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「とりあえず小細工はしたし、一回目で負ければなんとかなる」
【はい】
皆が固唾をのんで次の言葉を待っていると豚はくるくると回り始める。その周りにキラキラと光る砂のようなものが現れ、まるで風に乗って飛ぶかのように皆の周囲へと飛んできた。
―――これもプログラム。攻撃か―――
中身を読み解くと砂は小さな針の集合体だ。何故そういうものが読み解けるのかという疑問はわずかにあるが、今それを考えるのは優先事項ではない。砂はプレイヤーたちまでたどり着くと手の甲にまとわりついた。そして手の甲がわずかに光り何かの模様が描かれる。
「……」
手の甲に剣山でも刺されたかのような激痛が走ったが、穹は無表情だ。今ここで痛みを表情に表すわけにはいかない。その様子を見守っていたシーナもまた心配したり声をかけることをしない。それをすればすべて台無しだ。
手の甲に現れたのは文様だ。何かの線が組み合わさったような形をしていて出口のない迷路のようにも見える。
「シーナ、文様の名前は」
【それは紗綾型という日本に伝わる文様の一つです。また文様ですね】
手についた文様を見ても何も読み解くことはできない。どうやらこの文様は先ほどの針で刻まれたただの傷のようだ。
―――現実に戻ったらこの傷ついてるな。余計な事を―――
静かに見下ろしながら周囲を見れば他のメンツはかっこいい、なにこれ、と浮かれた様子だ。その中で2人、パートナーとこそこそ話している。見れば手の甲を抑えたりじっと手を見つめたりしている。
―――痛みを感じた連中か。あんなにいるのか。ここに集まった人間はそういう体質かもしれない奴を選んで連れてきてるってことか? そうじゃないと効率が悪すぎる。でもどうやって―――
《今手を抑えた2人はこっちにおいで、君たちにはシード権をあげるよ。今痛みを感じた人はね、ゲームをたくさんやってきたから脳とアンリーシュがリンクしやすくなっているんだよ、つまり真のゲーマーだ。単にプレイ時間が長いだけじゃなく勝敗や戦略をたくさん積み重ねてきた証拠だね。素晴らしい!君たちにはぜひ勝ってほしいなあ。他の人はまだまだ精進しなきゃいけないねー、ププっ》
そのアナウンスに痛みを感じた2人は喜び、他のユーザーたちはブーイングをしたり羨ましがったりと様々だ。無表情なのは穹くらいなものだろう。
「今凄い事言ったな」
【はい。今の言葉の重要さに皆さん気が付かないものでしょうか】
「無理だな、浮かれてる。選ばれし者っていうシチュエーションがなおさら煽ってるから正常な判断ができない。アンリーシュをやりすぎると体質、いや、ニューロンの構成とかシナプスが変えられるってことでいいんだよな、今の」
【そう判断しました。穹のように生まれつきではなく、途中から変化をするという事です。そういった体質者が人工知能に目をつけられやすいのなら、アンリーシュは】
「特産品製造工場って事だな」
イベントにしろ光の演出にしろ、今回の蝶の入り口にしろ効率が悪い方法だと思ったが違う。準備は十分すぎるほど散りばめられていたのだ。下ごしらえは放っておいても仕上がっていく。あとは条件を絞り出し釣り上げるだけという状態なのだ。
「アンリーシュやってる奴全員じゃなく数は少ないようだが、単純計算で2割だろ」
【アンリーシュ会員数は1万を超えています。2割で2000人、プレイ時間などの標準偏差を考慮しても1200人は作り替えられていることになります】
「実際はもっと少ないはずだ、プレイ時間だけじゃないって言ってたからな。さらにそこから1割として120人か。それでも多すぎるだろ」
二人が相談している間にもゲームは進んでいく。トーナメント式でゲームは進むようだ。目の前にトーナメント表が現れ先ほどの2名は準決勝のところに位置付けられている。穹の名前、たこ焼き太郎だがクォーツとの対戦となった。
【相変わらずたこ焼き太郎が存在感凄いですね。ハーバード大学に間違ってジャグリングの試験受けに来た人みたいになってます】
「それに比べると相手の名前はまあ真面目っつーかなんだっけか、宝石だっけクォーツって」
【水晶です。ランクなどユーザー情報は全員非公開設定になっていますね。おそらくあのキャラに制限がかけられているのでしょう】
「どのランクにもゲーム廃人はいる。登録が早かったか遅かったかの差だけだから、たぶんランクはごちゃまぜだ。そうなると当然高いランクの奴が勝つに決まってるんだけどな。それでも試合はやるのか。まあ可能性のある奴のあぶりだしだろうな」
おそらくあの豚は先ほどの二人にしか興味がない。他の者はどうでもいいのだろう。ただ今後有力候補になりそうな者を見極めるためにバトルはするようだ。
《バトルはいっぺんにはじめるよ~》
組み合わされたもの同士が豚の案内で指定された場所へと進む。バトルフィールドというわけでもなく、空いたスペースで、といった感じだ。穹の相手であるクォーツはプレイヤーとしての外見は十代後半ほどの少女だ。こういう時たいてい中身は少女ではないのだが。
クォーツのパートナーは確か他の企業とコラボして無料ダウンロードできるアニメのキャラか何かだった気がする。人の腰くらいの高さまである何かの動物をモチーフにしたような愛くるしい見た目だ。
《みんな頑張ってね。じゃあ、バトルスタート》
豚がそう宣言するとそれぞれのユーザーの目の前に先攻後攻が表示される。穹は後攻、クォーツが先行となった。
一応すぐに負けるつもりではいるが相手の攻撃方法にもよる。シーナの言うようにダメージが大したことなくても心臓を貫かれるなどの攻撃だった場合現実でどうなるのか想像がつかない。というより想像したくない。
「さて、どう出るかな」
穹が見つめているとクォーツの前に武器が現れる。それは握りこぶし二つ分ほどしかないナイフでコンバットナイフのようだ。両刃なのでサバイバルナイフのようでもある。そこからさらにスキル使用に入る。1ターン目で使えるスキルは限られていて、だいたいは自分のステータスを少しだけ上げたりターン数消費による発動条件のスキルをセットしておくことだ。あとは最初に武器を構えたので武器強化だろう。
1つ目のスキルを使用するとナイフが一度ぴかっと光る。いかにも切れ味が増したというような演出だ。
「攻撃力増加ってとこかな」
冷静に判断しながら自分のターンが来たら防御できるようにいくつか戦略を立てる。すぐに負けてもいいのだがわざとらしく負けて豚に体質を気づかれても面倒だ。
1ターン目で使えるスキルは3つまでだ。残り2つを使ったらしく剣のまわりに星屑のようなものがまうエフェクトが入る。何を使ったのか、見た目でわかる範囲だろうかと考えていると、唐突に剣が巨大な大剣となる。
「え」
続けて剣に大量の棘が物々しい音とともに一斉に生え始め、先ほどのコンバットナイフの面影は全くない。棘は刃の方に規則正しく一列に並んでいる。それを穹は死んだ魚のような目で見つめ、シーナは無言だ。
「おい、あれは斬りかかるのかブン殴って抉るのかどっちだ」
【刃に棘がついていますし殴るのでは】
「つーかなんだアレ、七支刀か」
【明らかに突起物数が7個ではありません。見た目はエマヌエルという剣に似ていますが、どちらかというとチェーンソーの刃の部分が一番似ています】
「あー、うん。それが一番似てるわな。いずれにせよ当たればとてつもなく痛そうだ」
クォーツは得意げに剣と思われるものを構えてやる気満々といった様子だ。1ターン目は攻撃せずにターン終了した。攻撃力増加後はすぐに攻撃できない制限がある場合もある。おそらくこのターン攻撃しなかったのではなくできなかったのだろう。
あれ、かすったらちょっと痛いどころじゃないよなあと思いながら自分のターンなので防御にスキルを付加する。おそらく威力を増しただけではない、あの武器は必ず何か他に効果があるはずだ。
ひとまず銃スキルをつけておいた。相手の様子を見るには遠距離攻撃の銃は何かと使い勝手がいいのだ。穹の右手にライフルが現れそれを握り攻撃に入る。ライフルは連射ができないので威力はあまり大きくないが追加スキルを複数つけることができ、様々な効果を得ることができるので自由度が高い。あらかじめ貫通をつけておき一発相手に向かって撃ったがクォーツは武器を一振りすると弾を弾いた。
―――カウンター、じゃないな。何か追加効果があったわけじゃない。たぶん防御エフェクトか。こいつエフェクトを全部武器に付随することでスキルを読ませにくくしてるのか―――
先ほど武器が光って威力が増した、と思わせるようにスキルはある程度効果をその演出から予想することができる。しかし今クォーツのスキルは武器があまりにも目立ちすぎている。攻撃にしろカウンターにしろ防御にしろすべてあの武器で何かをする動作としてスキルを作ってあるのだろう。
―――クォーツの使うスキルは全部自作スキルか。相手にスキルを読ませないようにしてるなら戦略もそれなりに立ててるはず。ランクは上か―――
つまり、ジョークアイテムのような武器を使っているがかなりの実力者である可能性が高い。ある程度低いランクは早く勝負を決めようと力業で攻撃力が高めの戦いをするが、ランクが高くなればなるほど駆け引き中心となる。力業で攻撃を通そうとするとカウンターが来るし相手のスキル発動条件を満たす行動が多くなる。かといって何もしないわけにはいかないのでそれなりの攻撃も必要だ。このあたりは戦略によりタイプが分かれる。
一撃必殺で来るか、じわじわと確実に相手を削っていくのか。いかんせん持っている獲物がどう見ても一撃必殺系なので予想がつかない。何せあれで軽くひっぱたかれるだけで大変なことになる。
ターンはクォーツになる。ブン、と武器を大きく振って真っすぐ突っ込んできた。高くジャンプをしてこちらに向かってスイカ割でもするように思い切り振りかざしてくる。どう見ても凶悪な武器でしかない物を少女がブン回しながら襲い掛かってくる光景というのはなかなかシュールだ。
「シーナ、防御」
【了解】
穹の前にシーナが出て防御エフェクトを出し攻撃を防ぐ。バトルのプレイがユーザーの場合、攻撃はユーザーだが防御や回復などの補助スキルはパートナーが実施することができる。ただしこれはチーム戦の回復の役割と違いあくまで使用者はプレイヤーだ。シーナが防御をして仮に攻撃が通ったとしてもシーナがダメージを受けるような演出になるがライフが減るのはあくまで穹のライフである。
先ほどのクォーツのようにすべて自分だけでやることもできるが、パートナーが演出したほうが一緒に戦っている感じがして面白いという意見も多くこの方式も採用されていた。そのためプレイヤーではない時のパートナーの補助スキル使用時エフェクトはグラフィックが美しいものが多く、ダウンロードは有料コンテンツながらかなり人気がある。
穹の場合はシーナが攻撃を防御していると認識することで穹自身に痛みがいかないようにするための配慮だ。夜の時はシーナが受けた攻撃が穹に痛みが来たがあれは夜の時だけだ、実際ピリオドチームとの戦いではシーナに攻撃が来ても穹は痛みを感じなかった。ダメージは穹にいっているが痛みを感じない、これが今できる策だった。




