王太子に婚約破棄されていたら「ずるいずるい」という妹が乱入してきました。
「アンジェリカ・モーストア!! お前との婚約を破棄する! 身分を笠に着て男爵令嬢であるプリシラを虐めるような女を王妃にするわけにはいかない!!」
学園で行われた卒業パーティーの会場で、学園長の挨拶中に舞台に乱入したユークリス殿下がそうおっしゃられました。
殿下の腕にはピンクの綿ゴミみたいなドレス……ごほん。ピンクのフリルがふんだんにあしらわれた夢のようなドレスをまとった女生徒がぴったりと寄り添っております。
その後ろには殿下の側近候補の令息達もおりますね。ピンクのフリルがふわぁ~っと舞い上がったりたなびいたりしているせいでいまいちお顔が見えないのですが、おそらくはいつもの面々でしょう。
申し遅れました。わたくし、モーストア公爵家の娘アンジェリカと申します。
ええ。たった今、殿下に婚約破棄を告げられたのはわたくしでございます。
しかし、婚約破棄はともかく虐めなど致しておりません。名誉にかけて誓いますわ。
「殿下。このような場で話すべき事柄ではございません。他の皆様のご迷惑にーー」
「ええい、うるさいっ!! 言い訳しても無駄だっ!!」
え? 今のわたくしの指摘のどこに言い訳と取れる言葉が含まれていたのでしょう?
「お前はこのプリシラに嫉妬して持ち物を盗んだり壊したりしたあげくに、階段から突き落として殺そうとしただろう!!」
「ユークリス様ぁ~プリシラ怖かった~」
ああっ! プリシラ嬢が身をよじって殿下にすがりついたため、ピンクのフリルがふわっと舞い上がって真後ろにいた令息がくしゃみをしましたわ!
あの方、宰相のご令息ね。彼は花粉症なのだからすぐ傍で埃が立つような真似をしてはお気の毒ですわ。
わたくしは懐にそっと手を忍ばせて小さな包みを取り出しながら壇上へあがりました。
いつも懐紙を持ち歩く習慣ですの。
「どうぞ」
「これは……かたじけない」
わたくしがそっと包みを差し出すと、宰相子息は重なった懐紙を数枚取って鼻と口を押さえました。
用事が済んだのでわたくしは舞台を降りて、再び皆様と同じ目線で壇上の殿下達を見上げます。
「以上の罪で、お前を処刑する! おい、こいつを連れて行け!!」
殿下が会場を警備する衛兵達に命じました。
その次の瞬間、会場の扉がばーんっと音を立てて開かれました。
「ずるいですわっ、お姉さま!!」
「シャティ?」
扉を開けて会場へ飛び込んできたのは、わたくしの一歳下の妹シャティでした。
「シャティ? あなた、何故ここへ?」
学年が違うのですから、妹がこの会場へ来るのはおかしいのです。
「お姉さま! ひどいですわ、ずるいですわ!!」
シャティは目に涙を浮かべてわたくしを責め立てます。
ずるい、とはどういうことでしょうか? わたくしは何もずるいと言われるようなことはしていないと思うのですが。
「シャティ、あなたは何を言っているの?」
「ずるいですわ、お姉さま!! お姉さまは私をのけ者にして、おひとりだけで「バカ王太子に卒業パーティーで婚約破棄されて物的証拠もないのに持ち物を壊したとか階段から突き落とされたとかいう頭の悪い罪をでっち上げられて常識的にあり得ない処刑をされそうになるけれど相手の知能の低い主張を冷静にひっくり返してざまぁする」おつもりなのね!?」
「あなたは何を言っているの!?」
妹の言っていることが理解できません。いったいどうしたというのでしょう。
「私も「ざまぁ」が見たいですわ! 証拠もないのに公爵令嬢であるお姉さまに罪を着せて処刑しようとした頭の悪い王太子殿下が陛下から見限られて王位継承権を剥奪されて北の塔で生涯幽閉になったり平民の身分に落とされて破滅するところが見たいですわ!! ずるいですわ、お姉さまだけ!」
「なっ……」
ああ。殿下が絶句しておられます。
「これ、シャティ。なんてことを言いますの」
「だって! 我が家は何度も何十度も心の底からお断りしたのに、王の権力でごり押しして脅して無理矢理お姉さまを殿下の婚約者にしたくせに、王太子殿下本人はお姉さまが自分にべた惚れで公爵家の力で無理矢理婚約者になったとか気持ち悪い勘違いをなさっておいでなのよ? 私、お姉さまが無理矢理婚約者にされた時からこの「ざまぁ」の瞬間を待ち望んでいたんですのよ!? これを見ずに死ねません!」
「なっ……」
今の「なっ……」も殿下ですわ。言葉が出てこないようです。
「確かに陛下と王妃様によって強引に婚約者にされた時は「死んでやろうか」と自暴自棄にもなりましたが、だからと言って「ざまぁ」など望んではいなかったわ。わたくしは別に殿下が幽閉されたり平民にされたりすればいいなんて考えていませんわよ」
「幽閉や平民に落とされるのを望まない……なるほど。お姉さま、つまり、男娼コースをお望みですのね!?」
「そんなわけがないでしょう!?」
「いいえ、お姉さま! 身分と顔の良さだけでイキっていたアホ王太子が鉱山送りにされて、力仕事では役に立たないから労働者達の性欲処理に使われるという展開には一定の需要がありますのよ!」
なんてこと。シャティはわたくしの見ていないところでどんな本を読んでいるのでしょう。
殿下が壇上で青くなって震えております。
「シャティ。落ち着きなさい」
「ですがお姉さま! お母様も「肉体労働にいそしむ屈強な大男に乱暴に陵辱されて汚喘ぎを上げてメス堕ちする展開だったらいいわね」っておっしゃっていましたわ!」
「お母様が?」
「大事なお姉さまが長年に渡って殿下の婚約者という屈辱的な立場を強いられたのですもの、お母様のお怒りは深くてよ」
「なんてこと……」
わたくしはこめかみを押さえました。お母様はたいへんたおやかなお方なのですが、「やると言ったらやる」主義なのです。
「お母様を止めなければ……」
「すでに良さそうな鉱山はピックアップ済みですから心配はいりませんわ!」
さすがお母様。用意周到ですのね。
「ちなみにお父様は殿下だけでなく殿下に従った令息達はもちろん、陛下も王妃様も「ざまぁ」するおつもりですわ! そのための準備は着々とすすめていらしたのよ! 今日は長年の宿願が叶うと朝から上機嫌で、高笑いをあげていらっしゃったわ!」
「まあ、お父様まで……」
お父様は普段は温厚なお方なのですが、若かりし頃は「母の胎内に「容赦」という言葉を置き忘れてきた男」と呼ばれたこともあるそうです。ある一定年齢以上の貴族に「モーストア公爵が来るぞ!」と脅すと皆様大人しくなってたいへん良く言うことを聞いてくださるらしいですわ。
あら。陛下と王妃様が真っ青を通り越して青白くなっていらっしゃるわ。
「こんなにも私達が待ち望んでいた「ざまぁ」を一人で満喫するだなんて、ずるいですわお姉さま!」
シャティが私の腕を掴んでふくれっ面をします。
「そうね。ではお父様とお母様もこの場にお呼びするべきかしら?」
「お父様はお姉さまの冤罪を晴らす証拠を提出しに行ってますわ。お母様は仲良しのご夫人方に王家につくか公爵家につくか選ばせに行ってますわ。お二人ともそろそろ来る頃ですから、「ざまぁ」は我が一家が揃ってから仲良く行いましょう!」
「ええ、そうね」
わたくしは壇上の殿下を見上げました。
「殿下。申し訳ありませんが、ここでしばし待たせていただきますわ」
私はシャティと共に会場の隅へ移動しました。
そこで邪魔にならないように待っていようとしたのですが、何故か会場中の皆様が必死の形相で押し寄せて参りました。
「アンジェリカ様! 私はアンジェリカ様を疑ってなどおりませんでした!」
「僕は冤罪だと信じておりました!」
「我が家は公爵家派です!」
「どうかお慈悲を!」
あら、どうしましょう。卒業パーティーでこのような騒ぎを起こしてしまうだなんて。
「たいへん申し訳ありません。皆様」
わたくしは皆様に頭を下げてお詫びいたしました。
「お父様とお母様の決定を覆すのはわたくしには難しいので、訴えたいことがおありでしたら父と母が来てから直接おっしゃってくださる?」
わたくしがそう言うと、辺りは水を打ったように静まりかえりました。
「どうしたのかしら?」
「ずるいですわ、お姉さま。「ざまぁ」の前に、傍観者達への「プチざまぁ」をするだなんて」
シャティがそう言いますが、わたくしはそんなことした心当たりがないのですが。
ああ。静かになった会場に、遠くから近づいてくる二つの足音が響いてきます。
どうやら、「ざまぁ」のお時間が始まるようです。