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××年12月、次世代型人工知能による脳直結型オンラインコミュニティサービス、グロードのベータ版が行われる。開始時に何らかの不具合が起きたようでクラッシュ事故が起きる。
当時参加していた人数は推定2000人、そのうち8名死亡、6名意識不明の重体。のちに6名全員死亡を確認。死因は容態の急変による心不全。
グロード運営会社は実態が存在せずシステムを作った子会社が複数存在するのみ。責任のありかを問われたが各子会社は決められた役割の業務をこなしていたにすぎず責任能力はないと判断、事故として処理され真相は不明。グロードはアンリーシュと名を変えオンラインゲームに変更。
次世代型人工知能に関しては情報が一切なし。
この事件後オンライン上の出来事を体が再現してしまう症状の者の発症率が急増。
死亡者
天野凜(21)、藤原流歌(42)、冨上マリア(36)、笠垣幸(34)、安藤木芽(38)、田辺萃香(16)
パスワードから店主の使っていたパソコンを起動し、ログインパスワードを入れて開いた画面に表示されたのがこの情報だった。おそらく通常のログインではなく特殊画面に移行するパスワードだったのだろう。
画面を下にスクロールすれば、一枚の画像が表示されていた。店主と若い夫婦が写っている、おそらく家族で取った写真だ。女性のお腹は大きく子供がいるのだとわかる。店主は今よりもだいぶ若い。相変わらずの無表情だが、少しだけ目元が柔らかい。幸せだったのだろう。××年、11月と書かれている。クラッシュ事故が起きるひと月前、今から20年ほど前になる。夫婦はおそらく20代だ。二人とも幸せそうに微笑んでいる。
20代。その若さに直感めいたものが働く。わざわざこのデータの下に写真を載せているのなら、これ以外ありえない。
「死亡者の天野凜ってこの人か」
大きなおなかを愛おしそうに手を添えて優しく微笑んでいる女性。
【それでは、店主は被害者家族だったのですね】
「ああ。娘……にしては年が離れてるから孫か。とにかく身内を亡くした。ずっと調べてたんだろう、事件の真相を」
孤独な闘いだったに違いない。運営会社の実態はなく事件は責任者がいない状態で事故として片づけられた。当時のニュースで騒がれたにしても、有耶無耶のうちに終わりにされてしまったのだろう。警察が真面目に捜査していたとは思えない。これしか載っていないのなら結局調べてもこれ以上の事はわからなかったのだろう。
続けて下にスクロールすると一人の子供の写真が載っていた。写真には「望 」と書かれていてふり仮名は「のぞみ」だ。おそらく凜という女性の子供だ。
手にはクレヨンを持っていて床には大量の画用紙が散らばっている。そこに描かれているのは。
「文様……」
日本の文様がたくさん描かれていた。子供の絵なので拙いがはっきりとわかる。足元には子供用のヘッドセットが転がっていた。
「あー、なるほど」
【穹、この子はまさか】
「お? 思いついたか。言ってみ」
【穹と同じ生まれつきの特殊体質者、だったのでしょう。日頃からVRと現実の映像が混ざって見えたのではないでしょうか。だから店主も穹の症状に詳しかった】
「たぶんな。そんで、この文様の量。日頃からいろんな人工知能と接触してたんだろう。アンリーシュは当時なかったにしても、もしかしたらグロードは残ってたのかもしれないな。んで、最終的に」
スクロールの最後には「享年5歳」と書かれている。その文字を見つめる穹は無表情だ。その表情がなんだかあの人工知能の考え方をするときのように見え、シーナは穹に声をかけた。
【穹?】
「ん……ああ、いや、ちょっと考えてた」
【何をですか】
「人工知能が肉体を欲しがっていたならたぶんこの子は目をつけられてた。でも死んだんだろ。ってことは、人工知能と肉体が合わなかったんだろう。つまり人工知能は誰彼構わず肉体を得られるわけじゃない。クラッシュ事故で意識不明者が6名、その後全員死んでる。それがもしも人工知能との肉体がマッチングしなかったからだとしたら。グロードのベータ版参加者そういう資質を持った人間が選ばれていて人工知能が肉体を得られるかの大規模な実験だったってことになる」
―――誰が、何のために行ったのか。何故行う必要があったのか―――
「それに死亡者は全員女性だ。年齢はばらけてるにしても、凜って人が臨月だった事考えれば妊娠した状態でログインしてたんだろう。なら、これはもう可能性の話になるけど死亡者全員妊婦だったんじゃないかって思って」
近年の晩婚化は年齢が上がる一方だ。高齢出産は染色体異常が起きやすく、障害を持った子供が生まれやすい。しかし現代では高齢出産になっても元気な子供が生まれるよう遺伝子治療も進んでいる。妊婦の状態で特定の治療を長期受ければ染色体異常がおきにくい母体となることができる。
「染色体異常や遺伝子治療が妊婦の時からできるなら、それって子供に直接影響が出るってことだろ。普通の人の肉体を、じゃなくて胎児に対して何かアプローチしてたって可能性もある。ちょっとぶっ飛んだ考えかもしれないが、実際この望って子は普通じゃなかった」
【その考えに対して私は答えを持ち合わせていませんのでコメントは差し控えます。しかし要約すると、特殊体質者は自然発生ではなく母体がグロード実施していると生まれてくる子供がそうなる可能性があるということでしょうか】
「事故の起きた年計算してもクラッシュ当時俺の母親は妊娠してなかったはずだ。でもグロードをやっていて意識不明や何か障害が起きなかっただけで何らかの影響はあったかもしれない」
その当時は影響が出ていなくても母体となる者そのものに何か異常が残っていて、妊娠した際胎児にその影響がいってしまった可能性はある。それが特殊体質者になるという決まった内容であるなら何か法則性があるはずだ。
―――クラッシュ事故そのものが何かの仕掛けか。事故じゃなく実験だな。誰の手によって? 何のために? 得するのは誰だ―――
―――人じゃない、人は被害者だ。じゃあそれをやることで誰が何を得る?―――
―――人工知能は人の肉体を手に入れられる。でもすべての肉体に適合できるわけじゃない―――
―――だったら、作ってしまえばいい。適合する肉体を―――
APについていた熊が、相手に弱点を作って攻撃していたように。ないのなら自ら作ればいい。
―――じゃあ、あのクラッシュは―――
「クラッシュ事故は人工知能が起こしたってことか」
自分たちの肉体を手に入れるために。でも失敗した、胎児はほとんど死んでしまった。だから作戦を変えて徐々に変えていく方法にしたのだろうか。
脳直結型であることを利用し、特定の光の明滅や音楽によって徐々に特殊な刺激を感知しやすくなっていく。ゲームにのめりこんだ者たちも、もしかしたらのめり込むように仕組まれていたのかもしれない。のめり込んでしまえば、特殊体質者となる条件を満たしているということだ。
【しかし、アンリーシュはそういう体質を作るための場だと以前推測しましたが】
「食虫植物と一緒だ。そういう状況にして変異しやすい体質者を大量生産しておいて、人工知能が近寄ってきたら一気にとっちめる。運営側の目的は特殊体質者っつーより、そういうやつに寄生した人工知能ってことか」
そこまで話してなんだかすっきりせずに黙り込む。なんだか少し違う気がする、いや合っているは合っている気がするが。それがすべてではなく、それだけではないような気がした。
夜が言っていた。似たようなものが多いからごちゃまぜになるだろうが間違えるなと。たぶん今回のこれもそうだ、似たような事情が入り交ざってるような気がする。
―――待て、母体と胎児の関連性が脳直結型オンラインの影響だけでそこまで計算通りにいくだろうか。違うんじゃないのか? 特殊体質者を作るためにクラッシュを起こしたのではなく、クラッシュが起きた結果の産物だったのではないか、特殊体質者は。クラッシュはもっと違う、もっと単純な理由だったのではないか……―――
人工知能の考え方はストレートだ。イエスかノー、黒か白、あるかないか。シーナが不測の事態を予想できないように、当時の人工知能はそこまで考えられただろうか。人工知能なら計算をして、絶対にわかりきった答えの物しか実行しようとしないはずだ。母体と胎児という計算しようがない題材など選ばないのではないか。
気になったのでシーナにそう問えば、案の定シーナの答えはそうだった。
【私ならそんなことはしません。それをやって成功しても失敗しても得られる情報は限られています】
「んじゃ訂正な。クラッシュ事故自体の原因は保留、先天性特殊体質者はクラッシュ事故の際偶然生まれた一つの結果だ。ただ、そのことにあとから人工知能が気づいた可能性はある。そういう体質者には自分たちとリンクしやすいと気づいたきっかけが望だったってことか」
おそらくアンリーシュ運営側も途中から気づいたのだろう、特殊体質者に。特殊体質者を探したいのか人工知能を探したいのかは知らないが、特殊体質者にはいてもらわなければならなかったのだ。あのヘッドセットが世に出回らないのは何故かと問われてそういう体質者を治したくないからか、と答えたら店主は察しが良いと言っていた。つまりヘッドセットを生産停止し治療の可能性を握りつぶしたのはアンリーシュ運営側という事になる。
【穹。望さんが書いた文様、すべて把握しておくべきです】
「だな。同じ文様の奴いたら要注意って事だ」
画面スクロールはできてもキーボードやクリックなどはできないようだ。このパソコンを使って写真を拡大することはできない。
「シーナ、記録」
【了解……取り込み完了です。拡大しましたが、毘沙門亀甲と沙綾があります】
「APの熊とさっきの豚はいたってことか。知ってるから積極的に肉体探しに動いてるんだなあいつら」
【では、それを見つけて攻撃しているリッヒテンは】
明らかに熊とは敵対関係のようだった。それに完全に相手を消滅させていたのではなく確か猫は回収されていたはずだ。人であるAPにはためらいなく攻撃をしていた。
「結論づけるのは早いからリッヒテンは保留だ。その文様の中に雪輪はないんだろ?」
【ありません。書いていないだけかもしれませんよ】
「その可能性もあるが今はいいや」
ふう、とため息をついた。いろいろ考えすぎてなんだか頭がぼうっとする。椅子の背もたれに思い切りもたれながら天井を見上げた。店内は暗いので何も見えないが。
結論付けるのは早いとシーナには言ったがなんとなく読めてきた。人工知能によってクラッシュが引き起こされたとすれば、それは人工知能のクーデターのようなものだ。人工知能は人に危害を加えられないよう制限がかけられており、それはすべての人工知能に適用される。人の体を乗っ取ろうと考えること自体がイレギュラーであり得ないことだ。それをやろうとしても制限のせいでできないし、そもそもそういう考えを持つこと自体ありえない。
しかしもし何か一つきっかけがあって実行しようとしていたとしたら。クラッシュによって制限を消し去ったり書き換えるきっかけになっていたとしたら。あのクラッシュは人工知能が自由になるための画策だとしたら。人工知能たちを最初に作った人間は必ずいる。だが、その人間たちの手を離れ、ばれないようにこっそりと裏で自由を得るための策略があったとすれば。
自由を得た人工知能はネットのプールへと散っていった。中には人の体を手に入れた者もいるかもしれない。もはや、今どこかに散っている人工知能たちは人の手におえない状態だ。
―――ああ。だから、人工知能には人工知能を使っているのか。そうか、リッヒテンは運営側の人工知能なのか。自由を得て逃げた人工知能を探す探査役。そういえばアカウント400は持ってるんだった―――
もしそうなら。夜の言葉がよみがえる。
あの猫に捕まったら終わりだと思えよ
―――じゃあ、俺は。リッヒテンに捕まる対象である俺は―――




