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「おはよー穹クン、ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
翌日穹はバイト先のゲームセンターに顔を出した。準備しなければいけにないことはあるだろうが緊急性があることはないし、普段の日常をいつも通りこなすことも怪しまれないためには必要な事だ。それになんだかんだいってここはゲームセンターなので表立って入ってこない情報も見つかるかもしれない。そう考えてきてみれば店長から開口一番そう言われた。
「実は角村君が」
「誰だっけ」
「えー」
「……嘘ですよ、元バイト仲間」
【穹、今沈黙があったので本当は忘れていましたね】
シーナの突っ込みにふふんとドヤ顔でふんぞった。
「記憶ってのは容量に制限がある。いろんな情報詰め込んでいくと果てしなくどうでもいいことから削除されていくもんだ。それはそれとして却下ですね。ソイツがらみで俺に得なんてありえないです」
「内容聞いてすらもらえないとか可哀そう。一応聞いておいてよ。君個人に関わったら面倒でしょ」
「その切りだし方からしてロクでもなさそうなんですけど」
「警察から連絡があって、角村君が行方不明らしくて心当たりないか聞かれた」
それを聞いて穹は静かに店長を見つめる。何が言いたいかわかったらしい店長が慌てたように手を振った。
「いや僕じゃないよ、足がつくようなことしないし」
「全然弁解になってないんですけどまあいいか。アレの後灸をすえたってとこでしょ」
「二度とそんな事しようなんて気が起きないようにきつーくね。だから失踪には心当たりないのは本当」
おそらくそれは事実だ。店長が穹の知らないところでどんなことをしているのかは知らないが本当に人一人を始末するようなことは、今回の場合だとないと断言できる。メリットがないしリスクが大きいからだ。
警察からそう説明されたものの心当たりがないと答えるとあっさり電話は切られたという。つまり形だけの捜査なのだろう。行方不明者の捜索など退屈で面倒なものなのかもしれない。
そもそもそういった捜索は個人の体内チップを国家権限で捜索するものだ。体内チップは生体電気を供給減として活動している。もし本人が死亡した場合はいずれ体内チップのGPSは活動停止してしまうが、最後に確認できた場所を調べることはできる。殺されて山に放置されたとしてもGPSを辿れば山にいたことは突き止められる為、捜査をして本人を探せないということはほとんどなくなっている。探せない場合は体内チップが活動を停止した場所から移動させられた場合だ。その場合は他殺、殺された後で移動したと結論付けて捜査が行われる。
これがあったから穹はFBIに追われた時逃げても逃げても追い回されたから苦労したのだが。そう考えると石垣はそれがなされていないということで、おそらくダミーを使って常磐に助けてもらっているのだろう。
「まあこれだけならわざわざ君に知らせたりしないよ。それがさあ、警察から連絡あった後に角村君本人から連絡があったんだよね。追われてるから助けてほしいって」
「却下」
「まあまあ。そう言うだろうと思って少しこっちで対応しておいたんだよ。テンプレ通りだけど、店に対して迷惑行為をしたやつを助ける義理はないってことと警察が探してたよって言ったら電話切られちゃって」
「はあ、間違いなく罠ですねそれ。いなくなったのは本当でどっかに雲隠れしてて店か店長かジンさんに用事があって接触しようとしてサツが動いてるってわかって焦って電話切ったんでしょ。目に浮かびますよ」
呆れてそう言えば店長は楽しそうに笑った。
「あっはっは、映像でも見たのかっていうくらい的確にくるね。まあ正直僕も同じ事思ったんだけど。で、彼の目的って何かなって思って。逆恨みって線もあるけどどうかなあ、結構きつめにお仕置きしたから単独じゃこないよね。彼の場合動く理由は金くらいだ、あとはバックにちょっと頼りになる物ができたってところかな?」
「要するに一人じゃ何もできないけど何か利用できるなり頼れるツテができて、条件満たせば金ももらえてここに仕返しもできるってか。わかりやすくて逆に怪しいけど」
店長には何でもないことのようにあっさりと言ったが、ある可能性が頭にちらついた。
―――ピンポイントでその案件に食いついてそこそこ力がある奴らなんてたかが知れてる。角村が情報を売った先が五十貝派か宗方派だったんだ。それで詳しい話が聞きたい、手伝えば金を払うってところで角村は捨て駒か。宗方派ならあのデータから沙綾型の存在に気づいたのかもしれない。いや、もう宗方派に俺の存在がばれてる、と思って行動したほうがいいか―――
宗方派はユニゾンを手に入れたいはずだ。穹がぼろを出そうと出さなかろうと必ず捕えに来る。いや、もしかしたら。
「まあ角村には一切協力しないにしても降りかかる火の粉は払っておきたいですね」
「その通り。角村君からの接触が来たら僕に任せて、今回はあまり関わらないでほしいんだ」
「へえ? 珍しい。荒事片づけるのは俺とかジンさんの役目だと思ってましたけど」
「あのお仕置きじゃ足りなかったみたいだから別の方法にするよ。これ以上話すと君も関わることになるから内緒~。で、お願いしたいのは僕が良いよって言うまでこの店の管理をちょびっとだけ緩くしておいてほしいんだ」
「ふうん?」
「勘の域になるけど馬鹿のふりしておいた方が良いような気がするんだよね今回は。警察まで動いてるし、たぶん角村君本人が思ってる以上に大事なんだよ。だから変に隠したり改ざんすると一気に怪しまれるから取るに足らないなあここは、って思ってもらいたい」
こういう洞察力は店長はさすがだと思う。ポヤポヤしているようでも一店舗を任されている身だ、優秀なのだろう。バイト仲間もそれなりに使える者が多く少数精鋭となっている。角村を入れたのはあれでも喧嘩が強く声が大きかったからという理由なので、使えれば穹たちのような荒事向きにしようかと思っていたようだ。しかし早々に諦めて放っておいたようだが。勘だ、というように言っているが実際は勘ではなく確証があってのことなのだろう。その証拠に穹に細かい指示まで出している。
穹は了解です、と言って作業に取り掛かった。急にセキュリティレベルを下げる調整にしたら不自然だ、現状を維持したままそこそこ手を抜かなければ。
そしておそらくだが。宗方派が穹をユニゾンだと確信したら必ず穹と接触を図るはずだ。無理やり捕まえようとはしない、と思う。今までの傾向からしても監視をつけながら見守って、ここだと思うタイミングで拉致か……。
―――いや、今回は協力を要請してくるはずだ。采の管理の重要性を訴えれば人工知能としての俺はそれを肯定して受け入れる。俺が宗方派を上手く利用しようと表向きに手を組むことを計算に入れてくるだろうな。インサートシステムには宗方派は引っかからないか、五十貝派だけ釣れそうだ。さて、どうするかな―――
セキュリティは日を分けて対応することにした。客がアンリーシュばかりやるのでそれを理由にネットワークの拡張などを少しずつ進めれば管理が甘くなるのは不自然ではないはずだ。丁度イベントも開催されるのでアンリーシュプレイヤーは料金数パーセント引きというキャンペーンでもしようかといろいろ画策する。
店の機材を使っていたのでかなり幅広い調整は出来そうだ。一応店にもサポート人工知能はあるがパートナー型ではなくサブコンピューターという位置づけなので人格などはなく、指示されたプログラム通り動く。今まで面倒だと思ってやっていなかった個室ごとの細かい設定変更に着手することにしたのでこの人工知能を駆使し、ついでに店長に相談してレーベリック経由なしでのバージョンアップもしてもらうことにした。お金そんなにないけど、とややしぶってみせたので1か月後のイベントで今までの最高額の売り上げ達成させるといってみせるとやや驚いた顔をして了承してくれた。普段穹が儲けについて大見得を切ることがないので素直に驚いたようだ。
作業をしながら改めて考える。今後どうしていくかだが、何か事が起きてから受動的に対応するのでは遅い。もう取り返しがつかないところまできているのかもしれないがここからひっくり返すこともできるはずだ、きっと昔の穹はそれがやりたくていろいろ準備をしてから記憶を消しているはずだ。
相手がイベントで事を終結させたいのならこちらもそのつもりで望むだけだ。宗方派はユニゾン入手による采の管理、五十貝派は夜の入手による采の分解。これが目的だとすると単純に疑問が浮かぶ。
―――何故、宗方派はそうまでして采を管理したいのか?―――
例えば采がスーパーコンピューター以上の性能をすでに発達させてしまっているとして、采を放置できないのなら分解が一番いい手段だ。宝の持ち腐れが嫌であくまで利用したいからなのだろうか?采を利用すると世界征服でもできるとか?
―――違うな、欲望の為じゃない気がする―――
そうしたい、というよりはそうせざるを得ない、の方が正しいのかもしれない。采を管理せざるを得ない。何故?それが達成されないと害があるから。どんな害が? 宗方派だけの害か? 徹底的に排除する分解という手段では解決しないのはなぜか。采がスパコン並みの性能がある時点でだいたい可能性は絞られてくるが、どうせ日本や世界に影響するというような内容だろう。
もしそれが、その事実を知った穹でさえそうせざるを得ないとなったら。ユニゾンだから、そういう役割だからというのを差し引いても、一人の人間としてそれを考えた時無視できない事実だとしたら。
考え事をしながら操作を終了し店に来ているメールや連絡用アプリを確認する。本部からのお知らせなどは店長の個別端末に行くようになっているので穹が見るのは店自体に来ている連絡だ。一般客からの要望や愚痴を受け付けていたらきりがないし、そういうことは店に来て直接言えというのが現在のやり方だ。気軽に書き込めるから皆悪意なく大事にして収拾がつかなくなる。しかし人と面と向かってクレームを言えというとその件数は半数以下、しかも毅然とした態度でへりくだった雰囲気ではないと分かるとだいたいは言う気が失せる。
そんな理由から店に来る連絡は本当に連絡事項だ。個人の連絡先と企業や店の連絡先はドメインで国が区分けをしているため迷惑告知の類は入ってこない。
だからこそ、穹はあるお知らせに目を止めた。タイトルは「アリスのお茶会参加招待状」だったのだ。一般向けのアリスのお茶会からの告知はアリスがしゃべっているかのような文面だが、どうやら企業向けにお知らせを流しているらしく運営からの企業提携のお知らせと言うような内容だった。要はアリスのお茶会と業務提携を行い、お互いの場で相手の告知を流すことでCM費用を浮かせたりコラボをやらないかという事らしい。普通そういう物は本部に行くのだが、各店舗判断でできるような簡単な内容がいくつか並んでいる。アリスの茶会の定期購読会員を登録するという簡単なものから、定期的に映像告知にアリスのお茶会を流すという物まで。どれも特に手間暇がかかるものではない。
アリスのお茶会もどう接点があるのかわからないという点では注意しなければならない。しかしどうしても一つ気になることがあった。あの時推測したように、本当にクイズスキルはリッヒテンの手によってアリスに届けられたのかということだ。一瞬ためらったがお知らせにあるリンクをクリックする。つながった先は企業向け専用ページでアリスのお茶会と提携するとどんなメリットがあるかが簡単に、それでいてとても興味を引く形で書かれている。これだけ見れば告知くらいなら流してもいいかという気が起きそうだ。
「……」
少し思案した後穹は無料登録のアリスのお茶会からの告知を受け取る設定をした。使うのは店のパソコンで他のバイト達にも登録した事、有意義な告知なら店で流してみないかという内容を連絡事項として残しておく。店長に一応連絡はしたが穹の好きにしていいという返信がきたのみだ。
登録後アリスのお茶会にアクセスすると個人ユーザー向けのようなサービスとはまた違った画面だった。完全に企業向けとは分けているようだ。国内外の広告代理店のリンクもあり、何月何日からどんなイベントをやるかなどの一覧まで載っている。情報の取り扱いは細心の注意をと記載はあるが実際は一般に流れても問題ないレベルの内容しか載せていないのだろう。
上から順にじっくり目を通し、探していたものを見つけた。
◎アリスからのアンケートご協力願い◎
アリスは好奇心旺盛な女の子という設定です。様々な質問をユーザーにしていくので、答えがいろいろ思いつく質問を募集しています。女の子が思いつきそうな内容でお願いします。
例えば●どうして動物は笑ったり怒ったりしないの ●サンタクロースはいるの ●喉が渇いた時一番美味しい飲み物って何 などなど。人によって答え方が変わる質問大募集です。
クイズスキルを本当に奪っていったのなら絶対にアリスという媒介を使うはずだ。それは人工知能の決まりきった答えだけではない、柔軟な発想を知るためには丁度いい。そう思って探りを入れようかと思っていたがそんな必要もないくらいわかりやすすぎる。
一般ユーザーの方はアリスが質問をしてきてそれにこたえるという形なので企業は質問を募集されているようだ。契約も成立して学習機能も向上していい事ずくめ、といったところだろうか。
「まあ、こういう形で使われるとは思ってたけどな」
ぽつりとつぶやいて天井を仰ぐ。これでリッヒテンはアリスと繋がっていることは確定だ。アリスが采の学習の場となっているのならこれで大量のパターンの学習ができることになる、それもスパコン並みの性能を持つ采自ら、人間の手を借りずに。




