またルタが含み笑いをしながらこっちに近づいてくる。
「例えば・・・。」
ルタは右手の指先をゆっくりと撫でるように俺の腹へ滑り込ませる。
「私みたいな『年頃の若い女』を使って・・・。」
今度はゆっくり歩いて後ろに回り込みながら左手を俺の首筋に滑り込ませる。
(籠絡しちゃったりとか。)
耳元で息を吐きかけるように艶の入った声で囁きながら後ろから密着し、大胆に右足をあげると巻き付けるように俺の右太ももに絡ませる。
左手は中指の腹でスリスリと俺の首筋を撫で回し、俺の腹部を触っていた右手は徐々に下に降りて行き、今にも俺のズボンの中に侵入しようとしていた。
だが・・・。
「はっ。」
俺は鼻で笑いながらルタを振りほどいて離れる。
「悪いがその手の交渉は却下だ。好きでもない女を抱く趣味はないし、色恋沙汰に関わるつもりもない。」
「・・・・・・ふっ。」
背を向けたままの俺の話を聞いて少し黙ったかと思えば後ろからルタの鼻で笑うような声が聞こえる。
「ええ、ええ、知ってますよ。貴方がこの世で操を誓った相手はただ一人。」
「・・・。」
「聖女セレス。」
「ッ!!!」
瞬間、俺は即座に剣を抜きながら振り向くと同時にルタに距離を詰め、顔面に向かって剣を突き出す。
「・・・。」
ルタは無傷のまま動かずその場に立っていた。
俺が剣を寸止めしていたからだ。
だがその刃先はルタの右目の眼球の前一センチ、俺の手元が狂えば、或いはルタが何かの拍子に動けば惨いことになる状態だ。
「一度目は許してやる・・・けど次にその口で同じ名前を言いやがったら今度は殺す。」
「・・・ふふ。」
刃から視線を俺に変え、ルタは不敵に微笑む。
「・・・。」
『コイツはヤバい』。
普通は刃を向けられたコイツが思うべきことの筈だ。
けどそれをあろうことか、刃を向けた俺が思ってる訳だ。
いくら手練れでも瞬間的に剣を抜かれて襲いかかられたらビビらずとも身構えるものだ。
だがこいつは全く動いていない。
突然の事で動けなかった訳でもない。
そんな奴なら自分の状態に気づいた途端にびくりと身体を震わせたりする筈だ。
だがこいつにはそれすらない。
刃が迫る刹那の瞬間も俺を静観していた。
まるで俺が寸止めするのを最初から分かっていたかのように・・・。
「怖い怖い、怖いなー。こんな野蛮な物出されたら怖くて話も出来ませんよ。早く仕舞ってくれませんか?」
「・・・。」
目がそう言ってねぇだろうが。
「チッ・・・。」
忌々しい気分で剣を仕舞う。
こいつの要求を飲んだ訳じゃない。
脅しが全く効かないからだ。
「まぁ目的はもう一つ、というか、こっちの方がメインなんですけどね。」
「まだなんかあんのか。」
いい加減うんざりしてくる。
「それは・・・。」
「それは?」
「貴方のカウンセリングです。」
「・・・カウンセリング?」
また意味不明な事を言い出したな。
「ええ、貴方の心のケアです。」
ルタはまた近づいて来て指さすように俺の胸に右手の人差し指を当てる。
「必要ねぇ。大きなお世話だ。」
「ふふ、そうでしょうか?」
またルタは不敵に笑いながら問いかける。
明らかに何か良からぬ事を考えてる顔だ。
「何が言いてぇ。」
「貴方はあの戦いで色々失ったでしょう。今の貴方は、どんなに時が経とうと決して塞ぐことのできない『心の穴』がある筈です。」
「そんな物はねぇ。」
「果たして否定できますかね?」
「・・・っ。」
ルタの言葉が胸に刺さって言葉が詰まる。
「・・・。」
ルタは何故か自らの胸に手を当てて目を閉じる。
「聖女と~勇者~ 魔王の城へ~♪ 迎え~討つは~ 幾千の~魔王の兵士~♪」
「ッ!!?」
吟遊詩人の歌・・・『霧払いの英雄譚』!!
「ぐぅッ!!」
思わず歯を食いしばって両耳を全力で塞ぐ。
「勇者~の~剣は~敵を薙~ぎ~♪ 勇者~の~魔法~は~敵を焼~き~♪ 聖女~の~道を~ひ~ら~く~♪」
「やめろ・・・!」
「城を~駆け上~がり魔王の元へ~♪ 聖女~と~勇者~ 魔王の前へ~ 玉座の~魔王~不敵に笑う~♪」
「やめろぉッ!!」
「勇者~と~聖女~ 魔王へ挑む~♪ 迫る~勇者の剣魔王~の喉元へ~♪ しかし~て~魔王~は~剣を払い~♪ 戦~い~は~幾千の~刻を~刻む~♪」
「もういいやめろぉッ!!!!」
「戦場~に~横た~わるは三つの死体~♪ 傍~らにあ~る~は~聖女の死体~♪」
「やめろっつってんだろッ!!!」
「残さ~れし~最後~の~希望の勇者♪ 哀し~みを殺し~ 友の~魂~ 剣に~込~め~ 魔王~の~懐へ~♪ 輝~きし~閃光の剣~が~ 魔王~の~身体~首を~裂~く~♪」
「やめてくれよ・・・!」
「最後~に~大地~に~立~ちし~勇者~映えあ~る~その名~は~・・・」
「やめろおおおおおおおおぉ!!!!!!」
「『英雄アルト』~♪」
「・・・。」
ルタが最悪な歌を歌いあげると俺の中の何かがぷつんと切れる。
「はは・・・。」
思わず笑い声が漏れる。
「はははははははは!! はははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
大声で馬鹿みたいに笑う。
愉快な訳が決してある訳がない。
後悔、怒り、悲しみ、絶望、悔恨、喪失感、虚無、あらゆる黒い物が俺の心を黒く塗りつぶしていくからだ。
そして・・・。
「あああああああぁぁぁぁぁッ!!!!」
ありったけの怒りを込めて叫ぶ。
「あは☆ あははは☆」
ルタは俺の滑稽な姿を嘲笑うかのように楽し気に笑い出す。
「吟遊詩人も馬鹿ですよね♪ 貴方の仲間を『友』だなんて♪」
「・・・!」
尚もルタは追い打ちをかける様に煽って来る。
「『友』なんてそんな軽いものじゃないでしょう?」
「てめぇ・・・!」
分かってて言っている・・・!
そうだ。
俺だってその吟遊詩人達の認識が浅はかすぎるバカだと思っている。
何故なら・・・!
「『家族』・・・貴方にとって仲間は『家族』であり『居場所』、何を差し置いても守りたかった貴方の全て・・・それを失って心に穴が開かない訳がないでしょう?」
「だったらなんだぁッ!!」
「うふふふ♪」
怒り狂う俺を嘲笑いながらルタは何故か両手を斜め前にかざし、ハグの構えを取る。
「私が新しい『家族』になります!」
「なん・・・だと・・・!」
こいつ・・・!
「私が新しい家族になりますと言っているんです! これからの人生、あなたのそばで寄り添い、あなたと悩みと喜びを分かち合い、あなたの仲間と同じ『家族』としての絆を育むのです!」
語りながらルタは場違いな程無邪気な笑みで微笑む。
「ね? 素晴らしい『カウンセリング』でしょう?」
「・・・。」
この言葉で完全にキレた。
「ふッざッけんなあああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
完全にブチ切れた俺は近くのテーブルにあった料理を払いのけて床に叩きつける。
派手に皿が割れる音と共に床に料理が散乱する。
「てめぇなめてんのかッ!!!? 家族ってものをなんだと思ってやがんだッ!!!!」
「・・・。」
剣を抜いて吠える俺に対してルタは一つも笑みを崩さず俺を静観する。
「家族ってのはなぁ・・・替えが利いちゃいけねぇんだよッ!!! 替えが利かないから『家族』なんだよッ!!!」
怒りに身を任せてルタの胸倉を掴み、剣の切っ先をルタの眼前に突きつける。
「出てけ・・・これ以上この場でその汚ねぇ御託並べんのならてめぇを
「殺してください。」
「・・・は?」
突如ルタが口から発した言葉に、怒りがふっと冷める。
「どうせ帰っても私、死にますから。」
「は? なんだよ、それ・・・!」
「私のこの任務、王が他国に黙って出した密命なんですよ。」
「密命・・・? なんで秘密にする必要があるんだ・・・!」
意味が分からない。
俺を世界の脅威とするのなら殺すか無力化するのはどの国だって共通認識のはずだ。
だったら秘密にする理由なんて・・・!
「ハッタリ抜かすな!! 第一、それでお前が死ぬのと何の関係がある!!」
「貴方は世界の脅威、それと同じくらい抱き込めば強力な戦力となる『有能な駒』。そう言う意味で貴方を欲しがる国が多いんです。」
「だったらなんだ!!」
「分かりませんか? 今、使いの私と貴方が接触する行為、これは紛れもなく王の『抜け駆け』。他国に知れれば怒って牙を向く国もあれば、対立国もこれ幸いと王の不祥事と託けて情勢を操作するでしょう。」
「・・・!」
ルタは剣を持っていた俺の右手を掴む。
「私は『王の不祥事の生きた証拠』。この任務が達成できなかったとあれば生かしておく理由なんてないでしょう?」
「ッ!」
ルタはそのまま俺の手を動かして剣の切っ先を自分の喉元に突きつける。
「分かったでしょう? 戻れば私は秘密裏に処刑される身、運命が決まって死ぬのを待つくらいなら、いっその事・・・。」
「な・・・おい・・・!」
ルタは俺の手を掴んだ手に力を込める。
すると剣の切っ先が徐々にルタの喉元に迫り、喉元に僅かに当たって血が一筋流れ始める。
「ほら、もう少しですよ? 貴方が剣を前に押すだけで、この汚い言葉を発する喉を潰せるんですよ?」
「う・・・!」
なんでだ・・・!
さっきまで俺はこいつを殺そうとしてたんだぞ!?
なんで今、俺は・・・!
「どうしました?」
「う・・・うぅ・・・!」
「なんで抵抗するんですか?」
「くっ・・・!」
ルタは力を緩めない。
何の躊躇もなく俺の剣で自分の喉を貫こうとしていた。
それを俺が必死に腕を引いて止めている。
なんでだよ・・・なんで俺、死のうとするこいつを必死に止めてんだ!?
「どうせ死ぬなら、貴方に殺してほしい。」
「何いってんだ!!」
「覆面を被った、顔も分からない処刑人の斧で首を落とされるくらいなら、顔の見えるあなたの方がいい。」
「ふざけんなッ!!」
なんだよ・・・なんだよこの状況・・・!
訳わかんねぇ!!
「なんでそんな簡単に死ねる!! 死ぬのが怖くねぇのかッ!!」
「どうして?」
「は?」
「人はどうせ死ぬんです。だったら人生の幕引きなんて、早めに終わらせた方が楽でしょう?」
「な・・・?」
何言ってんだこいつ・・・狂ってんのか!?
「どうして躊躇うんですか? 私、貴方とは赤の他人ですよ?」
「・・・!」
そうだ・・・そうだよな・・・!
「だったら殺してやるよ・・・! さっさと死ね、この死にたがり女・・・!」
俺は剣を引く手を緩める。
「ふふ・・・。」
するとルタの喉元に僅かに刺さった剣は徐々に彼女の喉に沈んでいく。
「バイバイ、お兄ちゃん♪」
ルタは無邪気にほほ笑んだ―――
「―――!!」
数秒時間が飛んだ。
いや、俺の意識が飛んだのか?
いや、それより・・・なんだよこの状況・・・!
「なん・・・で・・・!」
俺はルタを抱きしめていた。
先程握っていた剣は丁度今、後ろの方でカランと金属音を立てて倒れて床に寝ていた。
「わぁ・・・!」
腕の中でルタは嬉しそうな声を上げる。
「あったかぁい・・・。」
そう言って目を細める。
「この温もりの中で死ねるんですね・・・幸せ・・・。」
「・・・!」
この女・・・狂ってる・・・いや、狂ってるなんて生ぬるいもんじゃない!!
壊れてるんだ・・・!
何か人としてタガが外れてるんだ・・・!
いや違うッ!
「ふざけんな・・・!」
こいつ、分かっててやってるんだッ!!
俺が殺せないって分かって・・・!
「ふざけんな、チクショウ・・・!」
確かにこいつは『赤の他人』だ。
だが・・・。
「なんでだよ・・・!」
俺と関わったせいで死にそうになっている。
だからもう『他人』じゃない・・・!
「なんでどいつもこいつも・・・俺の前で死ぬんだ・・・! だから誰とも関わりたくなかったのに・・・!」
こいつの前で剣を突きつけて脅す自分が愚かだった。
こいつの方が『脅迫』という物を心底理解している。
相手の深層心理にまで脅しかけ相手の心を束縛する。
それが出来るこいつに対して、俺が『ノー』と言うことは・・・。
「分かったよ・・・くそ・・・!」
不可能だった。
理不尽だ。
恐らく先程から煽ったのもわざとだ。
俺がどんなに怒り狂っても歯向かおうと出来なくするために・・・!
「お前の兄だろうがなんだろうがなってやる・・・! だから勝手に死ぬんじゃねぇ!! 自分の命を大事にしろ!!」
「ふふ・・・。」
またルタは笑う。
「優しいんですね。」
ルタは俺の胸の顔を埋め、背中に腕を回して抱き着く。
「お前があんな脅しするからだ・・・!」
「貴方が他人の命をなんとも思わない、血も涙もない人間だったら出来なかった脅しです。」
「てめぇ・・・!」
「ふふ♪」
「?」
ルタは突如俺から離れる。
「ではこれより、貴方の『妹』として・・・。」
ルタは貴族のような挨拶の様にスカートの両端をつまんでお辞儀をする。
だが次の瞬間!
「ッ!!?」
急に顔を上げて腰に手を当てて思いっきり俺に向かって突き出すように人差し指を指す。
「世界を守る為にあなたをシスコンにしますッ!!」
「言い方ぁッ!! それ誤解されるからぁッ!!」
「えいッ!」
「!!?」
俺のツッコミもガン無視されながらルタは抱き着いてくる。
「これからよろしくね♪ お兄ちゃん♪」
「いやもう無理があるだろそのキャラッ!!」
―――「んん~! 我ながら上出来!」
ルタは無邪気な顔で美味しそうに朝食にがっついていた。
「・・・。」
昨晩のあのドス黒い腹黒女の顔なんてまるで無かったかのような明るい少女の顔だ。
うん、やっぱり無理があるよな、あのキャラ見た後だとこれは・・・。
「どうしたのお兄ちゃん? さっきから全然食べてないよ?」
「あ、ああ・・・。」
スープの入ったカップの取っ手を持って口に運ぶ。
「・・・。」
「美味しい?」
「・・・っ。」
「お~い~し~い?」
「美味いよ! ったく・・・。」
ムカつくが美味い。
確かに昨日俺が帰宅するまでに張り切って飯作ってただけはある。
「んふ♪」
ルタは満足げにほほ笑む。
ったく、笑顔が可愛いのが逆にムカつく。
あ、そうだ。
「なぁ。」
「何?」
「ルール作らないか?」
「ルール!? なになに!?」
わざとらしくルタは興味津々に聞いてくる。
「まずお前、俺を『アルト』って呼ぶの禁止な?」
「ホントの名前なのにぃ?」
「ホントの名前だから嫌なんだよ! その代わり、お前の正体に関しても俺の口からは言わない。色々聞かれてもどうにか口裏も合わせてお前の妹って周りに言っとくよ。」
「『二人だけのヒ・ミ・ツ☆』ってことだね?」
「変な言い方やめろ。」
「イケナイことしてるみたいだね♪」
「だから違ぇって!!」
まぁ、町のみんなに対してやましい気持ちがないとは言い切れないのは事実だが。
「けどそれってわざわざルールにするべきこと?」
「お前は色々と油断ならないからな、ある程度そう言う言質取ってコントロール下に置いたほうがいいだろ?」
「会って間もない女の子に首輪付けちゃうなんて中々鬼畜だね。」
「初対面の相手にあれだけの事やったお前にだけは言われたくねぇ。」
「あ、もしかして女の子をペットにして『ご主人様~』とかそう言うのが好み?」
「んなわけあるかッ!!」
「お、お兄ちゃんがそう言うのが好きなら私は別に・・・。」
「うるせぇ頼んでねぇ!! わざとらしくもじもじすんな腹立つ!!」
ホンットこいつは口を開けば余計な事ばっかり・・・!
ああもうッ、初日の朝から頭痛が・・・!
「あ、じゃあ私からもいい?」
「なんだよ。」
正直嫌な予感しかしねぇけど。
「んーと確かここに・・・。」
ルタは立ち上がると近くの棚の引き出しをゴソゴソと漁る。
てか待て?
なに人ん家の場所勝手に私物化してんだこいつは。
「こっちかな、あ、あったあった!」
ルタは人ん家の棚に勝手に入れたものを取り出すと、俺の近くまで走って来て目の前のテーブルに置く。
「・・・腕輪?」
持って来たのは銀色のブレスレットだ。
特に装飾も無く、網目状に編まれただけの単純なデザインの腕輪だ。
「で? これを?」
「着けて♪」
「嫌だ。」
「なんで?」
「『なんで?』じゃねぇよ、どう考えても怪しいだろ。」
「怪しくないよ!」
「そう言うのが一番怪しい。ってか・・・。」
俺は腕輪を手に取る。
「微妙に魔力が漏れ出てるぞ?」
腕輪からは白い魔力が蝋燭の煙の様に上に向かって魔力が漏れていた。
目に見えている訳ではない。
魔力は視覚や聴覚とは別の『魔覚』という第六感の感覚で感じ取ることが出来、原理は不明だが色や形も正確に判断できる。
それは視力や聴覚と同じように敏感であれば遠くの魔力ですら感じ取る事が出来る。
因みに俺は大体普通の人と同じくらいの感覚だ。
「大丈夫! 着けても害はないよ! ほら!」
ルタは左腕を上げて手首を見せる。
その腕には同じ腕輪が着けられていた。
「ほら! なんともない! 安ぜーん!」
「・・・。」
正直全然信用出来ないがルタが着けている腕輪も同じような魔力を感じる。
どうやら形だけ似せた偽物ではなさそうだ。
「分かったよ、ったく・・・。」
渋々腕輪の留め金を外して開いた腕輪に腕を乗せる。
「・・・。」
正直また騙されてるんじゃないかって気がない訳がない。
だが『着ける』と言った以上はもう戻れない。
ええい、ままよ・・・!
「・・・!」
腕に嵌めて留め金を閉じた瞬間に目を瞑って僅かに力んだが何も起こらなかった。
どうやら安全みたいだ。
「で? 着けたからには教えろよ。これ一体なんなんだ?」
「お守り♪」
「お守り?」
「絶対、外したらダメだよ?」
「・・・!」
急にゾクっとした。
笑顔でルタは言ったが、目が完全に笑ってなかったからだ。
「なんだそ
「さぁてお買い物お買い物!! 朝市の食材安いからね!!」
「あ、おい!」
急にルタは部屋から飛び出す。
「つか金はどうすんだ!!」
「大丈夫!! お兄ちゃんの寝室の貯金箱から抜き取ったから!」
「うおおおおぉいッ!! 寧ろ大問題だろうが!! それ家賃用の貴重な
「行ってきまぁすッ!!」
「待てぇッ!!」
俺の制止も虚しくルタは足早に出て行った。
「・・・マジでなんなんだ。」
ルタも腕輪も・・・!
※リメイク前との変更点※
ルタの悪女レベルが上がった
交渉が完全に脅迫です。
ルタが帰って処刑されに行こうとする部分を削除、自ら命を差し出して死のうとする感じに変更しました!
理由はウルド君の目の前で死のうとする方がより脅迫になるからですね。
まぁあとは会話を一から作って変えた感じかな?
内容はそれほど変わってないとは思うけど(笑)