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店まで来ると誰もいなかった。少し周りを見れば、閉まっていたはずのドアがほんの少し開いている。近寄ると中から言い争うような声が聞こえた。聞き覚えがある、先ほど見た常連客たちだ。そのうちの一人は店で穹にグロードの事を教えてくれた男だった。どうやらパソコンを見ているようで何もない、データが消えていると言った事を騒いでいるようだ。まるで癇癪を起こしたように物を派手にぶつけるような音までする。
「見ろ、もう手遅れだったじゃねえか! てめえらがノタノタしてっからだ!」
「やかましい! 自分は悪くねえみてえに言ってんじゃねーぞ!」
「もう何もわからねえよ、どうすんだよ! せっかくここまで来て……やっと掴んだ手掛かりだったんだぞ!」
―――あの人から何かを聞き出そうとして口を割らないからこっち調べに来たってことか。無口だったからな、あの人―――
最初からそれが狙いで店に通い詰めていたのだろう。どこにでもある小さな店の和気あいあいとした関係ではなかった。店を大掃除した時皆が率先してやっていたのも店の中の物を把握しておきたかったからだとしたら。何か目的があって近づいていて、探られていたのだとしたら。だから穹にしかわからない方法でパスワードを託した、他の奴らに知られないように。
ドアから離れ店の前に移動した。シーナが不思議そうに穹を見上げているが黙ったまましゃがんでシャッターを掴む。
【穹、待ってください】
シーナの制止を無視して渾身の力を込めて思い切りシャッターを開けた。上に放り投げるように手を離せばシャッターは収納され店の前面が解放される。男たちは3人で皆間抜けな顔をしてこちらを見ていた。まさかシャッターが開くとは思っていなかったのだろう。しかも開けたのは穹だ。
「お前……」
今彼らはいろいろな考えを巡らせているはずだ。何故自分たちが店の中にいて店主のパソコンをいじっているのかなんて説明しようか、何故穹がここにきてシャッターを開けたのか、言いたいことと聞きたいことの整理整頓をしているところだろう。
だから先手をしかけた。
「おっさん拷問して殺したのあんたら?」
直球でそう聞けば全員の顔が引きつる。こんなところで何をしている、と言ってくると構えていたはずだ。
「何でそこまで知ってる、どこまで知ってる、バレてるじゃねえか、やばいこいつどうしよう殺すしかないかな、とか思ってるんだろうから一応答えておくわ。ほぼ何も知らないしお前らに殺されるつもりもねえけどこれだけは確認しておきたくてな。何であんなことしたのかなーって」
まるで世間話でもするかのように至って普通の口調だ。それがなおさら奇妙に映っているのだろう。男の一人はまるで化け物でも見るかのように怯えた様子で穹を見ている。店内は暗く外の方がまだ明るい。逆光になって穹の表情は見えないだろう。
「お、おれは殺してねえよ!」
怯えた様子の男が悲鳴のようにそう言った。他の男が馬鹿野郎、と遮ろうとしている。
―――ああ、こいつが使えるな―――
「でも死んでた。両足折られてたし顔面は鼻の骨とか歯が折れるほど殴られて」
「それは」
「たぶん肋骨とか腕とかも折れたんだろ。素手じゃ無理だよな、なんか鈍器でも使ったのか。年寄り一人相手に3人で」
「だって」
「最後は頸動脈切断とか、どんだけ頭イカレてたらあんなことができるんだ」
「違う! 殴ったけど殺してな」
「黙れって言ってるだろうが!」
「最後は自殺だよ!!」
怯えた男を遮るように怒鳴った男とは別の、最後の一人がそう叫んだ。
自殺。その単語がやけに大きく突き刺さる。
「おい!」
「てめえはもう黙ってろ、怒り任せにぎゃーぎゃー喚くことしかできねえなら今すぐ消えろ。手がかりを前に何もできませんでしたって、墓前にそう報告でもしてこい」
―――墓前。誰か死んでるのか。死んでる、被害者。クラッシュ事故の被害者家族? 同じ被害者家族同士、同じものを調べようとしていて、あの人は違う答えにたどり着いた。こいつらはたどり着かなかった。だから……―――
何で隠そうとするんだ。アンタだって孫亡くしたんだろ、おかしいじゃねえかあの会社は。
流歌はずっと流産繰り返してて。やっと授かった命だった、幸せだったんだ。なのに突然死んで、誰も責任とらなくて。ゲームだけ続いてやがる、誰も何もなかったことにしようとしてやがる。許せるかそんなこと
アンタは何を突き止めたんだ、何で何もなかったようにしようとするんだ。悔しくないのか、孫を殺されて。
アンタも……テメエも、あの会社と同じってわけかよ。家族が死んだのによくわからないから仕方ないで終わらせるのか。そうか、テメエあの会社からなんかもらったんだろ? 金か、口止め料でも貰ったのか。ふざけるな、ふざけるなよ!
見ていないのに、その場にいるかのような会話と映像が見える。位置は正面から、斜め上から、様々な視点がかわるがわる次々と流れていく。
3人がかりで鉄パイプやコンクリートの塊を使って、延々と。不思議とあの人は顔をしかめるだけで痛がったり悲鳴を上げたりやめろと言わなかった。何かをこらえるような顔をしてはいるが、痛みをこらえているようには見えない。抵抗もしない。
―――監視カメラ?―――
モジュレートもリンクも起きていないはずなのに、ましてあんな場所の監視カメラなどとっくに壊れているか電力がなく使い物にならないはずなのに、しっかりとその映像が見える。客観的に見ているはずなのにまるで自分が彼を殴って痛めつけて骨を折ってひたすらひたすらそれに没頭しているかのような。
ぐったりと動かなくなったのを見下ろして、ようやく頭に上った血が下がったのだろう。どうしよう、こんなことするつもりは、と一人が動揺し一人は呆然とし一人はまだ怒りが収まった様子はない。息をしていることを確認するとポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、胸ぐらをつかむと首元にナイフをあてて死にたくなければ教えろと凄む。
それにさえ特に怯えた様子もなく、ただ静かにぽつりと。
パソコンでも調べてみろ、と一言。それだけ言うとナイフを持つ腕を勢いよく掴んで、自らの喉に横一直線にスライドさせた。
噴水のように液体が飛び散る中、一人は悲鳴を上げしりもちをつきもう一人も一歩下がる。ナイフを持っていた男は驚いたがすぐに離れて血の付いた上着をに脱ぎ丸めて路地の死角へと放り投げた。そしてすぐに走り出す。他の二人も慌てて走り出した。
「お前がここに来たってことは、何か知ってるんだよな」
男の一人がそう言ったが答えない。さっき何も知らないと言った、同じことを二度言うつもりはない。
あまりにも馬鹿馬鹿しくてしゃべる気も失せた。確かにこんなアホどもに情報を渡したら何をやらかすかわかったものではない。穹の体質に気づいたらそれを餌にアンリーシュを堂々と敵に回すことをしそうだ。証拠もなく相手の方が格段に手ごわいというのに。
先天的であろうと後天的であろうと特殊体質者は渦中にいて、被害者でもある。立場はこの連中と同じはずだが、たぶんこいつらはその自覚がない。自分たちだけが被害者だと思っている。
大切な人を亡くしたのは悲しい事だろうし怒りが収まらないのは当然だ。だからと言って、何をしてもいいわけではない。自分たちは何をしてもそれをする権利があると思っている。
そんなもの、あるはずがない。どんな状況であれ人はただそこに在るだけのものだ。こういうことがあったからこういうことをしてもいいなどと、それは当事者だけの考えに過ぎない。それがまかり通っていいのならこの世にルールも法律も存在しない。自分たちにとって都合が悪い、不利なルールだから自分がルールを作ることなどあってはならない。それは平等の上に成り立つ社会において根本から成立してない大きな矛盾だ。
そう思うと大切な人を失っておきながら冷静に、最後の最後まで何も語らず、自ら幕を下ろしたあの人の生き方が。無口で不器用で優しくて、あまりにも人間らしい人だったのだと思う。こんな連中のことでさえこれ以上事態が悪化しないよう何も教えなかったのだから。誰よりもその苦しみを理解していて、本当は手掛かりを与えたかったのだろうに。その手掛かりを、渦中にいながら下手に扱わないと判断した穹に託した。
静かにそう考えていると怒り任せだった男が近寄ってきて穹を中に引っ張り込もうとする。シャッターが開いたままだ、これ以上騒いだり何かをするならこのままではまずいと思ったのだろう。
腕を掴まれ、そうになってその腕を逆につかむ。相手が何かリアクションをする前に脛を蹴り飛ばし、痛みに屈みそうになった男の頭部に渾身の力を込めて思い切り回し蹴りを食らわせた。勢いよく倒れ辺りの物を派手にぶちまける。蹴った衝撃と倒れた勢いで脳震盪くらいは起こしているだろう。違う怪我もしているだろうが。
まさか小柄で細身の穹にそんな体術があると思わなかったのだろう。残りの男たちに動揺が走る。
男たちを一瞥し、シーナを抱えてその場から走って立ち去る。突然逃げるとは思っていなかったのか、男たちはすぐには動けずにいたようだが後ろから慌てたような声がした。ちらりと見ればひとり追いかけてきている。しかし年などを考えても穹に追いつけるはずもない。穹とてこの地下街の道や建物の入り組み方は熟知しているのだ。少し男と距離が出来てきたころ、目の前に意外な光景が見えたのですぐに路地へと入り込みやり過ごす。遠くからこちらに来ていたのは警察だ、この間来ていたトレンチコート集団で間違いない。
来た方向はあの場所、遺体を見つけたのだろうか。警察は地下街をパトロールする習慣などない。それなら何か理由があってきたのだろうが、ピンポイントであの場所を見てからくることなど話が出来すぎだ。
警察は穹のいる路地を通り過ぎ、追ってきた男を呼び止めたようだ。警察に目をつけられたらもう逃げられない。それにあの男、自分では気づいていなかっただろうが。
【言い争っているようですね】
シーナが小さな声でそう言ってくる。普通にしゃべっても聞こえないだろうが配慮したようだ。
「そりゃあな、あいつ服に返り血浴びたまんまだし」
上着を脱ぎ棄てた男もいたが、他の二人も血を被っている。動揺していてそれどころではなかったのだろうが間抜けにもほどがある。喚いている声がだんだん遠くなっていくので連行されているのだろう。靴の裏にも血がついている。それだけ状況証拠があれば、任意同行も聞き取り調査もせずさっさと逮捕してしまうに決まっている。
そっと路地からそちらを覗けば人ごみに紛れてもう見えなくなっていた。
【穹が通報したと思われるでしょうね】
「通報しようとは思ってたけどな……通報、したやつがいるんだな間違いなく」
【場所を送った人ですね】
「ああ」
宵。この人物が間違いなく今回のカギを握る人物だ。人かどうかはまだわからないが。
穹はそのまま上に繋がる道へと進んだ。おそらくもう二度とここには来ないだろう。これだけ騒ぎを大きくしたし、あの店は顔なじみも多い。あの店にいた客すべてが関係者だとは思わないが、誰が関係しているかわからない以上関わるべきではない。それにもう、買い物をする場所もない。




