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アンリーシュ  作者: aqri
大海の一滴
60/105

9

 翌日、石垣から金をもらう約束になっている日がやってきた。穹が指定したのは午後2時のカフェだ。こういうやり取りがある場合最も嫌われる時間である。店は防犯カメラもあるし他の客の記憶にも残る可能性がある。穹にとってもリスクだが、世間一般で見るやましいことがあるのは石垣の方だ。むしろ記録に残ってくれる方がありがたい。


 今時紙幣は使わない。現金、と言ったら使い捨てのプリペイドだ。振り込みや金の動きは一度に動かせる金額は制限がかかっている。税や資産の関係上、個人同士の高額な金の振り込みは禁止されているため上限額をいじったプリペイドのやり取りはよく使われる。穹は石垣に顔を見られているし店の場所も知られている。行かないというわけにはいかない。

 時間になり石垣は来た。ただし同行者を一人連れて。穹は表情を変えなかったが内心ではやはり来たかという思いだった。半々の確率だった、石垣がもう一人連れてくるのは。おそらく今回の一件で石垣が交渉下手なのは協力者にもわかったはずだ。だからネゴシエーターのような者は連れてくるのではないかと思っていた。


 連れてきたのは石垣や穹より少し年上の男性だった。おそらく20代後半くらいだろう。ラフな格好をしているが社会人だろうなというのは雰囲気でわかる。規律の厳しい社会に出ている人間というのは態度や空気が違う。まず第一に、というよりこれが最大の特徴だが。作り笑いがとても上手い。

 穹からは何も言わず興味ない様子を装って携帯端末をいじり続ける。二人が席に座ったが見向きもせず、一言「金」とだけ言う。態度を悪くすることでとっつきにくい印象を与えているのだ。ここから相手がどういう話術で交渉してくるかを見たかった。手ごわいのか、大したことないのか、重要なポジションなのか、ただの駒なのか。石垣は隣の人物を知り合いで話があるから連れてきたと言っているが相槌も返さなかった。

 穹の無反応さに一瞬石垣の表情が険しくなったようだが一枚のカードを取り出した。プリペイドではない、おそらくバンクの口座カードだ。金を払うためにわざわざ口座を作ってきたらしい。


「ナニコレ?」

「念のためだ。地方銀行なら口座作るだけだったら誰でもできることだし使わなくなっても調べる奴もいない。俺の金がまっとうな金じゃないことくらいもうわかってんだろ」

「ふうん」


 カードにあるICチップをシーナの前にかざすとシーナが眼の部分からICチップを読み取り内部情報を確認する。パスワードを石垣に確認し入力すると口座の詳細から預金金額まですべて開示された。そこには確かに穹の言っただけの額が入っている。


「じゃあそろそろ僕がしゃべってもいいかな」

「いいよ、好きなだけしゃべりな。じゃあ俺は帰るわ」


立ち上がると男は表情を変えないまま本当にそのまま言葉を続ける。


「アンリーシュの運営に関わる会社を調べていてね、人を平気で死なせているところなんだよ。証拠が集まれば法的手段を取ることができる。協力してくれないかな? 香月潤の店によく来ていた少年」


その言葉に動きを止めて目線だけ男に向ける。男は穹を見ようとせず、誰もいない正面の席を見つめるだけだ。


―――なるほど、これはかなり手ごわい―――


大きくため息をつき、男の目の前に座り直した。石垣は驚いて穹を見ているようだ。


「で?」

「何故君を知っているのか、については簡単だ。君は知らないだろうが僕は香月と知り合いでね、二度程君を見かけたことがある。自分じゃそんなつもりなかっただろうけど、あんなところに子供が来ていると目立つんだよ。石垣が面倒な相手に交渉しなければならなくなったと泣きついてきて、こっそり撮っていた君の顔写真を見て驚いたってわけだ」


 隠し撮りの事をあっさりばらし、穹は表情を変えなかったが石垣はぎょっとした様子で男を見る。話すとは思っていなかったのだろう。穹からしてみれば隠し撮りは当然だ。とっさに録音、録画はできるようにしているのは穹も同じなのだから。


「香月が亡くなったのは知ってる。安藤という常連客がいたんだが殺人犯として逮捕されていたよ。店はもうやっていないし、君ももう行っていないだろうけど。いろいろ複雑だったんだよ、あの店は」

「その店主とアンリーシュが関係あるってのか?」


穹が話に乗ってきた事に満足そうに笑うとやっと飲み物を注文する。長丁場になるということだ。


「あの店の店主は娘を、殺人犯となった安藤も嫁をアンリーシュの前身であるグロードというコミュニティサイトの大きな事故で亡くしている。一般的には事件は暗闇の中、真実はわからないままだ。でもここの運営会社が関わっていたのは間違いない。だから探りたい」


黙って聞いていた穹は少し考えてから口を開いた。今、ピアノ線の上を歩いているような心境だ。ここで情報のやり取りを間違えるととんでもないことになる、たぶん。


「二つ聞いていいか」

「どうぞ」

「店主のおっさんは何で殺されたか知ってるのか」

「仲良かったのかな?」

「仲良しってほどじゃねえよ。まあ、ちびっとは可愛がってもらったと思ってるけど」


 嘘は言っていない。店主が穹を気にかけていたのは間違いないが、今思えば穹自身も店主になついていたのだ。自覚はなかったが。

 この男が何者で、どこまで知っていて何をしたいのかが全く読めない。絶対に味方ではないので気を許す気はないし油断できない。


「二つ聞きたい、と言ったけどもう一つは僕は何者なんだ、で合ってる?」

「……」

「もしそうならまとめて答えるよ。当時グロードをやって意識不明になった後亡くなったのが僕の父だ」


意外な言葉に穹は素直に驚いた。まさかそう来るとは思っていなかったというのが正直なところだ。


「え、そうだったんですか」


石垣が驚いて声を上げる。男は石垣の方を向くとうなずき、だからずっとアンリーシュを探っていたんだよと説明した。


―――敬語か。年上に敬語を使うタイプじゃないし、尊敬してるってことか。石垣みたいなのが尊敬するなら、この男ハッカーかアンリーシュの上位者ってとこだな―――


「あの店は当時の被害者家族が集まっていた。香月は何か知っているような感じだったけど結局教えてもらえなかった。香月が亡くなった理由はわからない、安藤が殺したってことで逮捕された以外は知らない。僕はアンリーシュをやっていて石垣とバトルで遭遇した。まあ無茶なやり方やってたから石垣は目立ったし。優秀だってわかったから彼には最初はこちらから依頼する形でたまに調査を手伝ってもらっていて、一度会ってからは付き合いが続いている」

「ちょっと……」

「いいんだよ。もう今更だろ、こういうのは話しておいた方がいい」


 石垣との身の上話をし始めたので石垣が抗議の視線を送ったが、男は平然としている。

良い判断だと思う。ここで下手に隠したり嘘を突いたら不信感を募らせるだけだ。嘘をついているかどうかは石垣を突けば簡単にぼろが出るのを見越しての事だろう。石垣が驚いているところを見ると事前打ち合わせをしていないようだ。


「ただ香月の死因、安藤が殺したものじゃないという可能性もあるんだよ」


 のせ方が上手い。穹が香月を慕っていたとわかったからこそこういう言い方をしているのだ。この男の言っていることが本当だとは思わないが、ここまで知っているのなら間違いなく深くアンリーシュに関わっている。


「間違いなく二人ともアンリーシュの事を探っていたはずだ。それを知られて香月は殺されて安藤が犯人に仕立て上げられた可能性もある。グロードの事件が起きた時は警察もはっきりと動かなかった。内部に息のかかった者がいるか、圧力がかかったんじゃないかってほどに。君にも手伝ってほしいんだ、アンリーシュの調査を。金は払うよ」


―――あるわけないだろ、そんなこと。20年前の事件に今も圧力かける年寄りがそうそういるか―――


 穹がのってくると思ってこういう言い方をしたのか、どちらかというと相手も穹の反応を探っているのだろう。穹は情にあついのか、クールなのか、バカなのか。穹本来の考えではここでこの話終了にしているところだ。今考えたように、20年経ってもまだ事件をもみ消そうとしている者がいるとは思えない。穹が殺人現場に行っていたことを知らないからこその駆け引きなのだが、例え穹があの現場に行っていなくても今の話が出た時点で興味をなくしていた。しかしここはそれを出すわけにはいかない。

 わざと視線をそらして考えるそぶりをしてから、いかにも興味ありませんというわざとらしい態度でぽつりとつぶやいた。


「一応、覚えておく。でもそっちを調べる気はない。知り合いってだけでそんな面倒ごとに関わる気はない」

「そうか。まあそれはそれでいいよ、こっちで調べる。ただ、考えておいて欲しい。これ以外で調べたいことは他にもある。石垣と僕、あと数人知り合いはいるけど手が足りないんだ。連絡先はこれ。あと、言い忘れてたけど僕は常磐という。その気になったら連絡して」


 紙に書いたアドレスを置くと石垣を促して席を立った。たぶん石垣は穹を仲間に加えようとしていることには反対のはずだ。それでもあの場で異論を唱えなかったのは常磐に気を使ったから…というより、言えなかったという方が正しいかもしれない。


【なかなかやりづらそうでしたね、穹】

「ああ。ありゃ敵に回したくないタイプだな、敵だけど」

【敵ですか】

「例えあいつの言ってることが全部本当でアンリーシュを調べてるんだとしてもだ。石垣は完全に駒になってるし、人心掌握が上手そうだ。真実すべてを話すわけでもないのに普通は隠そうとするところを全部話す。あれしか言わなかったけどたぶん俺の事も相当調べてきてる。だから香月さんの話をしたんだ、のってくるって思ってる」


ここでのってやるかどうかはまだ迷っている。どちらかと言えば今は常磐はアンリーシュ側ではないかという思いの方が強い。


【彼はフィッシャーかキャプチャーなのでしょうか】

「それはわからん。そうでもそうじゃなくても味方じゃないしお友達にもなりたくない」

【本音は】

「ああいうタイプ苦手」

【そうだと思いました】


 自分の本音を絶対に表に出すことなく自分の都合のいいように物事を運ぶ。人を使うのがとてもうまい、上に立つ人間の特徴だ。20代のようだがおそらく部下が多くいるか、ずっと昔からこういう風に人を使ってきたか。果たして彼に穹はどう映ったのだろう。香月を慕っていたのは本音だったが、最後の興味なさそうな演技を演技と見抜かれた可能性はある。香月の事件が本当は気になっている、というのを装いたかったのだが香月の詳細を知っている常磐自身に興味が移ったことを悟られたかもしれない。

 その気になれば連絡してくれといっていた。穹がアクションを起こさなければ常磐からの連絡はもうないだろう。今はまだ、連絡をするともりはない。この先おかしなちょっかいがどこからもなければの話だが。

 穹も店を出ててきとうに時間を潰しながら家に帰ることにした。今日は特に予定もない、シーナのボディもほぼ完成したので今急ぎでやっておくべきことは特になかった。


「そういやシーナ、昨日調べてもらったやつどうなった」

【まだ途中ですが、今のところ穹の言った条件にあてはまるものは見つかりませんでした。ただ、私が探せる範囲ですのでこれがすべてではないと思います】

「要するに表立った情報だけってことだな。これで俺が探して見つかったら間違いなく黒だ。そういう部分を消されてるってことだから」

【そこが黒だと具体的にどういう事になるんですか】

「人工知能ってのはどんなものでも存在に必ず役割と意味がある。先に達成するべき目標があってそれに向かって学習する。だから、学習の工程ってのは誰が見てもわかりやすい物じゃないと意味がない。あのアリスのお茶会は質問の意図がわからない。例えばシーナ、お前ならどうこたえる。全部言ってみな」

【そうですね。私は飲食をしないのでコーヒー紅茶の質問は答えられません。結婚離婚に関しては、離婚した相手とは相性が悪かったから、再婚した相手は最初の相手と別人だからではないでしょうか。鳥については不明です、感情がないので。月と太陽は無回答です。好きも嫌いもありません】


予想通りだ。これこそ人工知能の答えなのだ。事実しか言っていない、事実しか分析材料がない。


「人だったら必ず感情が入る。模範解答はコーヒーと紅茶は好き嫌いのエピソードがついた記憶が強く作用するから好きなものを選ぶ選択肢が生まれる。それが好きだから飲んでるっつーより、それを飲んでた時に良いことがあったか悪いことを忘れることができたからだ。離婚再婚はシーナの回答でほぼ合ってるが、そこに期待が入る。次こそは、この人こそはってな。自分の人生を左右するんだ、誰だって未来に期待っていう投資をしないとやってられないだろ」

【期待を投資と表現するのが穹らしいですね】


 それを言うならシーナが以前使った後悔の使い方を間違えるなという表現も面白いと思う。自分では気づかなかったが、シーナのこの表現の仕方は穹の考え方そのものだ。

 いや、穹より先に使ったのだから違う気がする。穹の考えとシーナの考えが、他の誰かに似ているのかもしれない。穹とシーナは13年前から一緒にいるが、シーナが起動した15年前からの空白の2年間を一緒に過ごしていた可能性はある。その時の名残なのではないか。


「鳥についてはその鳥にどんな感情を抱いていたかで個人によって回答が変わる。個体識別してたなら代わりはいないだろうし、鳥を鳥として捉えていたなら特に気にしないだろう。いかに自分の都合を相手に押し付けて自分の都合のいいように妄想してたかってことだ。月と太陽も同じ、思い出や感情が入るから好き嫌いがわかれる。主婦なら洗濯ものがよく乾く太陽ってこたえるだろうし、夜勤が多い奴や天文学が好きな奴なら月って答える。人工知能がわからない部分、学習しなきゃいけない部分は“感情”だ。この質問は全部、人の感情を試行錯誤するための質問に見える。理由を説明しないと答えられない質問の意味ってのはそういうもんだろ」

【なるほど、言われてみれば確かにそうです。私たち人工知能は事実を事実としてしか受け止められません。そこに感情が入らないので、人はその時どう思うかを知っていきます。つまり、これはアリスの成長のためのコミュニティなのですね。だからアンリーシュとかかわりがないか調べたのですか、よく似ているから】

「人工知能を一般に公開して成長させるならユーザーにそういう説明が必ずあるし選ばれた奴しか関わらせないはずだ。不特定多数の相手から学習させるのは危険だからだ、何教えられるかわかったもんじゃないからな。それをやってないってのはそんなこと関係ない、つまり余裕で処理できるってことだ。そんなのスパコンでもないと無理だろ」


 それができるのだとしたら、アンリーシュだけだ。もしアリスのお茶会とアンリーシュが繋がっているとしたら、アリスのお茶会はアンリーシュとは違った意味での次世代型の成長の場という事になる。アンリーシュは思考と思考のぶつかり合いだ。スピードと戦略が求められるので人工知能が学習しやすいジャンルとなっている。

 しかし人の感情が多く含まれるコミュニティというのは非常に柔軟な処理を求められる。シーナのようなパートナー型は持ち主を一人と定めているから成長できるのであって全く違う意見の人間の意見を複数取り入れると選択肢が増えるだけで学習までいかなくなってしまう。沙綾型がその典型だった。


「もしかしたらアリスのお茶会だけじゃないかもしれない、こういうコミュニティは。もし複数存在していたら、アンリーシュはとんでもないスピードで人を学んでいることになる。無茶苦茶効率はいいけど、間違いも生まれやすい」


 そこまで言ってふと疑問が浮かんだ。もし次世代型が学習することをし続けているのなら、グロードの時のクラッシュは何故起きたのか。もちろん初期型人工知能たちのクーデターだったが、それを手助けしたのは次世代型だと宵は言っていた。それをすることによる次世代型のメリットはなんだったのか。当時コミュニティサイトを放棄しておいて今それをする理由は。

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