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アンリーシュ  作者: aqri
地下の戦い
75/105

11

たかが打撃攻撃だ、ライフはゼロにはならない。だがそういう事ではないのだ。もう霞も理解している。自分はどうやったら「死」を迎えるのか学習してしまっているのだ。

 あの時もそうだった。あの男も、泣いているくせに辛くて仕方ないという顔ではなかった。自分がやらなければいけないとでもいうような真剣な表情だった。常磐もまったく同じだ、至って普通の顔をしているのに目が笑っていない。しかし頭のイカれた狂気に満ちているかというとそういうものでもない。ためらいがなく確実に実行されてしまうのがわかる。


「待て」


そんな言葉を口に出していた。どうしたらいいのかわからない。


「何で?」


 常磐は腕を振り下ろした。あの時も、あの男もやめなかった。この言葉は不適合だと学んだはずなのにどうしてまた同じことを言ってしまったのだろう。ありえない、人工知能なのに誤りだと学習したことを繰り返してしまうなど。そういえば文様も少し崩れていた。だったら、それなら今の己は霞ではないではないか。誰? 誰なんだ今は。ジンと言っていたか、ジンは人間だ。痛みを再現する肉体を持った……それじゃあ木づちで殴られたら死ぬではないか、人なのだから。


 鈍い音が響いた。霞の、ジンの頭に木槌が当たる。常磐は首を傾げ「ああまだか」と言うとそのまま何度も何度も木槌を振り下ろし続けた。何故か木槌はすべて霞に当たっていく。攻撃力が小さいのだろう、規定値に達するまで攻撃は止まないのだ。

 10回以上は殴りつけただろうか。動かなくなった霞を見下ろすとそのまま立ち続ける。そしてふと何かを思い出したように穹を振り返った。


「そういえば君もトラウマだって言ってたっけ。ごめんごめん」


まるで悪びれた様子もなくごく普通に言って見せた。穹は何も言えない。確かにあの時そういう光景を見たが今の常磐の姿はまったく一致しない。感情らしい感情がないのだ、彼には。香月のように悲しみと怒りと絶望を抱えながら殴ったのではなく、まるで汚いゴミを掃除でもするかのようにルーチンワークをこなしただけにしか見えない。

穹の足元にはいつの間にか絡まった糸のようなものが落ちている。形を成していないが自ら「ライフゼロ」と認識してしまった霞の成れの果てだ。戦利品と言ったところか、それをつまみ上げるとわずかに痙攣していた。今、コレは死を理解しているのだろうか。


―――穹! 戻って!―――


暁の焦った声が響いた。気が付けば穹と霞以外誰もいない。空間が悲鳴でも上げるかのような音が響き目が回る感覚に襲われる。ユニゾンと人工知能以外が追い出され、何より暁の作り出した空間ではなくなってきている。これは。

目の前に大きな亀裂が入った。隙間から指が這い出てきてわずかに相手の顔が見える。


「リッヒテン」


 AP達との戦いで見た青年の姿をしている。ゴーグル型ヘッドセットをしているので表情はわからない。穹はとうとう見つかった、という思いだが不思議と焦りはなかった。今完全に人工知能としての意識が強いのだろう。これに見つかってしまっては例え霞を捕らえたとしても夜達は来ないだろう。むしろ夜はリッヒテンに穹が捕まりそうになった瞬間に穹を分解しに来るはずだ。暁もこうなってしまってはどうすることもできない。今ここに来れば仲良く捕まることとなる。それがわかっているからこそ穹を見捨てるという選択肢しかないのだ。それが正しいし、助けに来てほしいとは思わない。むしろ来たら追い返す。それが正しい選択だ。

 ゆっくりとリッヒテンの作り出した亀裂が大きくなり身を乗り出してくる。穹には特に策はない。あるとすれば、やはり自殺だろうか? リッヒテンに捕まることが、采の一部に戻されるであろうことがそこまで重要なのかがわからないのでこのまま捕まるのも手だとは思うが。

 わずかに身を乗り出したリッヒテンは動きを止めた。じっと穹を見つめたまま動かない。ほんの数秒だろうが、穹を凝視したまま乗り出してきた身を引いた。亀裂が修復されてリッヒテンの姿も見えなくなる。


―――何もしないで帰った?―――


疑問に思っているとすぐに意識が引っ張られる感覚がした。暁が穹を戻そうとしているのだろいう。


「なんだ今の」


夜の呆れたような声がした。


「不自然だったね、何で見逃したんだろう」


宵の声だ。やはり二人とも見ていた。助ける気はないが興味はあったというところか。暁同様、助けてほしかったわけではないので思うところはないが、二人にも理解できない行動となると本当にリッヒテンの思考や正体がわからなくなる。

ゆっくり目を開くとシーナと暁が覗き込んでいた。


【よかった、やっと戻った】

【無理をしたので体調も悪いですが、穹だけ戻らないので心配しました】


そういえば体が重い。ぎしぎしと言いそうな体を強引に起こして周囲を見れば常磐が壁に背をつけて座っていた。その横にはジンが横たわっている。血の跡もなければ怪我をしている様子もない。あれだけ殴られたのだから頭蓋骨陥没でもしているかと思ったが。それとも体現されず痛みだけ理解するのだろうか。

また起きてしまった悲劇にめまいがしそうだ。自分はそうならないと香月に告げたが本当に自分だけがそうならないのでは意味がないのに。


「ジンさん……」

「んー?」


ぽつりとつぶやいた言葉に返事がきた。目が点になりジンを見ればパカっと目を開けて普通に起き上がる。


「……は?」

「おう、起きたか。起きねえからみんな心配してたぞ」

「……」

「なんだよ。お前のアホ面見るの初めてだな、貴重だから写真撮っておくか。扶桑」

【了解した】

【やめてください、人権と肖像権侵害です】


わいわいと盛り上がるのをしり目に説明を求めるように常磐を見れば、彼は小さく肩をすくめた。


「確かにジンは体質変化が起きやすい肉体ではあるけど、実際体質変化したわけじゃないよ。それがわかってたからアンリーシュやらなかったんだから」

「え、でもバトル久々って……ああ、そういう……」


真意を理解してがっくりとうなだれた。アンリーシュのバトル、とは一言も言っていない。何か別のゲームなのだろう。アンリーシュは故意に体質変化を促す演出がされているが他のゲームはそうではないし、そもそも脳直結型ゲームですらない可能性もある。つまりジンはVRで起きる痛みを痛いと感じることも体で再現されることもないということだ。


「お前それがわかってたからジンさん送り込んだのか」


暁を見れば腰に手を当て……腰はないのでなんとなく腰に手を当てているっぽポーズをしながら仁王立ちをしている。


【本人がそう説明してくれたから。体質変異しやすいのなら霞が体を乗っ取る条件はそろっているからね。それをあの場で説明するわけにはいかないじゃないか、ルールなんて簡単に無視してくる奴じゃあどんな手使ってこっちの作戦盗み聞きするかわからないのに。じゃなきゃ意味不明じゃない、人ひとり送り込むとか】

「その通りだからこっちはわからなくて焦りまくったんじゃねーか」

「あの場はああいう演出が必要だったから仕方ないね。君の話から霞って奴のトラウマ揺さぶって何とかしようとしてたみたいだから乗っただけだ」


あっけらかんと常磐にも言われて穹は脱力した。暁たちの作戦勝ちだがなんだか腑に落ちないというか、自分らしいバトルもできずブチ切れて人工知能相手に文句を言っていただけという情けない内容に久しぶりにテンションが落ちる。

 そんな中ぴょんとシーナが穹の頭の上に乗った。嫌なことがあったときなどはこの位置にシーナが来るのが定番だ。落ち込んだ表情を見られたくないと言った時からシーナはこうしてくれる。


【経過がどうであれ結果は良かったので良しとしましょう】

「そうする」


深いため息をつくと常磐が気をもませてゴメンと小さく笑いながら謝ってくれたので少しマシになった。


【常磐、一つ質問があります】


シーナが常磐に問いかけ、常磐も何なりとどうぞと続きを促した。


【もしジンが体質変異していて無理やり霞に引っ張り込まれてあの状況になっていたらどうしていましたか】

「どうって。何も変わらないよ? あれは演技でも嘘でもない僕の本心だ」


その言葉に穹も常磐を見つめる。本当の事なのだろう。暁たちの作戦がわかったからああいうことをしてくれたのではなく、常磐は常磐のやりたいようにやっただけなのだ。何かあったらとどめを刺す事でお互いを救う。殺された方は自分の肉体を好きに使われる心配がなく、殺した方が相方の肉体を好きに使われる心配がないので安心できる。何が何でも生きようとか、希望を捨てずに頑張ろうという境地はとうにこしているのだ、二人とも。ジンも当然と言わんばかりの顔をしている。


「納得してくれた?」

【納得は出来ませんが勉強にはなりました】

「どんなふうに」

【どうすればその方法を回避できるか考えます】


シーナのその答えが面白かったのか常磐は困ったように、しかし納得したように微笑んだ。


「そうしてほしい」


それは祈りのようにも聞こえた。彼らが背負って生きなければならない物はあまりにも大きい。それがあり続ける限り生き方を変えることもできない。その中で何度願い祈りそれがただの願望だけで終わってしまうことに絶望したのだろう。その回答はシーナに出すことはできない。


【ところで穹、霞は】


暁が穹の袖をくいくいと引っ張りながら聞いてくる。沙綾型の時と違い今ははっきりとわかる。今霞は穹がリンクをつないで、というよりもプログラムで雁字搦めにして身動きが取れない状態だ。


「今は俺が持ってる」

【じゃあ同じように処理しようか?】

「そうするにしても順番は後だ。まずここに残されてるもの探す。それが大したことなかったらシーナとジンさんたちに夜の目的話してそれからだな。結局お前がやろうとしてることも夜がやりたいことも結果は同じだ。途中経過でどのくらいリスクがマシかの程度だろ」

【それ言われるとその通り】


ジンと常磐はアンリーシュと深く関わっているだけでなくユニゾンとはなにかも知っていた。彼らが協力してくれるのなら必要な事だけを指示してるだけでは対処できないことが起きてくる。何が有効でどういうことになったら絶望なのかを知っておいてもらいたい。ただでさえ人員的にもこちらが圧倒的に不利なのだ。


「ああ、説明はありがたいね。でもいいのかな、場合によっては君を見殺しにしたり裏切った方がスマートにいく事態になるかもしれないのに」


常磐が裏表のない本心を告げてくれた。穹相手にはそういう言い方の方が通りやすいと判断したのだろう。やはり交渉術に長けている。


「それはそれでいいんです。俺は人であると同時に人工知能としての役割もあってそれはどうしたって切り離すことはできない。人としては自由に生きることを望んでいても、人工知能としてはあくまで采や他の人工知能たちを管理するのが役割である事を全うしようとする。場合によっては俺を見殺しにした方が良い場合だってあるだろうし」


穹の言葉にシーナは無言だったが暁うんうんと頷いている。夜達も同じだ。目的はシステムから解放されたいわけでも逃げ続けることでもない。壊れてバラバラになってしまっている現状をどうにかしようとしているだけだ。それが修復か再構成か分解かの違いなだけで。宵の考えはいまいちわからないが。


「んじゃあまずは探し物が先だな」

「俺らは事後処理しとくわ。今あいつら血眼で探してるだろうから」


ジンがそう言うと常磐も頷いて手首に巻いていた超小型端末と扶桑をつなぎ電子キーボードを表示させると目にも止まらない速さで操作を始めた。


「頭とリンクした方が速いだろ」

「嫌だよ、今クラクラしてるんだ」

「俺なんともねえな」

「お前そういうところ頑丈だな。普通は大脳皮質好き勝手されたら吐くんだけど」


 どうやら常磐は普段から脳直結機能を使って操作をしているようだ。ただそれは体質変異者からしてみればリスキーやり方だ。その影響が少ないジンはなんともないようだが。いや、頑丈だと呆れたように言っているところを見れば素質があるジンも条件は同じらしい。

 ジンも小さな端末を取り出すと周囲にいくつもコントロール画面のようなものが現れる。監視カメラの映像や詳細なデータなど様々だ。耳にイヤホンをつけたので彼らの会話までチェックしているらしい。この二人相当凄腕のハッカーのようだ。


 穹もカウンターへ移動し以前見つけた霞紋のあった場所をかがみこんで見た。いまだくっきり残るその跡はよく見れば情報の集合体だ。線に見える部分は数値の羅列であり数はありそうな桁の数値をすべて脳内チップへと記録していく。ゴミ山で見つけた物もそうだが、昔の穹が残したものは今必要な物ばかりだ。こうなることを見越していたのだろいう。それなのに記憶がない。いや、逆だ。記憶がなくなるからこうして残した。つまり穹の記憶がないのは自ら消したということなのだ。クラッシュの影響や記憶を引き継がなかったわけではない。


【穹、何があるのですかそこに】

「目で見ただけじゃ理解できないな。人工知能として見なきゃダメか」


以前に比べて人工知能としての性能が戻ってきているといってもまだ自分でVR空間を作り出したりリアルで人工知能としての特性を使うことはできない。


―――記憶が消えたくらいで性能が落ちることはありえない。もし俺が自分で過去の記憶を消したのだとしたら、人工知能としての性能が制限されるようにしたのも自分って事か―――


 ユニゾンたちが協力し合えない関係である事と同じだ。ユニゾンは何故か完成されないようにできているように思える。そもそも成長や学習をすることが目的の一つである人工知能と違ってユニゾンは作られた目的がおそらく違う。あくまで人の手足となって人工知能の管理が目的なら成長も発展も期待されていない。それなら管理システムを徹底して設計されているはずだ。

 それならなぜユニゾン4人が協力することでそのシステムを強化しないのか? 何故わざわざ苦手意識と結託できない仕組みを作ったのか?不完全にすることでどんなメリットがあるというのか。

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