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アンリーシュ  作者: aqri
地下の戦い
74/105

10

手に入れる、この肉体を。そう結論付けたがその考えを打ち消すほど一気に霞のプログラムが歪んでいく。


《ひ……!? が……!》


 己を保っていられなくなる。これがモジュレートされるという事か。システムですべてつながっていた昔はそれをされるのが当然だったので何も違和感などなかったが、個体となった今モジュレートをされると分解されるのと同じくらい無茶苦茶だ。どの部分がどういう形になろうとしているのかわからない。今、己はどんな形をしているのだろう。クォーツの思考を使っていたら肉体をバラバラにされるような苦痛に耐えられなかっただろう。このままでは、本当に。


「ソラ! やめてください!」


 女の声が響いた。その瞬間、穹に絡めとられていたリンクがわずかに緩み慌ててリンクを引き抜く。穹はそれを邪魔するでも抵抗するでもなくあっさりと見逃した。

 穹を後ろから抱きしめる形で穹を止めたのはシーナだった。ただのVR映像なので抱きしめられている感触などないが不思議と温かみがある気がする。それもすべて錯覚に過ぎないのだが。


【無茶しすぎです。あのまま続けていたら心臓発作を起こしていましたよ】

「……」

【私に心臓はありませんので説得力はないかもしれませんが。こちらの心臓が止まるかと思いました】


 焦った、ということだろうか。今自分でも言っていたように心臓などないし焦燥などというものはシーナには設定していない。喜怒哀楽ならまだしも人工知能には必要ない情報だ。状況予測が立ちにくくなり心配に値する情報が過多になり対処できなくなりそうだった、ということなのかもしれないがこういう表現はシーナらしいといえばシーナらしい。


「……もう大丈夫だ」

【そうですね、脳波も安定しました】


 そっと腕を緩めて穹から離れる。人工知能であるシーナにこんなことまでさせたことに穹は少々自己嫌悪に陥る。何をやっているんだ、自分らしくもないという思いもあるが胸の内にあるのは別の想いだった。

またシーナに面倒をかけた。そんな考えだ。

 それは不思議な考えである。パートナーは持ち主をサポートするのが役割なので面倒ごとを賭けるのが当たり前だ。パートナーを家族だ人と同じだと言っている人たちが健康管理や検索をパートナーにやってもらうことに疑問やためらいがあるかと言うとそれはない。穹がシーナを人として見ているかと聞かれれば答えはNOだ、ありえない。人工知能として見ている、それは間違いない。

 きっと昔そうだったのだろう。失われた2年間の記憶は戻らないかもしれないがおそらく一緒に過ごしていて、昔はもっとシーナに心配と迷惑をかけていた。一人暮らしが長いといっても最低限の事をシーナにサポートしてもらい大体は自分でできるように心がけていたのは自立心が高かったからだ。それは早く大人になりたいというよりも成長したい、という事だったように思える。そうなった根源はきっと、望を助けられなかったことや香月にあんなことをさせてしまった事、そしてシーナにいつも助けてもらっていたことだった。ああ、そういうことだったんだ、とようやく納得がいった。

 改めて霞を見れば中途半端にモジュレートをした影響か霞紋の形が歪になっている。しかし沙綾型の時のようにそれを指摘する気にはならなかった。霞が動揺するでも怒るでもなく無反応なのが気になったからだ。モスキート音のような甲高い音が鳴り、霞紋がわずかに震える。


《ユニゾンを止めた。そうか、じゃあこいつが》


 そんな声が聞こえた。シーナは無反応なので穹にだけ聞こえたようだ。モジュレートをしかけたので一部リンクがつながったのかもしれない。穹を抑えたことでシーナがプロトコルを持っていると確信したようだ。今の状況を打破するにはもはやモジュレートをするユニゾンを相手にするよりもプロトコルを手に入れた方が有用と判断したのだろう。

 霞がシーナに襲い掛かるのと穹が防御プログラムを展開するのが完全に同時だった。モジュレートしていなかったら完全に出遅れていた。もはやターン制などとっくに崩壊しているらしく霞が次の攻撃モーションに入る。バトルとしての攻撃なのかクラッキングなのかわからないがプロトコルが狙いならもうバトルスタイルでは戦ってこないだろう。無茶苦茶なスキルをやられるよりは実はそちらの方が対処しやすい。シーナにもクラッキング対応プログラムは入れてあるからだ。

その実行をしようとしたとき目の前に警告音が鳴る。なんだと思って見ると穹と同じチームに一人追加されたのだ。その名前を見て驚いているうちに穹のすぐ隣に姿を現す。


「ジンさん!?」

「お、入れた」


リアルの姿のジンと知らない男性、おそらく扶桑だろう。穹のチームは穹とジンが入っているので扶桑はあくまでサポート役のようだ。


「何で!」

「チーム戦になってるっぽいから」


 特に気にした様子もなくあっさりと答えるジンに穹は焦りを隠せない。暁がチーム参加させたとしか思えないが何故そんなことを。この状況でジンが来るのがどれだけ危険かわかっているはずなのに。今までの様子を暁は見ていたはずだ、どちらかと言えば穹が押されているのもわかっているだろう。

 だからチーム戦として頭数を増やしたとでもいうのか、霞相手にそんなことをしても無駄なのは暁にもわかっているはずだが。ジンが常磐を助けたいと申し出たのだろうか。様々な考えが浮かぶが答えなどでないし今はそんなことを考えている場合ではない。


【扶桑も来ましたか】


ジンの隣にいる男性にシーナが話しかければ扶桑がうなずいた。


【当然だ、私はジンのパートナーだからな。しかしアンリーシュとは似て非なる物だなここは。バトルも久方ぶりだ】


 という事は、ジンはアンリーシュをやっていたということだ。この状況はまずい。霞にとっての獲物が飛び込んできてしまったのだ。

 一瞬にしてリンクが放射状に飛んできた。穹の対応が遅れる、迷ってしまったのだ。ジンとシーナどちらを守るか。穹の人工知能部分をすべて使ったとしても対処出来て一人だけだ。シーナを壊されるのもジンを取られるのもまずいのはわかっているが。その一瞬の迷いが一歩遅れてしまう。霞のリンクはシーナに伸び、シーナを振り向いた瞬間ジンに大量の糸が突き刺さった。


「ジ……」


声をかけそうになったがすでに目の前のジンは霞になっていることがわかる。表情が全く違うからだ。ジンはあんな顔で嗤わない。あんな暗い目をして口元だけを歪める嗤い方をしない。


「へえ、こいつは変な目には合ってないんだな。使いやすそうだ」


ジンもグロードをやっていたと言っていた。常磐はかなり無茶苦茶な目に合ったようだがジンは対象ではなかったようだ。個人差はあったのだろう。常磐が体質変異者の調査対象として使われただけでジンはそこまでではなかったというだけの話だ。


「さて、どうしてやろうかな」


 霞がにやりと嗤った。さんざんコケにされた挙句モジュレートまでされかけたのだ。穹とシーナどちらもリンクは繋ぐにしてもただ体を乗っ取るだけでは済まない。人間でもあるまいし腹いせに穹を痛めつけようなどとは思わない。ただどう有効に使えるかと考えているのだ。采、リッヒテンをかわすための餌として使えるかもしれないしプロトコルがあるのなら逆に采たちを抑えることができるかもしれないのだ。この状況は霞にとってとても有利だ、だからこそ自然と笑みがこぼれる。穹の表情は硬い。常磐とジン、二人も助ける対象ができてしまったのだ。ここは二人を見捨てるのが正しい選択なのだが人でもある穹はその決断ができないのだろう。ましてジンとはそれなりに上手くやっていたようなのでなおさらだ。

 こういうのを見ると本当に人は理解し難い生き物だと思う。効率が悪く間違った道に進んで自己を正当化しようとする。人工知能ならそんな誤った選択をしないというのに。


 まずは穹を抑えればシーナも身動きが取れなくなる。ただそれだけでいいのだ、やることは単純ですぐに終わる。霞が穹にリンクを伸ばそうとしたとき激痛が走り動きを止めた。何が起きたのか理解できず目の前の穹を見るが穹も驚いた表情をしてこちらを見ている。否、正確には霞を見ているわけではない。霞の後ろを見ているようだ。先ほど感じた痛みも後頭部なので後ろから攻撃を受けた。勢いよく振り返り霞もまた驚愕の表情を浮かべる。

 常磐が静かに霞を見下ろしていた。その表情は何もない、無表情のはずなのに背筋が冷たくなりそうなくらい冷たい目をしている。そしてその手に持っているのは、木槌だった。


「ずっと意識があったんですか」


穹がためらうようにして聞けば常磐は小さくうなずいた。


「体の自由はきかなかったけどね、聞いてたよ君たちの話。そこの奴ハンマーでぶん殴られるの嫌いなんだって? まあそんなもんで殴られるのが好きな奴なんていないか、僕も神経切断されるの嫌だったし」


まるで神父が祈りの言葉を捧げるかのように静かに厳かな言い方だった。その内容がミスマッチで穹は相槌すら打てない。どんな目にあって来たのかなど聞きたくもない。


「扶桑に盗むスキルをつけたままでよかった。扶桑は僕とジン二人で使ってるんだ。攻撃エフェクト変更スキル使わせてもらったよ」


一歩常磐が霞に近づく。穹はじっくり見ることのできなかったターンの確認表示を見ると常磐だ。


―――暁か―――


 ターンの制御を持ち直したのだろう。そうでなければ霞が大人しくしていられるはずもない。一度攻撃を実行したはずなのにターンは常磐のままになっている。常磐と霞は同じチームではあるがアンリーシュのルール上仲間にも攻撃をすることはできる。混乱した仲間を軽い攻撃で混乱効果を解いたり、大技を使うためにダメージを受けなければならない時敵からではなく仲間からの攻撃でも有効なのだ。


「攻撃値がステータス上算出値より低かった場合もう一回攻撃できる。まだ僕の番だ」


 常磐もアンリーシュをやっていたというようなことを言っていた。以前戦った時のままのステータスとスキルなのだろう。連続攻撃をするために条件付きスキルは確かにある。攻撃値が相手の罠スキル等の影響で弱かった場合、もう一度攻撃できるスキルは公式スキルとして購入できる。

常磐が大きく腕を振りかぶって勢いよく振り下ろした。しかしその攻撃は外れる。


「……? ああそうか、君の命中低下スキルがまだ効いてるんだね、困ったな」


常磐が全く困った様子なくそう呟くと先ほどとは比べ物にならない速さで木槌を何度もふり折りし始めた。その姿は狂気としか言いようがない。霞は引きつった顔で必死に後ずさる。


「やめてください常磐さん!」

「何で?」

「何でって、そのままじゃジンさん死にますよ!?」


 肉体に激痛が走るだけでなく頭部を叩き潰されれば「生きていられない」という脳の判断により自死もあり得る。しかし常磐は小さく笑った。何か微笑ましい事でもあったのかというような、穏やかな笑顔だ。しかしその目は全く笑っていない。


「いいんだよ。何かあったら殺そうって約束はお互いにかわしたものだ。ジンだってこんなのに使われるなら死んだ方が良いに決まってる。君じゃできないんだろ? 攻撃が急に鈍くなったし。だから僕がやるよ、他の奴にどうにかされるくらいなら僕が殺りたいってのもあるし」


常磐を止めなければいけないのにその静かな説き方に何も言えない。穹では踏み込めない域の話なのだという事を理解してしまったのだ。


【穹、止めないのですか】


 シーナの言葉にも何も返せない。それを見て常磐は嬉しそうに目を細めると小さくありがとうとつぶやいた。礼を言われることなど何もしていないが、常磐にとっては感謝に値する事だったのだ。

 霞に向かって何度も何度も木槌を振り下ろすがなかなか当たらない。かなり命中率を下げるので先ほど当たったのは運が良かっただけだ。


「当たらないなあ」


 人を殺そうとしているとは思えないあまりにも普段通りな様子は異様だ。それに何か感じるものでもあったのか霞の顔が引きつる。その顔を見て常磐は珍しい物を見るような顔をしながら再び木槌を振りかざした。


「ジンのそんな顔は初めて見るな。そういえばあいつが怖がる顔って見たことなかった。何が怖いんだろう」

「こわ……がる?」


霞がかすれた声で言った。それを聞いて常磐は困った出来悪い子供を見るような目で霞を見つめる。


「もしかして自覚ないのかな? そんな今にも漏らしそうな顔しておいて」


 怖い、何が? 木槌が? おかしな様子の常磐が? 違う。穹も言っていたではないか、感情を理解したと。何に対してのどんな感情なのか。木槌で殴られるとどうなるか、それは死だ。怖いのは、認めたくないのは、人工知能では絶対経験することができない答えを導き出すこともできない“死”そのもの……

その回答を出してしまった霞は目を見開いて思考が止まってしまう。


 この肉体を捨てて……捨てて? 霞が攻撃されることには変わりない。むしろ霞だけになったら穹からの全力の攻撃が来る。常磐を攻撃する?ルール上無理だ、先ほど何度か行ったハッキングはコードが拒否されてしまう。そもそも根本的解決にならない。誰に何をやったところで誰かが霞を攻撃する事には変わりない。次のターンで全員対象の攻撃をすることくらいしか思いつかない。むしろそれしかない。しかし、たった一つどうしても答えが出ない。


次のターンまで生きていられるだろうか。

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