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小説「日本有事戦記」  作者: 島石浩司
1/36

(1)起

 曇天の空の下、レキオス号という名の小さな船が、沖縄を出発し西太平洋の荒れた海を黒潮の流れに乗って北北東へ向かっている。一見、錆びついたボロ船に見えるレキオス号だが内部は最新の機器をそろえた船体で、どこまでも続く高いうねりと波の中を安定した走行で進んでいる。この船が向かっている「北の列島」は沖縄と比べれば数百倍の面積を持つ大陸の様な島々だ。そこは美しい自然に恵まれ、かつて一億人以上の人々が住み、高度な文化を持ち、オリンピックが2回も開かれた世界有数の経済大国「日本国」だった。


 しかしその「日本国」の状況は十年ほど前に一変した。領海に侵入してきたP国漁船との小さな争いが、あっという間に全面戦争へと拡大し、P国の二百発を超える核ミサイルが、各地の自衛隊基地と太平洋沿岸の都市部に向けて発射された。自衛隊基地は壊滅し、都市部は数千万人の死傷者を出す惨憺たる状況になった。横田横須賀等の在日米軍基地に被害はなく、米国政府はP国との核戦争を回避し外交的解

決を図るという苦渋の選択をする事となった。

 その間P国軍は日本海沿岸に上陸し、軍事侵攻をはじめた。平和な街はP国軍の襲来で一変した。P国軍兵士が無抵抗な民間人を一方的に暴行殺戮するという地獄のような状況が続いた。緊急開催された国連安保理も大国間で対応が一致せず、P国軍の侵攻を止める手段が無いなか時間が過ぎていった。


 そして二か月が経とうとした時、突如として東アジアの大国であるC国が、戦闘を停止させるという名目で大規模な停戦監視団と軍隊を日本に送り込み、本州地域の占領統治を開始した。C国の占領支配を望まない多くの国民は本州から北海道・九州・沖縄へ、そして海外へと脱出した。北海道への避難民は一千万人以上、九州・沖縄への避難民は二千万人以上に達した。海外への移住者も北米、南米を中心に四百万人に達した。


 一年後、C国とアメリカは協定を結び、アメリカは横田横須賀・岩国などの米軍基地以外の本州四国地域について、C国の暫定統治を認めた。P国軍と日本国住民間の調停者として「住民から懇願されて」残ったC国は、新たな自治政府「東海人民共和国」を発足させ、本州四国を実効支配する事となった。







(1)レキオス部隊

 日本本土がP国の核ミサイルにより壊滅的被害を受け、本州四国がC国に占領されるという衝撃の事態のなか、沖縄にも日本本土から数百万人の日本人難民が流入した。難民を救済するため、国連の難民救済機関(UNHCR)等から支援物資や仮設テントが届けられ、世界中から来たボランティアと報道関係者で街中は大混乱を極めた。


 あれから九年の時が過ぎ、街中の仮設テントは見られなくなったが沖縄県内は今も本土から来た多くの日本人難民で溢れている。テレビでは時折「東海人民共和国」に残された日本人達がC国の指導者に感謝し、喜んだり泣いたりするおぞましい光景が報道される。その度、沖縄に移住してきた日本人達は抗議デモをして日の丸を振り、C国やP国の国旗を燃やし暴徒化する。こんな時は警察でさえ止めようがない。まともな沖縄人は出来るだけ外出を控えている状況だ。食糧事情も悪化した。コンビニ、スーパーの食品は激減し、米、小麦、肉、野菜が品薄となり、芋、魚、養殖産品とその合成食品が大部分を占めるようになった。


 沖縄でも寒い一月下旬、ワタルは5階建てのアパートの二階のカビ臭いワンルームに引きこもって、毎日、パソコンゲームをしていた。eスポーツの大会に出場するのが目標と言えばそういえるが、ワタルの成績はそれほどでもない。

 テレビは日本の芸能人が出演するバラエティーや歌番組などを放送しなくなり、昔の映画やアニメを放送することが多くなった。ワタルはパソコンゲームの合間に、そのテレビに目をやった。そして壁に貼り付けたポスター型テレビ画面に妙な書き込みを見つけた。

「離島への調査隊参加者募集、年齢経験不問給与優遇、○○会館前2月3日、・・・」

という書き込みだった。ワタルには家族がいない。仕事も先月辞めたところだ。狭苦しいワンルームでの一人暮らしの生活は退屈で死にそうなので、その○○会館前に行ってみようと決意した。


 当日ワタルは満員状態のモノレールやバスを利用せず、寒い風のなか自転車に乗って、日頃の運動不足と空腹とでフラフラしながら目的地に到着した。

 ○○会館前には、子供から老人まで数十人が集まっていた。8:2の割合で男が多い。まず顔認証で参加希望者全員の名前を確認した後、係員に携帯・カメラ等を没収され、「ビスケットランチ」と書かれた携帯食が配られた。一応日当という事らしい。

 定刻には早かったので、ワタルは少し離れたベンチに座ってその携帯食を食べ始める。珍しく原材料小麦と書いてあるビスケットを半分食べ、水筒の水を飲み、残りをカバンにしまった


 定刻の午後一時になり、雑多な百人を超える参加者を前に、係員の中の背の高い白人の男が流暢な日本語で説明を始めた。

「現在、沖縄は日本からの難民で溢れています。この人達を救済するために、旧日本国周辺の現在の状況を調査する必要があります。今回私たちはその依頼を受け、その調査に参加・協力していただける人員を募集しています。従って、今回の調査対象の離島というのは北の列島方面を含んでいるので、安全を確保するための訓練が必要となります。訓練の期間中は一定の給与が支払われます。三か月の訓練の後、合格者を選抜し北の列島方面に出発します。無論その時点で参加を辞退する事も可能です。かなり厳しい訓練を予定しているので、体力的に何らかのご懸念のある人は、どうかご遠慮なくお帰り下さい。」

「北の列島方面」と聞いて、集まった者たちがざわつき半数以上の者が帰っていく。なかには不満をいう者もいて、係員が頭を下げ、ようやく去る者は去るという形になった。


 しばらく時間を置き、残った者たちの前で白人の男はこう言った。

「スケジュール・調査の概要・訓練の詳細に関しては、今回この調査隊の隊長を務める者から説明いたします」と紹介され出て来たのは、いかにも沖縄人らしい風貌の中年のひげ面の男だった。

「今回の調査隊の隊長を務める、喜屋武きゃんといいます。今回の調査は危険を伴うので、参加者には早速明日から三か月間の合同訓練を予定しています。体力に自信のある者はぜひ参加してもらいたい」

「北の列島へ行って何をするの?」

と、参加者のひとりの派手めの女が、強めの口調で隊長に聞いた。

「北の列島周辺に上陸し住民に接触して現在の状況を調べる。船と装備はある筋から入手済みなので問題ない。当然、北の列島の各国の政府によって入国拒否をされたり拘束されたりする危険はある。できる限り問題が起きないように調査方法を検討し、その為に訓練する。ただし万一、事が起こればこれは沖縄の民間のグループの自己責任という事になる。日本政府や米軍には全く関係ないという事だ。危険を覚悟で参加を希望する者は誓約書を書いてもらい、訓練に入ることになる。」 

 これはヤバいと思ったのかほとんどの者が帰っていったが、それでも残った二十名ほどが納得した様子で隊長の後について、○○会館の中に入っていく。ワタルもついて行く事にした。


 それからワタル達は三か月間、雨の日も行われる毎日五キロのランニングの後、○○会館の地下の青いスクリーンに囲まれた広い部屋で一日8時間、乗船予定の船の操船知識、多様な車の運転、武器使用、射撃、格闘技、コミュニケーション、サバイバル術、関連する地域の地理歴史等を、3Dシミュレーターを使った仮想現実空間で学習した。参加者は予想される様々なシチュエーションで、敵ドローン、敵機、敵戦闘車両、敵兵、そして住民達へどのような対応をするかをゲーム形式で繰り返し訓練し、問題点を意見交換した。


 厳しい訓練について行けなくなったり、或いは調査対象が「北の列島周辺」ではなく「北の列島」であることが分かった時点で不参加を決めた者もいて、最終的に三か月の訓練を完了したのはワタルを含めて十名だった。その合格者と隊長の喜屋武を含めた計十一名で「レキオス部隊」を結成する事となった。服装は自由で一見するとパート従業員の集まりに見える。


 隊長の喜屋武は、調査隊の説明に苦労していた人物だが、メタボの中年で駄洒落を連発し、ほとんど不発に終わっている。しかし根は真面目な人物で、様々な問題に的確な指示を出し隊員達の信頼を得ている。


 強めの口調で隊長に質問していた派手めの女はアサミという。アサミはとにかく元気で、大きな目をキョロキョロさせて、いつも誰かに突っ込みを入れている。アサミの母親は、仕事で東京に行っていた時にあの災難にあったらしい。以降全く音信不通で、探す事は無理でも母の死んだ土地で手を合わせたいと言う。

 サキはアサミの従妹だという女で、顔はアサミに似ているが少しおとなしめだ。アサミの容赦ない突っ込みをたしなめる役割をしているらしい。

 宮里ヒロシたち四人は、以前有名だった女性アイドルグループTKBのファンで、東京でTKBがどうなっているのかを知りたいという理由で参加したそうだ。(宮里ヒロシ以外の三人は途中参加)四人の名前や特徴を詳しく語る気もしないので、まとめて宮里組と呼ぶことにする。この四人は自分たちしかわからない話で盛り上がり、時々「オタ芸」とやらで大騒ぎしているが、隊長の喜屋武も「良い運動になる」と止めはしない。


 残りの四人のうち一番背が高いのが、神奈川県から修学旅行で沖縄に来たというオダという三白眼の眼つきの悪い男で、ほとんど寝たふりをしている。

 屋宜やぎという痩せた中年男は、数年前に妻を亡くして絶望のあまり参加したらしい。ランニングで一番へばっていたが驚異的な粘りで完走し続けた。

 それから、ナカヤマという何時も黒いサングラスをかけている身元不詳の人物。これは正直、よく分からない。

 そしてワタルはゲームオタクで「これで本物の銃が撃てる」と喜んでいる、少々単純で考えの浅いタイプだ。

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