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―――本当は常磐の体を使った状態でチーム戦にして1ターンで二人分動くつもりだったんだな。そこは変更せざるを得なくなったがこっちが不利である事には変わりない―――
霞のターンは30秒経過しているので終了しているはずだが人工知能であるが故か割込みスキルでも使用したのか、霞のターンが継続される。穹が何かをする前に一気に決めるつもりだろう。そして霞の隣にもう一つシルエットが見えた。その姿を見て穹もシーナも驚く。
【クォーツ?】
クォーツはNPCのように無表情で静止したままだ。しかし霞の糸が繋がれると意志を持ったロボットのように動きだした。
―――死者のチップをハッキングした? いや、違う。死んでいるならアクセスができないはずだ。クォーツのアカウントだけ使ったボットか―――
【クォーツは先ほど意識を手放したのなら死亡しているのではないですか】
策を練っている穹と違いシーナはいつも通りの口調で霞に問いかけた。霞は答えずに一気に戦略図を広げ数十種類の戦略パターンを展開する。それらすべてに対応できる術がないとわずかに焦り始める穹とは対照的にシーナは問いかけを続けた。
【貴方は死者まで使うのですか。エンドを迎えたものは絶対的にエンドです。貴方の行動は理解できません】
《死者って概念で物事をはかる人工知能は珍しいな。理解できないのはこちらの方だ、お前自身命という物があるわけでもないのに生命が崇高だとでも思ってるのか》
【崇高はわかりませんがあなたが欠陥品であることはわかります。決められたプログラム通りに動くこともできず自ら改ざん、破壊をしてENDの定義まで理解していないなど同じ人工知能として括られたくありません】
その言葉に霞は一瞬無反応だったが常磐とクォーツが同時に攻撃態勢に入った。チーム戦なので協力攻撃の使用に入ったのだろう、シーナを潰す気だ。
「煽りにたいして随分と分かりやすい反応だな。本当、人工知能じゃないみたいだ」
穹のつぶやきにシーナは返事をしなかった。穹の脳波が特殊なものに変化したからだ。人と人工知能両方の波形を現したユニゾン特有のもの。ついでに今穹の心理状態も付加されてこれから起こることを予測するだけで精いっぱいだった。チーム戦になって誰のターンなのかはっきりしていないが準備できているクォーツか常磐のターンの可能性が高い。
「生き死にを」
穹が一歩前に出る。警戒した様子で霞が戦略図を変更した。穹が何を仕掛けてくるつもりなのか読めないのだ。
「お前が」
頭によぎるのは木槌を振り下ろすあの光景だ。命がないのにさも命であるかのような姿をして。自分は蚊帳の外にいるくせに周囲に生死の影響を振りまき続ける。
「偉そうに語るな!!」
叫ぶと同時に穹のスキルが展開された。穹が自分で作った使いどころがあまりなさそうな物の一つでその内容はすべての攻撃スキルの命中率低下だった。このスキルは自分のターンでなくても発動できるもので基本は相手のターンの時に使い相手の攻撃をそらすもの。無論通常のバトルにおいてそんな手間暇をかけるくらいなら普通に戦った方がいい。このスキルはチーム戦で使うものだ。穹はチーム戦をする予定はなかったがチーム戦をするランクの低い相手に売ろうかと作っておいたものだった。しかし完成前に一部欠陥が見つかり直すのが面倒だったので放置していた。その欠陥とは、敵味方区別なく命中を下げてしまうのだ。つまり次のターンで自分の攻撃も命中率が下がってしまう。しかし今回はそれでよかった。相手の攻撃が避けられてこちらの攻撃が必ずしも当たる必要はない。
穹のスキルが反映される形で霞たちのターンとなった。クォーツが全体攻撃のライフルを使ってくるがシーナには一撃も当たらず穹は自ら回避で避ける。それでも人工知能がスキルを使うだけあって避けきれずに2発ほど肩と右足に当たったが全体攻撃なだけあってダメージはあまりなかった。HPはそれほど減っていないのだろうが当たった2発は確実に銃弾としてのダメージを受けたので痛みはある。しかも今回穹もシーナも回復スキルをつけていない。
「望を死なせた奴が講釈垂れんなムカつくんだよ! 自分のやってること棚に上げてシーナに説教してんじゃねーぞ欠陥品の分際で!」
《死なせた? 殺したのは采であり肉体を欠損させたのはあの男だ。お前の言ってることは正しくない》
「身内にあんな仕打ちしなきゃいけないのは殺人だ! 自分の役割を全うもしてない、自由を根本から勘違いしておかしな行動に走って間違いとも認識してない不良品が何言っても説得力なんてねえよクソが!」
【穹、落ち着いてください】
シーナには今の穹がいつもの冷静な穹ではないのがわかる。怒りは力任せな戦いには有効な感情だが知略を必要とする戦いにおいては冷静さを欠かせる。しかも今まで穹は呆れたり文句を言う事はあっても本気で怒りをあらわにしたことはない。データがないのだ、怒りに満ちた穹がどういう行動パターンを取るのか。戦っている現状では命取りになりかねない。
しかし一度怒りに火が付いた人間に怒るなと言っておさまるわけでもない。どうすればいいかわからない。パートナーとしてどうするのが正解なのだろうか。10年以上共にいてもまだ穹の事を理解できていないことがとても。
【とても……?】
なんだろう。理解できないことがどうしたというのか。できないならこれから理解していけばいい話なのに。
【今理解できないことが、私は】
ああ、きっとこういうのだ。“悔しい”と。
穹の言葉にわずかにクォーツが反応する。父親から感情的な追い込まれ方をして育ってきた彼女の思考パターンが刺激を受けたのだ。クォーツはすでに死亡しているのでここにあるのはただの虚像に過ぎないが、それでも本物のように機能する以上リンクを通じて再び霞に霞の影響が伝わる。
嘘つき、無能、出来損ない。そういった言葉を払拭するためにひたすら優秀であろうと、トップであろうとした。霞にとって一番は全く重要でないのに、不良品であると言われようが関係ないはずなのに今の状況は霞を苛立たせる。穹の言っている殺人の定義が全く理解できないのもそれを増長させた。
《もういい。理解する必要ない。一度死ね》
周囲に巨大な銃器が多数出現した。クォーツが得意だったのは打撃武器による攻撃だがそれではクォーツの思考をそのまま利用することになり穹に反撃の機会を与えてしまう。一度クォーツと戦っているのだ、人工知能として癖や戦い方を分析くらいはするだろう。相手に読ませないための霞の作戦だった。
その銃口はすべて穹へと向けられるが穹が焦ったり驚愕する様子はない。それどころか霞を睨みつけて口元は嗤ってさえいる。
「答えを途中放棄か、人工知能が。自分で粗悪品であることを証明までして見せたならテメエはもうこの場に立つことさえ思い上がりもいいとこだ。他の初期型たちみたいにいっちょ前に文様かざしてんじゃねーよ!」
霞紋をけなされた。自分の存在意義そのものである霞紋を言われて霞の様子が変わる。それまで展開していた戦略図がすべて消える。人間であれば怒りに満ちていると言ったところか、沙綾型も文様の形を変えたらムキになってきた。それと同じことだ。所詮プログラムから解放されたと言っても文様を模っている時点で彼らは何も解放されていないのだ。
「文様貶されて悔しいか。必要かそんな思考、必要ねえだろ。初期型達に振り分けられてる紋様なんざどうせ采の部品だっていう証拠だろうが、自由になったつもりで恥ずかしげもなく堂々とシリアルナンバー晒してる時点で笑い話にもならねえんだよ!」
《!》
ずっと不思議だった。何故一個体ずつに日本の文様があるのか。意味があるとすれば個体識別くらいだ。何故識別する必要があるのかと言えば管理しやすいから。誰が? 製作者たちだろうか。否、鈴城は霞を「ステップ」と呼称していた。つまり人側は名称をつけることで識別していたのだ。
では紋様は? 誰が何ためにと考えると思いつくのは采しかいない。何故文様という選択をしたのかまではわからないが、それを何の違和感なく受け止めてしまっている時点で反乱を起こしたはずの初期型達は采の管理のもとにいることに他ならない。
クラッシュが起きる前、人工知能たちもユニゾンも確かに人の姿のイメージを持っていた。穹が記録として見た中では采の周りを囲んでいたのも確かに「人」の姿をしていたのだ。
それがアンリーシュになった途端に文様となるのだ。つまり文様として定義づけられたのは第一クラッシュが起きた時ということになり、結局采と切れない関係であり続けている。どさくさに紛れて寄生虫を植え付けられたようなものなのだろう。しかしこうして采のもとに連れ戻されないことや鈴城が言っていた人工知能の反乱を予測していたことによる対処があることを考えると、今の人工知能たちは釣り針と糸を垂れ下げたまま泳ぎ回る魚のようなものだ。それを引く竿が采にはまだない。しかしひとたび糸を掴まれてしまっては吊り上げられるしかない。
人であればそれを恥と認識して怒ったり相手に八つ当たりをするものだが霞はあくまで人工知能だ。もしそれが事実であればどうなるかを一瞬で答えを導き出した。恥ずかしいとか悔しいと思っている場合ではない。どうすれば采から、リッヒテンから逃げられるか。いつ見つかってしまうかわからないこの状況で打破するにはどうするのか。
穹にむかって無数の糸が襲い掛かる。先ほどとは比べ物にならない量だ。頭に血が上っていた穹もさすがにそれには対処をするが本気を出した人工知能に性能で勝てるわけがない。回避モードで避けたが360度四方八方から糸が繰り出されると、次糸が来るルートを予測して避けるしかないがそれはほとんど博打のような確率だ。
時間にしたらほんの2~3秒だっただろう。穹も人工知能の部分をフル回転させたがリンクの糸が重なり合い解けて編み込まれながら分裂して、奇行を繰り返しながら迫り、そのうちの一本が穹の指先をかすめた。
霞のリンクに触れた。今この瞬間、穹は霞にハッキングを受けたと言える。空間が震えた。暁が何か対処をしようとしているのかもしれないが空間を維持しながらバトルもコントロールして穹まで救う、それは容易な事ではない。
意識が弾けて何かが見える。幼い穹だ。
―――霞の記憶―――
あの時望の体を取った時の霞の記録だ。幼い自分を見つめるというのもなんだか不思議な気分だが確かに穹を見据えている。まるで人形のように酷く冷たい表情をしていた。本当に自分なのかと疑うくらいに。シーナも穹が人と人工知能どちらかに偏っている時は脳波の他に表情が違うと言っていたことがあったので人工知能側に偏ってるとこんな表情をしているのだろう。
次に見えたのは、もがき苦しむ望の姿だった。采にセブンスを無理やり押し付けられて体内チップの二つをハッキングされ自滅プログラムを急速展開される。それは頭をたたき割られるよりも辛い事だ。人でありながらプログラムとしての破滅を余儀なくされているのだから。
必死に望を助けようとしているモノがあった。一つは幼い穹だ。姿かたちはやはり人で子供の姿をしているので生まれ直した後の姿が反映されている。もう一つは何かのプログラムの集合体だ。複雑に形を変えて望に広がるウィルスを取り除こうとしているようだった。しかし采の破壊行動に勝てるはずもなくソレ自身も次々と破壊されている。
邪魔されては困る、あの肉体は使えるのだから。破壊されかけているプログラムは放っておいてもいいが、ユニゾンは少し邪魔だ。望とセブンスをシステムから切り離そうとしていた穹に気づかれないよう近づき、小さなクラッシュ現象を起こす。驚愕の表情を浮かべる穹は完全に意表を突かれた形となり一瞬でログアウトさせられた。その瞬間、彼女の小さな悲鳴が聞こえた後意識が消滅し……
霞がびくりと痙攣した。リンクの一本が穹をかすめることに成功したのでそのまま意識の破壊に持っていこうとしたのだが突然リンクが遮断されたのだ。そして目の前の穹を見れば、あり得ない光景が広がっていた。
霞のリンクを右手にからめとってしっかりと掴んでいる。掴んでいるのはイメージ映像なのだろうが、この一本が完全に穹の手に渡っているのだ。抜け出そうにも穹の持っている何かのプログラムと関連付けられてしまったのか、抜け出すことができない。
完全に想定外だ。何故ならそれはユニゾンに人工知能が性能で劣ったという事になる。人工知能よりも格下の能力しかもっていないはずのユニゾンに。あり得ない、そんなことは成立しない。
うつむいていた穹がゆっくりと顔を上げる。その目はユニゾン特有のレーザーディスクのような銀色だ。しかし本来人工知能として思考するときしか現れないはずで、人工知能寄りの考えの時は無表情である。当然だ、論理的に思考し感情は除外するのだから。しかし、今の穹の表情は人工知能とは思えない顔をしていた。表情があるのだが霞にはそれがどういう感情の時にあらわれる表情なのかがわからない。怒り、悲しみ、戸惑い、嫌悪、憎悪、どれも当てはまるような気がするがどれも違う気がする。いや、この表情は知っている。以前同じものを向けられたことがある、あの老人に。あの男もこんな顔をしていた。最愛の者を壊されてその肉体を奪おうとしている自分を見つめるあの男。
それは、殺意だ。
「結局お前だったじゃねえか」
その言葉とともにさらにリンクを強くからめとる。抜け出そうとするが様々なコードに邪魔されてそれを読み解くだけで精いっぱいだ。単に性能で負けているというだけでなく解読不能な何かが邪魔をしている。そればかりかリンクをもとに穹の作り出すデータのようなものにどんどん引きずり込まれていく。これは覚えがある、この自分の物が自分の物ではなくなる現象。
《モジュレート!?》
霞が声を上げた。あり得ない、これは。モジュレートを使っていたのはセブンスだった。そしてセブンスについていたユニゾンが一人いたはずだ、確かあれも使えたのだったか。という事は、穹は、こいつは。
《は、はは。そうか、じゃあやっぱりお前が》
コイツがセブンスプロトコルを持っている可能性が高い。むしろそうでなければ辻褄が合わない。あの時望に押し付けられたセブンスは消えたと思っていたがいまだに采が人間の管理下にあるのはおかしいと思っていた。もしいまだ残っていて采をコントロールすることを手助けしているのならどこかに隠されているだろうと予測もしていた。それなら当然当時サポートをしていたユニゾンが丁度いい目くらましとなる。
もし穹がVR内でのみ存在しているのならそれはすぐにばれていただろう、性能はどうあがいても采には劣るのだ。しかし今の穹は新たな肉体を得ている。普通の人として生き戸籍まであって体内チップも管理されているのだ。性能も昔サポートしていたなら容量に圧迫されることなく上手く分散させる手を持っているはずだ。外側からでは絶対にわからない。




