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すでに次のリクエストは送ってもらっている。ジンからもそろそろ角村の近くに行けそうだという連絡も来ているので次のリクエストが本番だ。アリスの抽選が行われ、アリスは高らかに読み上げる。
《白兎は壁のすり抜けができる、に決まったわ》
厄介なものが選ばれた、というのが正直なところだ。今まで白兎はご丁寧に壁を曲がり道なりに追ってきていた。これで角村に直線距離で接近できる。
《あとは三月ウサギなのだけど。またハッターから手紙が来たの。皆一緒に考えて、また彼のなぞなぞが始まったのよ》
―――かかった―――
《三月ではない今は三月ウサギは狂わない。狂っているのはだあれ? ですって》
その内容にコメントでも様々な憶測が飛び始める。三月ウサギが何故そう言う名前なのか、からアリスの正式な物語の把握まで、話題の中心は“不思議の国のアリス”に偏り始めている。そもそも三月は月の三月ではないという説や三月関係なくあのウサギは狂っているなど意見は様々。そんな中、常磐から教えてもらった捨てアカウントを使って穹がコメントをする。
[アリスは誰が狂ってると思う?]
そのコメントに面白いように他のコメントが減った。皆アリスの回答を待っているのだ。10秒、30秒と時間が経つごとにだんだん苛ついてきたらしいコメントが増えてきた。
[アリス、見てる?]
[おーい、アリスは?]
[俺らが考えてもいいけどさ、アリスはどう思うよ]
その煽りにアリスは「わからないからみんなに聞いてるのよ」という当たり障りない答えをするだけだった。それは逆効果だ、実につまらない回答なのだから。今皆が求めているのはそういう答えではない、というのは人間だったらわかることだ。空気を読むというのが不得意な人工知能らしい回答だった。
駄目押しとばかりに意を決して別のアカウントをもう一つ使って穹が書き込みをする。
[つまらない答えだな、がっかりだ。私はそんな答えを期待していたんじゃない]
[狂っているのは全員だ。質問ではだあれ、としか聞いてないだろう。何人狂っていてもいいんだ。白兎も三月ウサギも追われている彼も、もちろんこれを見ている全員も私も。君もね、アリス]
アリスは無反応だ。アリスをよそに他の者たちは「あ、もしかしてこいつがハッター?」というようなリアクションでわずかな盛り上がりを見せる。
「シーナ、ジンさんたちに角村とっ捕まえる準備完了しておいてほしいって伝えてくれ」
【了解】
『じゃあこっちも合わせるよ』
常磐がやりたいことはいまいちわからないがジンたちのフォローだろうと考え続ける。ここからがでたらめでもなんでもいい、少しでも皆の意識をこちらに向ける必要がある。どうせアリスの目を背けることはできないのだ、監視カメラを何十台も使って角村を監視しているのだから。背けるのは周囲の目だけでいい。
「一応俺の作戦ですけどね……」
端末を通じて二人に手短に話すとジンは爆笑し常磐は苦笑だ。
『あー、それならこっちもそれらしい演出しとく。ま、ちょうど店長とそれらしい作戦考えてたし丁度いいや』
『君は本当、無茶な事考えるあ。面白そうだからいいけどさ』
上手くいけば角村をあとくされなく確保できて、捨てアカウントを廃棄すれば有耶無耶のうちにアリスを撒ける。すべてが上手くいくとは思わないが今思いつくのはこれくらいだ。
[アリス、君はルイス・キャロルの書いたアリスに比べると少々頭が悪い。本物のアリスは自分で考え勇気を振り絞って困難を解決したのにね。君は一体誰?]
《私はアリスよ》
[そうか、それなら一つクイズをしよう。君がアリスなら答えられるはずだよ]
《いいわ。何?》
お膳立ては済んだ。穹はシーナのセキュリティレベルを上げる。捨てアカウントを10ほど常磐から譲ってもらうと一度深呼吸をした。
[風邪を引いた時どうする?]
その問いに観戦者からは勝手に「寝る」「薬飲む」「医者に行く」など意見が出ており、中にはウケ狙いのひねくれた答えをする者もいた。そんな中アリスの回答はというと
《ママがおまじないをかけてくれるわ》
実に子供らしい当たり障りない回答だ。しかしそれこそが穹の待っていた返事でもあった。
[瀉血ではないんだね。実に残念だ]
その内容にコメントには「瀉血ってなに?」という内容が溢れ、すぐに皆調べたのだろう、中世で当たり前に行われていた治療法であることをコメントし始める。
医療がまだ発達する前、具合が悪い時の一般的な治療は瀉血と言われる血を抜く作業が頻繁に行われていた。後に何の根拠もない方法だとして使われることはなくなっていったが19世紀ごろまで行われていたという。当時の医者は治療もせずひたすら各家を回って血を抜くだけだったいう話もあるので、現代で言えば市販の風邪薬を飲むのと同じ感覚だったのだろう。
[18世紀とか当たり前にやってたんだろ、アリス知らないの?]
[アリスってママのおまじない信じる年だっけ?]
[いや、アリスっぽさを演じるならおまじないでいいんじゃねーの]
「アリスを演じるってなんだよ! アリスはアリスだよ!」
この辺りはおそらくサクラの煽りだ。他の者がおかしな方向にいかないように軌道修正をしているのだ。その内容に皆好奇心に火が付いたらしく好き勝手言い始める。
―――人間、褒めるより貶す方が盛り上がるからな―――
中には「ちょっとその考え方押しつけがましいんじゃない?」などの意見もあるが、これはこれであっていい。今この場をかき回すのが目的なのだから。
《瀉血は知っているわ。でも私はやったことないしママがいつもおまじないをしてくれたのよ》
[知ってるんだね。改めて聞くよ、君は誰?]
《アリスよ》
[不思議の国のアリスなら瀉血なんて知ってるかどうかわからない。あの世界は“中世ヨーロッパ”を謳っていない。アリスが姉と過ごしているところから物語が始まるのだから。でも君は断言したね、知っていると。アリス・リデルかな? 彼女なら知っているかもしれないね。でも彼女は金髪碧眼ではないよ。君は誰?]
こんなものは揚げ足取りだ。瀉血をアリスも調べたのだろう。少女と呼べる年齢設定であるアリスが瀉血など答えるはずもない。しかし知らない、という選択をしなかった。それは瀉血が19世紀まで使われていたことを知って、中世ヨーロッパを舞台にしてるであろうアリスも知っていると判断したのだ、”彼女“は。
《瀉血という言葉自体は知っていても何も問題ないわ。知識として知っていることは間違っていないでしょう?》
[間違っていないよ。問題は瀉血を選ばなかったことを残念だ、と言ったら取り繕って言い訳した事だ。知識として知っているのならそういえばよかった。残念だと言われて不正解を選んだと思い、不正解にならないよう別の選択肢を増やすことで事実をすり替えようとしたね?]
《……》
[やったことない、なんてそれをやる環境にいないと言えない言葉だ。選択肢すらない人ならそういう方法もある、知ってるだけ、で済ませる。だから謎なんだよ、アリス。君は誰?君の生きる世界では瀉血が行われるのかな? アリスなら答えられる、と私が最初に言ったからアリスらしい模範解答があると思ったんだろう。そんなものなくていいんだよ、アリスであろうがなかろうが答えればそれが正解だ。君は私の望んだ答えを言わなくてはいけないのかな]
コメントはああなるほど、という反応もあるがいじめすぎじゃね、くだらない、という内容がどんどん増えていく。その数は勢いを増してコメント欄がパンクしそうな勢いだ。
【単純計算でコメントをしている者が10秒間に400人増えたことになります。裏サイトにそこまで一気に人が増えるとは思えません。あちらもサクラを増やしましたね】
「こっちの手に気づいたから学習したかな。まあいい。こっちの真似して成長しようとするのは嬉しい誤算だな、予定通りにいけそうだ」
ちらりとコメント欄を見る。コメントは次々とアリスを擁護するコメントが増えており、異様な光景となってきていた。常磐に頼んでアリスを貶すようなコメントを入れてもらうとその倍以上の量でアリスを擁護し貶したコメントに対する非難のコメントがわく。
《貴方は意地悪だわ、嫌いよ。出て行って》
[いいよ別に。でもその前に、先ほどからくだらない言い争いの中に埋もれているか弱い声を拾ってあげた方がいいのではないかな]
もはやログを見るもの嫌になりそうなコメントの量だが、その中にあるサクラではない観戦者たちの声。いつまでやっているんだ、という呆れと苛立ちのコメントがかなりの数上がっていたが、コメントの総数にかき消されていた。そしてすっかりカメラで角村を追うことをやめていたのでカメラを動かせ、やる気ないのかという非難が出始めている。
[丁度ショーもクライマックスのようだね。良いパーティを]
そう打ち込んでアカウントを即時削除する。
「シーナ、足がつかないようにするぞ」
【いつもの手ですね】
アリスにハッキングなどされたらひとたまりもない。常磐がついているので問題ないとは思うが念のため複数のサーバーを経由して足がつかないように痕跡を消した。
カメラの方では角村が警察に追いつめられていた。袋小路に追いやられじりじりと距離が縮まっていく。警察きたー、などとコメントは盛り上がっているが警察が警棒を振り上げ、角村を殴りつける映像が映ると一瞬コメントが消え、なにこれ? と困惑するコメントが出始める。
映像の警察は二人がかりで角村を滅多打ちにし始める。角村は最初抵抗しようとしたが防御に徹し、頭を守るようにしてかがみこむ。映像は鮮明で徐々に角村が頭から血を流し始めるとコメントが徐々に減ってきた。
[ねえ、これマジ?]
[この人死んじゃうんじゃないの]
[映画みたい、すげー]
[売ったら高いかなこの映像]
[これ死んだらこの映像証拠になるかな]
[その前にさ、カメラをアリスが操ってるのばれたら別の罪になるじゃん。見てる俺ら別にしょっぴかれないよね?]
[え、何で私たちが罪になるの。悪いのはカメラ勝手にハッキングしてるアリスだけで私たちじゃないし]
最後の一言に同意する声が徐々に上がり始める。アリスは無反応だ。自分たちは傍観しているだけだから何も悪くないというスタンスなのが現代らしい考え方だ。アリスが無反応なのは理解できないのだろう、そういった掌を返す考え方が。ホワイトラビットをけしかけている時点で犯罪意識が低い連中であり、アリスもそういう意識がないのはわかるがまさかアリス一人の責任だと言われるとは予測していなかったはずだ。
[これ本当に起こってることなら映画みたい、とか売ったら、とか言った奴通報されたら言い逃れできないよね?]
そのコメントに冗談でしょ、と慌てるようなコメントが出始めるが次の瞬間。
[通報したから]
その文字が見えた瞬間、まさに蜘蛛の子を散らすというのはこの事なのだろうと言うくらいあっという間に閲覧者が減っていく。
『アカウントの削除はこっちでやるよ』
端末から常磐の声が聞こえたので素直に任せることにした。ちらりとカメラを見ればウサギたちの姿はなく、警察の応援が来たようで4~5人で何か相談した後動かない角村をぞんざいな扱いで持ち上げるとどこかに運んでいった。カメラはアリスが操作をやめたらしく追う事はしない。
「なんとかなったな」
【はい。集団心理を利用できた結果です。冷静になればあんなことをした警察そのものが炎上する映像であり、こんなところに集まる者が通報するはずもないと気づきますが】
「みんな我が身可愛さだ。あれ、どうなんだろう、でもやばいんじゃ?と思ったら逃げるが勝ちだ。俺もそうする」
『お疲れ』
常磐の声にジンが「おう」と短く返事をした。アリスに角村を殺させない手段としては、先に角村を殺しておくしかない。かといって本当に殺すわけにもいかないので仕掛けをしたのだ。
ジンたちが角村に追いつくまでの時間稼ぎと、閲覧者を誘導しやすいようにするためにわざとアリスに敵意が向くようにした。その後警察に化けたジンたちが角村を滅多打ちにする。警棒も血も偽物だ、あれだけやったら死んでしまう。合成映像など準備している暇がない以前にフェイク映像などばれるに決まっている。相手は人工知能なのだ、映像やVRはあちらのテリトリーとなる。それに現実と映像をわけて仕掛けをすればアリスは間違いなく白兎をけしかけて殺してみるに違いない。兎で殺せた、だからあの映像は嘘だと言われたら穹達が追いつめられる番だ。実際にやるしかなかった。
もともと角村は店長やジンの連絡先を知っている。角村に助けてやるから動くな、など指示は出せたはずだ。
あとは客がいなくなり角村が死んだと思えばアリスはこのイベントをやり続ける必要などないのだ。通報したくだりは事前に打ち合わせていた常磐のダメ押しだった。無論本当に通報などしていない。
「後で誰かがあれ変じゃない?って思った時点で有耶無耶になってるのがベストだ」
『それはこっちでやる。途中で客が悪乗りし始めたから暴走するんじゃないかと思ったけど、君の言いまわしが上手かったおかげでなんとなかった』
「絶妙な誘導のおかげです。チームワークいいですね」
『まあ短い付き合いじゃないし。後処理はやるけど、間違いなくアリスは君を、“ハッター”を探し出して接触をしてこようとするよ。どうする?』
「その種はまいておいたので大丈夫ですよ。そういえばジンさん、角村って?」
穹自身も処理があるのでハンズフリーのまま問いかけるとジンはああ、とたいして興味もなさそうに答えた。
『店長とその友達が連れてった』
「途中で人増えたのは店長の知り合いでしたか」
『そうみたいだ。病院行くとは言ってないから生きてると良いな』
「……警棒と血って偽物なんですよね?」
『俺のはな』
「あー……はい」
頑張って生きろよ角村、と内心十字を切る。もうちょっときついお仕置きにしないとだめか、というようなことを言っていたのでその筋の人でも連れてきたのだろうかと勘繰ってしまうが、正直なところどうでもいいというか興味はない。あれだけ派手にカメラで演出されていたのだから本当に殺すようなことはしていないはずだ。定点カメラだろうが防犯カメラだろうが顔のセンサーはついているので服装を変えても個人を特定することは可能だ。ライブ映像を見ながらどこにカメラがあるかを意識していたのだろう、ジンも店長も絶妙にカメラに顏が映っていない。それにジンが大した反応をしていないので死んでいないと思う。
「それにしても凄い制裁ですね、なんか店に迷惑でもかけてたんですか」
『俺も詳しくは知らんけど、一部店を勝手に騙って商売したり売り上げまで手出そうとしてたらしいぞ』
「あ、そりゃ自業自得だ」
どおりで今回は関わるなと念を押されたわけだ。警察から連絡があったのは本当に詐欺罪か何かで捜査もされていたのかもしれない。一体どことどういう付き合いがあるのか、つくづくあの店長は得体が知れないと思う。




