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アンリーシュ  作者: aqri
蝶の羽ばたきが変えるもの
85/105

5

【穹、メールです】

「きたか。宗方だろ、要件も読んでいいぞ」

【了解。今そちらに向かってる】

「……はい? え、何?」


思わずもう一度確認しようとするくらい予想外の内容だった。しかしシーナは至って真面目に復唱した。


【今そちらに向かっている】

「よし、逃げるぞ」


 珍しく青ざめた様子で穹が急いで片づけシーナを抱える。さすがにこれは穹も想定外だ。まさか自ら直接来るなど思いもよらなかった。五十貝派と違い動きが全く読めず何も情報を掴んでいない状態で、絶対的な敵でしかないのか利用価値があるのかもわからないまま接触などできるはずもない。頭の中に店周辺の逃走ルートを思い浮かべ走り出そうとするが、無情にもシーナが次のメールを読み上げた。


【店に入った】


同時に来客を告げるチャイムが鳴る。店は休みという表示をしているしドアはロックがかかっているはずだ。ぎょっとした様子で思わず叫ぶ。


「こえーわ!」

【先ほどのメールが来た時点でもう着いていたのでしょう。逃がすつもりはないようですね】


一瞬スタッフルームのカギをかけようか迷ったが無駄だろうなと諦めた。ドアを勝手に開けて入ってきたという事はおそらくハッキングされたのだ。


「友好的対話ができる相手であることを願うばかりだ。さて、どんなタイプかな」


やけくそになりそう言い放つとシーナはそうですね、と過去関わってきた穹が嫌いなタイプランキング上位3位までを発表する。


【少なくとも宇宙人、チンパンジー、ヒステリータイプではないでしょう、これだけの事態を冷静に対処しているのなら】

「友好的対話のできる宇宙人タイプってのもいるんだよ」

「さすがにそこまでではないよ」


 穹とシーナの会話に自然に入ってきた声に穹は黙る。常磐もジンも声を発しない。何故なら聞こえた声が幼いソプラノの音域だったのだ。入ってきた人物に目を向け穹は目を細める。


「意外だな、年下女子か」


 姿を見せたのは小学低学年ほどの少女だった。色白でどこか儚い印象を受ける。ポーズをとってそれらしい写真を撮ればおとぎ話にでも出てきそうな非常に絵になる風貌をしていた。色白なだけでなく色素が薄いのか、よく見れば髪も瞳の色も明るい茶色をしている。


「ここからは内緒話だから他の者には遠慮願おう」


そういうと同時にジンたちと繋がっていた端末が自動で切れる。ついでにプツン、という糸が切れるような音がして一瞬眩暈を感じた。


「夜達とのリンクを一時的に切った。どうせすぐつながるから問題ない」

「突っ込みどころが多すぎて優先順位が迷子だ」


口元には笑みを浮かべたが少女を睨みつける。どうせ睨んだところで何とも思わないだろうが。はっとしてシーナを確認するがシーナは電源が入ったままだ。


【私は問題ありません】

「そのパートナーは切っていない。必要なのだろう? 話を聞いてもらうといい」


 しゃべり方が少女とは思えない、壮年さえ思わせる。芝居がかっているわけでもなく自然に使っているため言いなれたしゃべり方なのだろうと思えた。ただ者ではないのは一連の動きでわかるし、おそらくあらゆる面での「実力」で敵わないのだろうなというのもわかる。あっさりとコンピューターを操って見せたうえ、自分でもよくコントロールできていないユニゾン同士のリンクも掌握しているとなると文字通り手も足も出ない。


「一応聞くけど、宗方本人ってことでいいか」


まだるっこしい事をしても意味がないし腹の探り合いなど不可能だと思い単刀直入に聞く。彼女は表情を変えず一言「そうだ」と告げた。


「君には采の制御を協力してもらいたい。何故そうしなければいけないかが不明のままだろう、それは教えておこうと思った」


そういうと宗方の前に一気に10個ほどのMRウィンドウが現れた。それらは何かの統計やグラフ、細かいデータだ。一瞬何のデータかわからなかったがどうやら経済関連のようだ。


「人工知能の研究をしていたのはレーベリックだったが采を設計したのは私たちではない。アメリカにいた一人の天才少年だった。そして作った目的は本当に単純に遊び相手欲しさだったらしい。知能が高すぎて周囲と馴染めず同じ年の友人がいない彼は寂しかったそうだ。そして彼が采の基礎理論を作り、資金を募った。それに乗じたのがレーベリックだ。当時研究に行き詰っていたから何が何でも采が欲しかったんだろう。そして提携したはいいが、予想外の事が起きた」

「来たな、映画とかで一番突っ込みどころがあるアホ展開」

「まさにそのとおりだ。天才が作ったものを凡人たちが扱えるわけもない。学習の過程で采は戦争、エネルギー、災害、宗教、様々な問題の中から金融に興味を示した。核一発で人が大勢死ぬという分かりやすい事より、金融危機やバブルのような事態の方がよほど予測困難な事が起きて人がどう動くのか知るのに丁度いいと結論づけてしまった。結論から言ってしまえば現状日銀のシステムは采の管理下にある。君は体験していないだろうが30年ほど前に日本で金融危機が起きたが采のちょっとしたお遊びで起きたことだ」


 そう言って穹の前にいくつかデータを見せる。そこには金融危機から日本、世界の経済の動きが記録されており倒産した会社の数、家庭や教育や医療などに与えた影響がまとめられている。一言で言ってしまえば災厄が起きたと言いたくなるくらい絶望的状況だった。死者を多く出し格差が激しくなりまるで発展途上国のようだ。

 この事件が起きた影響から法律が変わり貿易の基準が見直され、日本はアメリカからペナルティともとれる不利な条件で輸入をせざるを得なくなった。日本の穀物、牛肉、化石燃料の値上げ幅が大きいのはこれがきっかけと言われているらしい。


「戦争は更地になれば終わりだが金融は国外に与える影響が大きい分泥沼になる。采はそれを学び、研究者たちも肝に銘じることとなった。采が次にドルを崩壊でもさせたら世界への影響は大きなものだ。ついでに言えばそんな重要な役割を掠め取っている采を分解、機能停止にさせたらどうなるかなんて考えるまでもない。采に世界を人質に取られていると言えばわかるかな」

「わかりたくなかった」

【そうでしょうか。理解できてよかったです】


 重い溜息をついてそいう言うのが精いっぱいだった。宗方派がどうして采をコントロールする事以外の選択をしないのかがようやくわかった。この話を聞いてしまった以上自分もその選択肢しか選べないということも。

シーナは事実として受け止めることができるので貴重な情報を知ることができてプラスと考えているようだ。


「話の筋はわかった。いくつか知りたい」

「なんなりと」


真っすぐ見据える彼女の眼光は鋭い。目つきが悪いということではなく、むしろくりっとした大きな二重の瞳は愛嬌があるのだがその瞳の奥には機械的な冷たさが感じられる。


「采をコントロールするために必要なのはユニゾン全員って考えでいいのか、その具体的方法があるのか、五十貝派はこの事を知ってるのか、お前は一言でいえば何なのか、これくらいか」

「少ないな」


驚いた様子もなくそう言うと小さくうなずいて語り始める。


「一つ目と二つ目は同じことだ。采を管理するためのプログラムを使うためにはユニゾン全員が同じ思考になる必要がある。全員が協力しないよう切り離された管理をされていたのはその為だ、四人が一つとして運用されるときは有事の際だけだとプログラムされている。どんなプログラムなのかは四人揃ってはじめてわかる代物で私も詳細は知らない。知らないがだいたい想像はつくしそれを言うつもりはない。君の場合は自覚をした時点で弾ける寸前のポップコーンのようなものだ。その時が来れば自動で発動されるのだろう」

「来るべき時が来ればわかるってか。心臓に悪いな」

「プログラムの形を変えておかなければ采や初期型達にばれる。目下、早急に宵の救出をしなければ話にならないな。次、五十貝派は知っているよ。だが他の手段を実行することを選んだ。リッヒテンの他いくつか高性能の人工知能を完成させていて采の替わりに挿げ替える準備ができている」


その言葉に嫌な予感を通り越して冷や汗をかきそうだ。しかしそれ以外考えられない。


「まさか、1か月後のアンリーシュイベントって」

「五十貝派の目的は采のお疲れ様会だ。采の分解は夜を捕まえてからゆっくり行うとして、采を活動停止にしてリッヒテン、アリス、セクメト、セルケトが采に代わる人工知能としてセットする」

「セクメトとセルケトってのは」

「探査型だ。君たちを探すことに特化したタイプだがアレも立派な初期型以上の性能を持った人工知能たちだ」


霞と戦った時穹も遭遇している。そういえば無理やりモジュレートしようとしたこともあった。我ながら無茶をしたな、と今更ながらに思う。まさか格上の人工知能だったとは。


「実際のところすべて采の管理下にあるから采がますます強固になりますの会になるだけだ」


表情を変えずにそんなことを言われなんだかどっと疲れがわく。いろいろと悪い方向に進んでいるなと思っていたがここまで最悪だとは思わなかった。


「笑えねえよ」

「そうか? むしろ笑える。それで最後、私については簡単だ。ユニゾン第一号が私というだけだ。人格の基礎となったのはユニゾンを開発した宗方だからそのまま宗方と名付けられた」


 これも何でもないことのようにいたって普通に言われてリアクションができなかった。事実、宗方は何とも思っていないのだろう。穹達がエラーなど起きないほぼ完ぺきな存在なのだからそのプロトタイプがいるのは当然だ。こうして直接会うとは思っていなかったが。


「ユニゾン用の肉体もいくつか開発されていてこの体は4つ目だ。リジョイに行けば私の本来の姿を見られるが興味ないだろうからそれはいいだろう」

「質問が増えた。リジョイってなんだ」

「ユニゾンや人工知能が入れる、一般のものとは差別されたネットワークの総称だ。もっともこの名を使っていたのはユニゾンだけだったが。お互いリンクで繋がってしまえば会話など必要ない。しかしユニゾン開発者の宗方は人としての部分を残すことにこだわった、人工知能たちにも相手と対話する事を選択させるために内緒話の部屋を作った。それがリジョインダーだ」


 あの特殊な空間のことをリジョインダーと呼んでいたということだ。つまりインサートシステムの冒頭はおかえりなさいリジョイ、ではなくリジョイへおかえりなさい、を勘違いさせるような文面にしていたということだ。


「こちらから追加情報だが、私の立ち位置は宗教で言うところの象徴のようなものだ。宗方派と言っても私のやりたいことと他の者がやりたいことは微妙に違う。私は君らが人として生きようがユニゾンとして采の制御部品に戻ろうがどちらでもいいが、宗方派と名のつくものは全員後者だ。信用しないことだな、ユニゾンを利用する事しか考えていない」


 先ほどから気になっていた宗方の瞳の冷たさにようやく理解できた。宗方はユニゾンだが、限りなく人工知能寄りな思考なのだ。15年前、穹が記憶を消すという選択をしなかったらなっていたかもしれない、ユニゾンの行きつく先の一つ。寿命という概念もなくやるべきことを粛々とこなす、生きるために何かをするのではなく何かをするために生きる。目的と手段が逆転している矛盾したもの。


「特に君は違う肉体を持つ。研究されるか、その肉体を破壊されて都合のいい肉体に移されるか。要するにいつ殺されてもおかしくないと思っていた方が良い」

「映画化決定みたいな展開だな。まあそれは俺がユニゾンだってわかったときから覚悟してたことだからいい」

【あまり良くないのですが】


シーナの突っ込みに初めて宗方は表情を変えた。少しだけ目を伏せ、口元は緩く笑みを浮かべている。微笑ましい物を見たという感じだ。


「君らは人と機械が逆であるかのようなコンビだな」

「不都合か」

「いいや、単に面白い」

【私からも質問させてください】


穹に抱えられていたシーナが宗方を真っすぐ見つめながら言った。


【何故今穹と接触を? ユニゾンならリンクで繋がっているのでしょう。貴方は敵なのですか、味方なのですか】

「敵味方の概念がないから私からは何とも言えないな。君たちが判断していい。あと私は他のユニゾンたちとリンクしていない。できない、と言った方がいい。私は采の管理目的で開発されたわけではないから独立しているんだ。君は機転が利くようだからアリスを任せてみたかった。角村という男が死ぬとアリスは間接的な殺人を学習して歯止めが利かなくなる。あのイベント含めアリスの活動は五十貝派は把握していないからな」


 こうなると五十貝派がやっていることは采を肥えさせるだけだ。自分たちの行いが采にとって最大の利となり自分たちには害しかないとは、まだミツバチの方がマシと言える。采が脅威というのもあるがその原因を作っているのは結局人なのだ。人工知能ではない。


【なるほど。貴方は敵にも味方にもなり得るということと、アリスの好奇心に釘を刺しておかないといけないことと、五十貝派は千切るのに失敗したトイレットペーパーより使えない存在だというのはわかりました】

「君はパートナーにどういう教育をしているんだ」

「イケてんだろ」


 宗方は小さくため息をついた。その仕草が人による動作なので、人としての特性が完全に失われていないことをうかがわせる。先ほどから表情やしゃべり方を観察していたがこれといった特徴がない為どんな人物なのかが全く読めない。先ほど敵味方の概念がないと言っていたように、感情や利益で物事を判断するようには「できていない」のだろう。


「アリスについては今やろうと思ってることがあるから他の人にも協力してもらう」

「不正解の教育か。まあそれしかないだろうな」


 今の情報だけで何をやりたいのか見抜かれたのは内心舌を巻いた。宗方も様々な演算とアプローチを考えそれが一番有効と判断したということか。それなら間違っていないし、人工知能寄りの考えである宗方では実行できない。


【どういうことですか】

「アリスは采に学習結果を提供する。言ってみりゃアリスは采の知識、頭脳部分ってことだ。だったら間違った判断を教え込めばいい。ルールがあったり勝敗があるものは人工知能の得意分野だが、条件や基準がない物の判断は人がこれは正解、これは不正解って教えてやって初めて基準ができる。それをやりたくてアリスのサイト登録もしたしな」

【それでは時間が足りなさすぎます。常磐たちと手分けをしても、とても1か月では間に合いません。アリスのお茶会ユーザー数が多すぎます】

「だから目立つように行動したんだ。それに集中してもらえるように」

【あ、ハッターですね】


シーナが気づいて穹が登録したアリスのお茶会の企業向けページをチェックする。穹が登録をしたのは聞いたので内容を確認すると、さっそく向こうから連絡が来ていた。


【穹、アリスのお茶会からメールです。質問が採用されたと】


 その言葉に穹と宗方は目を細めた。なんだかその動作とタイミングが似ていて、まるで兄妹のようだと思う。会ったばかりでもやはりオリジナルとそれを元として作られたユニゾンだ。親兄弟というより同じ遺伝子を使っているのだとしたらコピーのような、同一人物なのかもしれない。穹は肉体が変わっているが、人格や記憶が引き継ぎされた時点で前のソラと同じ人物と言える。そうなるとやはり宗方とは同一なのだ。


穹と一緒にいたのは自分だ。穹の事に対して自分の知らないことがあるのは……とても。


「これでハッターだと名乗ればますます食いつくだろうな。さて、どうしてやろうか」

【穹、悪い顔になっていますよ】

「悪い事しようとしてるからな。まずはShe is a blue bloodは彼女の血は青い、で教える」

【くだらな過ぎます】


 シーナのため息交じりのような言葉に軽く笑っていると真剣な反応をしたのは宗方だった。少し思案するような様子をしていることから演算しているのだろいう。


「向こうからアプローチしてきたなら注目してるという事だから重要度は上げてるはずだ。その役目、君では荷が重いだろう。四六時中アリスに付き合わなければならなくなる。適役がいるからそちらに頼んでおく」

「誰だ適役って」

「宵だ。あれはそこそこに性格が悪い」

「……」

【……】


唐突な提案に思わず穹もシーナも沈黙する。そして同時にしゃべっていた。


「あ。やっぱ性格悪いのか」

【貴方は宵と連絡を……穹、何故そこに注目したのですか。重要なのは捕らわれている宵と宗方が連絡を取り合える位置にあるのことですよ。先ほどもユニゾンと繋がっていないと言っていたのに】


ぺしぺしと体当たりをされて軽く笑いながらシーナを抱え直した。シーナがそう反応するだろうなと思ったからあえてこちらを選んだというのもある。自分が言わなくてもシーナが言ってくれるのならという。


―――なんだろうな、これは―――


(甘えてるのか、俺は。シーナに)


 人工知能に甘える。なんだか妙な話だ。人は物に対して擬人化をして感情移入することで相手を理解したつもりになりやすい。人工知能などその領域に首まで浸かっているようなものだ。だから人は人工知能を求める。生きた人間よりも自分の思い通りになりやすいからだ。

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