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店での準備を終えると最終打ち合わせをバイト仲間たちとすることになった。店長から日雇いの応援バイトが来ることが告げられ、穹とジンは店には来ないことが告げられるとバイト達の悲鳴があがる。
「穹クンは別の場所で本部応援に行ってもらうことになったんだ。ここで活躍するとこの店の印象が良くなってなんか援助がもらえるかもしれないから頑張ってきてね!」
そう言われてういーっす、とてきとうに返事はしたが内心初耳なんですけど、と思う。先ほどの自分への配慮かと思いきや、壁に映し出された資料映像見れば各店で優秀なSEを一~三名応援に来てもらいたい、日当は払うという内容だ。仕事内容は今後アンリーシュのイベントなどを増やす予定なので各店での基本運用の研修も含め、今回のイベントのサポート内容が書かれている。
それを見て他のバイト達はこりゃあ次期店長なんじゃないかとか本部への引き抜きがあるんじゃないかと盛り上がり始めた。しかしこれに行くわけには行かないのだが、と店長に視線を向けると他のバイトには聞こえない声でこっそりと言われた。
「二人はご使命だよ、宗方って人から個別でメールが来た」
「あの人か。じゃあすみませんが、たぶん援助とかはなしですね」
「だろうね。個別メールの時点で宗方って人の個人的なお願いかなって思ったよ。まあいいよ、何かのお膳立てだっていうなら乗ってあげよう」
「スンマセン」
小さく頭を下げるとしおらしい穹クンって珍しいなあと軽く流しながら店長は明日頑張ろうねと締めくくってミーティングは解散となった。ジンに連絡をすると経緯はすでに店長から連絡がいっているようで今夜からその場所に行くので準備をしておいてくれと返事がくる。待ち合わせは数駅離れた場所に現地集合だった。
宗方から来ているというメールを見ると場所は指定されており、小さな複合ビルの住所と地図が乗っている。穹が別のバイトで行っているようないくつかの会社が入っている建物と同じで管理会社は他にいるタイプのビルだ。レーベリックというより宗方の息がかかった建物と思っていい。
「宗方個人じゃなく宗方派のビルって思った方が良いかもな」
【指定の場所ですか。しかしそうすると、最終的に穹は捕まってしまうのでは】
「そこはまあ腕の見せ所ってところかな。いろいろと準備してあるしなんとかするしかないだろ」
このひと月でやってきた準備はアンリーシュのランク上げだけではない。一応身辺整理も済ませた。いつ死んでもいいという準備ではないが、いつ今の生活圏から出てもいいようにはしてある。ハッキングを受けた時の対策もそうだが、実際に取り押さえに来られた時の対応だ。あからさまに危険物を持ち歩くわけにはいかないのでそこはちょっとした小道具となってしまうが、戦いたいわけではなく逃げるための時間稼ぎをしたいだけなので十分だろう。
以前ジンがもっているというような話をしていた小型のスタンガンのようなものなども作ってみた。ベルトに仕込んだナイフは脅しには使えるが相手に傷を残しては訴えられるので使い方は考えなければならないので、やはり威嚇か衝撃で動きを封じる物が役立つだろうと用意したのだ。それを口にしたときシーナに【今更ですか】と言われたが。
一度家に戻り必要最低限の物を持つと家を出る。夜の7時という事もあって仕事終わりに遊びに出かける人で街は昼以上に賑やかだった。夜の方が光の演出がきれいに映るためMR映像がより派手だ。海外の祭りがごちゃ混ぜになったようにそこら中で花火が夜空を舞い空中は風船や花が飛び交い道路には魚が泳ぐ映像が延々流れている。ビルは滝の映像を映す巨大なスクリーンとなって時折虹が出る。信号待ちをすれば人感センサーが反応して新商品の告知が目の前に流れ、タッチすれば詳細情報がパートナーに送られるようにもなっている。
そんなおもちゃ箱を、というよりびっくり箱を詰め込まれたかのような街並みを足早に通り過ぎる。蝶などいたらひとたまりもないのだ、これだけごちゃついた街の中では発見するのは至難だ。ましてシーナには見えない、穹一人で探すしかない。蝶以外の映像も使えるのは霞だけと信じたい。というより、暁たちと話したがおそらく他の人工知能はすでに捕まっていると考えるともう人の意識を引っ張り込もうとする人工知能はいないと思っていいのかもしれない。
地下鉄に乗り待ち合わせの場所へと向かっている時シーナが穹の頭の上に乗った。
【穹】
「ん」
【もしも穹が捕まったり、采の一部に戻されてしまったら私はどうしましょうか】
「お前は俺のパートナーってことで捕まったら徹底的に調べられるだろうし、逃げた所で持ち主の俺は死んだことになるだろうから最終的には廃棄処分になる。譲渡申請出してもよかったか、ジンさんとか常盤さんに譲るって形で」
【私も穹が望まない事態は避けたいので、レーベリックにバラされることは最大限回避するよう善処します。穹が望むなら譲渡も受け入れますが、私としては穹がいないのなら廃棄処分でいいのですが】
パートナーは自分の持ち主の為に存在するのだから当然だ。そこには人と違ってあなたがいないと生きていけない、などという感情は入らなない。自分の存在意味そのものがなくなるのだから、それは人工知能にとって絶対的なENDだ。
「自爆装置でも」
【却下です】
そんな会話をしながら電車を降りて待ち合わせ場所へと向かう。ドラマやゲームで言うところの最終決戦前夜というやつなのだろうが不思議と緊張も特別感もなかった。至って普通だ、いつも通り。恐怖もやってやろうという前向きな気持ちもない。ただやるべきことをやるだけ、それに見合った結果がついてくるという考えだ。人工知能ならもっともっと演算して本当に最善の対処を導き出していることだろう。人工知能寄りになっていればもっと多くの対策が練りだせていたのかもしれないが、これで良いと思っている。人工知能として導き出した対策など采や他の人工知能たちに読まれているに決まっているのだから。
待ち合わせ場所にはすでにジンがいて穹に気づくと片手をあげる。穹もそれに答え、周囲を見渡したが宗方の姿はない。
「ジンさんだけですか」
「トキたちは別の場所で準備してるから俺だけ。宗方って奴はいないな。つーか、いても俺じゃ見えねえんだった」
そう言い終わると同時にジンと穹の端末にメールが届いた。送り主は案の定宗方で、シンプルに地図だけが添付されていて本文はない。地図には一か所マーキングがしてあるが、そこに行くまでのルートが指定されている。到着地点は割と近いのだが、かなり回り道をするルートとなっている。防犯カメラを避けた迂回ルートのようだ。穹達がここに来たという記録を残したくないのだろう。
指示されたルートを進み、一応人に見られないようにも気をつけながらさびれた道を進むと行き止まりにたどり着いた。袋小路とでもいうのか、壁に囲まれてこれ以上は進めない。
周囲に外灯もなくドアや通路という物が見えない中、穹がある一点に向かって歩き出した。穹だけが動いたのだから穹しか見えていないという事で、つまりVRがあるのだろう。
「お、なんか見えるのか」
「ここが入り口みたいです」
ガラスの粉でも撒いたかのようなキラキラと光るものが見え、そこに描かれていたのは矢印だ。ある一点を指しておりその場所を触ると非常にわかりにくいが埋め込み式の棒のようなものがある。引っ張りだして見るとどうやらドアノブのようだ。ノブを掴んで引っ張ると音もなく扉の形に開いた。普段は使われない隠し扉というところだろう。この建物自体表に出せない何かに使われてるか、何かを隠す目的があってカモフラージュの為に上にてきとうな会社詰め込んでるかだ。
扉の先には階段が下へと続いている。明かりはなくジンが腕時計についているライトをつけようとしたが穹が止めた。
「明かりはいりません、というよりあると見えない」
「あー、またお前にしか見えない目印か。ってことは、目印は光ってんのか」
「はい。階段なので見えなくてもジンさんなら降りられるでしょう、階段幅は普通です」
「あいよ」
なんとなくジンなら目をつぶっていても階段を上り下りできるような気がした。五十貝派の下で荒事をしてきたようだしこういうシチュエーションには慣れているのではないかと思ったのだ。穹が進むとジンは問題なくついてくる。
穹に見えているのは壁に書かれた矢印の進路だった。階段は数か所折り返しの踊り場があり下に降りる距離が長い。おそらく地下2階以上あるのだろう。しばらくは道なりだったが、階段の途中で穹が立ち止まった。
「ここに入り口がある」
「ふうん? 明かりつけるぞ」
一度ジンがライトをつけて辺りを見渡すがあるのはただの壁だ。シーナも目につけてあるフラッシュライトをつけてぐるりと確認するが階段の途中、という光景しかない。穹が屈み自分が立っている階段の一段下を探り始める。そしてゴト、と音がすると階段が真上に上がった。その動きに合わせてさらに下の段も自動で動き、中を覗き込めば別ルートの階段がある。
「階段の中に階段があるのか。こりゃわからんわ」
ジンが感心したように言った。例え先ほどの扉からこの階段を降りて行ったとしてもたどり着くのはフェイクの場所になっているのだ。ユニゾンと体質変異者にしかわからない真のルートがこことなると、この先にあるのはなんとなく予想がつく。
「体質変異者が来てた場所なんでしょうね」
実験か、調査か。保護や治療でないのは確かだ、こんなこそこそ隠れる必要があるのなら。しかしそれがその体質者が見えなければ意味がないとなるとジンや常磐のように自由を奪われたというわけではなさそうだ。穹が先に降り、後から降りたジンが階段を直すと特に強い力もなく階段は元通りになった。
海外のデザイナーが作った収納が面白い形となっている家や形を変える家具などがこんな感じなのだろうが、どちらかというと映画村にあるからくり屋敷のようだ。こういう設計なら最初からその目的で作られた建物という事になる。
階段を降りていくと何かのモーター音のようなものが聞こえてくる。エアコンのコンプレッサーか違う物なのかはわからないがゴウン、ゴウンという静かな音と不規則な砂嵐のような音。どことなく聞き覚えがある。この音自体ではないが雰囲気というか周波数のようなものだろうが、気分を落ち着かせたいときに聞く雑音。
心地よい音を聞きながらだんだん精神的に落ち着いてきた。先ほどまではこの先に何があるのかという適度な緊張もあったが、今は自分でも驚くほど冷静だ。
降りていた階段の先に一つの扉が見える。扉を開くとそこには広い空間が現れた。何かの研究所を思わせるような機材といくつものパソコン、その中央にはカプセルホテルの寝台のようなものが二台ある。辺りを見渡してみるとうっすら埃がかぶっているが比較的きれいだ、使い込まれた様子はない。埃が少しあることからだいぶ使われていないことがわかる。どんな場所であっても埃というのはたまるものだが、この部屋には埃になり得る要素がない。埃の原因となる物、紙や繊維、綿素材のものなど一切なくすべて硬化質なものばかりだ。それでいて機材が動いているので最低限の換気がされているらしく完全な密閉空間でもない。一見すると1~2か月使っていないだけのように見えるが実際は数年は使われていない可能性がある。
穹がその寝台のようなものに近づいて中を確認した。中にはほぼ何もなく3つ液晶モニターがあるだけだ。その位置は丁度その中に寝転がったときに頭の正面と左右に来るようになっている。そしてそのモニターにはこの建物の入り口にあった光る粉のようなものが見える。
「これは……インサートシステムかな」
【これがですか】
「たぶん。モニターがある割に他に何もないから、この筒状の物自体がヘッドセットの替わりだ」
地下にあった物とはだいぶ形が違うしおそらくこちらが最新型だ。あちらはヘッドセットをつけなければならないが、これはユニゾンや体質変死者が寝るだけでアクセスできるのだろう。
―――っていう情報が次々湧いてくるのはたぶん、俺じゃない奴からの情報だな―――
まるで知っているかのように考えが浮かぶ。これがユニゾン、お互い繋がっているという事だ。昔はこれが当たり前だった。この情報も穹以外のユニゾンからの情報がリンクから伝わってきているのだ。この感じは。
―――宵か―――
宗方が宵にアリスの世話を頼むと言っていたことから二人が密に連絡を取っていたのは間違いない。この場所に来た途端リジョイにいないのにそういった情報を知ることができたのなら今すでにアクセスしているのかもしれない。
「正確には今その器材をモジュレートしているからだ」
突然声がした。声の方を向けばそこにいたのは宗方だ。人がいた気配はしなかったので今出現したのだろう。ジンは特に反応していないので穹にしか見聞きできていないようだ。シーナは以前と同じで認識できているらしく宗方の方に向き直る。
「モジュレートは本来不具合を正すシステムだった。作り替えるというのではなく強制的に無理のない、それでいて自分たちの望む姿に変えてしまう。プログラムされたものであれば何も例外はない。今このインサートシステムは中途半端な設定で止まっている、秘密裏に持ち込まれたものだからな。それを今お前が本来あるべき姿に調整してしまった。モジュレートは、不具合の物を優先してしまうんだ」
―――なるほどな、だから上手くコントロールできず使いまくってたわけだ―――
勝手にリンクが繋がったものが多かったがそれなら世の中の物、穹の身近にあるものすべてモジュレートしていたはずだ。そうならなかったのは一応選別基準があったからだ。まずはユニゾン同士が繋がっていないこと自体が不具合であり、アンリーシュを通じて夜と繋がった。夜が穹を見つけたのではなく穹が夜を見つけたのだ。
ゲームセンターでのイヤホンマイクをモジュレートしたのも、正確にはイヤホンマイクをモジュレートしたのではなく体質変異者あぶりだしのために使った機材のモジュレートだった。霞と戦った時セルケトかセクメトが来たときに使ったモジュレートもそうだ。
―――じゃあ采は今最大の欠陥品だ。となると、俺はこの先生きていく中どうあっても采にモジュレートを使わざるを得ない―――
今はまだ穹が中途半端な性能しかないから何ともないが、この先絶対に采をモジュレートする日が来る。それは采に自分の存在を知らせることと同じだ。何があったとしてもこれが最初で最後の戦いとなる。
宗方の姿が見えていないジンは部屋の中を一通り見渡すと持ってきた鞄からいくつか機材を取り出した。
「俺はトキのサポートに入る。アンリーシュはやらずにこっち側でできることをするから、そっちはそっちでやることやってくれ。一応お前を狙って来る奴らをどうにかする役目もあるしな」
「わかりました。それにしても二台か」
二台並んでいるインサートシステムを見ながらそう呟くと宗方が一台を指さす。
「こっちは私専用だ。肉体、というより脳がそこに入っていて、配線などで文字通りシステムと直結している」
「さらっとエグイ事言うな」
「は?」
宗方との会話が思わず声に出た為ジンが一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにユニゾン同士の会話と気づいたようだ。手は止めずに穹へと向き直った。
「誰かと会話中か」
「宗方です。そこにいます」
軽く顎でインサートシステムを示すとそれにこたえるかのように画面が点滅する。それを見たジンは肩をすくめた。
「何も知らなきゃポルターガイストだな。んで? 何がエグイって?」
「その一台は宗方の脳自体と直結しているそうで。この部屋か、その器材のどこかに脳みそがあるらしいですよ」
「それはそれは。一昔前のSF映画みたいだな」




