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「回りくどい事すんなあ。そんだけ重要ってことか」
【どうしました?】
「ん? いや、今からちょっと不法侵入するぞ」
【いつもしています】
「そういえば」
地下街を通るときいつもビルや建物の中を通ったり上を通ったり。考えてみればこれも立派な不法侵入だ。
「そうなったら気にならなくなってきた。あんがとな」
【別に犯罪を助長させるために言ったわけではないのですが】
そんなやり取りをしながら穹は一応周囲を確認して入れそうなところを探す。しかし窓はなく裏口のドアはカギがかかっていた。鍵はタッチパネルでもキーロックでもなく昔ながらの鍵穴があるタイプだ。電子ロックならハッキングできたのだがこんなアナログなカギは開けられない。
「入れねえな」
【諦めるという選択肢は】
「なんだそれ、新手のギャグか」
【つまりありえないのですね】
諦めたように言うシーナに軽く笑いながらどうするか、と考える。扉もシャッターも頑張って壊せるものではないし、それをしたら目立ちすぎる。
「入れるとこが他にあるのかな。シーナ、店の奥にある部屋みたいなとこってどこかに通じる扉とかあったのか」
【ないです】
「じゃあ入れる場所ねえじゃん」
【シャッターから入れるかもしれませんよ】
「ないだろ……」
【先ほど穹は裏のドアはカギがかかっているか確認しましたがシャッターは確認していません。シャッターも鍵が付いているタイプですし確認は必要です】
「それで鍵かけてなかったら何のためのシャッターだ」
ぶつくさ言いながらシャッターに手をかけて持ち上げれば、まるでコントのようにあっさりと開いた。
「……。何で開くんですかね」
誰かに見られないうちに屈んで素早く入る。幸いシャッターはガラガラと大きな音を立てるタイプではなかったようで静かだった。周囲で気づいた者はいないはずだ。
「シャッターの意味とは」
【確認は重要です】
「普通開いてると思わないだろ……いや、人間は普通思わないけど人工知能は思うのか。あー、だからか」
先ほどとは逆だ。シーナがいたからこそ今回はシャッターに気づけた。穹が常にシーナと行動を共にしているからこそシャッターに鍵をかけなかったのだろう。シーナなら、人工知能ならシャッターも確認しろというはずだからだ。
「ここまでくると本当、おっさんの手のひらの上で転がされてるだけのような気がしてくるな」
【不愉快ですか】
「いや、なんか恐ろしいわ。どんだけハイスペックなんだあのおっさん」
ここまで小細工をしたのならそれだけ重要なものを隠しているということでもある。それを穹が店に来た直接言わなかったのなら。
「ドラマだと自分の身に何か起きた時の為の保険として、とかになるんだけどな。緊急性はないけど重要度は高い、みたいな」
【とにかく、何があるのか確認しましょう】
穹は何でもないことのように言っているが、わずかにストレスを感じているようだ。穹の体内チップを通じてシーナにはそのデータ見えるので店主を心配しているのだとわかる。
薄暗い店内を慎重に進みカウンターを飛び越えていつも店主が座っていた場所へと降りた。椅子をどかして持っていた小型ライトを照らしてみるがよく見えない。
「シーナって暗視モードあったっけ」
【あります。パートナーは暗視モードが通常オプションとして元からついています】
そういうとカウンターの中に入り込みくまなく探しているようだがこれと言って何もないようだ。
「カウンターの中にあるならそんなに大きい物じゃないはずだ。それに隠してたなら見つかった時すぐ処分できるとすると、座ったときに手か足で届く範囲って事だな」
穹は椅子に座る。店いつも店主がそうしていたように、パソコンを使うつもりで体の向きを変えた。シーナをここまで使いこなしているのだ。おそらく隠している何かもシーナでなければ気づかないだろうと思いシーナに指示を出す。
「シーナ、おっさんから注意された場所に移動してくれ。そっから何が見える」
シーナは言われた通り足元でわずかに移動をし、空の脛の辺りに移動した。その場で回転したり辺りをよく調べるように動くが、小さく体を震わせた。一応、首を振っているという動作だ。
【特に変わったものはありません】
「そっか」
何か物を探す時人は上から見える範囲はよく探すが、普段目にするようなことのない場所は探すどころかみようとしない。大きなものは常に見下ろしているが、小型のものは常に見上げているのが普通だ。シーナくらいの大きさの、見上げることが常である者でなければ気づくことさえできない場所。突起物などあれば見えずとも探ればわかるが、文字や絵、傷など見なければわからないものはある。シーナが見れば気づく物なのかと思ったが違ったようだ。
穹はライトをつけてカウンターの中に屈みこむ。ライトを当ててシーナと同じように隅々まで見たり触ったりしてみたが特に変わったものはない。
―――あの人との会話を思い出せ。その場限りでも意味が通じていたが、こういう時の為に役立ちそうなヒントがあったはずだ―――
もともと店主との会話は少ない。それほど多くの言葉は交わしていないはずだ。ヘッドセットを探しに来た時にシーナにヒントをたくしたのなら、あの日以降にかわされた会話の中に何かあるはずだ。
ヘッドセットを買いに行ったときは特になにもなかった。むしろヘッドセットが病院で使われていたこと、特殊体質者を探しているのではないかという会話をした時が一番重要だったと思う。あの時穹の知らない情報をたくさん教えてくれた。今思えば、何故そんなに詳しいのかと疑問に思う。病院の関係者だったのだろうか。患者の症状や治療についてやけに具体的だった。
―――そうだ、あの時―――
現実ではありえない物が見えたら、症状が進んでいると言われた。その時はどうすればいい、と対処法も言っていた。ふと、蝶の事を思い出す。穹にしか見えず、シーナには感知できなかった現象。
「シーナ、お前このカウンターどんな模様に見える」
【模様ですか? 木目調です】
「どんな木目だ」
【どんなと言われても説明しづらいですが、直線の木目です】
「そっか。お前には直線に見えるのか」
【穹、まさか】
「ああ。俺にはよくある目玉みてーな曲線がたくさんあるうねった木目に見える」
どういう原理だと思いつつ木目を観察する。近づいて見てはおそらくわからない、狭いカウンター内でできるだけ木目から離れて見つめれば本当に木目にしか見えないような、しかし違和感がある一角がある。
銀行など非常ベルのボタンがテーブルの裏側についているが丁度その部分だ。座っていればすぐに手が届く範囲、それでいて死角になっている部分。曲線が重なり一見木目だが、違う模様にも見える。
「なるほどな。例えここを見られても普通は木目としか思わない。でも俺が見ると確信するってわかってたのか」
【何が見えるのですか】
「文様だ。日本の文様で雲みてーなやつ」
【雲。おそらく霞という文様でしょう】
文様などは店主には話していない。ここまでくるともう疑いようもない。
「おっさんも人工知能と文様の事知ってたんだな。で、俺が特殊体質なことを薄々感づいてた。ってことは、俺が今こういう状況に陥るってことも読んだうえでこれを教えてくれたのか」
止めても無駄だろう、というような事を言われていた。穹が好奇心から首を突っ込むというよりも、穹自身ではどうしようもない事だとわかっていたのだろう。特殊体質が治るわけでもなく体内チップがある限りオンラインを完全に切り離すことはできない。
【モジュレートを教えてくれたのもそのためでしょうか】
「どうかな。さすがに俺がモジュレートを引き起こすことまでは知らなかったんじゃないか。もし知ってたならおっさんはアンリーシュや特殊体質者について核心部分を知ってることに」
そこまで言って穹は黙った。とても、なんだかとても嫌な推測が頭をよぎったからだ。まるでドラマのような話だが、ゼロではない。そこまで重要な事を知っていたのなら、日ごろから危険な状態だったのではないか。いつもはいるのに今日いないのは本当にただ出かけているだけなのだろうか。
今、無事だろうか。
【どうしましたか】
「……いや。今はこっちが先だ」
ライトを当てて霞文様を見つめる。触ってみても特になにかあるというわけではない、本当にただの模様だ。触って何かあるなら他の奴にも気づかれる可能性がある。穹だけに託したのなら、穹にしかできない方法があるはずだ。
鞄の中からヘッドセットを取りだし頭に着け、VRモードでその場所を見る。VRモードはリアルの風景は見えない。本来は何も見えないはずだが、文様があった場所には同じように文様が見える。ただの絵だった文様がはっきりと違う質感で見えた。APについていた猫やリッヒテンが持っていた文様と同じ、奥行きがあり3Dのような実体のような。リッヒテンの名を読んだ時と同じ、この文様もただの文様ではなく折り重なる情報を一つ一つ解いて行けば、そこに見えてくるのは。
それは、パスワードだった。




