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アンリーシュ  作者: aqri
蝶の羽ばたきが変えるもの
83/105

3

 角村はウサギと鬼ごっこをしているのだ。お題目は「彼は何分兎から逃げていられるか?」一定の時間が経つごとに観戦者から一名当選者が出て、その当選者の要望が反映されるらしい。内容はウサギの速度を二倍にする、10m以内に近づいた時だけウサギが分身する、時々踊る、などまさに視聴者を楽しませるための内容ばかりである。

 角村は恐怖に顏を引きつらせ、泣きそうな表情で必死に逃げ回っている。さっきの自信はどこにいった、というようなコメントもあるので最初は余裕だったのだろう。今は見る影もなく観戦者もだんだん悪乗りが興じてきている。


「はあー……」


穹が大きくため息をついた。シーナが何かを察したのか穹の頭の上に乗りぽんぽんと軽く飛び跳ねる。励ましてくれているのだ。


「お前どうする」


ジンが冷静に聞いてくる。


「見捨てるわけにはいかないでしょう。角村自身は別にどうでもいいですけど、この状況は俺や常磐さんみたいな存在にはあまりよろしい状況じゃないです」


いやいやそう言えばジンも苦笑する。


「同じく、だ。まあしゃーねえなあ」


常磐にそれを伝えて続けてどこかに連絡をし始めた。話の内容からすると相手は店長らしい。角村を確保する算段をしているようだ。


『穹君、こっちはこっちでできることをしようか。作戦ある?』

「一応は。仕込みもしてありますし」

『だと思ったよ。協力するから教えて』

「危うい賭けではありますけどね。常磐さん、ボットでもいいので同時に何人までダミーのアカウント増やせますか」

『今すぐだったら300くらいかな』

「アリスの興味をこっちに向けてゲームの主導権を握れればウサギを角村から離すことができるかもしれません。アカウントは使い捨てにしますけど」


さっきアリスのサイトに登録してアリスに提供するQ&Aを送っておいた。いかにも考え込みそうな内容なので食いついてくるはずだ、問いに対して答えになってない答えだったのだから。


『確かに危険だね。それ、ウサギが君の所に来たら運が良ければ殺されるし悪ければ捕まるよ』


運が良ければ殺されるという言い方がいかにも常磐らしい。しかし事実そのとおりなのだ。死ねばそこで終わりだが捕まってしまったらその続きを味わうしかないのだから。


「そうならないようにあなたの協力が必要なんです」

『300分の1の確立にするってことか。すぐばれそうだけど……いや、相手が人間ならばれるけど人工知能ならいけるかな? 彼らは答えが出るまで延々続けるから。ちょっと手段を構築するから待ってて』


 常磐が準備を始めているうちにこちらも準備を進める。シーナは積極的に提案などせずじっと穹を見つめている。穹にとってリスクが大きすぎる内容にシーナは賛成できないようだ。しかし穹が決めたのならやるしかない。


【なるべく危険を回避できるようサポートはしますが、私は何をしますか】

「俺はアリスに集中しなくちゃならないから角村とかジンさんたちの様子を教えてほしい。あと俺の体調管理かな。今ある器材で俺のヘッドセットと同じ設定して、VRの蝶なり白兎を認識しないようにするしかない。シーナ、ここのコメントとかに蝶って単語あるか調べてくれ」

【わかりました。……、ありません。蝶は使われていないようです。今のところは、です。アリスや采に正体を暴かれたら沙綾型の時とは比較にならない量の蝶が来ますよ】

「上手くやるしかないだろそこは」


 人工知能相手にスピード勝負などできるはずもない。真正面からアリスに喧嘩を売っても負けるだけだ。こちらが何かを仕掛ける前に気づかれて対処されてしまう。アリスがリッヒテンと同等の、初期型と次世代型の間くらいの性能であるのは想像できる。

 過去ログをざっと見るにアリスがリクエストを受け付ける抽選を行うのは10分に一度、抽選とは謳っているがランダムに選んでいるのでなく内容重視だ。全員の要望を見て、アリスが演算を行い想定ができなかったり答えが出なかったものを選んでいるようだった。


「ひねくれた答えが好きみたいだからな、それらしいのを作るしかない。注目してほしいのは一個だから本命一個を時間ぎりぎりで送る」

『一応ハッキング対策でぎりぎり、ね。わかった、アリスに送るのはこっちでやるから答えを送って』


今凄まじい勢いでダミーアカウントを作っているのだろう、そこは常磐の力に頼るしかない。穹は一つだけ考えを巡らせて答えが出ない、それでいて角村が殺されるのを防ぐ案を作り常磐に送った。


【穹、角村がこのまま移動すると路地に追い込まれます】

「ジンさん、角村はどう確保するつもりですか」

「店長が任せておけっつってるからどうせろくでもねえよ、俺も手伝いに行ってくる。連絡は俺のもう一個の小型端末の方な」


 言うなりジンは端末を置いて急いで出かけた。確かジンは端末がいくつかあり小型端末は腕時計型だったはずだ。すぐに穹の端末に「これな」という短い本文のメールが届く。アドレスを登録して次の案を考えるために角村の現状を整理する。


【現在角村自身には特に制約はありません。兎にいくつも追加条件がありますが、ふざけた案が多いので有効なのは兎の速度がリクエスト5回到達するまで2倍になることと、10メートル以内に近づいたら兎が2体に分身する、この二つだけです。あと角村の半径10メートル以内に入った時点で20秒以内に角村にタッチできれば角村の負け、タッチできなければ3分間ウサギはその場で踊らなければなりません】

「闇雲に攻撃仕掛けてるわけじゃないってことか。角村がすぐに殺されないようにの配慮と、客を飽きさせないための絶妙な時間管理だな。それにしても条件の出し方なんかアンリーシュそのものだ」


 何か条件を付けてのステータス管理と、次の抽選が始まるまでというターン制。形は微妙に違うがアンリーシュバトルとベースは同じだ。アンリーシュと違って達成条件が厳しくない為アリスが気に入った答えは実行されるようだが。

 必死に逃げる角村を嘲わらう観戦者たちのコメントは大盛り上がりだ。時折角村がちらちらと手に持っている端末を見ているのでこのサイトを見ているのだろう。恐怖と苛立ちを込めなければ角村の行動パターンが面白くなくなってしまうという意見が最初のほうにあり、一番目のリクエストが角村にこのサイトを見てもらうという物があったのだ。角村は今自分の置かれている状況は把握しているようだ。


「角村の端末にハッキング、は危なすぎるか。逆ハックされたら終わりだ」

『できなくはないけど、それだとこっちの作戦が通用しなくなる可能性が高い。角村君から意識をそらすどころか全員が彼の端末に集中してしまう』

「ですよね」

『そっちはジンたちに任せればいいよ。それよりあと1分だ、この答えで送るよ』

「はい」


 ご丁寧に実況カメラには兎への指示のカウントダウンが表示されている。アリスへのリクエストのカウントダウンも表示されているので非常にわかりやすい。カウントダウンをしているのは縁の色が違う懐中時計なのでいかにも白兎っぽい演出だ。角村がそわそわし始めて次の兎への条件を確認し始める。辺りに兎がいないか確認しながらなので非常に忙しない。コメントでは「焦ってる焦ってる」というような茶化すような内容が溢れてきた為鬱陶しいのでコメントを非表示にした。


『締め切り1秒前で送った。今後も常にこの秒で送れば2回目で向こうも気づくはずだ、おかしなのがいると』

「ありがとうございます。さあて、釣れるかな。難しいところだけど」


 話している間にも画面には小さなアリスのキャラが登場し、大きな箱に手を突っ込み中身を漁る。そして取り出したのは手紙のような物だ。要は抽選しているさまを映像として演出しているようだ。念のため画面と周囲にVRがないかを警戒する。


《じゃあ発表するわね。白兎へのメッセージは、投げナイフを使う、に決まったわ》


「違ったか」


 穹が考えた内容ではない。そううまくはいかないとわかっているので特に焦りもなく冷静に次の手を考える。おそらく最初から向こうが準備していた選択肢にあったのだ。エフェクトの追加というのはその場ですぐに構築できるものではない。ある程度パターンが決まっていてそこからいくつかつなぎ合わせているのだろう。飛び道具を投げられるパターンを用意していたはずだ。何故ならアンリーシュに飛び道具のエフェクトは大量にあるのだから。


―――となると、アンリーシュでよくみられる効果の方が採用されやすいかもな―――


【採用されたのは飛び道具ですね。映像を見る限り角村はかなり機敏に避けていますし攻撃パターンを追加することで追いつめたいのでしょうか】

「たぶんな。極限の状態でどこまでいけるか、みたいな。こいつこんなにすばしっこかったのか、アホなのに」

【アホと瞬発力は特に関連性はありません。むしろ何も考えていないからこそ体が動きやすいのでは。虫や一部の動物は考えるより条件反射で生きています。捕食側は思考しますが】


(角村……人工知能に冷静にアホさ加減を分析されて虫と同じ扱いされてるし)


なんだか可哀そうになってきたが、それはそれとしてとりあえず角村が死んでしまっては意味がないので少し考えてから次の案を常磐に送った。興味を引くには十分だ、後はいかにアリスの気を引けるか。


【穹、ジンから連絡が】


 穹の端末に入ったメールをシーナが告げる。読み上げるように言うとどうやら店長と合流して現場に向かっているらしい。現場に着くまで何とか兎の条件を増やさずに時間稼ぎをしてほしいとのことだった。二人の作戦がまだわからないが角村が体質変異を起こしているのならもはやどこにいても同じだ。VRの蝶に触れればあちら側に引き込まれるし兎はどこにでも現れる。


「ちょっと興味をひく演出に変えるか。常磐さん、次送るとき最後に“ハッター”って入れてください」

『ハッター?……ああ、帽子屋か。アリスのキャラだったね。マッドハッターじゃなくていい?』

「そっちは原作には出てこない表現なので。ルイス・キャロルの方ではただの帽子屋ですからそっちでいきます」


 なぞなぞをしかけてくる帽子屋、今の状況やクイズスキルを取られたことを考えてもぴったりの役者だ。カメラの映像からはナイフを投げつけてくる白兎に驚き必死にナイフを避けて逃げる角村が映っていた。ナイフは三本、どれも派手な装飾がされていて高価そうな見た目だ。サーカスのナイフ投げに使われるようなたいそうな大きさでもある。ただしわざと外しているらしく角村が避けなくても当たっていなさそうな大振りでの投げ方だ。常磐に次アリスに送ってもらう内容を送信するとすぐに常磐から連絡が入る。


『面白い事考えたね』

「茶番には茶番で返さないと」


そう会話しているうちにアリスへのリクエストが締め切りを迎えた。すぐにアリスが抽選結果を発表するのだが、今回は少し待ってもアリスが動かない。


「シーナ、閲覧者たちのコメント表示」

【わかりました。しかし、何故?】

「アリスの包囲網に使わせてもらう。ホストってのは客を楽しませてこそだ。大勢の盛り上がりを覚ますようなことしたら大ブーイングになる。見てる奴らの反応見ながらこっちも対応変える」

【なるほど。ホストは主催者の方の意味ですか、シャンパンタワーの方かと思いました】

「まあ似たようなもんだろ、客を楽しませるって意味では」


 大昔ヨーロッパで行われていた闘技場の決闘などもそうだが、その場を作るのは戦っている当人たちよりもむしろ客の願望が大きい。面白い勝負など最初からある程度条件が決まっていて、エンターテイメントとしてはいかに客の要望を叶えるかにかかっているのだ。


『アリスの望まないことを客の要望として膨らませるってことか。人の反応を見るのが苦手な人工知能にはちょっと難しい対応だね。やってみる価値はありそうだ』


 方向性を決めてしまえば話は早いらしく常磐は仲間に何かを指示し始めている。内容を聞いているとどうやら数人にサクラを演じるよう指示しているようだ。確かに群集というのは誰かが声を上げればそれに乗せられる。そういう盛り上がりになるには一人の一言がほしいのだ。

 アリスがようやく動いた。コメントにはどうしたんだと戸惑う声があがっておりさっそく微妙な雰囲気になっている。


《面白い手紙が来たわ。帽子屋からよ》


「きた」

【きましたね】

『さて、どう出るかな』


全員でアリスの発言に注目する。他のコメントからも帽子屋、アリスのキャラからということで盛り上がりが戻ってきた。


《三月ウサギが白兎を助けたり助けなかったり、生き残るのはだーれだ?狂っているのはだあれ? ですって。相変わらずおかしなことを言うわね、これどういう意味かしら?》


その分にコメント欄が一気にコメントで埋め尽くされる。


[三月ウサギ??]

[原作で狂ったお茶会してるウサギだよ]

[ああ、確かにそれならそっちのうさぎが追ってた方がらしいっちゃらしいよね]

[でも今さら変えられないし、ってこと?]

[あー、要するにさ。本当に狂ってるのは三月ウサギだから、三月ウサギは白兎にも意地悪したり攻撃したりするってことじゃね?]

[アイツにとってもお助けキャラになったり、でも襲い掛かったりってことか。面白そう!]

[アリス、これできる?]


次々と沸き起こるコメントに穹は一息ついた。


「とりあえず上手くいった……のは、サクラのおかげか。常磐さんこれ“要するにさ”のコメントがサクラですか」

『いや、全部』

「さすが」


数人でやっているのだろうが息がぴったりだ。そしてとても自然で誰も疑うことなく他のコメントもその内容を見てから異様な盛り上がりとなる。


[面白そう! 白兎と三月ウサギのバトルとか]

[アイツに忘れた頃に流れ弾とかいったらおもしろいね]

[むしろアイツ挟んで挟撃とかしてほしい]


「……頑張れよ角村」


いきすぎた興奮は危険な事でもあるので適度にコントロールしなくてはならないが、正直今それをやっている暇はない。アリスの反応を見ているとしばらく考え込むような仕草になったがメッセージが表示された。


《わかったわ。三月ウサギも来てもらって、三月ウサギの行動も募集するわ》


その内容にコメントはさらに盛り上がった。これでチームが分割された。間違いなく白兎を応援する側と三月ウサギを応援する側に好みがわかれるはずだ。


『この時点で君の勝ちだね。完全に“ハッター”の独壇場だ』

「そのことにアリスが気づく前に角村確保したいところですね。常磐さんは煙に巻く準備しておいてください」

『わかった』


 少ししてからウサギがもう一匹追加された。角村も内容を見ているので三月ウサギが味方とは限らないことはわかっている。なるべく逃げの態勢を取りつつ様子を窺っているようだ。次のリクエストを考え常磐に送ってもらうとシーナが突然声を上げた。


【穹、警察が動いています】

「げっ」


 騒ぎを聞きつけたのか、警察もこのサイトを見つけたのかわからないが白バイと追尾システムがついたロボットがいくつか道を走り出している。しかし角村も逃げることには慣れているのか、警察相手には上手く隠れて逃げいるようだ。適度に休憩も取っているのでまだ体力は温存できている節もある。


「何気にスゲーなこいつ」

【警察から逃げるのが上手いというのは一般的には褒められませんけどね】

「いやあ、頭使って逃げられるならまだ望みはある」


 そんな会話をしていると再びアリスによる行動リクエストの抽選が始まる。そして、選ばれたのは穹の考えた内容ではなかった。白兎には三月ウサギを敵として認識させる、三月ウサギは次のリクエストまで白兎から角村を守るというものだ。


【選ばれませんでしたね】

「そうそう毎回ハッターばっか選んでたら抽選の意味がないからな。客の不信を買うだけだ。それにこうなってほしかったから選ばれなさそうな内容にしておいた」

【今回はなんて書いたのですか】

「白兎は臆病者、三月ウサギは狂っている 狩りが上手いのはだあれ? ってな。別に臆病とか狂ってるとかは狩りの上手下手に関係ないからどうでもいいし兎たちへの追加要素にすらなってないんだけど」

【そうなのですか。臆病だから慎重になって白兎が上手いのかと思いました】

「気が小さい事と用意周到になるのは意味が違う。そういう意味付けになりがちだし、そういうやつもいるだろうが“事実”かどうかは話が別だ。まあシーナが勘違いしたように人工知能はそういう答えに陥りやすい。だからアリスもそう結論づけて避けたんだろ」


 目の前の映像からは白兎と三月ウサギのバトルが行われていた。バトルと言っても白兎の投げナイフを三月ウサギが叩き落しているだけなのだが。一応その様子に観衆は盛り上がっている。

 今回は白兎を邪魔したので次三月ウサギは白兎と協力する立場でなければ面白くない。おそらくそういうリクエストが来るはずだ。

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