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少しだけ意識が逸れたせいか、回避をミスしてスキルを真正面から喰らう。蝶が変化したのは女の子の人形だ。その人形が右フックで殴り掛かり、それをもろにくらってひっくり返った。人形の小さな手で殴られたという見た目のおかげで大した痛みはないが腹を抱えて笑っている夜が目に入る。
「ああああああ!くっそウゼエええええ!」
「あー、笑った。良いもん見させてもらいましたー」
ニヤニヤしていたが急に表情がなくなり奥のセルケトたちを見た。後ろで光り輝いている物が微妙に変化している。どうやら戦略を変えたらしい。
「さあて、もう行くか。暁それよこせ」
「へ?……あ、ちょっと!」
焦る暁を無視して夜は暁の頭をわしづかみにする。すると凄まじい音、ガラスが擦れるような酷い異音が鳴り響き暁が使っていた防御スキルが粉々に砕け散って消えた。
―――分解―――
夜が暁の防御を分解したのだ。何故そんなことをしたのか理解できないのは穹もだが采も同じだったようで先ほど変わっていた戦略が勢いよく再び形を変える。
どうやら先ほど変わっていた戦略はこちらが絶対的に不利になる戦略だったようだ。夜はそれが見えていたらしい。人工知能部分は夜の方が強いので穹とは違う性能に特化しているということだろう。
これを機としてセクメトたちは足元の水と魚たちが消して巨大な効果のあるスキルを複数発動させる。スキルの強さはそのまま蝶の大きさに反映されるらしく1メートルはありそうな巨大な蝶が次々と姿を現し襲い掛かってきた。
「組み替えろ」
という夜の簡潔な指示に
「穹は何ほしい」
という暁の一言、これがリンクを通じて一瞬にして穹に通じてくる。それに対して穹の返事は
「禁則」
とだけ伝えて3人一斉に蝶を避けた。穹と夜のライフは半分以下、攻撃が当たればゼロになる。セルケトたちもそれがわかっていて回避が難しい特殊効果や範囲攻撃、割合攻撃を多く取り入れてきたようだ。
回避できなかった蝶が穹の左腕にとまると有刺鉄線へと変わり穹の前身に巻き付く。痛みは生々しく顔を歪めるが刃渡り数センチのナイフでないだけマシだ、かろうじて我慢できる痛みではある。
―――動きを止めるスキルか、特殊攻撃だからカウンターが使えない―――
痛みはあるがダメージはない。しかし今の穹には十分だ、穹に一斉攻撃が来るのは目に見えている。事実、蝶はぴたりと動きを止めると一斉に穹に向かって突っ込んできた。戦略を立てて対応しようとしたがその前に暁がスキルを発動する。
「できあがり」
その声を聞いてから特殊効果の発動をする。最初から発動しておいた通常のスキルで、相手からの攻撃を一定数避けた場合一つだけスキルの効果を打ち消すものである。ただし消せるスキルには制限があり、発動条件がないものだけだ。つまり解除できるのは簡単なスキル、威力の弱いスキルのみ。使えなさそうだが状態異常などのスキルはほぼこれに当たるので地味にライフを削ったり、今の穹のように身動きができないスキルも該当するので実は重宝する。効果が持続するのが鬱陶しいスキルにはもってこいのスキルだ。
有刺鉄線がまるでガラスを床に叩きつけたかのように音を立てて破裂した。絡みつかれていた場所に多少痛みはあるが穹の行動が自由となる。
「さあて、何してやろうかなあ」
やや切れながら暁の発動したスキルを使った。このスキルは先ほど夜が分解した、暁の最強の防御スキルを暁が違うスキルに作り替えた物だ。暁の性能は再構築、その使い方はもともとあった物を元に戻すのではなく違う物に作り替えるものだ。あれだけ複雑な条件で効果が大きいスキルとなればコードも多く割と好きなものが作れる。だから夜は暁のスキルを分解し、暁は何が欲しいかと聞いてきた。セルケト、いや采の狙いが主に穹だとわかっているから。そして穹が答えたのは禁則、それですべてを察した暁が作ったのは「禁則事項」である。
「ここからが穹の真骨頂かな」
「性格悪いからなあいつ」
楽しそうに穹を見守る二人は茶化すだけでなくフォローも忘れない。言葉には出していないが暁は「新スキル申請」というスキルを使っている。基本アンリーシュは試合前にセットしたスキル以外使えないが、暁が作ってきたオリジナルスキルでセットしていないスキルをその場で使用できるというものだ。つまりどんなスキルでも条件を満たせば次々と使うことができる。これがないと先ほど作ったスキルをこの試合内で使うことができないのだ。
「じゃあ一個目、攻撃は物理攻撃以外禁止」
穹がそう掲げると半数以上の蝶が姿を消した。ほぼ3分の1以下、それでもぱっと見ただけでどのくらいの数が残っているかはわからない。100近くはあるように思える。
攻撃には様々な種類があり、殴るスキルを含め武器を使った攻撃はすべて物理攻撃となる。サイキック、特殊効果の攻撃はすべて除外だ。あの消えた数だけ物理以外の攻撃があったのかと思うとぞっとしない。人工知能とユニゾンの戦いとなるとスキル効果の重ね掛けとなり戦略が物を言う。ただライフを削るだけの物理攻撃は重要ではないと判断したのかもしれない。まして采の目的は時間稼ぎでありユニゾンの「観察」だ。今までとらえきれなかったユニゾンの情報収集がしたいのである。だからこそなるべく戦いが長引くスキルを多く持っていたのだろう。
先ほどの条件で言えばカウンターでライフが削れる系のものは物理攻撃が定義づけられているもの以外使えない。リッヒテンが以前試合で使っていた遠距離からの射撃攻撃は物理攻撃になるが、毒などの状態異常はもちろん物理攻撃エフェクトがない割合攻撃なども入るだろう。
ちらりと禁則スキルを見れば、禁じられた条件は使う事はできるようだ。ただし使った場合相手に好きなスキルを一つ使わせることとなり演算が難しくなる。何せ相手がどんなスキルを持っているかわからないのだ。特に暁はその場で好きなスキルを作ることができるので、いくら凄まじい機能を持つセルケトたちといえどこれは計算しきれない。発動できるスキルは条件が関係ないので、かなり大掛かりなスキルを使うことができるので相手にとって非常に有利である。つまり禁則事項を破るなら、相手のターンが来る前に確実に勝てる戦略でなければだめだ。
先ほど暁が使った最強の防御スキル。アレを分解して今のスキルを作っているのでもう一度使う事はできないが例外もある。それがスキルコピーだ。先ほどのスキルコードは暁がもっているので、コピーを使えば瞬時に作ることが可能である。要するにこの状況、最強の防御を突破できる戦略がない限り禁則事項を破ることができない。
―――逆に言えば1ターンで相手を倒せる状況になれば禁則事項をいくらでも破っていいってことだよな―――
一撃必殺の物理攻撃を使い、あの防御をかいくぐる特殊効果などがあれば可能だ。そして采にはあるとみていい。
「ちなみにこれ、もちろん俺らにも効果あるんだよな」
「あたり前」
暁が自信満々に答える。基本アンリーシュは一方的なハメ技に偏らないよう特殊効果などは敵味方全員該当する場合が多い。行っているのは試合であり私刑ではない。一方的な展開など面白くもないしフェアではないと、そういったスキルを見つけた場合運営から何らかのペナルティが付くことがある。そう言った事はこの場においても采によって忠実に再現される可能性があったので暁もそのような造りにしていた。先ほどの最強の防御でさえ突破できるいくつかの条件を付けていたほどだ。
敵も味方も攻撃をする側になったら物理的な攻撃以外使えない。攻撃を受ける側は防御するか避けるかだ。彼等も穹達も回避運動モードで避けるので完全に泥試合となる。
穹の目的はこれだ。極力戦いをシンプルにすること。複雑な条件になればなるほど人工知能が有利に決まっている。それならばできることを単純化してしまえば立てられる戦略などパターンが決まる。
今攻撃はセルケトたちだが、ターンが交代された。穹達の手番となる。
様子見もしたいのだろうが、物理的攻撃効果があるカウンター狙いなのはわかる。穹たちに攻撃をさせてカウンターで反撃をしたいのだ。その反撃もおそらくとてつもない威力を持っていて、ライフが少ない穹か夜はライフがゼロになる可能性が高い。
「じゃあ俺の攻撃な」
夜が一歩前に出る。物理攻撃のみで相手のカウンターをやり過ごせる戦略があるとすればパターンは限られる。一瞬先ほどの内容のわからない攻撃をするかと思ったが、おそらくそれはない。あれは布石であり奥の手だ。情報を多く開示することは相手に戦略を立てやすくさせてしまう。
「先言っておくぞ。このままチンタラやったところで俺らの負けだ、実際この空間にもう固定されてる」
固定されている。その意味を理解するのに1秒かかった。1秒は人工知能で言えば世界が止まって見える程遅い事だが、穹が人として理解するには必要な時間だ。人工知能として理解したら人工知能として解決策を見出そうとしてしまう。
固定されているというのはつまり、出ることができない。采を倒せばログアウトできるとかそういう問題ではないのだ。采が作り替えられる時間稼ぎもあっただろうが穹達に気づかれずゆっくりと鳥籠の口をしめていたのだ。采が言っていた茶番はこれも含まれていたのだろう。
「まあ、そんなのに大人しく従うわけもねえし?」
そういうと夜が歩き出した。セルケトたちが警戒し、何かをしかければカウンターを発動すると言わんばかりに蝶が複数羽ばたき始める。
「物理攻撃以外はNGだったな」
そう嗤いながら言うと、目の前を漂っていた蝶に一瞬で近づき。パク、と一口でその蝶を食べた。
思わずその光景を眺めてしまっていると暁が呆れたようにつぶやく。
「いや、確かに食べるのも物理攻撃だけどさ」
一匹の蝶をもぐもぐと咀嚼していると3匹の蝶が一気に向かってきたが、それ等も手で一気に摑まえるとまとめて口の中へ放り込んだ。リアルではないのだから何の意味もない光景だとはわかっているが穹はあからさまに顔を顰める。まるで自分の口の中にわしゃわしゃした触感が生まれそうで鳥肌が立ちそうだ。
「あ、ちょっとこっち寄らないでください」
「ふぁ?」
「飲み込んでからしゃべれ、と言いたいとこだが実際に口の中に蝶はいないんだから普通にしゃべれ」
「4個無効だ、条件言え。采がブチ切れそうなやつな」
先ほど暁が作った禁則事項ルールは相手の攻撃を退けた場合に発動可能となる。今夜は合計6個のスキルを無効にしたので6個ルールの追加が可能だが、そこら中にエラー表示が現れ始めた。
「俺が何をするでもなくすでにブチ切れてますけど」
「そりゃ無条件でスキル無効化されたら怒るよ」
システム上あり得ないスキルと認定されたのだろう。エラー表示はアンリーシュそのものである采による演算の元表示されているようだ。先ほど無数の攻撃をすべて無効化したのと同じ、今のもおそらく分解だ。スキルそのものを消滅させた。しかし演出上は物理攻撃という位置づけのようだ、何故か。
―――そういう細工してきたのか―――
「当然だろ。何も準備せず火口に飛び込むかよ」
穹の思考を読んでさらりと返事をした。夜が使っているのはいわばチート、ルール違反だ。どうやったのかは知らないが、それをシステム上でチートととらえられないよう加工をしているようだ。思えば公式戦でもハッカーが使う多少のチートは黙認されている。運営側は見つけることができないが、おそらく采はすべてのチート行為は認識していた。そこから誰がハッカーでどんな才能があるのかデータ収集していたのかもしれない。
マスターコンピューターがチートを容認している以上夜が行ったスキルの加工もぎりぎり許容範囲になっていた、否、それを見越して許容範囲になるように夜は組み立てていたのだろう。
エラー表示が夜の周りに集結する。それはまるでバラバラのパーツで無理やり組み立てられた牢屋のようだ。それらが何かを仕掛ける前に穹の人工知能としての性能を使い4つの禁則事項を組み立てた。それらが全員の目の前に表示され、夜を取り囲んでいた蝶がぴたりと止まる。
「カウンター禁止、特殊条件発動攻撃禁止、遠距離攻撃禁止、チーム戦特有共同攻撃禁止」
物理攻撃以外を禁止しているので物理攻撃の種類別に禁止を追加する。アンチカウンターはカウンターが発動されないと発動されないので省いた。これらを言い渡すと何が起こるかというと単純だ。物理的近距離攻撃しか使えない。夜が面白そうに眼を細めた。
「タイマン一本勝負か」
「それ以外方法ないだろが」
人工知能との戦いにおいて可能性が無限にあるルールの中では勝ち目など0%と言っていい。アンリーシュのルールなどまさにそれだ。それならできることを一つにし、徹底的に同じ土俵で戦うようにすればやることなど一つだ。そこには戦略も何もない。頭がよかろうが馬鹿だろうが、殴り合いで勝つのは「強い方」だ。
殴り合いに戦略もクソもない。肉体があり、体力の限界がある「人間」同士の殴り合いなら気合根性が通用するがこの場では無意味だ。それは逆転もなく奇跡もない、勝率がすべてとなる。
「ま、それを真面目にやるきはないだろうけどなあっちは」
采が素直にこの戦いに従うわけはないのはわかっている。夜のチートをそのままにしているのは容認しているわけではなく、おそらくどうでもいいから無視しているのだ。この戦いそのものが茶番でありやってもやらなくてもいい、「どうでもいい事」。
最初に采が言っていた、今は采のプログラムをどうにかしようと五十貝派が何か画策をしているが、それを采はすべて承知でプログラムの書き換えを行おうとしている。そのために必要なのはかつての自分が切り離した人工知能たちとユニゾンだ。ユニゾンは檻に閉じ込めている。今、すべての材料がそろっているので状況から考えれば采の思うように事が進んでいる。
穹達が攻撃をしなければ采側は攻撃をしてこない。本来の試合ルールなら30秒が持ち時間だが、ここは采の支配する空間だ。穹達を倒すことが目的でないなら勝利にこだわる必要はないのだ。
「要するに、今俺らを相手にする余裕がないってことだな」
夜が楽しそうに言った。確かに先ほどからセルケト、セクメトの動きはまったくない。蝶もその場で羽ばたいているだけでふわふわと移動していたものがすべてその場でとどまっている。
「単に物理攻撃だけっつー野蛮な試合したくねぇだけじゃね」
プログラムであればひたすら殴り続ける、というテクニカル要素がない戦い方は「レベルが低いやるべきではない行為」と認識するはずだ。何せ人工知能は学習して「賢く」なっている。他に手はないか、どうすれば早く効率的に戦って勝てるかを探り続けている。今この場は計算するまでもない、つまらないフィールドなのだ。
「ま、時間稼ぎはお互い様だ」
采がプログラムを書き換えようとしているように、穹達も事前に練った作戦の実行を待っている。常磐たちが重要な役割だが、おそらくそれも采は把握している。結局、人工知能の知恵が勝つか、人間の悪知恵が勝つかだ。人工知能の知恵に勝てるわけもない。だからこそ禁則事項を使ってできる行動に制限をつけ、お互いを五分にしたのだ。
「外の様子見れねえの?」
特に誰に対して言ったというわけではないのだが、目の前に複数の映像が映る。采が現在の様子を映し出してるようだ。中途半端なユニゾンの穹には情報を与えることで思考が夜にも伝わり、最終的にこの場を支配する采にも思考がいくかもしれない。ハーモニクスを使えば一発だ。だからこその映像なのだろう。
「大混乱だね」
暁が見ているのは本社の様子だ。当然だが監視カメラはすべて采の支配下だ、システム部からコールセンター、すべての部署がフル稼働で対応に追われている。
「あ、コイツ…えーっと何だっけ名前…ってか、そういや名前知らねえや」
穹が見つけたのは五十貝から見捨てられたジンたちの元上司だ。地下にこもってひたすら何かの解析をしている。目の下にはクマがあり、一心不乱に続けるその姿は異様な光景だった。しかし目はギラギラしていて、自分はこんなところで終わりではないと、必ず返り咲くと顔に書いてあるかのようだ。口元もわずかに笑みが浮かんでいる。
「なんかすごいシステムとかを見つけたって勘違いしてた人?」
「で、五十貝からばっさり切り捨てられた奴な。解析してみたらやっぱりすごいモノで、見てろよ俺を捨てた五十貝をぎゃふんて言わせてやる、なんなら俺が組織のトップになれるこれがあればヒャッハーって状態な。ま、それ俺が作った偽物なんですが」
偽物なんですがを言い終わると同時に男がエンターを押した。男は笑い転げ雄たけびを上げているようだ。
「ちなみに何?」
暁の問いに、穹は淡々と。
「采にアッパーくらわすためのウィルス」
そう言った瞬間、男の見ていた画面がぷつんと切れ黒くなる。男は動揺してキーボードを叩いたり画面を触っているが当然何も起きない。采が何か対処したのだろう。
「あ、ちなみにこいつがエンター押す10秒前にすでに実行してますので」
は、っと鼻で笑うと一瞬静まり返り、画面がすべて消えた。ノイズのような、金属ごみがつぶれるような嫌な音が辺りに鳴り響く。
「さあ盛り上がって参りました」
パン、と手を叩き穹が、夜が、暁が一斉にプログラムを展開する。采の妨害はなく楽に各々好きな動きができる、思考を読まれる心配もない。今、采には余裕がないのだ。見ればセルケト、セクメトが消えている。
穹が仕組んだウィルスは、否、ウィルスに限りなくにせて作り替えた霞だ。人工知能としての活動を制限し、軽い防御プログラムを入れておいた。暁が霞を人工知能としての制限を作り変え、穹がウィルスを発動する起動キーを仕込んだのだ。もはや霞は采を作るプログラムからかけ離れた存在となったが、それでも大切な役割を持った人工知能には違いない。采は必ず回収するはずだと思っていた。




