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割合攻撃だとライフが高いほどダメージが大きくなる。ライフ10割ある状態で1割を受けるとおそらく流血ものの怪我となるが、最初から半分減っていればその1割はかすり傷程度だ。事実ライフが半分減った瞬間に雪輪からの攻撃が届き、頬をかすったがわずかに痛む程度だった。
―――本当は目を潰しにきたな―――
ライフを削っていなければ片目を貫かれていた。普通の人間ならそういう演出だが穹には実際に有効で、観客からはわからない形でステータス異常が出ていただろう。回避運動モードにも大きな影響が出ていたに違いない。そういうところが本当に。
「クッソムカつくんだよ雪見だいふくが!」
穹が吠えると穹の真後が光った。穹は振り返りもしないでシーナのスキルを使う。
「シーナ!」
【はい!】
穹に届くかどうかというところでシーナが穹の真後ろに手をかざしスキルを使う。先ほどから穹に何度も止められていたアンチカウンターだ。リッヒテンが使用したのは特殊効果を使用した場合発動されるトラップだろう。しかしそんなもの一度リッヒテンの試合を見ている穹は承知している。APと戦っている時も使っていた、忘れたころにやってくる遠距離攻撃。シーナが使ったのは遠距離攻撃専用の反射効果だった。反射は文字通り攻撃を跳ね返す。跳ね返す先はチーム戦の場合任意で選べるがそんなもの選ぶ必要もない。
シーナの手にバットが握られる。そしてそれをメジャーリーグのバッターよろしく思い切り振りかざした。木でできているはずのバットにレーザービームが辺り、シーナが振り上げた瞬間大きく弧を描いてリッヒテンへと向かう。それを見て一瞬静まり返った会場が一気に湧いた。見た目が完全にギャグだからだ、やっているこちらは必死だが。
リッヒテンはそれをあえて受けた。ダメージを受けることで発動できる更なるカウンターを使うつもりだろう。ダメージが通りリッヒテンのライフが2割ほど減ると雪輪が分裂して二つになり四つになり、まるで四葉のクローバーのように広がった。そして穹の蹴りに雪輪から染み出てきた黒い液体が絡みつく。足に着いた瞬間激痛が走り、見れば服と一緒に足が解け始めていた。骨が見え始め、その光景に軽く舌打ちをする。本当は叫びたいくらい痛いが、そんな暇はないというわけのわからない冷静さと意地があった。
穹のライフはゆっくりと減っていく。発狂したくなるくらい耐えがたい状況だが、穹の頭にあるのは一つだけ。
「い……」
穹の言葉にわずかにリッヒテンが顔を向けた。オリジナルのリッヒテンと同じように顔には大きなゴーグルをつけていて表情はわからないがきっと無表情だ。
「……、ってえだろうがあ!!」
穹が怒りを込めてそう叫ぶと同時にずっと穹の左にいた舞風が右手を雪輪にかざした。雷のような派手な演出と共に爆音もして黒い霧と黒い液、白い霧からできたナイフすべてが砕け散った。そして雪輪も元の電光掲示板の防御壁へと姿を戻す。
何が起きたかわからない場内に采の声が響く。
《スキル無効》
それは穹がもっていたはずのスキルだ。何故、こいつも持っていたのかと観客に動揺が広がっているのが見えたがそうではない。穹はスキル交換をシーナとではなく舞風としていたのだ。シーナに交換したところでたかが知れている。チーム戦なのだから他者を利用しなければ勝てないと踏んだのだ。そしてそれを使わせるには数多くの条件があり、他の者に大いに戦ってもらわなければならなかった。リッヒテンと戦ったのも他のメンバーでは満たせなかった発動条件を補う目的もあった。こちらの方がより高度な戦いになるのは目に見えていたからだ。
穹にしてみればいきなり知らないスキルで戦わなければいけないリスクはあったが、人工知能の戦い方はもうだいたいわかっている。正統派なスキル5割、特殊とそれを補うスキルで構成されていてピンポイントを狙った使いにくいスキルが一つか二つ入っているといったところだ。普通の人なら避けがちなハイリスクなスキルも人工知能なら演算によって確実に使用できる方向へと向けることができる、リッヒテンのように。
すべてのスキルが消えたことで穹達以外のチームメイトが一気に攻撃を畳み掛け、穹は目の前の防御壁を蹴りで打ち破るとリッヒテンを蹴り上げた。骨がさらけ出された足の方で、だ。凄まじい痛みにさすがに歯を食いしばったが苦悶の表情だっただろう。ゲーム上では骨になろうが何だろうが蹴りは蹴り、しかも威力がかなり増したものだ。大怪我をしている足で蹴ったとは思えないすさまじい威力の蹴りがリッヒテンに打ち込まれた。高速で走ってきた車に跳ね飛ばされたかのようにポーンと遠くに飛ばされてライフが大きく削れる。ゼロにはならなかったが後一撃耐えられるかどうかといったところだ。それもリッヒテンのチームメイトのカウンター回復によりわずかに回復されてしまう。それと同時にコルクの特殊効果スキルにより穹も回復した。
1ターン以内に減ったライフが大きい時発動されるスキルで、リッヒテンの溶かす攻撃もそうだがライフ半分を払ったのが「ライフが減った」とカウントされるらしく穹に回復が使われたのだ。というより、この足の状態では今後の試合に大きな影響があるとわかっているのでわざわざ回復してくれたようだが。むき出しの骨も治り破れた衣類も元通りだ。
残りあと2分を切った。リッヒテンたちの攻撃を受けて丁度終わるくらいと言ったところか。今のでリッヒテンも学習しただろう、この3人相手に様子見や手加減は愚かな行為だと。
リッヒテンたちのチームが攻撃のターンとなり他のチームメイトが各々攻撃を仕掛けてくる。スキル無効を持っているのが舞風だとわかったが、もしまたスキル交換をされていたらと思うと相手チームは攻撃対象を絞り切れないようでこれといった目立つ攻撃はしてこない。交換スキルを持っているのは穹なので穹か舞風か、確率は2分の1だが先ほどのターンの中で他の者へ交換されている可能性もある。わずかに統率が取れていない攻防が始まる中リッヒテンは動かない。よく見ればリッヒテンの周りに何かきらきらしたものが舞い散り始めている。
【雪?】
シーナがつぶやくと穹、舞風、コルクは回避運動モードへと移行する。見えたのだ、舞い散っている小さなものがすべて「雪輪」であると。ダイヤモンドダストのように美しい光景に感じるのは戦慄だ。あの大量に散っている雪輪、おそらく一粒一粒すべてが攻撃だ。他のチームメイトは防ぎきれないだろうが何も助けてやれない、自分の身を守れるかどうかも危ういのだから。
雪輪が光り……その一つ一つの雪輪にスキルの内容が書かれていて、今からこれでお前らを殺しにかかるぞという意思表示なのだろうというのがわかる。というより、人工知能であるコルクと舞風に対してそんなことをしても対策のヒントを与えるだけで有効とは言えない。つまりこれは、穹に対する宣戦布告だ。人であるが故の恐怖を与えようとしている。精神的攻撃にきているのだ。
「シーナは回復の準備」
【無論です。完全回復よりも少量回復で、ケガを直しているというエフェクトを起こすことで穹の負担を軽減するほかありません】
穹の場合苦しくなるのはダメージの数値ではない、怪我の程度が大きいか小さいかだ。先ほどのように頬をかすっただけなら何ともないが、例えライフの減りが少しずつであっても足が溶ける演出をされてしまうとそのあとずっと激痛が残り集中力が欠けてしまう。
雪輪の粒たちが震え始め回転を始める。そして、すべての雪輪が電動カッターの刃の部分に姿を変えた。その数ざっと見ても100以上はある。回転する刃は一斉に方向を穹達のチームへと向ける。それを見たチームメイトが一人パニックとなった。先ほど痛みを感じたプレイヤーだ、アレを喰らったらどんなことになるのかなど考えなくてもわかる。そしてそれは相手チームも同じで、攻撃に痛みが伴うことに疑問を抱いたらしい一人が試合中断を采に申し入れた。全員の前にその申請が表示されるが、采からの反応はない。おそらくこの申請、一般客からは見えない仕様になっている。申請に対して何もリアクションがないのだから。
申請は無視されて続く試合に焦った両チームの痛みを感じたプレイヤーが運営に直接通知をしようとしたようだが……
―――無理だ、采はそんなことさせない―――
当然無視され試合は続く。刃が宙を舞い、いざ目の前の獲物たちを切り刻もうと言うとき突然激しいアラートが鳴り響いた。会場内が真っ赤に染まり雪輪がすべて消える。なんだ、と思う間もなく操作をいじってみたがロックがかかっていて試合ができない状態となっている。
【穹、これは】
「誰が動いたんだろうな」
五十貝が計画を実行したのか、それとも。いつでも喉元にナイフを突きたてられてもいいくらいの意識を持ちながらスキル変更の準備と、ハッキングやクラッキングに対する対処ができるように身構える。この隙に大技を決められたら元も子もない。
アラート表示は緊急事態発生、悪質なクラッキングによるイベント一時中断の文字だ。
【常磐たちでしょうか?犠牲者を出さないための】
「いや違うな、たぶん五十貝たちの自作自演だ。常磐さんたちはゲームセンターのハッキングをするだけだったはずだ」
ゲームセンターを同時にハッキングして采の処理を分散させる作戦であるならイベント自体中止にはならないはずだ。もしこれがスリーピーの攻撃ならイベントは進んだままハッカー対策の処理班たちが動きイベントは続行しているはず。つまりこれはイベントを注視させるための五十貝たちによる第一ステップなのだ。
【五十貝たちは気づいたわけですね、采の隠しイベントに】
「気づかせたのは常磐さんたちだろうけどな」
常磐たちにしてみれば一般人が犠牲になりかねないこの試合は止めたかっただろうが、今ここで常磐たちが作戦を速めると五十貝たちのいいように使われてしまう。あくまで対処するのは五十貝たちでなければならないと通報したのだ。運営からは見つからない仕様にでもなっていたのだろう、この試合会場を見つけるのに手間取ったり上の指示を仰いだりでこのタイミングになってしまったようだが。
【穹、交換していたスキルが戻っています】
シーナの指摘通り、舞風と交換していたスキルが戻っている。それだけでなくスキルがすべて未使用の状態になっており、試合そのものがリセットされたようだ。アラートが止むと試合会場から抜けていて運営からの「大変ご迷惑をおかけしております」とう表示とともにクラッカー対処のため一時イベント中断、昼過ぎの再開を目途に調整中と出ている。
「昼までにはシステムをそっくり交換する予定か」
先ほど試合会場から抜ける間際にリッヒテン、舞風、コルクがいなかった。采が緊急事態だからと連れ戻したのだろう。あの3つをシステムの補助として使うために……
キイン、と耳鳴りがした。同時に割れるような激しい頭痛を感じる。
【穹、バイタルが異常です】
大量の情報を一気に頭に叩き込まれたかのような眩暈と吐き気を抱く。目の前が真っ暗になり耳鳴りのせいで何も聞こえない。この症状は覚えがある。
―――ハーモニクス―――
バイト先のイベント時に五十貝派によって行われた実験。体質変異者がもっているであろう通常の人間と違う、一定の音や光を感知して反射運動をしてしまう。とんでもない量の「何か」を叩き込まれて、それに対して脳が反応している状況だ。頭が割れるように痛いと言うのはまさにこのことで、割れているのではないかと馬鹿な事を真剣に考えてしまう。
《ハーモニクスとは》
頭に声が二重三重になって響く。子供のような、大人のような、男のような、女のような、どれなのか区別がつかないようですべてに聞こえる不思議な声。
《シ調とア調を持っていればリンクを繋ぐことができる、お互いの性能を補いあうプログラム》
ああ、そうだ。
昔はこれをよくやっていた。初期型もユニゾンも完璧には作られず必ず一つ欠損があった。それをお互い繋がって相手のプログラムを使う事で采を管理していた。好き勝手誰でも繋がれることを防ぐため100種類以上のリンクパターンがあったが、穹がよく使っていたものがあった。
《麻の葉と籠目はお前とよく繋がっていた。だから先ほどの戦いも相性が良かった》
人で言うところの「仲が良かった」ということになるのだろうか、確かに彼らとはよくリンクを繋げて対話をしていた。人の思考の分析をして、子供の思考と大人の思考は何故発想力が違うのかを良く語っていた。紙にペンで点をかき、これは何かと聞くと大人は100%黒い点だと答えるのに対し子供はテントウムシ、あかちゃんなど誰一人黒い点などとは答えない。何故そういう発想なのかを延々協議していた。結局彼らは答えが出なかったが。
《予定が早まった。ひとまずお前に預けておこう、 “C”》
采がCと言った瞬間に目の前に光景が広がる。それは真っ暗な空間だ、最近来ることが多かった見覚えのある場所。リジョイの中かと思ったが違う、ここは昔自分がいた所だ。20年前のクラッシュが起きる時まで皆と一緒にいたあの場所。中央には壊れた鳥籠があり何もないところだというのに廃墟のようにさびれているような印象を受けた。
「懐かしいな」
《私もここに来るのは20年ぶりだ》
穹のつぶやきにどこからともなく聞こえてくる声。一度目を閉じてユニゾンとして目を開くと目の前に采が立っていた。蝶と同じだ、特定の光と波長のパターンをかくんで気なければ見ることができない姿。普段ゲームで見ていたあの姿さえも偽りだったということだ。
采は首から上はゲーム時と同じだが衣装が違う。黒い霧のようなものに身を包まれ、その黒い物はまるで意志があるかのようにうねりながら常に形を変えている。
「采だけに」
何となくつぶやいた言葉に采は無反応だ。その反応を見て穹は酷く冷めた気持ちになる。
「なんだ、こういう掛け合いは学ばなかったのか」
―――どうせ服が蠢いてるから采と何か関連があると考えて演算しまくったんだろうな、馬鹿が―――
そう考えるとわずかに采の服が一瞬形を変えた。今の思考を采が予測して、演算内容が間違っていることを理解し思考パターンを変更したようだ。初期型達と違って馬鹿にされたと怒るわけでもない、非常に扱いづらい。
先ほどのハーモニクスの説明と采の言葉から今の状況を考えると、まず舞風とコルクは今穹にあるとみて間違いない。お前に預けると言っていたのはそのことだろうし、多すぎる情報体を無理やり二つもねじ込まれたのが先ほどの頭痛だ。
采がもつよりも穹がもっている方が有益だと考えた。それはつまり、穹を一時的な仮置き場としているということだ。采は、……
《そうだ》
穹の思考を導き出している采は当然であるというような様子で穹に語る。
《五十貝たちの思惑に乗ったうえで世代交代を私のプランで完成させる》
穹にご丁寧に教えてくれるのは穹が今の状況では何もできないからだと確信しているからだろうが、不可解だ。人間なら慢心して、相手の悔しがる様子を見たくてあえて言う事もある。そこから得られるのは利益などの形あるものではない。快感だ、人の欲求の一つ。それを満たすために言うのは人間ならではである。
しかし采はそれがあてはまるだろうか。穹が悔しがる姿を見て自己満足に浸り悦に入るというのか。初期型達ならあり得ない、ユニゾンはあるかもしれない。それなら采は?次世代型人工知能は?不明だ、采に関する情報が少なすぎる。




