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アンリーシュ  作者: aqri
蝶の羽ばたきが変えるもの
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 夢とは何か。こんなゴタゴタをさっさと終わらせて普通に生きていくことだろうか。いや、それは夢とは違うしやらなければいけないことだ。やりたいこととやらなければいけないことは違う。きっと夢はそれが叶わなくても死にはしないし甚大な被害もない。

 夢とはそれを達成する事で快感や幸福を得ること。時にはただの自己満足であったり時には大勢の他者を幸せにする。質はそれぞれだが穹の夢は例え何かあったとしても大勢を幸福にすることではない気がした。ユニゾンは人類の発展に繋がるのかもしれないが結局のところ穹の役割は采のコントロールパーツの一つに過ぎない。自由になること、とも違う気がした。

 例えばジンたちは。彼らの目的はやらなければならないことであり夢ではない。叶わなくていい事ではないしやめると言う選択肢もないだろう。それは夢ではない、言うなれば使命だ。


「俺の夢は今んとこねえかな。まあ強いて言うなら」

【いうなら?】

「お前のボディを」

【却下です】

「言うと思った。まあそれはともかく夢なあ。死ぬときにまあまあ悪くない人生だったなって思えるくらいたくさん思い出を持ってることかな。だからまあ、スコットランドに行くのも夢に入る」

【え】


穹の答えが意外だったのかシーナは驚いた様子で固まった。そしてたっぷり数秒沈黙してからふわりと飛んであぐらをかいている穹の足の上に降りる。


【詳細をお願いします】

「結局のところ夢ってのは欲求、要求の絶対的な成果だろ。自分の思い通りに行ったかどうかで判断するなら一言でいえば達成した時よりも終わるときに満足できるかどうかだ。俺は嫌いなことが多いわりに好きなことが少ない。死に際なんて嫌な事ばっか思い出しそうじゃねえか。だったら少しでもあの時あんなこと言ったな、あの場所に行ったなって思って、言いたいことやりたいことをやったって思い出して悦に浸るしかねえじゃん。その材料がまだねえから増やしたいなってだけだ。それに、誰かと記憶を共有できるってのは話が盛り上がれるってことでシーナが一緒じゃなきゃ意味ないからスコットランドも夢の一つ」


一字一句聞き逃すまいと静かに聞いていたシーナは小さく羽をパタパタと動かしているが無言だ。喜んでいるリアクションではあるが何も言わないのはシーナらしくない。


「一応聞いていいか」

【はい】

「どういうリアクションなんだこれ」

【一番当てはまるのは感動して涙が出る寸前でしょうか。涙腺機能はないので予測ですが】

「そんな嬉しい事か?」

【はい。穹が老後のことまで考えていたとは意外でした。日和見生活の極みなので】

「そっちかよ」


ピンっと指ではじくと丸いボディはゆらゆらと揺れる。普段ならやめてくださいと文句を言ってくるがされるがままになっているところを見るとおそらくは……。


(照れたのをごまかしたな)


 人工知能にも照れるという動作はインプットされている。この状況では照れるものだと学習していればこういう動作をするというプログラムのもとにその動作をするだけだ。シーナにも一応照れのリアクションは入れてある。しかし穹はシーナに照れ隠しなどインプットしていない。シーナが自分で学んだことだろう。


(俺と生活してて照れるってシチュエーション自体少ないからな)


 自分に心当たりはなくても勝手に育つものなのだなと改めて思う。優秀な子供がいるとどうやって育てたのか、という親へのインタビューなどを見るとああやったこうやったと自慢げに親は多いが、個人的にはある程度のルールを決めただけであとは子供が勝手に育ったという親のいう事の方が信頼できると思っている。

 親がいろいろ細かく指定して優秀な子供になったのはあくまで親が望む形の子供になっただけで、子供は己の為に優秀になったのではなく親に言われたから、親の為にやったに過ぎない。だから成人すると凡人になるのはそのためだろうと思う。大人になって世間が見え、自分よりも優秀な人材が溢れている世界に身を投げた途端何をしていいかわからない。親の力が世間に通じなくなると大体平均値の人間になってしまう。その大きな理由は能力ではなくモチベーションだ。やる気がなくなるのだ。

 逆にあまり親から制約されたわけではない子供は最低限のルールのもと自分で考えて行動する術が身に着く。そしてその事を、放っておいてると言っている親は実はちゃんと見ていてさりげなくフォローをしていたりするのだ。それが親として当たり前だから特別な事と思わず放っておいたと言っているに過ぎない。

 シーナの場合もきっとあてはまる。穹は面倒だったのであれこれ学習させようとはしなかった。しかしシーナがある程度自分で判断できるよう答えを促しそれに対して自分の考えを言ってきた。何故そんなやり方をしたかと言えば穹自身が言われた通りに動くだけのものが退屈だったからだ。自分の言動に賛同ばかりするものなど傍にあってもなくても同じだ。


(それでもやっぱり学習能力は他のパートナーに比べれば格段に上だったんだな、他のパートナー育てたことないから気が付かなかった)


 おそらく他のパートナーを同じように育てたら本当に何も学習しない、はいしか言わないパートナーが出来上がっていた。シーナだからここまで育ったというのが大きい。

 先ほどの穹が語った夢、シーナは照れたのだから嬉しかったのだろう。シーナは穹の為に存在するが穹はシーナの為に存在するわけではない。シーナと同じことを夢として語ってくれたこと、穹の夢に自分の存在が入っていることが嬉しかったということだろうか。そんなことはパートナーならば当然のことと受け止めるはずなのだが。


【穹の夢が叶ったかどうかがわかるのは随分と先ですね】

「天寿を全うするとは限らないけどな。まあ、逆に考えりゃいつでも達成できる夢だろ。飽きたり焦れたりしなくていいんじゃねえの」

【穹らしいです】


 ぽふっと穹の腹に顏を押し付けてくる。人型だったり腕があるボディなら抱き着いてきているといったところか。

 本当はもう叶っているといってもいい夢だ。今この瞬間命を落としたとしても振り返る思い出はそう悪いものではない。もともと友人もなくシーナだけと共に生きてきた。シーナはパートナーで穹の傍にいてフォローをするのが当たり前なので傍にいた、とは少し違うのかもしれないが。それでもシーナに突っ込みを入れられるのは面白かったし退屈しなかった。

 シーナが先ほど聞いた穹はこれからどうしていくのかという問い。答えは、自分の満足する生き方ができなかったとしても、満足できた終わり方をすることはできるのだからどこで何をしても変わらない。これに尽きる。

 そうシーナに言ったらどんなリアクションをするかわからないが、今は伝えるべきではないなと思った。穹が望んでいるわけでもないのにシーナが独自に未来を見据える言動をしているのなら、その思考を続けてほしいと思ったからだ。人工知能には答えが出せるようで出せない、不確定要素の多い時間軸の先の事。シーナはどのような思考をして結論を出すのか?それが実行できるようになった時はもはや穹が管理できる範囲ではなくなるだろう。それは人工知能だろうか、それとも。



 バタバタと店の中を人が駆け抜ける。今ゲームセンター内はバイト全員が出勤して準備に追われていた。翌日に迫ったアンリーシュ公式イベントに合わせたイベント仕様にレイアウトや設定を変えているのだ。この店でもアンリーシュにアクセスしてバトルをする者はいるが、どちらかというと観戦者用の席やモニターを準備する方に追われている。以前イベントに使った巨大モニターはさすがに準備できないので縁を取ったディスプレイを繋げることである程度大きいモニター画面を準備することにした。こういうことは店長が得意でどこから仕入れてきたのか格安のモニターを大量に持ってきたので、穹や他のバイトで繋いだ画面が一つの映像を移すように設定を変えている最中だった。

 前回のイベント時の反省を生かしてもっと稼げる方法を全員でミーティングし、当日の段取りなどを相談したりケータリングの種類を増やしたりと息つく間もなく次々とこなしていく。どう考えても人手が足りず全員出勤になることは間違いない。穹の中で一つの想いがあった。


「あ、穹クーン。こっちの機材のチューニングよろしくねー」


 店長がにこやかに笑い大量の機材を指さし、穹はにこやかに返しながら中指を立てた。その様子を笑いながら他のバイト仲間は見守りつつ、配達に来た業者の対応のために外に出る。店長と二人になったときに穹は作業の手を止めないまま店長に声をかけた。


「てんちょー」

「はいはい、なんでしょう」

「おれ明日で辞めますわ」

「へー、ほー、んん? あれれ? 持病の難聴が」

「じゃあ今日辞める」

「あーちょっと待って待ってー」


 困ったように笑いながらも店長は手を止めて穹に向き合う。普段ふにゃっとしている割に大切な話をするときはきちんと相手と向き合う。こういうところが部下を持ち店長という立場を任されている人が故の行動だなと感心する。それに合わせて穹も作業の手を止めた。それだけこちらが真剣だという事を示したのだ。


「今更雇用契約に載ってる退職意向は半月前に申請する、を言ってもまあ無駄だろうから省こうか。で、たぶん理由を聞いても今更覆る理由じゃなさそうな感じだよねえこれ」

「ええまあ。どうにかなるなら自分でどうにかしてますんで」


 穹が優秀なのは店長は身に染みてわかっている。機材やオンラインに詳しいと言う事を抜かしても穹は頭の回転が速く、たいていのことは自分で対処できる人材だ。その穹が何の事前連絡なく突然辞めるというのはそうとう重大な事態になっているという事は察することができる。理由を聞くな、と暗に言っていることもだ。


「正直このタイミングでっていうのは結構きついんだけどなあ……まあ押し問答は時間の無駄だから結論言っちゃおうか。却下」

「えー」


 意外な答えに内心穹は驚いていた。店長のことだからあまり深くは突っ込まず仕方ないなあ、とか替わりの人見つけてきたらいいよ、とかいうかと思ったのだ。しかも今の会話の流れや目を見る限りはふざけているとうわけではなさそうだ。


「正直なところ穹クンがいなくなるのはかなりの痛手だしタイミングも悪いなあ。実はジン君からも言われてるんだよね、明日で辞めますって」

「あちゃー」

「理由は同じでいいかな?」


小さく笑って肯定も否定もせずに黙り込んだ。肯定しているようなものだがはっきりと口にしたという事実を作りたくなかった。その様子をいつも通りのにこにことした笑顔で店長は見つめてくる。


「詳しい話をしろとは言わないけどさ。このまま辞めるなら二人は駆け落ちしましたってみんなには言っておくよ」

「死んでも嫌です」


どうせ誰も信じないというのはわかっているが、この店長の事だからもっと違う手段を用いそうで怖い。あまり深くは関わらないが関わったからにはやるなら徹底的に、が彼の基本精神だからだ。


「とりあえず明日と、必要なら数日間はお休みしていいよ。明日を越えたら改めてどうするか連絡くれないかな。ジン君にはそう言ったら了解得られたから、これって問題解決したらやめることにはこだわってないって事かなって思ってさ」


 確かにジンは他に仕事を掛け持ちしている。もっと金が稼げるところもたくさん知っているだろうから無理にここで働く必要はない事を考えれば完全に姿をくらませるつもりはないようだ。自分がしようとしていることを考えれば個人情報を特定されて追われるか通報されるか、いずれにしても普段通りの生活は無理になる可能性は高いと考えて店を辞めることを考えていた。あとは少しだけ、店長たちには世話になったので迷惑はかけたくないと思ったのもある。

 おそらくそういった事を加味してあえて休んでいいと言ってくれているのだ。香月もそうだったが、こういう自分の考えを見透かされたうえで気を遣われるのはなんだか慣れないので落ち着かない気分になる。余計なお世話の時もあるが、ここは素直に受け止めておいてもいいのだろうか。何かあれば店に多大な損害が起きることは予想できる。下手をすれば閉店になるかもしれない。


「何があったのかは知らないし、そうまでしないといけないと考えた君の判断ならまあいいんだけど。意外と日常を変えないっていうのも大事だよ」


 にこにこ笑いながら言われて穹は苦笑だ。ここは店長に軍配が上がったという事にしておいた方がいいだろいう。穹が本気になれば姿をくらませることはできるが、ここまで店長が言ってくれているのだ。

 じゃ、これお願いねと言ってさらりと大変な作業を押し付けられ再び中指を立てて仕事にとりかかった。

先ほどのやり取りを聞いていたシーナが穹の傍に寄ってくる。今のやり取りが不思議だったのだろう。


【穹。今の店長の言葉は気遣い、でいいのでしょうか】

「正確には譲歩だな。ある一定の条件を付けたからその一線を越えるかどうか俺に判断を譲ってくれたんだ。俺一人だったら辞めるのもありだったんだろうがジンさんもってなると店長なりにいろいろ考えたんだろう」


 始めに店長が言っていた通り、直前の退職願いは契約違反だ。今や正社員もバイトも雇用契約内容は同じで、例え一回きりだろうが一時間だろうが働く場合は契約内容を承諾しなければいけない。それを前面に押し出してこなかったのは一応付き合いが長い事の配慮と、これだけ配慮したのだからあっさり辞めてくれるなという意思の表れでもある。


「とりあえずはお言葉に甘えるとするか。明日はさすがに家からバトルはちょっと抵抗あるから、別の場所からだな」


 アンリーシュにログインしている時にレーベリックに襲撃されたのではたまらない。五十貝派はともかく宗方派がもう動いていると思っていい。絶対に見つからない場所などないが、それでもある程度隠れるのに自信がある場所はいくつかある。

 この一か月、穹はランクを二つ上げた。ひと月に上げるには割と速いペースだったとは思うが、もともとほとんどログインせず戦いも少なかったのでイベント告知を見てゲームを再開させたと見れる自然さはあるはずだ。ポイントもかなりたまったのだがスキルなどの交換には使わなかった。公式サイトが作ったスキルを使うという事は敵のデータを受け入れるということで、この大会に合わせて密かに何か違うプログラムをつけられていたらたまらないと思ったからだ。そう、例えば采のプログラムの一部など。アリスのお茶会がアプリを勝手に押し付けてきたのだから同じ手を使ってくると考えるべきだ。

 夜や暁たちともこの一か月は連絡を取っていない。各々好き勝手やるということで解散したのだからそれぞれ何か策は立てているはずだ。あてにはしてないが。

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