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うっすらと目を開けるとドアが間横に見える。さっきの出口?何で真横?と思ったがすぐに冷静になり思い出す。この扉はさっきの出口ではない、地下へと続く道の扉だ。この扉の前で蝶を触ってしまった。意識をもってかれていたので倒れていたのだ。
【穹】
シーナが目の前にふわりと降りてきて穹の顔をじっと見る。脳波や体調をチェックしているのだろう。念のために左手を見たが何もない。ゆっくりと起き上がりシーナを抱き上げる。
「体調になんかあるか」
【いいえ。疲労もないようです。どこか痛みは?】
「ないな、普通だ」
【穹、今からする質問に答えてください】
「なんだよ、珍しいな」
なんだかいつもと違う対応をするシーナになにかあったのだろうかと思ったが素直に次の言葉を待つ。シーナは一瞬間があったが穹に問いかけてきた。
【今日の夕飯何が食べたいですか】
「何でそんな質問になるかね。そうだな、とりあえず盛り上がったからハンバーグかな」
別に本当にハンバーグが食べたいわけではないが、なんとなくバトルの時シーナが例えたハンバーグの話を思い出したのでそう答える。
【了解です、ありがとうございました】
「なんだよ、どうした」
【気になったことがあったので……まずは情報整理しましょう。それとも地下街へ先に行きますか】
「いや、人に聞かれていい話じゃないからこのままで」
扉のある方の壁を背にして一応誰か来ないか確認しながら座り直した。他に使う人もいるかもしれないので小声で話す。
「まずはお前の方が先。お前が気になってること、さっきの質問の真意を話せ」
【気づいていましたか】
「バトル中なんか言いたげにチラチラこっち向いてたのは知ってる。今回の戦いだけじゃなくピリオドチームの時からな。あと今回のライフルの事か?」
【いいえ、もう私の中ではほぼ結論が出ています。穹、私は自己診断プログラムを毎日実行していて、今も何の異常も出ていません。そのうえで聞いてください】
要するに突拍子もないことを言うが壊れていないと言いたいのだ。それだけシーナが慎重になるのなら重要な事だとわかる。
【穹。あなたはアンリーシュのバトルにおいて、時折私にも理解できない戦略を立てることがありました。人工知能として人の判断が理解できないという意味ではありません。あなたの立てる戦略は非常に合理的であまりにも私に理解しやすいものでした。それなのに何故その答えを導き出したのかという謎には貴方自身もわからずにいた。だから結論が遅れました】
以前シーナにピリオドたちとの戦いが終わった後、1ターン目相手の攻撃を受けてライフが半分残ると言い切ったことを何故かと聞かれたことがあった。あの時は応えられなかった、何故なのか本当にわからなかったからだ。
【先に結論を言います。穹、あなたはアンリーシュで戦っている時の思考回路が人工知能と同じです】
その言葉を聞いた時、穹は特に驚くでもなく疑問を呈するでもなく素直にそれを受け入れた。何故なのか穹自身もわからない。いや、本当はわからないのではない。わかっていたような気がする、たぶん。
【常にではありませんが深く考え込んでいる時はその確率が高い。現実で私と戦略に関して話している時はまったくその様子はないのにオンラインで実際のバトルをするとその兆候があります。ピリオドチームの時は特にそうでしたし先ほどの事もそうです。ゲームを楽しむでもなく面倒に思うでもなく淡々と処理をする、ただの作業としてこなしています。穹、振り返ってみてやけに冷めた考えでゲームをやっていませんでしたか?】
心当たりはある。ありすぎる。確かに常にではないが、相手が大したことないとやけにすっと冷めた気分になったことがあった。
【以前からゲームをしている時の穹の脳波が少しずつ変化してきていました。それは本当に変化とは呼べない程度のもので、バイオリズムのようなものだと判断していたのですが穹がアンリーシュ公式大会で倒れて起きた後は明らかに異常な脳波です。起きているのに眠っている、そんな状態でした】
「そういや夢の中じゃ常にそんな思考だったな。最初のハッカーと夜が戦ってる時も、肉を食いちぎられてる光景見てるのに何の感情もわかなかった。APの時もそうか。でも起きたらゲロ吐いたり感情が沸いてきたんだった」
なんとなく点と点が繋がっていく。寝ている時にモジュレートをしやすく、その時は確かに通常とは違う思考回路になっていたと思う。大会の時は強制的にモジュレートを引き起こさせられたので目が覚めてもその状態が抜けなかったのだろう。
【穹の立てる戦略で一番理解できなかったのはやはりピリオドたちとの戦いで、ライフが半分残ると言い切ったところでした。相手のスキルがわかっていないと不可能です。それが不可能でない方法と言えば、相手がチーム戦である事とユーザーが選んでいるバトルタイプとランクから使用可能スキルを計算し、どんな役割でどう戦うかを何十種類もシミュレートしていたことになります。試合が始まる、たった数十秒の間に。そんなことができるのは人工知能だけ、それもより高度な演算機能を持った一般では出回っていないタイプです。あの後私もシミュレートしてみましたが同じような答えを導きだせたのは4日後でした】
そこまで一気に語るとシーナは黙った。人工知能の上を行く人間の脳などあるはずもない。人と人工知能は物事の判断をする方法が全く違う。
どういう考えで、どんな材料があってその答えを導き出すのかという原理は同じだ。人は記憶で、人工知能は記録から判断する。人工知能はその記録が莫大な量があるという事、人は記憶はたくさんあるがそれを引き出せる量とタイミングには限りがある事で差はあるがそれはたいした違いではない。
最大の違いは、その判断するときに人は「感情」が入ることだ。それをやると嫌な思いをするというためらいや恐怖が入ると人はそこで足踏みする。
それらも結局は嫌な記憶が引き金となってためらうだけなのだが、人工知能はもしその方法が成功するなら実行する。何故なら「嫌な思い」は感情の話で、「成功する」という事実にはまったく何も関連していないからだ。嫌な思いをしても成功するものは「成功」と判断する、それが人工知能だ。成功するか失敗するかで言えば嫌な思いなど省いて考えるしそもそもそういった感情というものを本当の意味で理解しているわけではない。人と理解を深めるためにそういうシチュエーションになったら「不愉快」を演じているに過ぎないのだ。
人が感情を優先させるのはその方法で自分を守っているからだ。ストレスを受けないためについ事実より感情を選んでしまう。そしてそれがさも事実であるかのように脳内で情報をすり替えてしまう。人工知能はそれがない。
今までの穹の考え方は合理的で無駄がない。だからシーナは穹の戦略が非常にわかりやすかった。まるで設計図でもあったかのように敵の行動パターンをうまく使ったバトルをしてきた。それらは戦略を立てて売っていた時があったのでその名残、穹はこういう戦い方をするのだと判断してきていた。
しかしピリオドたちの戦いがあってシーナは初めて穹の戦い方に違和感を覚えた。あんな危機的状況であそこまで立ち回って戦えるものだろうか、普通の人間が。何度自分に問いかけても答えは出なかった。というより、あり得ない答えが常に最初に導き出された。
「俺が人工知能と同じだったら、そういったことができてもおかしくないってことだな」
【はい。しかしそれもあり得ません。そんな人間いるはずもないですし、通常の人工知能よりも穹の演算能力は上なのです。それにアンリーシュの時だけであって、普段の穹はそういったことはありません。だから私の中でこの件は保留なのですが、今回のように突然アンリーシュに巻き込まれることが続けばこの先どうなるのか。現実においても人工知能のような考え方になるのでは、という可能性だけは常に材料としてはあります。だから質問したのです、夕飯などなんでもない質問に今の穹がどうこたえるかと。もし人工知能らしい思考になっていれば何故と考えずすぐに好きな食べ物を言っています】
「なるほど。まあそういったことがありゃシーナがそう考えるのは当然だ。夜が言ってた俺が特殊だって言ってたのこの事だったのか」
お前が間違えると腹立つ、というのはこの事だろう。穹は間違えないための手段がある。それを間違えると腹立つということは……夜は。おそらく、夜も穹と同じだ。夜は人工知能ではなくあくまで「人間」なのだ。アンリーシュのやりすぎで体質が変化したものではなく生まれつきである、穹とまったく同じ。
そういえば夜と話している時もそういう状態になっていたと思う。現実ではあれだけ夜を毛嫌いしていてもいざ実際に会うと普通に会話ができているのだ。他にもたくさん心当たりがあった。バトルの時だけでなく、先ほどの出口前にシーナと会話した悪口云々もそうだ。冷静に考えれば悪口を言うことを論理的に考えるものなどいない。言いたいことを言ってすっきりするのが「普通」だ。いちいち意味があるかないかで考えたりしない。意味があるかどうかと言われれば100%意味などないとわかりきっている。だから人工知能は悪口も愚痴も言わない。意味がないからだ。
人工知能からすれば不思議に映る光景はすべて人間の感情を優先した言動に対してだった。思えばシーナとの会話は異を唱えることなく同意されることが多い。穹がそういう、人寄りの設定にせずシーナも穹を見て育ってきているからだと思っていたがシーナにとって、否、人工知能にとって穹の考え方は違和感がない、ごく自然に受けいれられているという事だ。それ自体に自分では疑問を抱かなかった。
「ライフルもそうだけどリッヒテンの名前読んだり相手のスキルの詳細見えたり、まあ普通に考えりゃおかしいなって事たくさんあった。ただそれが出来てる時はできてあたり前だと思ってて何も疑問に感じない。そうか、まあ考え方がそうなってればそう考えるだろうな」
【この件でこれ以上私から話すことはありません。たとえ考え方や性格が変化しようと穹は穹、私はそのパートナーです。穹が得体のしれない者たちに狙われていて、それを回避したいのなら私にできるサポートをするだけです】
そういう考えはまさに人工知能だ。穹が望むのならそうする、事実のみで感情がない。今の話を聞いたら普通の人であれば今後を不安に思い、どうしたらいいだろうと思ったりもっと他に気が付いたことがないのか聞いてきたりするのだろう。
「そうだな。普通の人間が変な体質になっていってるように俺もゲームやりすぎるとそっち側に行っちまうのかもな。とりあえずシーナの持ってるデータと照らし合わせて俺が俺じゃないなって思ったら言ってくれ」
【はい。私もいつもの穹でいてほしいと思っています】
「変な感じだな。人間の俺が人間じゃねえみたいになって、人工知能のお前が願いを口にするとかそれこそ人間みたいだ」
【人工知能は常に学習し続けますから。より人の思考に近くなることが最終目標ですので、以前より人のようだと穹が思ったのなら、人工知能としては順調にステップを踏んでいると判断します】
「お互い逆の道を行くのか。ほんと、変なの」
ふっと笑ってシーナを撫でる。ぱたぱたと羽を細かく動かす様子は一応喜んでいる時の動作だ。撫でられるとうれしい、とインプットされている。それは反射行動であり、シーナが実際嬉しいと思っているわけではない。人工知能が感情を理解するにはまだスーパーコンピューターでさえ10年以上かかるとされている。
今のシーナの反応は人工知能として成長していると思えば何ら不思議ではないのだが、なんだか不思議な気分だった。
(そういえば、シーナが自分の希望っつーか願望を言ったのはこれが初めてか)
ぼんやりとそんなことを考えながらシーナを撫でるのをやめる。次に必要なのは先ほどのバトルだ。
「バトルの内容自体はどうでもいいから省くぞ。あの豚は憶測になるけど人工知能でほぼ確定。裏バトルの正体は人工知能が特殊体質者か体質が変異した奴、どっちかかその両方を探すためにやってるとして。あとなんか新情報あったか?」
豚が運営側なのかどうかは現段階ではわからない。APについていた熊やリッヒテンも含め、勢力がいくつかあるのには間違いないがどれがどんなポジションで何が目的なのかがわかっていないのだ。
【はい。クォーツは首の骨を折られていました】
「そんな乾燥注意報が出ていますみたいに普通に言われても。あの豚怒らせない方が良いのか」
最後に聞いた文様を消しただろうと責められていたクォーツ。出口でシーナが少し振り返ったがそれが見えたのだろう。クォーツは特殊体質ではないし死ぬことはないだろうから急ぎの報告ではないと判断したのだ。
「人工知能なのに怒るのな、あの豚。あの文様はすげー大事なもんで、それをけなされたりするとブチ切れる設定にでもなってんのか?めんどくせえ設定だな。だったら最初から人に移したりしなきゃいいのに」
そこまで言って穹はある疑問を抱いた。もっと早くに考え付いていてもいいような、当たり前で基本的な、きわめて単純な事だ。
「人工知能って最初は人が設定してやらなけりゃいけないんだよな。あいつら一体誰にその設定をされたんだ? いや誰に、よりも何のために、だな」
【今はその回答を出せるほどの情報は持っていません】
穹の疑問にシーナも今までの情報を駆使してみるが、どれも可能性の話になってしまいここで言い切れる答えを導き出せなかった。そもそもこの話題自体が論理的、合理的考えを持つ人工知能の不得意分野だ。
【あの文様を汚すようなことをしたら首の骨を折られると思っていれば問題ないでしょう】
「ないか? 問題。まあいいか、確かに今はまだ答えが出せる状況じゃない」
そういうと立ち上がった。情報整理はこれくらいでいい、本来の目的である地下街へと向かう。一応周囲に蝶がいないか注意しながら進むがどうやらもういないようだ。




