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次世代型も所詮はプログラムのもとで動いている。学習すること自体が存在理由の要となっていれば自分では学習は止められないはずだ。だったらなおさら、何故20年前はそれを放棄した。
―――わからない、何故―――
(だめだ、この問題は人工知能の思考を使うな。たぶん事実だけじゃ解決できない問題がある。人として考えろ)
【穹、お悩みのところ申し訳ありません。ビルのモニターを】
シーナに声を掛けられビルに目を向けるとモニターに大々的にアンリーシュの大会告知が流れている。ビル5棟を使っての巨大な告知だ。携帯端末を見れば一般広告の通知の中にアンリーシュが入っており、ゲームをやっていなくても大会までに一度は目にする認知度となりそうだ。
【アンリーシュからのお知らせも大会に関する内容のメールなどが1日に1回は来ています】
「何が何でも公の場に出しておきたいってか。なんかあるのかもな、暁も黙ってみてられる状況じゃないって言ってたし」
ふと周囲を見渡せば同じ広告を見て足を止めていた人たちが盛り上がり始めている。応援している人の名前が挙がったのだろう。若者が多いがサラリーマンや中年くらいの年齢層まではいるようだ。本当に幅広く支持があるのだとわかる。いつまでも告知を見ていても仕方ないので行こうかと思った時、やたら明るい声で広告が始まった。
[やっほ~、みんな。クォーツです!]
その言葉に歩きながらさりげなく画面を見れば、采のコスプレをした高校生ほどの女子がアンリーシュ大会の告知をしていた。化粧をしているので本当の顔はわかりにくいが、ビジュアルは十分采にそっくりだ。
アンリーシュ公式の告知はもう終わっているので、これはネットに上がっている個人広告だろう。少ない出資で今は誰でもCMを作ることができる。今やネット番組は個人が作る物で溢れており、人気の番組はそれなりに収入になるようだ。
[私も参加するアンリーシュの大会、みんな応援してね!大会まであと1か月、私もすっごく楽しみ!クォーツチャンネルはこちら]
まるで芸能人のように仕草や笑顔が作り慣れているという感じの告知だった。大きくクォーツのチャンネルアドレスが表示されている。
「シーナ、クォーツを調べろ。もしかしてネットで有名だったりするのか」
【以前一度戦った後調べてあります。顔を出して活動するネットアイドルの一人で、有名になった理由はアンリーシュで上位ランクだからです。戦っている様子を生放送したり視聴者と気軽に対戦したりで人気を集め、実際に彼女は強いので純粋なアンリーシュファンからも支持されています】
「アイドルねえ。だからあんな目に合ってもゲーム続けてるのか? やめるにやめられないって可能性はあるな、収入源だろうし」
今の時代、ただ可愛いかっこいいだけでは誰も注目しない。VR技術が進んだ今ルックスなどいくらでもいじることができるからだ。普通の人より優れている、他の人と違うところがあるというチャームポイントがないと有名になるのは難しい。何せ可愛い理想のアイドルはほぼ人工知能が占めているのだ。
アイドルという偶像は個人個人の都合のいい妄想で保管することで成り立っている。人だから表裏があり少しでも期待と違うとあらさがしをされてあっという間に炎上する。人工知能なら表裏などない、すべてが事実でありそれしかありえないのだから。
「クォーツのコミュとかSNSとか、アンリーシュの裏バトルについて書かれた内容ないか」
【お待ちください。裏バトルの噂は知っていたようです、あるなら参加したいという記事があります。しかしあのバトルに参加した事を書いた記事はありません】
「ないのか、意外だな。書けばますます知名度が上がってコイツにとってはいいことずくめだ。いずれ体質変化を起こしてるだろうからアンリーシュ側も監視するために接触してくるはずだけど」
―――順番が逆だ、時系列で考えろ。クォーツは沙綾型のバトルに参加して勝ったにもかかわらず首を折られてたぶん退場した。リッヒテンが現れたのはその後だ。クォーツが使い捨ての回線やサーバーを使ってれば退場したユーザーを割り出すのは難しい、つまりクォーツはリッヒテンやアンリーシュ側には見つかっていない可能性が高い。それなら駒である可能性は低い。じゃあ何でクォーツは裏バトルに遭遇した事を公にしない?メリットしかないはずだ、何故―――
「クォーツがバトルの事を公表しない理由として何が考えられる」
【そうですね。恐ろしい体験をしたから公にしたくないという可能性はあります。公表したらファンからまたバトルをやって放送してほしいと要望があるに決まっていますし、断り続けると人気が落ちてしまうのでなかったことにしておきたいのかもしれません】
「確かにありそうだけど。シーナ、クォーツが裏バトル遭遇する前と後の裏バトルに関する記事の数比較できるか」
【はい。……、遭遇前は半年で18、遭遇後はありません】
「妙だな」
【どこがですか? 当然の結果では】
「遭遇前は月3回のペースで更新してたなら、割と本気で裏バトルを探してたと考えていい。単にその特集やると人気が出るからだとしてもその数は異常だ、本腰入れてたんだろう。それが遭遇後は記事がゼロ。一見するとビビったからってのもあるが、さっきシーナも言っただろ。ファンからの煽りや期待を裏切る行為は人気を落とす。ここまでさんざん記事書いてきたなら、今も裏バトルについて努力してますって姿勢は見せるはずだ。記事のペースを落として、時間が経ったら更新を止めればいい。飽きたってシナリオが成り立つ。急にやめるのは不自然だ」
【そういうものですか】
シーナの不思議そうな反応に穹もやや意外な印象を受けた。この考えは人間特有のものらしい、人工知能には理解できないのだ。
当然だ、人工知能は事実でしか物事を判断しないのだから。恐ろしい体験をしたらその行動は控えるという、当たり前の工程は理解できるがその中に生まれる人間の心理がまだ完全には理解できない。同じ人間の穹でさえ人気アイドルの心境など理解できないのだ、人工知能が、まして穹が学習させ育ててきたシーナがわかるわけもない。
【では穹、何故クォーツは突然裏バトルの更新を止めたのでしょう。クォーツにとって人気が落ちる事以上のどんなデメリットがあったのでしょうか】
「そこなんだよな、人によって事情や考え方が違うにしても、これだけの人気アイドルなら人気が落ちるのって割と生き死にに関わるくらい重大な事だろ。命と同じくらい大事なことがあったってことか。むしろ命と同じくらい大事というよりも、命そのものだったとか。石垣みたいにもしこいつも死人が出ていることを知っていたら……いやそりゃないか。石垣は実際体質変化までし始めてたからビビったけどこいつは体質変化までしてなかった」
首の骨が折られていたら間違いなくショック状態になっている。こうしてぴんぴんしているのなら体質変化は起きていなかったと考えていい。石垣や常磐に比べればそこまで気にしなくていいことなのかもしれないが、あのバトルに参加して戻ってきた貴重な存在だ。今後彼女が人工知能やアンリーシュに目をつけられる可能性は十分ある。
「シーナ、他にクォーツの記事や放送によせられたコメントでよく出る単語はないか。裏バトルの前後で」
【お待ちください。一つだけ、バトル後に激減した単語があります。アリスのお茶会です】
「ふうん?」
【日常の内容を書いているSNSにアリスのお茶会のイベントやキャンペーンについて書いた記事が多かったですが、最近はアンリーシュの事ばかりです。イベント告知されたからそれでもおかしくはないですが】
このタイミングで。その事実に穹の中で何かがひっかかった。
「シーナ、裏バトルがあった日からイベント告知されるまでの間にアリスのお茶会でイベントとかあったか」
穹の言葉にシーナは穹の携帯端末へ情報を送る。送られた情報を開けてみるとたった数日間だというのにおよそ30件以上ある。様々な企業とコラボしているだけあって数時間ごとに何かしらの情報が更新されるようだ。これだけの数イベントや告知があったのなら急にアリスの話をしなくなったはやや違和感がある。
【穹、そんなに気になることですか?】
「クォーツ自身はほっといても問題ないだろうけど、あのバトルから戻った奴だからなあ。今は何もなくても今後絶対目つけられるって思ったんだが、もしかしたらもう目つけられててその微妙な変化がもう出てきてるのかなって思った。石垣が派手な行動に出たみたいに。まあだからなんだって話だけどな」
ため息をついてからそのまま帰ることにした。頭を使いすぎて妙な疲労まで出てくる。普通に考えればシーナの言う通りそこまで気にする相手でもないのかもしれない。裏バトルの事を言わないのも変な噂を立てられたくないからかもしれないし、結局クォーツは負けたのと同然だったのだ。それをファンに報告しなければいけないのは苦痛だろう。アリスのお茶会もイベントなどどうでもいいくらいアンリーシュのイベントが気になっているのかもしれない。
そうなのかもしれないが、それでも。アンリーシュに関わること、アンリーシュとかかわりがあるのではないかと見立てたアリスのお茶会。この二つに関わっていると思ったら放っておいていい事ではないように思えた。
家に着くとシーナがバイト先からメールが来ていることを告げた。ゲームセンターの方ではなくセキュリティ管理をしている方のバイトだ。先日の事で改善したシステムのチェックを頼みたいという事だった。量が膨大なので直接出向いて確認する必要がある。今日の夕方行けるという内容を返信し、シーナにはクォーツのSNSが更新されないか見てもらい穹はアリスのお茶会について詳しく調べた。一般のユーザーが使っていて重くなったとなると相当騒ぎになるのでまずないだろうと思う。
軽く調べたがやはりそういった騒動は起きていない。問題は企業がコラボをして業務提携をした時だ。いろいろなアプリや余計なものをインストールしているからというのも確かにそうなのだが、あそこまで重くなるのは少々ひっかかる。企業の機材なのだ、多少重くなっても気にならないし気づかないレベルだろう。それがはっきりわかるくらいに莫大な容量をくっていたのだ。何かあると思うのは素人でも思いつくことだ。
夕方ビルに到着し改善状況をチェックする傍ら他の者の目を盗んで、アリスのお茶会と提携した会社に容量が大きくなった時ハッキングを受けていないかを調べる。もちろん対ハッキングセキュリティは入っている。アラームが鳴った形跡はないし異常も特にない。さっと調べられる程度でやはり侵入された形跡はない。
―――となると、やっぱりアリスのお茶会をインストールした時一緒に別のプログラムを入れてたんだ。この容量はアプリじゃない。たぶんアリスのお茶会のシステムそのものを組み込まされた可能性がある。もうこの会社のシステムはアリスの一部にされてるんだ―――
大量に合ったアプリはシステムを隠すための外装だ。それらをアンインストールすることで容量を少し抑えてやれば、これで解決したと誰もがこの件を終了としてしまう。それ以降はよほど変なことが起きない限りはずっと放置だ。おそらくこの会社の知らないところで必要な情報を吸い上げられ、アリスのお茶会の成長に一役買って出ている。
これらの推測を決定づけるにはアリスのお茶会とかわしたプログラムをすべてひも解く必要があるがそんなことをする時間も義理もない。しかし、人工知能としての考えはすでに確信だ。おそらく「知っている」のだ、この手のパターンを。今だ穹に戻っていない記憶、記録の中にそういうパターンが入っているのだろう。記憶として戻っていないのでデジャヴのように感じているだけだ。穹がどこかで見た気がする、知っている気がするものはすべて人工知能としての記録のどこかに存在する。
―――ああそうか。たぶん俺はそれをやっていた。20年前、次世代型や初期型人工知能たちのサポートの為に人と人工知能の中間として生まれて、人としての考えを次世代型に学習させるために人とコミュニケーションを取っていたんだ。その情報を人工知能たちに提供していたのか―――
【穹】
そっとシーナが穹の手の上に乗った。軽いボディだと言っても乗られれば重みを感じる。今この部屋は穹とシーナしかおらず、監視カメラはあるが音声は拾えないタイプなのを知っているので会話をする分には問題ない。シーナはじっと穹を見つめていた。
【それ以上はいけません】
「またあっち側だったか」
【それもありますが。先日人と人工知能、両方の脳波の中間のような波形が出ていました。あれが本来のユニゾンのものだとしたら、穹はその状態にならなければいけないのだと思います。人工知能だけに偏ってはいけません】
「最近考え事するとすぐにあっちだな。気を付けててもだめだ。たぶん、俺の中で前に戻れないくらいに人工知能部分が進んでる。いや、戻ってきてるのか」
人として生きてきた時間の方が長かった。停止していた人工知能部分が一気に活性化しているのかもしれない。暁が調整をしてくれたからまだいいが、おそらくもう「人間」として生きていくのは無理だ。
ふう、と一息ついて椅子の背もたれに思い切り寄りかかった。今いる職場はこういう事のプロたちばかりだ。穹が何か怪しい行動をすればすぐにばれてしまう。穹としてもそんなリスクを背負ってまでこの会社に尽くすつもりはない。
この会社は対応は終わりだ。この先ここがどうなっても穹の知ったことではない。この会社に何か損が出るわけではない、ただ情報を勝手に抜かれてるだけであって乗っ取られてるわけではないのだから。改善がみられる、今後の再発防止に役立てるためにルール化を求める文章を作って提出した。
バイトも終わり帰り道、駅に向かって歩いていると巨大な広告塔が目に入る。相変わらずアンリーシュのイベント告知と、今までまったく意識してこなかったがアリスのお茶会の告知もそれなりに多い。アンリーシュは人気ユーザーがCMをしているが、アリスのお茶会はアリスのキャラがCMをしていた。アリスと言っても鏡の国のアリスをかなりアレンジしているものだ。アリスだと言われなければただのバーチャルアイドルだという認識しかない。
広告塔の中のアリスは楽しそうに踊っている。他にいるキャラは知らないが、おそらく鏡の国のアリスに登場するキャラのデフォルメされたものだろう。曲に合わせてアリスが踊り、手をポンと叩く仕草をすると町中に鳩や花びらなどが舞い散った。おそらく複合現実であるMRだ。それを見ている町中の人はその光景に喜んでいるらしく子供ははしゃいでいるのが見える。
まるでアリスが手品でもしたかのような演出だ。鳩、花びら、風船、いろいろなものが飛んでいる。その中を突っ切っていき、風船の映像を通り過ぎた時だった。
「……蝶」
【いるのですか】
「ああ」
周りの誰にも聞こえないようそう呟けば音声を拾ったシーナが反応する。穹の目の前に数匹の蝶が舞っていた。一瞬MRかと思ってしまいそうだがあの蝶の形には見覚えがある。間違いなく何度も見かけてきた、人工知能に引きずり込まれる蝶だ。それを不自然にならない動きで避けて通ると携帯端末が勝手に立ち上がり通話アプリの起動が表示されている。
「シーナを通してないのか、直接機器につなげてくるとか器用だな」
【ハッキングの形跡は現在もありません。穹】
「さあて、誰かな」
通話や通知はすべてシーナを通す設定になっている。それを一切無視してきたのだから、穹個人の端末をハッキングしてきたということだ。心当たりが多すぎて絞り込めないが、それだけのことができる者なら無視するわけにもいかない。
アプリを起動すると知らないIDだった。おそらく使い捨てだ。無言のままアプリを動かしてチョーカーのイヤホンを使用する。
『今、蝶避けたでしょ。やっぱり見えてるんだ』
若い女の声だ。どこか楽しそうに言う様子は面白いものを見つけたというような雰囲気だった。この声には聞き覚えがある。それが誰なのか分かった瞬間すっと目を細めた。
『店頭に来た客はだいたいわけありだけど、型の古い物を使いたいなんて若者はまずいないんだよ。自分の行動が少し目立ってるって自覚するべきだったね、穹くん?』
「客の情報勝手に探ってんじゃねーぞ」
まったく目は笑ってないまま口元だけゆがめてそう返事をした。たしかに彼女の言う通り、油断していたと思う。これだけわかりやすいヒントがあったというのに。化粧して衣装を変えていたとはいえ、コスプレしていた告知も見ていたし本人と対面していながら気づかないとは。沙綾型の時と立場が逆になってしまった。
シーナのボディを買いに行ったあの店、そこの店員。まさか彼女が。




