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采が興味を示したのは金融、そこから起こる経済効果。そこから人の心を学ぶことに繋がっているだろうか。天変地異や災害と同じで、危機的状況になる規模が違う金融事情。どこかで株が傾くだけであらゆる企業がそれに巻き込まれGDPさえ変動する事も在る。
「采は金が人の心を豊かにしていると学んだって事か。それが多いと人は特に変化がないが、少なくなったりなくなったりすると致命的なダメージになる」
「そうだ。人が生きていくのに本当に必要なのは生命活動でありそれを満たすのは水、食料、体力を奪われない温度環境などだ。金はそれ等を得るためのツールでありそれ自体がなくて即死することはない。しかし人は金をなくすと精神的ダメージを受ける。時にそれは自殺に追い込み人を裏切り心身衰弱にさせる。そこに注目したのだろう、そこが人独特の特徴だからだ。文化があり通貨があるという事、心があることにより起きる事。采の目的も犯罪を摘むことではなく学習する事にすり替わっている。そう考えると双方の思惑が一致していておさまるところに収まった。滑稽だな」
目的ではなく手段が優先になっている。采設計時に余計な事を詰め込み過ぎたせいだ。そう思うとレーベリックがやろうとしていることは後始末なのだろうが、そのために20年前クラッシュが起きてさらにその5年後にも味を占めた采がクラッシュを起こしている。後始末どころか悪化を辿りコントロールができなくなっているのだ。その代償はあまりにも大きい。
「采は命の尊さを理解しない。あくまで統計、数でしか分析ができない。20年前のクラッシュもあの犠牲者の数は先進国の合計数から全体の何%なのかを計算し、その程度の数でこれだけのことができたなら優秀な成績とさえ考えているだろう。アンシーシュを使ってクラッシュは起こさないだろうが、このイベントで体質変異者が大量発生する可能性は高い」
そうなるともはや体質変異者を隠すことは不可能になってくる。どれだけ火消しに走っても情報というのは秒速で世界に駆け巡るのだ。日本だけの問題ではなくなってくると世界のマスメディアが出てくるはずだ。世界は日本以上に情報規制がゆるく報道の自由を掲げているので食いつかれたらひも解かれる。日本が世界に晒されることになると日本の信用が下がり、ここでも株や金融に影響が出てくるはずだ。
体質変異者が増えるのも、もしかしたら人が絶望する事でその後の人生にどんな影響を与えるのかモニタリングをしようとしている可能性もある。
絶望とは何か。感情を理解することを優先すると金融以外にも手段などいくらでもある。
「……やめた、考えるときりがない。アンタは明日どんなスケジュールなんだ」
「イベント中は傍観だ、私には特に有効な戦略があるわけではない。君が人として育って自覚がないままモジュレートを使っていることを知ったとき、私はそのまま人工知能側に飲み込まれると予測していた。だから特に接触をせずアリスの監視を続けていた。しかしそうならず今君の戦略が中心になってこの日を迎えようとしている。私が余計な事をしない方が楽に進むだろう」
「なるほど」
こうして話してみると宗方は良くも悪くもなく、善も悪もない。どっちつかずという中途半端さではなくはっきりとわかりやすいポジションなのだという事がわかる。よくわからない状態で放置したくなかったので話をもちかけてみたが、本人が余計な事をしない主義なのがわかっただけでも収穫があったといえる。
「ところでこのシステム、何で二台ある。誰か来る予定だったのか」
「正確には昔いた、だ。私のように脳を直接内蔵はしていなかった。別の場所で作られ、ある検証のために秘密裏に連れてこられてしばらくはここで過ごしていた。だが20年前のクラッシュで脳に深刻なダメージを受け、肉体が使い物にならなくなった。別の肉体に移そうとしている時に消えてなくなってしまったと聞いている。その時にどんな奇跡が起きたのか知らないが、胎児に影響を出す形で人として生まれたようだ」
真っすぐ穹を見つめながら淡々と語る。一瞬驚いたがすぐに考えを切り替える。感情が先に来るなら驚いて多少取り乱していたのだろうが、そうならなかったのは今ここがリジョイの中で人工知能としての考えが強いせいだ。そして同時に妙に納得したことがあった。
ここに来るとき聞いた何かの雑音。普段気分を落ち着かせるために聞いている物と似ていると思っていたが、聞いていたのだ。ずっと昔、脳に影響が残るくらいに。
―――そういえば生まれたばかりの乳幼児に雑音聞かせると寝るっていうな、胎児のときに聞こえる音と似てるらしい。似たようなものだったってことか―――
あの雑音はユニゾンとして生まれるた時から常に聞いていた音。オンライン上でそんな雑音が聞こえると思えないので、肉体の方で聞いていたのだろう。
―――20年前の俺たちは肉体を使って過ごす時間とオンラインで過ごす時間どちらが多かったんだろう。この様子だとほぼオンラインだな。人間と同じ生活をしていたわけじゃなさそうだ―――
例えば食事をしたり軽く運動をしたり生きていくうえで必要なことはたくさんある。しかしそれはその方法でなければ達成できない内容ではない。栄養を取るだけなら点滴や栄養剤を直接胃に注入する方法もあるし、運動はリハビリに使われる電流治療などで筋組織を刺激して筋力を保つことができる。他にもたくさん代用できたはずだ。采を管理するのが目的として作られたのならオフラインで生活する意味などない。
「君がユニゾンとしての性能を引き継げたのもリジョイにアクセスできたからだ。リジョイには最低限君に必要な情報とシステムが残されていたのだろう。さすがにそれは君自身がやったことではない、システムの一部だった君が自分でそんなことはできるはずがないからな。おそらくユニゾン開発者の誰かだ。ここはユニゾンのバックアップ空間でもあったということだ」
「つまりユニゾンの肉体ってのは一人につき一つに固定する必要がないんだな。普通は肉体がハードで中身がソフトだが、ユニゾンの場合は逆か。システムがハードで肉体がソフトなんだな」
「20年前肉体を交換しながら過ごすという事を君たちはよくやっていたようだ。今しがた君がいたと思えば突然宵や暁に代わっていたことがある。詳細は不明だが、君たち4人は全員別々の場所に肉体があったようだな。これも何かあったとき集団で損害を受けることを防ごうとしたのかもしれない。クラッシュで全員の肉体が使い物にならなくなったので結局意味はなかったが」
現実的に考えれば魂という物があって肉体間を移動していた、というわけではない。いわばユニゾンの人格とは人工知能と同じ、数値の羅列で作られているデータ上の話だ。1+1が穹という人格を示す、という式があり肉体は正確にその式と答えを再現するものにすぎない。だからAという肉体、Bという肉体、Cという肉体があったとして、すべて同じ式と答えを導き出す設定になっていればAだろうがBだろうが穹は穹なのだ。
魂の重さは21グラムだと言われていたことがある。存在するかどうかわからないものにさえ21グラムという価値がついていたとしたら、ユニゾンの価値とは21グラム以下だったと思うと馬鹿馬鹿しいことこの上ない。一体ユニゾンを作り上げるのにどのくらいの金がかかったと言うのか。その金の価値が管理するべき人工知能から手痛い一撃をくらい肉体を失い存在意義そのものがなくなり、名をつけ価値をつけてくれた少女もその祖父も死なせている。
20年前も15年前も何も変わらずに犠牲を作ることしかできなかった。今の生を受けて果たしてどれだけ変わり、学ぶことができたのだろうか。
その考えがインサートシステムを通じてわかったのだろう、宗方が真っすぐ穹を見つめる。
「それは大いに変わったのではないだろうか。夜や暁たちは君をどう評した」
「だいたいは驚かれたし呆れられたかな」
「十分だろう」
宗方は励まそうとしているわけではない。彼はあくまで事実を口にしているだけだ。それでも宗方が言うと重みが違うし不思議とストンと心に響く。例えるなら息子が父親から何かを教わっているような、恩師から言葉をかけられたようなそんな心境なのだろうか。
「私との話はこれくらいか。明日に備えてそろそろ肉体を休めておいた方が良い。あと念のため教えておく」
「何」
「この部屋の出入り口は階段以外にもある。体質変異者かユニゾンにしか見えない仕掛けになっているから、何かあったら君が先導してほしい。ともに来ている仲間は見えないだろうからな」
「何か、ってのは」
「私が手を貸していると知れば采は私を攻撃してくるはずだ。システムのハッキングをしてインサートシステムを暴走させ火災くらいは起こしてくるだろう。階段から逃げていたら蒸し焼きだ、そちらより速いルートがある。ただし外に直結しているから五十貝派に見つからないよう気をつけろ」
「……」
それは確かに起こり得る話だ。采にとって宗方が性能的には取るに足らない存在だとしても采に繋がっていない唯一のユニゾンなのだ。それなら効率よく処分するにはクラッシュさせる方が楽だ。どうせなら肉体も始末しようとするならオーバーヒートを起こして火災、というのは確かに容易に想像がつく。
それは宗方の死を意味する。インサートシステムがなくなり火事で脳もなくなれば宗方はどこにも逃げ場がない。かといって宗方を連れて逃げることなどできはしない。
ここに穹を呼び寄せる事自体が宗方にとっては命がかかっていたのだ。しかし宗方はそれ自体に強い思い入れはないらしい。死んでもいいとか、絶対死なないとか、そういう感情はまったくないようだ。必要だからやる、これが最善だからこの方法を取る。例え宗方が失われても誰にも何も損失がない。実にユニゾンらしい、人工知能寄りな考えだ。
「ありがとな」
「構わん」
「違うだろ、こういう場合は」
「ああ……そうだな。どうしたしまして」
そいう言うと宗方は消えた。このまま寝てもいいが、一応シーナが気にしているだろうと思い穹もリジョイを後にする。
ゆっくり目を開くとにゅっと顔を覗き込むシーナと目が合った。
【脳波に異常はありませんでした。終始穏やかな波形でした】
「そっか。まあ盛り上がるような内容話してないからな。もう寝るけど、その前に一個聞きたい」
【私にですか】
「お前は、例えばあと1分で自分のプログラムが止まって目が覚めないことがわかったらどう思う」
【それは、人で言う“死”を迎えることに私はどんな感情を抱くかということですか】
「まあそうだな」
【感情はありません。止まるという事実を受け止めるだけです。まだ人が何故老いを忌避し死を恐れるのかが理解できていませんので。私に限らず人工知能は皆そうだと思いますが】
「そうだよな。まあ、なんだ。ちょっと思ったんだよな。采ってもしかして、死が怖いんじゃないかって」
その言葉にシーナは不思議そうに【そうでしょうか】と返してくる。人工知能であれば当然の反応だ。おそらく今シーナが導き出した答えは「人工知能はそんな非効率的な事はしない」あたりだろう。
おかしな話だ。人工知能は人と同じことが考えられるよう学習するプログラムに設計されている。それなら感情を理解するという事、喜怒哀楽以外の感情を学習するという事だ。それを「非効率」と考えてしまったらそれを排除するしかない。せっかく学んだ感情をなくしてしまうのだろうか。それでは本末転倒だ。効率重視の感情だけを集めたら感情は成立しないし、そんなことならそもそも感情が必要ないという結論になる。
「采の目的が学習し続けることなら、最大の弊害はコントロールされることじゃなくて活動停止する事じゃないかって思って。まあ、采が感情を理解してるかは知らんけどな」
そもそも采の死とは。バックアップが大量にあるだろう、オリジナルの采がいなくなってもまた似たようなものは出来上がる。最低限のデータがあり適合の肉体があれば同じ存在として形作られていくユニゾンのように。
否、それは不正解だ。
―――違う、采は人格を分けられていた。そこに別の意志が存在していたのだから、采は“学習”してしまっている。己という存在を模倣してもそれは自分でない存在だと―――
しかもそれらは己を制御する、いわば上位存在として君臨していた。感情が入っていたなら、基礎が同じでも別の存在であると認識していたのなら。例えばクラッシュを起こすのをやめていて、采が何らかの理由により消えてしまったとして果たして他のプロトコルたちに自分の役割を託しただろうか。プロトコルたちも同じ思考に行くと考えて何の抵抗もなく消えることを受け入れただろうか。
答えは、NOだ。だからクラッシュが起きた。8人いた采を、一人にするために。
【穹】
「ああ。もう寝る」
これ以上考えても答えは出ない。出ないが、采に感情があるのかどうかは重要だ。霞も最後は感情を理解していた。そしてやはり拒否、拒絶していた。初期型人工知能たちはどこか感情により答えが分かれてしまうことを嫌悪しているような、見下しているような考えがあるように思える。
それこそが感情なのだが彼らは気づいていないのだろうか。そんなことを考えながら穹は目を閉じた。




