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アンリーシュ  作者: aqri
地下の戦い
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1

「こんなところまで進んでいたのだな」


 そんな声にぼんやりしていた意識が戻ってくる。ゆっくりと目を開くとベッドの上に横になっているのだとわかった。わずかに顔を動かせば、見覚えのない部屋にいた。そこには医療器具のようなものと大掛かりな機材があり、治療に使うというよりは何かの測定やモニタリングなどに使う専用装置に見えた。

起き上がろうとしたが体が上手く動かずにわずかに身じろいだだけだった。


「無理に動かない方が良い。脳に負担が増えている、麻痺に似た症状が出ているんだ。無茶をしすぎたな」


カツカツと音を立てて近づいてくるがその音は意識を落とす前に聞いたあの音のようだ。姿を見せたのは中年というより壮年に差し掛かった男だった。やや小太りでいかにも神経質そうな雰囲気だった。


(あの時は複数足音がした、まだ他にもいるのか。それにこいつひとりで俺を運べるとは思えない)


何も言わずにじっと男を見つめると彼はふむ、と一息ついた。そこには体を心配する様子も気遣う様子もなく、どちらかというと冷たい視線を送ってくる。


「口も動かないか? まあいい。君の疑問はここはどこか、私は誰か、今どんな状況なのかだろう。君が何をどこまで知っているのかにもよるが何も知らない前提で話そうか」


 どこか芝居がかった物の言い方と順序を追って説明しようとする姿、自分は優秀だという自負があり相手をやや下に見ている人間の特徴だ。出来の悪い相手にしょうがないから説明してやる、という状況によく似ている。


(まあ友達になりたいタイプじゃねえのは確かだな)


すっと視線を外した穹をどう思ったのかはわからないが、戸惑ったりもがいたりしない様子はお気に召したようだ。


「地下は放置されているというのが一般的だが要所に置かれている施設動いている。その中の一つ、人の脳と人工知能の相関性を研究していた研究所が持っていた施設。脳直結型VRの影響で重度の体質変化が出た者を……そうだな、隠しておく場所か。治そう、救おうという目的ではない。世間の目にさらさないための場所だ。途中で話がなくなって閉鎖となり体質変化したものたちは日常へと戻ってしまったが」


 体質変異がニュースになっていたのはほんの一部だったという事だ。予測していたよりもかなり患者は多かったのかもしれない。重度の体質変化したもの、という単語に少しひっかかった。つまりこいつらは体質変化した者を知ることができて観察できる環境にいたということになる。


(じゃあグロードの事故はやっぱり体質変異者たちを使った何らかの実験だったってことか。日常に戻った人たちを変わらずにモニタリングしていたのか、ここの施設を使って。それにしてもよくしゃべる野郎だ。状況に酔ってる感じでもねえし)


「私は誰か、だがここの関係者としか言いようがないな。次世代型人工知能の開発に関わりプロジェクトを動かしていた一人だ。ただ当時は派閥争いがあって私は辞めさせられたが」


 辞めた、という事は今アンリーシュには関わっていないという事になる。裏で活動していたという事だろう。権力もそうだが人脈もいまだなくなっていないという事か。つまり、自分たちの活動はこいつに筒抜けだった。


「クォーツの名でアンリーシュをやっていた彼女は私の管轄だ。本人には部下と説明していたが実際は監視対象だった。優秀だからいろいろこなせる奴でね、オンラインショップからアリスのお茶会、アンリーシュの広告までやっていたから情報収集には非常に重宝した。できればあのままステップを捕獲しておきたかったのだが仕方ない」


 ステップ、おそらく霞の事だろう。当然だがすべての人工知能には呼び名があったはずだ。すべて把握されていた。穹もクォーツと関わったときから完全に監視されていて、クォーツに至っては自分が優秀な人員だと思い込まされていただけでこうなることを想定したうえでの駒だったという事だ。


「そして今どんな状況か。私がここまでベラベラしゃべっているのは君に把握しておいてほしいからだ」


―――駒として、か。当然か、新たに肉体を得たユニゾンなんてオンラインに逃げられない扱いやすい存在だからな―――


「この件について背景がまったくわからないだろう。長話は好きじゃないから重要な事だけ言うぞ。20年前次世代型人工知能とそれを管理する人工知能がシステムを組み替えてオンライン上でクラッシュ事故を引き起こした。犠牲者6名、意識不明者も複数出した。意識不明者はその後全員死亡した。それがきっかけで管理人工知能は電子の世界へと逃げて追えなくなってしまった。しかし次世代型人工知能の采は我々の管理におさまったままだった。何故なら管理人工知能が一つ残っていたからだ」


 采。アンリーシュで審判をしているキャラだったが、まさかあれが次世代型そのものだったのか。一日に行われるアンリーシュの試合は1000回以上、同じ時間軸で行われる試合も多数ある。それに出ている采がすべて次世代型の意思そのものなのだとしたら、一日にすさまじい勢いで人間の意思決定の場に遭遇し成長していることになる。

 穹は次世代型人工知能と何度も接していたのだ。今まで他の人工知能たちにも穹にも気づいていないのはやはり脳波まで観察できているわけではないからだろう。優秀な人間と人工知能の区別まではつかなかったのだ。


「唯一残ったコントロールの人工知能を使って対策を立てようとしていたところで15年前に再びクラッシュ事故が起きた。これは采によって引き起こされた。自分を縛る最後のシステムが邪魔だったのだろうな。これにより采は自由になれると思ったのだろうがそうならなかった。管理人工知能たちは采を構成するもの、いわば采には絶対に必要なパーツだった。采は自分の内臓を切り離したようなものだ。人工知能が人間に反乱するなど2世紀も前から映画で使われているネタだ、そのくらいの対策くらいしてある」


 知らなかった事実にわずかに驚いた。まさか2回目が起きていたとは。いや、それよりも15年前? それは望が死んだ年と、穹の記憶がない年だ。望が死んだのは霞が原因かと思ったが違うのか。采が最後のシステムを消すために起こしたことなら、一回目のクラッシュと同じように人に無理やり押し付けて殺した。そうなると最後のシステムを押し付けた先は望だ。そしてそれを見届けて霞は体を掠め取ったのか。


―――待て、これ以上はまずい。情報を出されるとモジュレートが進む―――


「人工知能たちは探す術があるとして今問題なのは巻き込まれて散ってしまったユニゾンを探す術がないということだ。ユニゾンも采のコントロールには必要だからな。そのうち一つは居場所を知っているのだがいかんせん連れ出すことができない」


穹ではない、一応ボディを持っている暁でもない。夜か、宵か。

その言葉を聞いた時突然電気が落ちた。男は動揺した様子はないが復旧しようとすぐにコンソールの前に座り何かを操作し始める。

穹の意識は、その時一度止まった。引っ張り込まれたのだ。


目を開くとそこには夜と暁がいた。暁は険しい顔をし、夜も無表情だ。いつもみる余裕な様子はない。


「へえ、やっぱ宵は采にとっ捕まってたんだな」


穹を通じて会話を聞いていたのだろう。夜の今の言葉から夜は宵がどうなっているのか知らなかったようだ。


「こうならないために穹に情報教えなかったのに、あのオヤジ最悪」

「ってことは、テメエは知ってたんだな」


わずかに目を細め、獲物を狙う捕食者のように暁を見るが彼は慣れているのか夜の態度にもどこ吹く風だ。


「そりゃあね。言ったら夜、宵を壊そうとするでしょ」

「なんだ、お前が宵の事庇うとか隕石でも落ちてくるのか」


くくっと嗤うと暁は嫌そうに、吐き捨てるように言った。


「好きでかばうんじゃないし。宵はシステムとして必要だよ。あいつに加担するわけじゃないけど、夜の考えには賛同できないから」


つまり、宵と暁は采をシステムで管理する方法を取りたくて夜はすべてを壊す事で采に渡さないようにしているのだ。答えはどちらも采を完成させないことなのに方法が違うせいで協力関係ではない。


「そうだな。暁たちの方法は良い案があるわけじゃない上に宵のアホはあっち側。俺のやり方は采を完成させるための最大のリスクがある」


突然相槌を打ちながら言う夜の言葉に一瞬疑問に思ったがまた思考を読まれたのだと気づいた。


「勝手に俺の考え読むな」

「前も言っただろ、漏れてくるんだっつーの。俺とお前は双子みてーにペアで製造されたんだ、システム上繋がっちまうんだよ」

「……」


双子みたいに。その言葉が頭に鳴り響く。夜と一緒に作られたという事は形成されているベースは同じという事だ。その事実が人としての穹は非常に落ち込む要素だった。


「ものすごくショック受けてるみたいだけど」

「もっと喜べよ兄弟」


呆れたように言う暁とは反対に夜は楽しそうだ。


「ちなみに僕と宵も同じ。僕らは二人一組で作られて、特定の相手に対して絶対信頼関係を結ばないように設定されているんだ。結託しないようにできてるんだよ。穹が夜を苦手なのはそういう理由」


 納得できるようなでいないような。という事は夜も嫌いな相手がいるという事か。穹の事を嫌ってはそこで完結してしまうので宵か暁を嫌っている。いや、先ほど暁に宵をかばうのかと聞いていたから暁は宵が苦手となると、夜は暁の事が嫌いという事だ。壊す夜と作り出す暁ならそれも妥当なところだ。


「もうここまでくると隠す必要もねえか。こういうことだ」


 そう夜が言うと穹の髪を一房掴んだ。するとそれだけでリンクが繋がり情報が流れてくる。暁たちが反対する夜の方法が一瞬で伝わってきた。その内容に目を見開き軽く夜の手をはねのける。夜はそんな穹からの仕打ちに小さく笑うだけだ。


「ま、後はリッヒテンに捕まらねえように気を付けな。この情報あっちに漏らしそうになったらテメエを分解するからな」

「それは当然だからいい。それより、お前は宵をどうするんだ」


静かに夜に問えば、楽しそうな雰囲気のまま全く目が笑っていない状態で彼は言った。


「宵を分解する。お前のモジュレート貸せ」

「夜!」


暁の叫びの後空間が悲鳴を上げる。穹をハッキングしようとする夜とそれを防ごうとする暁の攻防が始まったのだ。何かが爆発でもしそうなチリチリとした感覚が全身を伝う。


「暁、いい。これ以上騒ぐと探査に見つかる」

「穹!? でも」

「いい。必要な事だ」


 静かにそう言うと心配そうに穹を見たが、一瞬で姿を消した。気配が消えたので本当にこの場を去ったようだ。そのことに夜は少し驚いたようだ。穹が止めたことも、暁があっさり引いたこともどちらも予想外だったようだ。暁と穹はリンクが繋がっているので今暁に頼みたいことを伝えた。それを実行しに戻ってくれたのだ。そして静かに夜を見据える。


「お前はもう少し俺を学習したほうがいいな。前だったら暁たちの考えが一番無難だと思って抵抗してた」


一番強いリンクでつながっている者同士だ。相手の考えていることなどわかる。


「……へえ? 俺の事を使うつもりなのかお前」


夜の分解の力は必要だ。そしてそれは同じ土台を持つ穹にも使う事はできるはずなのだ。ただし、それには最大の欠点がある。


「俺を生理的に嫌悪してるのに使えるかねえ? 生理的って言葉で上塗りされてるが要は俺とかかわりを持つことを徹底的に排除するって事だ。それなのに俺に関わることができるか?」


そこまで余裕そうな表情で言っていたが、ふと何かに気づき一瞬で笑みを消した。


「なるほどな、霞を捕らえれば暁がプログラムを変えられる。だからあいつ準備のために戻ったんだな。例え俺に穹を使われても霞を捕まえた瞬間に主導権をお前に戻す設定に変えればいいだけだ」


的確な予測に思わず穹も苦笑いだ。今のは思考を読まれたのではなく夜の予測だろう。予測の立て方が穹と同じなのだ。元は同じものからできているのだから。


「夜、お前の予測では今どういう答えだ。今ここで俺たちが主導権を握るために戦って、まあ当然アンリーシュ形式で戦うことになるけど、お互いの勝率は?」

「お前であれ俺であれ霞をどうにかできる確率は高い。そうなると確実にプログラムの変更が可能だ。やるだけあほらしい。探査もリッヒテンも来るだろうしな。それならリンクをこれ以上繋げずにお前が俺のプログラムを使いにくくする方がいい」


 途端に興味をなくした様子で視線を外した。どうやら穹を使う事は諦めたらしい。あまりにもあっさりしているが、夜はどちらかと言うと人工知能寄りな考え方だ。勝率が思わしくないのならそれを選択しないという答えになるだけだ。努力する、可能性を探すという事はしない。


「お前から近寄って来たのに遠ざけるのか」

「言うねえ。お前のそういうとこほんと好き」

「やめろ殺すぞ」


 人工知能としての空間でありながら人間の反応をする穹に夜はへえ、と面白いおもちゃを見つけた子供のような顔をした。わずかに夜の考えが伝わってくる。昔と全然違うな、というような意味合いの事を読み取った。


「お前のペットに言っとけ、さっき俺が渡した情報。“必要”だろうからな」


 シーナの事だろう。今の必要、にいろいろな意味合いが含まれているような気がした。サブボディを新調した時シーナといろいろ作戦を立ててどのプランで行くかと話し合ったのだが、今の言葉はそのすべてのプランに当てはめることができる。こちらの思惑すべてが伝わっていると思うべきだろう。

 そういえば先ほどの部屋シーナがいなかったがどうしただろうかと考えシーナとのリンクを探す。何もないところを手探りすれば初めて見えた、糸のようなもの。気配がなくなったので振り返れば夜はどこにもいなかった。糸に手を伸ばして掴もうとしたとき、一気に知らない空間が発生する。懐かしいその感覚に鳥肌が立つような感覚が沸き起こった。


「ソラ」


シーナの声がする。呼んでいる、行かないと。

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