プロローグ 雨と墓
雨が降っている。
小雨なんてものじゃない、大雨だ。
時間は深夜零時、日が昇らずとも月の光が僅かに差し込んでもいいだろうと言うのにそれすら雨雲が許さず、灯りを失った辺りの大地は一面の闇と言ってもいい程の闇だ。
場所は丘の上、人里離れているが見晴らしが良く近くの王都が見えるような絶妙な場所。
だがそれも大雨のせいで最悪な見晴らしだ。
いや、それでいいのかもしれない。
少なくとも『彼』にとっては・・・。
「ごめん・・・みんな・・・!」
男は蹲って泣いていた。
膝を折りたたみ、地面に顔を着けながら謝罪する様はまさに土下座の格好。
強いて違和感がある所を上げるとすれば、彼の手は地面に掌を付けず、拳を握っていることだろう。
『怒り』、いやそれは違う。
その拳の意味はおそらくは『後悔』だろう。
そしてその後悔の答えは彼の『目の前』にある。
墓だ。
大きな石碑に花を添えられ、その碑面にはその墓の主の一生を称え、安眠を願う文章がつらつらと書いてある。
立派な墓だ。
しかも新しい。
誰がどう見ても立派な墓だ。
だが彼は・・・。
「こんな・・・墓作ったって・・・!」
この墓に納得していない。
そりゃそうだ。
だってこの墓は・・・。
「お前らのいない・・・こんな墓なんて・・・なんの意味があるんだよォッ!!!」
そう、この墓にはいないのだ。
何がいないのかって?
この台詞を聞けばそれは愚問ではなかろうか。
だって本来の墓に無くてはならない物が無いのだ。
『亡骸』だ。
そう、この墓には亡骸が埋葬されていない、ただの形だけの墓なのだ。
そりゃ彼も納得しないだろう。
しかし何故亡骸がないのか。
持って帰れなかったのだ。
であれば墓なんて作ったところで意味なんかないのかもしれない。
だが彼には欲しかったのだ。
死んだ相手に見立てられる何かが。
だってこうやって謝るものが無ければ、いつまで経っても死んだ相手に懺悔できやしないからだ。
だが虚しい。
こんなのはただの意味もない行動なのは分かっている。
だがそれでも・・・。
「うあぁ・・・あぁ・・・うあぁ・・・!」
声も無く泣いた。
本当はなりふり構わず泣き叫びたかった。
だが彼すらこれは知らなかった。
本当に悲しい時は叫び声すら上げられないのだと。
だがそれでも悲しみの負の感情は爆発していた。
この墓が完成するまで押し殺していたからだ。
「うっ・・・ぐぅ・・・!」
ただただむせび泣く彼に追い打ちをかけるかのように水飛沫を当て続ける冷酷な雨。
だが冷酷と言うのはいささか一方的な考えかもしれない。
これは彼の感情が天に共鳴したのか、あるいはこの姿を誰にも見せまいと神様が彼に慈悲を与えたのか、それを答えてくれる者は、どこにもいない---
―――翌朝。
「やれやれ、わざわざここまで来るのキツいなぁ・・・!」
一人の男が墓の元へ訪れる。
墓守の清掃員だ。
持ち場の墓地に加え、最近出来た丘の上の墓は少し遠く、仕事と移動が増えたせいでついつい愚痴が漏れてしまったようだ。
しかも・・・。
「うっへ、雨、やってくれるよホント・・・。」
昨晩が雨のせいで地面がぬかるんでいた。
丘は少し上り坂になっていて歩きにくい。
先程の愚痴にスパイスを加えるには充分なネタだろう。
だがその姿が滑稽で仕方がない。
だってこんな他愛もない愚痴を言っていられるのも今のうちだからだ。
何故なら・・・。
「・・・は?」
男は目の前の光景に一瞬ぽかんとする。
だがすぐに顔が青ざめる。
「はぁ!? え!? ちょ!!」
そしてパニックになる。
何故なら墓の前で人が倒れているからだ。
「ちょ、だ、大丈夫で・・・ってアレ!?」
男はすぐに墓の前で倒れている男に駆け寄って起こそうと手を掛けたがその姿を見て気づく。
「あんた・・・アルトさん!?」
男は相手を知っているようだ。
だがそんな事はどうでもいい。
「しっかりしろ!!」
必死に起こそうと声を掛けながら揺さぶるが起きる気配が無い。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
「!?」
アルトと呼んだ相手の男の息が荒いのを察知して額に手を当てる。
「おいおい熱が酷いじゃねぇか!」
昨晩この辺りにも大雨が降っていたのはこのぬかるんだ道を見れば火を見るより明らかだ。
一晩中墓の前にいたのはこの状況を見れば明らかだ。
「ったく無茶しやがって・・・!」
すぐに男はアルトを背負って歩き出す。
「今教会につれて行ってやるからな・・・!」
もう仕事どころじゃない。
急いで連れて行く。
病気は聖堂教会が管理している教会に連れて行けば聖法気と呼ばれる特殊な力で治して貰える。
だが流石にそんな場所が都合よくこんな街はずれにある訳もなく、急いで運ばないと下手をすれば最悪な結果も覚悟しないといけなくなる。
「墓参りしたい気持ちは分かるけど時間とタイミング選びな、風邪ひいて熱出して死んだなんて笑い話にもならねぇぞ?」
あまりの呆れた行動につい男の口からは説教じみた言葉が漏れる。
当たり前だ。
『墓掃除に行ったら誰かが死んでまた墓ひとつ、仕事が増えるぜヤッター』なんて、サイコパスしか笑えないブラックジョークだ。
「・・・ぃて・・れ。」
「んぁ?」
ぼそぼそと何かが聞こえて男は耳を傾けて聞き耳を立てる。
「ほっといてくれ・・・。」