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わああ、と大歓声が沸く。客席は埋め尽くされており超満員だ。ご丁寧に一人ひとりの姿が違うので本当にログインしているユーザーの設定してある姿が反映されているらしい。これだけの人数をログインさせてサーバーがダウンしないのはやはりレーベリックがもっているサーバーの容量と並列させた仕組みの巧みさが表れている。
大会当日、もともと本選はランクごとバラバラに始まっていたので大々的なオープニングセレモニーなどはなく、各自試合を進めていく形式だ。
穹はすでに自分のパソコンからログインしている。家にある使い慣れた物をすべて持ってきてインサートシステムと繋いで使用していた。インサートシステムを使うとヘッドセットの設定が使えないためヘッドセットをつけている。ベッドのようなシステムに横になることはせず、腰かけて椅子の替わりに使っていた。これでも十分システムを使うことはできる。おそらくこの部屋の中ならどこにいてもアクセスしている状態なのだろう。
穹のパソコンがかなりハイスペックで使える状態となりハッキングを受けた時の対処がユニゾンとして対応可能だ。無論もともと持っているアンチシステムも駆使するがそれは対人間用、レーベリック相手に使う。采には無意味だ。
穹は本選が始まってすでに二勝している。始まって1時間しか経っていないのにすでに二勝だ。それほど苦労はせず、あまりオリジナルスキルを使わずとも勝つことができた。
試合は多くのブロックで同時に行われているため有名なユーザーの戦いは視聴率が高いが穹のように無名のユーザーの試合は面白い奴がいないか興味本位でちらっと除く者がいるかどうかだ。穹の試合は5人視聴されただけで終わっている。
【戦いが地味だったのもそうですが、同時刻に有名なプレイヤーが試合をしていたようですね】
「ま、別にそこは興味ないからいい。視聴者の多さもポイントに還元されるんだったな」
だから戦っている者たちは派手なパフォーマンスをして視聴率を上げようとする。勝ちが確定しているターンでも大技を使って一撃必殺を繰り出してくるのだ。そう言う奴は派手さにこだわって基本的な戦略がおざなりになるので地味に攻撃していればあっさり勝てたりする。ポイントを稼ごうとして隙が大きくなる。だから先ほど穹が行った試合も楽に勝てたのだが。普段やらない戦い方だったのだろう、不自然に隙が起き戦略が甘い。
「さて、次は」
すでに次の試合案内が来ているので開いてみると「お楽しみ」と書かれている。なんだ?と思うと突然ファンファーレが鳴る。穹だけでなくアンリーシュにアクセスしていて試合をしていないユーザー全員だったらしく、あっという間に掲示板などは「なに?」「イベント?」と書き込みがあったり、音声をオンにしているため他者の声も実際に聞こえる。文字通りざわついていた。
《静粛に》
聞こえてきたのは采の声だ。声と同時にアンリーシュの一番大きな試合会場が映し出される。ドーム会場の造りで中心に試合を行うための舞台がある。席が遠くても各自設定で見たい個所を拡大したり、パブリックビューイングのようにモニターとして見ることもできるので試合が見づらいということはない仕様となっている。
穹も映っている映像を見ていると、采登場時特有のエフェクトがかかり光の輪から采が登場する。采の登場に一気に会場のボルテージが上がった。試合中なのに采がわざわざ出てきたのだから何か特別なイベントが始まるのだと皆の期待があがっていく。
《これより特別な試合を行う。過去の戦闘データより、これから上位に行くことが予想される期待のプレイヤーを選び出した。彼らの戦いを始めるとしよう》
一瞬静まり返った。しかしすぐに大歓声にかわる。とっさにシーナに音声オフを指示し、ひとまずうるさい音は消すことができた。
最早この内容だけで嫌な予感、というより確定事項だがこの後が容易に想像できる。先ほど穹の次の試合が「お楽しみ」だったのは何故か。何故か、など。考えることなどせずとも容易に答えが出ている。
【穹、これは】
「ああ。くるぞ」
《では決戦者の発表だ》
采が右手を選手宣誓のように高く上げると、その手を軸として周囲に魔法陣のような複雑な文様が現れ回転する。それが回転する前に一瞬ちらりと見えた模様に穹はわずかに顔をしかめる。
「シーナ、今の停止映像見れるか」
【はい】
録画していた映像を穹に見せると、そこに写っている魔法陣のような物の中に非常にわかりづらいが描かれている。
「これは……」
穹の目に見えた文様は2種類だ。今までの文様を考えれば有名な物が多いので検索しようとしたが、ふと脳内に「麻の葉」と「籠目」という単語が浮かぶ。
―――インサートシステムの影響か。夜だな。来てるのか―――
夜の知識を共有している状態のようだ。そして頭に浮かんだ麻の葉と籠目、この二つは間違いなく初期型達を指している。その二つが采の演出で出たという事は、すでにこの二つは采のもとにいるということになる。暁が言っていた通り、すでにネット内で逃げ回っている人工知能はいないのだ。穹側か、采側かに絞られた。
采の腕の周りに現れた文様はまるでひも解かれるように糸状に散り散りになっていき、采を中心に放射状に16本、外側に向かって伸びていく。その先で糸が形を変え文字へと変わった。それはアンリーシュに登録しているユーザー名だった。何故ユーザー名かわかったかと言えば。
「たこ焼き太郎が凄まじい存在感じゃねえか」
【だから、こういう時こういうことになるから名前は大切だと私は常日頃言ってきたのです】
淡々と発した声だがもしシーナに感情があったら今情けなくて半泣きなのではないかと思う。実際たこ焼き太郎を見て会場からはどっと笑いが漏れていた。他のユーザー名が少々かっこいいか狙いすぎて若干滑っているものが多いのでストレートにふざけた名前がたこ焼き太郎しかなかったのだ。
「まあ、それはともかくとして。案の定な展開来たな」
【はい。しかし何故?穹を特別な試合に呼んでどんなメリットがあるのでしょう】
「この14人、体質変異者予備軍ってところか。この中から残りのユニゾンと初期型を探したいんだ。つーか、まあ、モジュレート使える奴をあぶりだしたいんだろうな」
【14人?】
「16人中2人はさっきの文様たちだ。複数対戦者を用意したのは紛れ込ませるためだ」
穹の目にはユーザー名の中で二人、「コルク」と「舞風」の名前にそれぞれ文様が見え隠れしているのが映っている。文字は常に動いているのでとても分かりづらいが、間違いない。
【しかし、紛れ込ませてわざわざ戦わせる意味は?】
「それはこれからのルール発表次第だ」
穹がそういうと同時に采の周辺に大きさが様々なパネルが表示される。それらは一文ずつ短い文章が書かれており、規則正しく采の前に並ぶ。
《特別な戦いだ。特別なルールを用意した》
書かれていたのは以下の文章だ。
・1試合目は8人対8人、次は1対1、最後は4人による総当たり戦
・1試合制限時間5分。勝利判定はクリエイティブポイントの高さ
・勝者は敗者からスキルを二つ回収できる
・勝者は本選特別枠で出場
一瞬静まり返ったがわあああ、と大歓声が沸き起こった。今までにないルールだからというのもあるが、一番盛り上がったのは制限時間の短さだ。一試合5分しかない、ということは相当急がないといけないが、勝利判定にクリエイティブポイントというものがある。これは文字通り独創性を評価されるもので観戦者による投票形式だ。チーム戦の判定にある、いかに戦略的に戦えたかを加点減点方式で判定するものとは微妙に違っていて、こういう試合は盛り上がってこそ、いかに熱狂できるかにかかっている。加点減点はあくまで攻撃や防御の成功率などから機械的に判定できるが、クリエイティブに関してはかっこよかったか、盛り上がったか、といった感情に左右される部分の判定が大きいので視聴者にアンケートが配られその結果も盛り込まれる。公式試合の準決勝以上にたまに使われる判定方法だ。人が殺し合いの試合を古代から娯楽として好んできたことを思えば当然と言える。
時間がなく盛り上がる試合を要されているとなると導き出される答えは一つ。選ばれた16名はとても知略的な戦いができるという事になる。隠れた実力者、この先成長が期待される者、注目すべき人物。その期待が十分できるユーザーたちというのが采によって選出されたという演出が大いに盛り上がった。
「やってくれる」
【そうですね。これで穹のユーザーは全国に知られました】
「……。シーナ、ジンさんたちに連絡してくれ。今五十貝派の情報網で混乱起きてないかって」
【わかりました。しかし、何故?】
「このイベントの目的がさっき考えた通りならたぶんこの特別試合自体は采が単独でやってる。そうなると五十貝たちは間違いなく知らないことだ。初めはそんな企画あったのか、なんて悠長にしてるだろうが計画されてないことだと分かって采が勝手にやってるって知ったらもっと混乱する。連中の計画の采のデリート計画が早まる……なるほど、だから1試合5分か」
【采は混乱中に事を終わらせるうえで時間設定したのですね。了解。常磐から返信です、今からやるそうです】
話している間にも演出は続きチーム分けがされる。穹と同じチームになった者たちには当然だが見覚えはない。穹はゲーム自体を楽しんでやっていたわけではないので、注目選手など気にしたことがなかった。同じチームになった者たちのユーザー情報が勝手に目の前に表示され、試合の準備をするようにというメッセージまで添えられている。
「負けたらスキルを取られるだけじゃねえだろうな。間違いなく意識障害起こされて首輪つけられる」
【本気で行くしかなさそうですね】
「できればこの試合でケリつけたいんだよなあ、本選なんて興味ねえから」
勝つことが目的ではない。五十貝派が采に対して何らかのロックをかけるタイミングに便乗して采に謎の最終奥義をぶつけることだ。五十貝派が先に動いてほしかったのだが仕方ない。初期型二人をけしかけてきたのだから采は本気だ。そしてリッヒテン、セルケト、セクメト、アリスは外部で待機しているのだろう。
―――いやどうだろうな、リッヒテンくらいは紛れ混んでるか?―――
何せ采は手に入れていない初期型がまだあるのだ。この14人の中にいる確率が高いという計算を采が導き出したのなら、必ず捕えに来るはずだ。体質変化まで答えを出したうえでどんな計算がなされたのか、想像するだけでも恐ろしい。まして穹はほとんどゲームをやっていないのに招待されたのだからユニゾンだとばれている可能性が高い。
―――正直APの時の戦い方見る限りじゃ勝てる気しないんだよな。性能が上の奴相手に正攻法じゃ無理だ―――
穹の見ている画面が変わった。専用ステージに招待されたのだ。本選を見れば強いことで有名な二人が対戦しており、そちらの方が大きく盛り上がっている。この組み合わせもおそらく采が組んだものだ。こちらの“本命”の戦いの隠れ蓑として、囮として派手な戦いを設定したのだ。実際視聴者は本選の方が多くこちらからもどっちも気になる、というような書き込みが増えている。その書き込みさえ、運営側には見えないようにされているだろうが。そんな書き込みがたくさんあれば五十貝派も気づくはずだ。派手に大々的にやっているように見えて、ここは閉じられた場所になっている。
チーム戦、しかも8人という大所帯だ。どんなスキルをセットするか悩むところだろうが、すでに試合までのカウントダウンが始まっており30秒切っている。
―――まずいるモノといらないモノにわけるんだな。となると一戦目は準備運動、二戦目が本格的な選別、三戦目は何で総当たり戦にしたんだ。相手のスキルを2個取れる条件まで付けて。ひとまず一戦目つけるスキルは……―――
瞬時に仲間チームとなったユーザーの情報を取り込み最適なスキルを選ぶ。戦い方の癖などを洗うとオフェンス、ディフェンスはバランスよく入っているようだ。全員の戦い方を細かく分析して均等になるように配分されたのだろう。
ちらりと同じチームの面子を確認する。間違いなく同じチームに麻の葉と籠目がいるはずだ。しかしすでに采のコントロール下にいるとすればてきとうなユーザーとして紛れ込ませているに違いない。過去の戦い方のデータなどは当てにならないだろう。
30秒経ち試合開始が宣言される。一層盛り上がる会場は何かの異様な光景でいつもの白熱する試合観戦の状態とは違って見えた。そんな周囲の盛り上がりとは正反対に穹の内心は冷たくなっている。
面白くもなんともない。今行われているのは盛大な茶番で、大昔にあったという見世物小屋よりも酷い有様だ。客はそれを最高のエンターテイメントとして盛り上がっている。
―――本当に、くだらない―――
【穹、バイタルが不安定です】
「……、ああ」
シーナの声に頭を切り替える。だめだ、持っていかれるな。
何に? どの思考に?
穹はきっと「知っている」のだ。アンリーシュができる前、グロードだった時。超大型コミュニティサイトとしてβ版が運用されていた時。あの時采の周囲に人工知能たちやユニゾンが囲んでいて、そのさらに周りにたくさんの人の存在を感じた。あれはアクセスしている人たちを息遣いとして感じられるよう設定されていたのだろう。ヘッドセットのマイクから独り言や会話を拾い、さも周囲に大勢の人がいるように感じていただけだ。
そういった会話や文字でのやり取り、すべてを采も自分たちも把握していた。人がどんな会話をして何を考えているのかを、あまりにも膨大な情報交換をいつも見ていた。
あの時と同じ状況になるとあの時と同じ心境になりそうだ。そうか、と今更理解する。人工知能たちもユニゾンも、この熱狂的に自分たちが注目されるという行為を、おそらく。
―――嫌っていた。うんざりしていた。ああ、だから采はアンリーシュに長居せず、そこそこの成績を残している奴をピックアップしたのか―――
ログイン時間と対戦時間を見ればそんなこと一目瞭然だ。戦った後は物を交換したり情報を見たり、30分以上はログインしたままのはずだ。食事や風呂など他の事をしていてもひとまずログインしたまま放置してまたアンリーシュを始めるのが普通なのだ。それなのに戦いだけ終わらせてちょっとしたデータチェックをしてすぐに終わらせる。短時間ログインの者など大勢いるだろうが、もっと細かくデータ分析すれば一体何が目的でアンリーシュをやっているのかわかるし、この試合独特の雰囲気が嫌いだと言う者は采だったら絞り込める。そんな人間ほんの一握りしかいなかったのだろう。
―――じゃあ定期的に派手に行われてたイベントは、そうか……あいつらは―――
今同時進行で行われている、人気のプレイヤーたちの試合。誰もが自然とあいつらはライバルでこの戦いで決着がつく、なんて。勝手に頭の中で自分の都合のいいようにストーリー化されて盛り上がっている。ただ勝ち上がってきたという勝率のデータで見ればそんなストーリーまったくないと言うのに、何度も名試合を繰り広げてきたので何故かそういう設定が位置付けられている。だからこそ彼らが試合をすれば盛り上がるし皆が面白い試合を期待する。
それこそが、采が作り出した疑似的なグロードだった。体質変異者と、人工知能やユニゾンをあぶりだしさらにその二種類を分類分けできる環境。そういえばいつだったかの彼らの試合も運営から着席を強要され一時抜け出せない時もあった。その時ヘッドセットの設定をいじり、終わり次第さっさと席を抜けた者。
もうすでに。あの時から穹はチェックされていたのだ、采に。五十貝派よりも宗方派よりも早く采は効率のいい捜索方法を見出しており、ターゲットを絞り込んでいた。




