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アンリーシュ  作者: aqri
大海の一滴
52/105

1

翌日バイトへと向かい、目的の人物へと挨拶をした。


「おつかれーっす、ジンさん」

「おう」


 ジンは暁が来る前に一緒に店のチェックをした、沙綾型が開けたセキュリティの穴を最初に見つけてくれたこの店一番の古株だ。穹が来る前は店長とジンが機材や設定のメンテをしていたらしい。穹がそこに加わってからは主に機材自体のメンテを行っている。データ上の管理よりも実機をいじる方が好きらしく穹が入ったときはやっと面倒な作業から解放されたと喜んでいた。


「ジンさん最近見ませんでしたね」

「掛け持ちしてる方のバイトが忙しくって。まあこっちは店長とお前いるし、ほっといても平気かなって」

「最近は変な客も変なこともないので楽でした。この間死んだ客がいた席は妙に人気になって予約制になってますよ今」

「オカルト記事になったせいだな。気味悪がられるよりはいいんじゃね、料金割り増しにしてるんだろ?」

「もちろんですよ。予約とかそういう制度ないから手間賃として設定しました」


 てきとうに話しながら店用の制服に着替える。荷物をロッカーに入れてシーナはバックヤードの傍らに置いた。パートナーは持ってきていいことになっているので皆自分のパートナーをバックヤードに置いている。その中に見覚えのないものがあった。


「あれ、ジンさんパートナーのボディ替えたんですか」

「ああ、ガワだけな。中身は替えてない」

「前のやつかっこよかったですけどね。何でそれにしたんですか」


 ジンのパートナーは生き物の見た目ではなく携帯端末だった。家電や生活の補助的な役割を一切つけない代わりにオンライン面でのサポートがかなり充実しているタイプだ。コンピューター関連に強い人間はそれを選ぶことが多い。時間が経つとホログラフで水時計が映し出されるインテリア機能もあったものだったが、今そこにあるのは小型犬のボディだった。


「持ち歩くよりは自分で動いてほしいっていうのと、いい加減俺も癒しが欲しい」

「あー、別れたんでしたね」

「お前は自然に人の傷を抉るよな」


 ジンが付き合っていた恋人と別れたのはバイト仲間の間では有名な話だった。何せその恋人はしょっちゅうジンに会いにこの店に来ていたのだ。それがある日突然来なくなったのだから破滅的に察しが悪くてもわかるというものだ。


「いいじゃないですか、どうせたいして気にしてないんでしょ」

「まあな。結婚しろってウザかったから別れたこと自体はいいんだ。でもペットっぽいのが一つはいてもいいだろ。毛並みとかリアルだし、じっとしてりゃ可愛いぞ」


そういうと小型犬を振り返る。見ればシーナが近づき挨拶をしているところだ。


【こんにちは、扶桑】

【シーナか、15日ぶりだな】


聞こえてきた声は愛らしい見た目とまったく似合っていないテノール、無駄にイケボだった。朗読でもさせたら心地よい響きになるに違いない。


「前の見た目なら違和感ないけど今は違和感しかないんですけど」

「パピヨンの見た目であの声ってのが面白いんだろ」


声はいくらでも設定を変えることができるのだがこのままで使うらしい。声は前のボディに合わせて低めに設定していたのだが、小型犬の見た目でその声はミスマッチにも程がある。


【ジンの意向でボディが替わった、自走できるからなかなか便利だ】

【飛べるのも便利ですよ】

【このボディには他にも機能を搭載していて4.8kgある。飛行ユニットの能力に適していない】

「適してたら飛ぶんだ……」

「何のために四つ足のボディにしたと思ってんだアイツ」


つっこみ不在の人工知能同士の会話を聞きながらバックヤードを出た。パートナーのボディの話が出たのは幸運だ、この流れなら違和感なく投げかけができる。


「あのボディって最新じゃないですよね、いつのですか」

「5~6年前のかな。廃棄寸前でたたき売りされてたから買った」

「どこで?」

「俺の知ってる店だけど、何。シーナのボディ替えるのか」


シーナを初めて店に持っていったときは全員から「何それ、鳥?」と聞かれた。ついでに10代男子が持つにしてはえらく可愛らしい物体だったのでからかわれたりもした。


「んー、まだ考え中ですけど。いい加減性能古いし、もうちょっと容量多いのが欲しいなって思って。でも最新だと今までのリンク設定全部インストールからし直さないといけないから俺も型落ち品でいいかなって」

「性能良くするよりも機能増やせよ」

「俺パートナーに日常の補助求めてないんで」


それはわかる、と当たり障りない会話をしながら機材のチェックに入る。データのチェックは穹が、機材のチェックはジンが行っていく。一日だいたい2~3人をシフトで回しているので今はジンと穹だけだ。


「ま、店は教えるから買ってみろ。俺が買ったのはオンラインショップだけど、直接見たいなら他の店も知ってるし」

「おすすめは?」

「目利きに自信あるなら直で見た方がいいかもな、オンラインはピンキリが多すぎる」

「んじゃ、店頭販売の方教えてください」

「後で地図送っとく」


 簡単にチェックを済ませて準備は完了した。個室になっているので見る量が多いのは大変だが、開始と終わり時のチェックさえしてしまえばあとは日中それなりにヒマだ。何せゲームをしている客は個室から出てこない。さすがにトイレには立つが、それ以外はずっとゲームをしているのだ。

 個室内には小型のドリンクバー機材と軽食の販売機もあるので注文を受け付けることもない。そもそも来店の受付も体内チップによるゲート通過時のチェックのみ、ゲーム中にフリーズしたりトラブルがあったときはコンソールからの遠隔操作で解決するので、客と対面すること自体が今は稀だ。せいぜい客が使い終わった部屋を片付けるだけなので一日の業務はだいたいが掃除となる。このバイトを始めてから穹は掃除がとても上手くなった。


 店が始まり掃除がない間は監視カメラ映像を見るのが仕事だ。ちゃんと店には個室は監視カメラ使用を掲示しているので変な行動を見せた客は対応する。トラブルになることもあるので基本的にこういう接客業は口が上手く多少体力がある男性が選ばれることが多い。

 穹は面接を受けた時見た目の小柄さから迫力ないかなあ、とつぶやいた店長の目の前でテーブルを蹴り折って見せた所採用となった。初給料は折ったテーブル代が天引きになっていたが。店長も普段ふにゃふにゃに見えるが酔った客を笑いながらどこかに連れて行きそのまま一人で帰ってきたのだからあなどれない。ちなみにその客は二度と店に来なかった。


 少し前は「お客様は神様」というような風潮が日本にはあり常に店やメーカーが謝罪する側だった。無茶や悪質なクレーマーがいたが、いつのころからか店の対応が謝らない、深追いしない、その場で済ませるというふうに変わってきた。

 安全な国である日本に旅行する外国人観光客が増え、自国と日本のセールスマナーの違いを指摘されることが増えていった。海外では客と店は対等で、日本のようにすぐに謝罪などしていなくてもちゃんと運営ができているとわかると日本側の意識が変わり始めた。各社営業が海外へマーケティングの強化に勉強しに行くことが一時期流行ったのをきっかけに日本の対応の仕方が徐々に変わっていったのだ。


 最初は客から反発もあったようだが、くってかかっても無駄だと客もあきらめるようになり接客においてトラブルは減ってきている。店も弁護士を雇うのが当たり前になり、それが接客業全体に広がった今の世の中、騒ぎ立てた方が負けだ。客側は個人で弁護士を雇うしかないのでかなりの高額になるが、企業は会社として顧問弁護士がいるので費用がある程度抑えられる。少し波風を立てれば全力で叩き潰しに来るのだ。


 店が始まってから昼頃までは特に何もなく店番をしていた。午後になり新たに来た客を見て穹は動きを止める。見覚えがあったからだ。

店に侵入しようとしてきたあの男だ。帽子やサングラスで顔を隠すこともなく堂々と顔をさらしている。あれだけの事をしたのに店に普通に来るのなら間違いなく穹に用があるのだろう。しかも男は席を予約していて、その席は死人が出たあの席だ。

 店に侵入しようとした客がいたことは実は店長にも言っていない。穹が特殊体質であることも言っていないし、何がほころびで穹の個人情報がアンリーシュ側に漏れるかわからないからという配慮からだった。実際小者のようだったので報復に来たり店に嫌がらせをする可能性は低い。


 その後男はゲームをするが、トイレに何度も立ったりインターホンでパソコンの設定について聞いてきたりと少し挙動不審な行動が目立った。穹がいるかどうかわからないので、あえて目立つようにしているのだろう。監視カメラに残るように行動しているようだった。インターホンの問い合わせは常にジンに対応してもらい直接の会話は避けた。

 ジンもこの客はちょっと怪しいという事に気づいたらしく個人情報リストにチェックを入れておく。チェックされた客は要注意、トラブルを起こす可能性があるという事だ。これは店長をはじめ全バイトに共有される情報となる。

 帰りに待ち伏せをするわけでもなくわざわざ店に来てこんな行動をしているのだから、穹から接触をしてほしいのかもしれない。一見するとそれほど不自然な行動には見えないし、他の誰にも知られずに接触したいというところか。となるとあの部屋を使い終わったら必ず何かメッセージを残すはずだ。


(ま、スルーだな)


 何か目的があるようだがそんなことは穹の知ったことではない。用があるのならそっちが来いというものだ。2時間ほどして男は店を出た。帰る前にやたらと機材をあちこち触ってから出ていったのでメモでも残したのかもしれない。


「んじゃ、俺掃除行ってくるから次の客スタンバイよろしくな」

「ういーっす」


 ジンが部屋の掃除に立ち穹は次の予約客の誘導を受付のパネルに表示する。次いで男が使っていた部屋のパソコンを遠隔操作でおかしなところがないか一応チェックを入れた。ウィルス感染、設定変更されていないかを確認しゲーム履歴をリセットする。ちらりと履歴を見たがアクセスしていたのはてきとうなフリーゲームがいくつかだったのでやはりゲームをやりに来たわけではなさそうだ。

その後は特に何もなく仕事は進み閉店時間となった。後片付けを済ませ翌日の準備をすると、ジンから送ってもらった店の情報をチェックした。


「そんなに遠くないんですね」

「電車で一駅、駅から近いからすぐいけるぞ。今日行くなら最後の締め俺やるけど」

「んー、そうですね。じゃあこのまま行ってきます。あとお願いします」

「おう」


ひらひらと手を振りながら売り上げなどの締めを始めるジンに頭を下げ、お疲れ様ですと声をかけてから店を出た。一応外にあの男が待ち伏せなどしていないか注意して見たがどうやらいないらしい。シーナには休憩中にこの事を話してある。


【その男は何故穹に会いたいのでしょうか。弱みを握られているからでしょうか】

「どうだろうな。だったらあんなまだるっこしいやり方しないで待ち伏せすると思うけど。まあそれなりに大事な用事なら無視しておけば痺れ切らして直接会いに来るだろ。スタンガンでも買っておくか」

【穹の場合あまり近距離武器は必要ない気がしますけど】

「俺だって殴る蹴るすれば痛いんだよ」


 その後店に着きいくつか物色したがこれという物がみつからずしばらく迷っていた。正直どれでもいいのだが、最低限今使っているヘッドセットと同期できることと、シーナの今のボディとリンクできることが条件だ。今のボディより性能が劣る物はないのでそこは見つけやすいのだが、いかんせん性能が良すぎて思いとどまってしまう。


 その一番の理由はやはりモジュレートだった。穹が起こすモジュレートではなく、機材が起こす通常のモジュレートである。せっかく設定を切り離しているのに調整されてしまってはたまらない。ハードディスクとサブボディ、他にも外付けの道具で機能を分ける必要がある。最終的には自作するしかなさそうだ。結局中古の追加機能パーツなどをいくつか見繕って購入した。

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