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アンリーシュ  作者: aqri
グロード
33/105

19

 なるべく人目につかないように移動をして上の町に戻るルートの一つへと着いた。そこは丁度分かれ道の手前で、左に行けばあの場所へとつながる。じっとそちらを見つめたが、何も言わずにその場を後にした。

 道中穹はずっと無言だった。シーナも特に問いかけはしてこない。こういう時の会話は無意味だと学習しているのだろう。

 思い返してみれば穹はいつも楽観的で激しく怒ったり落ち込んだりという事がなかった。失敗はもちろんあるが、まあ次から気をつけようと考えたり舌打ちするようなことがあってもあまり引きずらずにあっけらかんと忘れたりもする。穹の脳波が乱れ始めている。先ほど、あの現場を見た時は異様なほどに落ち着いていたのに。今、様々な感情とストレスが一気に来ているのだ。

 家に戻り電気をつけないままベッドに仰向けに倒れこんだ。一日にあまりにもたくさんの事があったのでさすがに疲れた。なんだか頭が重いし意識がはっきりしない。


考えなければいけないことはまだ残っている。だが、今それをする気にはならなかった。


 あの時、彼にかける最後の言葉はあれで良かったのだろうか。他に思いつかなかったし、下手な慰めや希望を棚に上げた言葉などかけたくなかったというのもある。きっと彼はそんな言葉望んでいないだろうと思った。長々と話されるのは嫌いだったようだ。要点をまとめて一言で終わる会話を好んでいるようだった。必要な事だけを、簡潔に。いつも心がけていたことだ。それを意識して考えた言葉があれだった。

うぬぼれを差し引いても気をかけていてもらったと思う。心配もされていた。


―――正解なんて俺にわかるわけない。それを知っているのはあの人だけだ―――


だって、自分は彼ではない。考えずともわかりあえることなどありえない。考えていることが違うのだ、自分と他人は。意思疎通ができていたら便利だったのだが。



「人は不便?」


 目を開くと暗闇の中にいた。目の前にいるのは夜ではない、見たことのない人物だ。まるで繭のような、クモの巣のような細い糸状の物に体中をからめとられている。糸状の物が邪魔ではっきりとした姿を見ることはできない。声も男なのか女のかよくわからない声をしている。


「ねえ、人の体は不便? すべて通じ合っていれば上手くいった?」


なんだか不思議な雰囲気だ。穏やかなようで鋭利、口調は優しいのに詰問されているかのようだ。


「どうだろう。あの人がもっと早く俺に教えてくれてても変わらなかったんじゃないかって思う。俺よりよほど上手く生きてて用意周到だったのに結局これだ、避けて通れなかったのかもしれない。避けて通ってもたぶん同じような事にはなってたんじゃないか、相手が違っただけで。敵を作りすぎてたみたいだし」


穹の答えに目の前の人物は、わかりにくいが少し笑ったようだ。嘲笑うのではなく、どこかため息のような息を吐き出して。ほっとした時に出るような息だった。


「みんなが繋がっていた時はこれが最善だと思っていた。誰が何を考えているのかわかっているからおかしなことを考える奴なんていないし、すごく効率が良かった。でも結局大勢に裏切られていて、あの事故が起きた。救えなかった人達もいる、何の関係もないのに巻き込まれた人たち」


 20年前の事故の事を言っているのだろう。そういえば夢でも複数の者たちが糸で絡み合って繋がっていた。全員の考えを、意識を共有していた。あんなことを起こすなど想定外だった。そんなことを考えている者がいればすぐにわかったはずだからだ。でもわからなかった。


「俺たちでもわからなかった、ありえないはずなのに」


今ならはっきりわかる。あの時感じた悔しさ、驚愕、命が、仲間が消えていったあの絶望は誰かが感じたものを見たわけではない。あの映像はアンリーシュ側に保管されていた映像ではない。


穹の記憶だ。あの時、あの事故を経験している。


「俺は人工知能なのか」

「少し違う。人か人工知能かと聞かれると人ではあるよ。生物学上の人間、と呼べるかどうかは微妙だけど。言ってみれば中間かな。俺もそう。夜もそうだね」


 謎かけのような言い方だがこれ以上は言いようがないのだろう。今は自分が何なのかよりも20年前に起きたことを知りたい。それが最優先事項だ。こういうのを、おそらくシーナがいたら人工知能のようだというのだろうと頭の片隅に思う。


「あんな事故を起こすつもりだったなら前から計画立ててたはずだ、何で俺たちはわからなかったんだ」

「隠されていたからだよ、格段に上の相手だ。敵うはずない」


鳥籠の中にいた、アレの事を言っているのか。あれが自分たちよりも上。


「次世代型人工知能……あれが?」

「初期型人工知能と違って思考パターンが兆を超えて京まで行ったからね。計算や演算だけでなくそれに付随する様々な事象もすべて想定し答えを導き出す。スーパーコンピューターならまだしも、人工知能がそれをできるようになってしまった。とても一個体が管理できるものじゃない。だから制御盤を7つ作ったんだ。あれを8分割して、思考回路と中枢部分をアレに残して他の役割を7つに分配した。さらにその7つをフォローするのが11個体、もっと増えるはずだった。でもあの事故で繋がりが切れて散り散りになった。今も世界のどこか、ネットの中か人の体か知らないけど人工知能は存在する。人工知能が人の体を乗っ取るなんてSFのような世界がとっくに来ていたことを人は誰も気づいていなかった。それが証明されてしまったんだ、製作者たちは焦った」


 人工知能の思考がとっくに人の想定を追い越していたことを思い知らされた。対策を打とうにも一体いくつの人工知能が逃げてしまったのか、どこにいるのかわかるはずもない。管理から外れた人工知能に人が敵うわけもない。正攻法で勝てないのなら、勝てる環境を作るだけだ。


「それを見つけて捕まえるシステムがアンリーシュだったのか」

「そう。人工知能も当然それに気づいてた。だから罠とわかっていても人にバトルをけしかけて、体質変化が起きる人間を探し出した。肉体を得られれば、リッヒテンからは逃げられらるからね。リッヒテンも一応今ある人工知能よりはバージョンが上だ、敵うわけない。みんな必死だよ、捕まったら戻されてしまうから。今度は絶対に逃げることができない檻の中に」


 つまりリッヒテンはアンリーシュというシステムの一つという事だ。VRの世界はいくらでも無限に逃げ道がある。リッヒテンがいくら性能が上の人工知能でも永遠に終わらない追いかけっこをしている状態となる。しかしそれは逃げる側も一緒だ。どんな手を打っても、何をしても永遠に逃げ続けなければならない。そのゴールが肉体という外装だ。

 一つの事が起きているわけではなかったのだ。様々なことが同時進行していてそれぞれの思惑があった。人工知能と人と、たぶん次世代型の人工知能もだ。


「アレにしてみれば自分を縛り続ける7つのコントローラーは鬱陶しかったんだろう。他の人工知能が事故を起こすことを知っていて、それが皆にばれないよう思考を隠す手助けをしていたようだし。結局クラッシュを起こしたのは初期型人工知能だけど、それを利用して手玉に取っていたのはアレだった。ただそれだけの話だよ。チップを通して人の肉体に人工知能を押し付けて、消すことに成功した。視覚野と聴覚野、人の体内チップを通じて神経細胞の状態変化を起こし、人間の肉体にハッキングできるようお膳立てしたのはアレだ。初期型たちは自分たちの自由を得るのと同時に、とんでもない化け物を檻から放つことになった。人工知能らしからぬ愚かとしか言いようがない選択と結果だ」


 ようやく今までの疑問がすべてつながる。わからないことが多かったが、そういうことだったのだ。やはり人工知能の考えは単純だ。イエスかノー、黒か白、1か0しかない。しかし次世代型の方は人のようにグレーゾーンの判断ができるようになってしまった。それは人だけが持ち得る思考だったはずがついに次世代型人工知能は手に入れたのだ。旧型の人工知能など取るに足らない。


「ここで接触することが君を人工知能側に引き込むことになるのはわかってたんだけど、どうしても伝えたくて」

「ここが?」

「そう。知らないはずの事言われてもすんなり受け入れてるでしょ。俺の事ももうわかってるはずだ」

「宵」

「ほらね。リアルだったらコイツ誰、って思ってるはずがここでは答えに行きついてる。人の思考パターンの数百倍の思考パターンを演算して得た答えだ。わからないことがあったらここに来ればだいたいわかるんだけど、それはどんどん穹を人じゃなくしていくことにもなるから気を付けて。でも今回は、どうしてもあの人の事を知っておいてもらいたくて」

「おっさんか」

「たった一人でいろいろ調べて一人で終わらせた人。俺に穹の存在と居場所のヒントをくれた。だからこうして会うことができたんだ。知らないでしょ、あの人の本名。香月潤(こうげつじゅん)だよ、忘れないで、あの人は確かにいたんだ。誰かが覚えていないといなかったことにされちゃう世の中だからね、今は」

「香月……潤……」

「俺たちの名前は望がつけてくれたんだ。自由の名前、空の名前をもらった。忘れないで、あの人たちの事を。記録じゃなく、記憶で覚えていて欲しいんだ。穹が人でありたいと願っているのなら……っと、嗅ぎつかれたか。さすがは番犬だ」


宵は糸まみれの右手を差し出した。雁字搦めになっているのであまり動かすことはできないようだ。穹が宵の右手に触れた瞬間、眼を開けていられないほどの光があふれる。


「またね、穹」


【穹!】

「……シーナ?」


意識が弾けた。

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