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肉体があると言っていたが人間としては扱われていないのだろう。インサートシステムに繋がりやすいように調整されているようだ。ユニゾンは肉体を持つ、という情報だけだったのでオンラインとオフラインを自由に行き来できる、今の穹のような生活をしていると勝手に思っていたが違う。肉体はあるのだが、機械と一体化しているのだ。だから20年前のクラッシュ事故で肉体が使い物にならなくなったのだ。
無論オンラインから切り離す事を目的として肉体を持っていたのだから肉体で活動はできるのかもしれないがおそらく寝たきりだ。自ら立って歩いたり食事をしたりするのはできなかったのではないだろうか。
「正解だ。我々の自由に動き回るというのはこういう事だった」
宗方がインサートシステムの上にいたかと思えばしゃべり終わると穹の隣に現れる。映像で移動しているだけだ。自ら立ち上がり足を動かして移動しているわけではない。
「虚しい事だと思うか? 当時は君たちも当たり前のこととして受け入れた。自由に憧れなど持たなかった。これを虚しいと思うなら、君は物事の杓子を人として見ているからだ。そんな君が、本当に采に勝てるかな」
「性格悪いのは俺の方が上だから勝てる。だいたい世の中お勉強ができる奴ってのは馬鹿だからな」
宗方は無反応だ。今の言葉の意味が理解できないのか、どうでもいいのか。会話としては聞こえていないはずのジンが「俺もそう思う」とのってきたのでなんとなく会話の内容がわかったようだ。穹はインサートシステムをぐるりと見渡したが特にやっておくことなどはなさそうだ。寝ころべばアクセスできるのなら無理に何か調整する必要はない。
「さあて。イベントは明日、俺が今日できることは実はないんですよね。まあ宗方と情報交換くらいかな」
「ああ、そうしてくれ。俺もトキたちと最後の詰めに入る。ああそうそう、俺らの元上司は順調にインサートシステムの罠にひっかかってるぞ。五十貝派にもそっちに力入れようって考えの奴がちらほら出始めていい感じに二分されてきてる」
一瞬誰だっけ、と思ったがそういえばインサートシステム調べ終わるまで戻って来るなと言われていた男だったと思い出した。正直かなりどうでもいいので忘れていた。
【そちらはこじらせてどう使うのですか】
シーナが不思議そうに聞いた。穹も忘れていたくらいとるに足りないことだったのでたいして影響があるとは思えないが、あの時常磐たちは使えそうだ、という反応だったので何か計らいはあるのだろう。
「地下施設のコントロールの一部をスリーピーが乗っ取ってるから、それ使って全国にある采が組み込まれてるゲーセンにクラッキングを仕掛ける。あそこくらいの設備がないとさすがに同時多発は難しいから」
「あー、つまり地下施設とその男をクラッキングの隠れ蓑にさせてもらうってことですか」
「どうせすぐばれるにしても1時間くらいは時間稼ぎになるだろ。情報の混乱ってのが一番解決まで時間かかるからな、責任誰が取るかって意味でも」
会社となると確かに責任というものは重い。五十貝の意思に反したことはできないし五十貝の気に触ったら降格か首なのだ。そうまでしてそんな会社やその上司に尽きたいと思うのが不思議で仕方ない。世の中機械や人工知能に仕事が盗られていっている時代だ。人間が関われる仕事など優秀でなければできないという認識もあるので、働いているという事が昔以上にステータスとなっている。金を稼ぐ方法は雇用という形でなくてもいくらでもあるので結局は己のプライドを守りたいだけなのだろうなと思うと彼らの頑張りというのがなんだか別の意味で凄いなと思ってしまう。
改めてシーナにイベントのスケジュールを壁に投影してもらう。いわゆる予選のようなものはだいたい終わっていてイベント自体は本選だ。高ランクの方が盛り上がるので下から5つのランクは準決勝から、大会が開始して一番にある。低ランクは早めに終わらせて高ランクに絞った戦い中心でスケジュールが組まれている。不平不満が出ないように低ランクには試合で使えるサービスが特典としてかなり盛り込まれているようだ。
「イベントは明日の9時から随時試合が開始か。休憩時間挟むにしてもこの連休ほぼ使い切る勢いだな」
【はい。試合をやる時間もペースも自由ですので、疲れたと思ったらエントリーをせず休憩を自由にとれます。皆早く試合を終わらせたいので休憩などあまりしないでしょうけど。穹、試合自体はどう進めるのですか?】
「普通にやる」
相手の出方次第というのはあるのだが、穹の人工知能としての考えも人としての考えも結論は同じだ。采は全ユーザーの戦い方、戦術パターンを演算し尽してデータ取りは終わっているはずだ。采が次世代型の人工知能なら間違いなくすべてのユーザーのチェックをする。アンリーシュは采にとって学習するための場なのだから。そうしてすべてのユーザーのアンリーシュをプレイする頻度、勝ち進む速度、勝率、今後そのユーザーがどう戦ってどんなプレイヤーに成長するのかいくつものプランを作成している。それを比較してくるだろう、自分の演算はあっているのかどうか。
難しいのは穹のように自分オリジナルのスキルを持っているプレイヤーだ。しかしそれも普段どんなオリジナルのスキルを作っているか分析することである程度予測がつくはずだ。
「たぶんこのイベント自体采によって完璧にコントロールされた出来レースになる。誰がどのタイミングで負けて誰が優勝するか。シナリオは全部決まってるはずだ」
【そうまでして采は何がしたいのでしょう】
「それは俺よりもシーナの方が答えられるんじゃないのか。シーナがもし采と同じ立場だったら何がしたいんだ」
【私ですか。そもそもパートナーではない自分というのが想定できないですが、人工知能はあくまで学習していく道具です。わからない答えを求めて学習し続けると思います。……だからですか】
「ああ。人間は目的と手段、到着点であるゴールがわかりやすい。でも利便性を求められる人工知能は目的と手段はあってもゴールがない。っつーか、目的と手段がほぼイコールだ。答えを求め続けること、演算し続けること。それをやることに意味はないし興味もない」
そのために必要ならかつて切り捨てた初期型を取り戻そうともする。ただユニゾンも取り戻したいのかはいまだに結論が出ない。初期型達と違って人工知能そのものをコントロールすることが目的として作られたユニゾンは采にとって制御できる道具だろうか。采は演算しているはずだ、何千回何万回も。ユニゾンを取り戻すことが采にとって最善かどうか。穹が人工知能として導き出した答えはNOだ。障害として必ず排除しようとしてくる。
自分よりも格上の性能を持ち、おそらく半数の初期型人工知能を有していてリッヒテンやアリスなど次世代型に近い物も従えている。ユーザーどころか五十貝派、宗方派の思考さえ演算済みかもしれない。すべてが采のシナリオ通りに進んでいるとして、自分たちに打てる手立てはあるだろうか。これももう何十回と繰り返してきた疑問だ。
人工知能として答えを出せば100%負ける、という回答しか出てこない。そうなるとある程度マシな負け方はどんな戦い方かを演算し始めてしまう。それでは意味がない。人として考えるなら、気合と根性論を振りかざすのが正解なのだろうか。レベル1がレベル100の奴に真正面から喧嘩を売っても勝てるわけないので精神論で言っても無意味だ。まして相手は精神論など存在しないのだから。人と人の戦いで勝負が速く決するのは相手を徹底的に叩きのめす以外に「相手が降伏する」、つまり相手に戦意がなくなることも重要となる。過去の戦争を見ても世界中で撤退命令というのは頻繁に出ている。これは相手が「人間」だからだ。もうだめだ、これ以上は無意味だと判断するとそこで終わりにするという選択をする。それを、することができるのが人間なのだ。例えその時実は有効な手段があったのだとしてもその答えを見つけることができないか、いくつかの選択肢と比較し選ばないか。
人工知能は、それを確実に正解のみを選ぶことができる。人の「想像」と違ってそれは100%に近い正確な「答え」だからだ。だからそれが達成されるまで途中でやめるという選択をしない。途中で破棄するとそこで絶対的なENDをむかえる。何も学習できず、ただ終わる。そこで終わって何も残らないし作り出せない。そんな非生産的な事を人工知能はやらない。というよりできない、と言った方がいい。
彼らは人ではない。だからこそ人の戦い方の真似は出来ても人の戦い方そのものはできない。穹が勝てる要素と言ったらそこだけだ。
「シーナ」
【はい】
「江戸時代は火事が多かったそうだ」
【はい】
突然何の話だろうと思ったのだろうが穹の次の言葉を大人しく待っている。穹がこういう唐突な話をするときはシーナの考えを聞きたいときだ。
「長屋が多く密集してたからあっという間に燃え広がりやすかったんだ、江戸は。町には大規模な火消しの組織があった。彼らの火事をおさめる方法何だったと思う。今みたいな消火設備がない状態で、だぞ」
【人手を増やして火を消すしかないのでは。日常的に雨水をためておく火消し用の水溜め場所などあったのでしょうか】
「はずれだ。正解は出火した周辺の家をぶち壊すのが仕事だった。検索してみろ」
言われて一瞬で検索したようだ。画像などを見て納得したらしくなるほど、とつぶやいた。
【つまり燃え広がる前に燃える物をなくしてしまうということですか】
「先に消火設備がないっつったろ。で、燃えやすい造りだとも言ったはずだ。人が100人くらい集まって必死に水をかけて燃え盛る火を消せるわけない。今だって下町で火事が起きると鎮火まで1時間以上かかる。防火材使った家が並ぶから燃え広がらずにやっと一時間だ。木と紙でできた家しかない当時はその数倍燃えやすかったはずだ。だから火消しは消す事じゃなく燃え広がるのを最小限に抑えたんだ。こういうところなんだよな、人工知能と戦うときヒントになるのは」
【よくわかりませんが、お役に立てたのなら何よりです。しかし采ならそれくらいは思いつくのでは】
「具体的な手段を言ってるんじゃない、答えの出し方についてだ」
―――一体どれだけの人間の思考を学んだのか、勝負ってとこだな―――
「んじゃあ寝るか」
【寝るのですか】
「やることねえし。ジンさん何かありますか」
「いや、ねえなあ。こっちの準備はトキたちがやってるから。お前は宗方としゃべってていいぞ」
ジンにそう言われちらりと見たがすでに宗方の姿はない。シーナたちの会話に興味がなかったのだろう。姿を消しても宗方の”本体“は今この機械にある。
「んじゃ、パジャマパーティーにでも行ってくるか」
言いながらもう一台のインサートシステムに入り寝転がる。シーナの尻尾をインサートシステムに繋ぎ中身を確認すると初期化が終わっただけでまだ一度も使っていないことが分かった。
「よかった、こっちは誰かの脳みそが入ってるわけじゃなさそうだ」
ホッとして言うとジンがケラケラ笑いながら振り返った。
「お前の脳みそを入れておくためにとっておいた、とか言われないように気をつけろよ」
「やめてくださいよ。今それ思いついたけど言わないようにしてたのに」
【外科手術できる環境ではないですから無理ではないですか】
「お前も乗っかるんじゃねえよ。3秒クッキングみてえに道具が即使える状態で全部しまい込まれてるだけかもしれないだろうが。階段だってそんな仕掛けだったんだぞ」
《さすがにそれはない》
突然穹の目の前にMR画像が現れる。シンプルに文字だけだがおそらく宗方だ。夜達ならすでに引っ張り込んできているはずだ。ふうん、と思いあえてユニゾンの状態で画面を見つめるとインサートシステム自体に備え付けられている画面に文字が表示される。
Welcome back ■Rejoinder■
目を開いていたはずなのにここに来ると必ず目を開く動作から入るんだな、と思いながら瞼を開いた。真っ黒な空間にポツンと佇むのは一人の青年だ。線が細く華奢だが背は高い。すらりと長い手足に生気のない顔、髪が肩まで長いので一瞬女かと思ったがおそらく男だ。
「基本的にユニゾンってのはどっちつかずの顔してんだな」
夜も暁もそうだ。顔は見えないがおそらく宵もそうだろう。昔の穹もそうだったのだろうと思う。
「性別らしい性別はない。最初の肉体に性器はなかったし性ホルモンも分泌されるようにできていなかった。男性、女性の性別を作ってしまうと様々な障害が起きて上手くリンクがコントロールできなかったそうだ。この20年ほどで改善されたが」
「あっそ」
開発者はそこまでおかしなこだわりを持って作っていたくせに何かと細かい部分が雑だな、と思ったが口には出さなかった。今はそんなことどうでもいい。
辺りを見渡したがシーナはいない。インサートシステムにはやはり入れないようだ。今リアルの方で穹の生体データをチェックしているのだろう。インサートシステムに入ってみて改めて感じるが、本当に宗方とはリンクが通じていないようだ。考えも伝わらないし異質なものとして認識できる。
ここに来たのは宗方と話がしたかったからだ。映像で話もできるがリジョイの中で会話がしたかった。
「一応確認しておきたい」
「どうぞ」
「お前は采のコントロールの為に存在するわけじゃないんだろ。何で采を止めたいんだ。采がこの先行きつくところまでいったらお前に何のデメリットがある」
宗方の目的がわからないままにはしておきたくはない。現状では唯一どこにも属していない独立個体だ。采、五十貝派、宗方派、ユニゾンの他にもう一つの勢力となるのかどうか。本人が言っていたとおりおそらく宗方派と宗方自身はほぼ無関係といっていいのは間違いない。宗方派が動いているのならこんな回りくどい事をせず穹はとっくに宗方派に捕まっているはずだ。
「正確には私にデメリットがあるのではなく他者にメリットがあるからだ」
「?」
「私が作られた理由は特にない。私ができたから采の管理をユニゾンにしようと決まっただけで、私自身何か目的があって作られたわけではなかった。単に人類の発展につなげる新たな手段として研究された時出来上がっただけだ。だから私のやるべきことは人のサポートで、それ以外何もない。人工知能として采は非常に優れているが人類にとって有益ではなくなった、今後は害にしかならない。それだけだ」
それはとてもシンプルでわかりやすい、そして本当に機械的な考えだ。ユニゾンとしては間違っていないしそうプログラムされているだけなのだからそうするだけ。穹達にとって何も障害にならないのだから問題視する必要はないとはっきりわかった。わかったが、気になることはある。
「それ、采が人類にとって有益なプランを示したらお前はあっちにつくってことだよな」
「そうだ」
あっさりと認められ、ため息をつきたい気分だ。しかし宗方は気にした様子もなく言葉を続ける。
「だから私は采や君たちと繋がらないようになっている。私はこれ以上学習しない。こうしてリジョイにアクセスはできてもリンクは繋がらない」
「その設定は誰がしたんだ」
「私を作った人間の一人とその部下だ。この施設を作り、私をシステムと直結する施術をして機材をここに運んだ」
やはり人間の協力者、持ち主だろうか?いずれにせよそういう存在はいた。そうでなければ脳だけになった宗方をここに運ぶことなどできるはずがない。
「その人達は」
「私を作った者は2年前に死亡している、老衰だ。部下の方は知らないがレーベリックにはいないようだ」
「2年この場所は放置されてるってことか。他に協力者は」
「いないな。彼は人こそがコンピューターを管理しなければならないという思想の人間だった。良くも悪くも頑固で周囲と上手くやっていけないタイプの人間だった。レーベリックが人工知能活用にどんどん傾いていくことに耐えられず私を勝手に持ち出してここに隠してしまった。裕福でこの施設の工事も業者に任せていたから本人が怪しい動きをすることがなかったし、他の者は誰も気に留めない存在だったから気づかれなかったようだ。おそらく私が保管されていると皆が信じている場所が空になっていることにまだ誰も気づいていないだろう。私はこうして好き勝手な場所をふらついているのは宗方派が確認しているから、本来の保管場所にあると信じているはずだ」
「シュレディンガーの猫かよ」
さすがに呆れて言えば宗方も「私もそう思う」と同意してきた。人工知能寄りの思考と言ってもこの件の馬鹿馬鹿しさは理解しているようだ。
現状宗方は雷が落ちた時壊れないようにとコンセントを抜いてあるパソコンのようなものだ。必要な時だけ電源を入れて活用する。宗方が采に利用されないとも限らないが、性能が格段に劣る宗方を使おうとは采も考えないだろう。
「聞きたかったのは私の真意だけか」
「とりあえずはな。あとはもし知ってたら、でいいんだけどどうしても知りたいことが一つ」
「知っているなら答えよう」
「次世代型人工知能ってのは結局何がどう次世代型なんだ。采は一体何のために作られた」
その質問に宗方は即答しなかった。やや思考するように目を伏せて彼なりの答えを導き出しているようだ。采ができたきっかけは聞いたが、それはあくまで何故システムができたのかという事だけだ。采を完成させるために当時のレーベリックは金を出しシステムを完成させた。ではレーベリックは何がしたくて采を完成させたのか、コントロールを分けてユニゾンまで投入しシステムを複雑化にしてまで。
「本当に最初の計画の時は人の心を解析して犯罪心理を完璧に学習し、犯罪をなくすために人の教育に使われるためという大義名分があった。おそらくそれ自体は興味がなくて、本当は人工知能がどこまで学習できるか試したかったのだろう。そのために人の心を学ぶため様々なアプローチをしようと言うところまでは良かったのだが途中からずれ始めた。あれもこれもとぜい肉をつけられて何がしたいのかよくわからないものができたというのが一番近いな。采の研究は長かった。その間会社内で対立もあり思惑があり規格変更があり、大勢の希望を詰め込み過ぎた結果が“采”だ。」
采、とは様々な意味があるが指で摘み取る、選び取ると言う意味がある。そう考えると確かに理にかなった名前だったのだろうが今では完全に存在意義が意味不明だ。リッヒテンは人を殺すことをためらっていないしアリスは犯罪を助長させる行為をしている。人の心を学ぶために犯罪を行使するとは完全に本末転倒ではないか。




