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おかしいと思っていた。どれだけ事象をこじつけても肝心なところがつかめないもどかしさがあったが、その答えがこれだ、自分とAP達は違う立場だったからだ。アンリーシュだけだったらそれでも納得したのだが、どうしてもあのイベントの時見たよくわからない光景と運営側の会話が聞こえたことが不可解だった。
あれはアンリーシュの機材が起こした現象ではない。穹が起こした現象だったのだ。
「その原因はハーモニクスだな。連中はあれを起こすことでおかしくなる奴がいるか見たかった。あの場に集まってた連中はその条件を満たしてる予備軍みたいなもんだ。俺らはまともにアレ受けたら聴覚野にダメージがある。お前はたまたま他のぶっ倒れる原因があったからごまかせたみたいだが」
―――そんなことまで知られているのか―――
「俺の事詳しすぎだろ、ストーカーかよ」
「まあ似たようなもんだ」
「え、マジで」
冗談で言ったのに、と急に寒気を感じる。その様子が伝わったのだろう、夜はにやにやと嗤っている。
「あいつらに捕まるわけにはいかないのは俺もお前も同じだ。もしお前が間抜けで取っ捕まるようなことがあったら、その前に俺がお前をブチ殺してやるから安心しな」
つまり運営陣が探しているのは特殊体質者ではなく別件の特殊者で、それに該当しているのは穹、夜、最初のハッカー、他にもいるのかもしれない。夜はそれらすべてを監視しているのだ、一人でも捕まれば不利なことになり夜自身にそれが降りかかる可能性があるのだろう。それなら今ここで穹を始末すればいいはずがそれをしない。始末したらしたで何かデメリットがあるということだ。
「そういうことだ。これくらいはヒントやらねえと今のままじゃあっさり捕獲されそうだったからな、アホ」
「さっきから言い方酷くねえ?」
「自分の置かれた状況を理解したらお前も自分をクッソ罵るに決まってる。自覚ねえから俺が今言ってるんだよ。何のことかわからないなら教えてやってもいいぞ、手取り足取り1から10まで」
すっと夜の目が細められる。素直に詳しく教えてくれるという意味ではなさそうだ。それに違う事やいらないことまで教えられそうな気がする。
「遠慮しとく」
「あっそ、残念。それよりあの猫には気をつけな、あれに見つかったら終わりだと思えよ」
「ぽっちょ?」
「その名前はもう使ってない。あいつもすぐに変えるしアカウント400は持ってるぞ。正式名称くらいは覚えておけ」
「正式名称知らん」
「名前書いてあっただろ」
名前。そんな名札などあったか? いや、あった。ああそうか、あの猫の目の中にあった文様。雪輪……。模様として読むな、あれは細かい情報の集合体だ。ひも解いて、解いて、解いて、その奥にある情報をつかみ取らなければだめだ。細かく絡み合っているのを広げていって、その先に見えるのは。
「……リッヒ、テン?」
「何で文様から名前が読めたのかをその寝ぼけた頭でよく考えておけ。じゃあな、穹」
そう言って夜は自分の左手を口元に持っていき、ふっと笑うと思い切りかみついた。
「だからイテエわ!!」
怒鳴りながら目が覚めた、これで二回目だ。嫌な予感がして自分の左手を見ればくっきりと歯形がついている。げんなりしながらヘッドセットを取った。
【穹、せめて普通に起きてください。パートナーとして心配になります】
「大丈夫だ」
【とても大丈夫には……穹、その左手はどうしました】
「夜に噛まれた、いや直接噛まれてないけど間接的に?」
【本当ですか?……、ハッキングの形跡はありませんが】
「ハッキングじゃない、こっちはリンクだ。まあ夜はもういい、どうしようもないのはよくわかった」
穹は夜との会話をシーナに伝えた。シーナは時折相槌を打っていたが、最終的に黙り込んだ。それはそうだろう、人工知能として処理できる内容から外れつつある。
「情報処理しすぎてショートすんなよ」
【ショートしません、0.1秒で答えが出ています。私たち人工知能は人が一般常識としていることをもとに分析します。分析材料がないことに関しては不明、として処理してしまいますのでこの件は私では結論が出ません。記録だけしておきます】
「ああ、そうしてくれ。あとで頭がこんがらがったときに正確な情報記録として活用する。こんな映画化決定みたな内容をお前に話してる時点で相当だ。さてと、どうすっかね」
状況としてはあまり良くないのはわかる。今までのように日常生活をしていく上で、あのイベントのように綱渡りをする場面は出てくるだろう。体内チップがある限りリンクやモジュレートは起きてしまう。人間そのものが端末の役割を担っている現代で逃げ切るのは難しい。どこで何をするにしても記録が必ず残る。交通機関を利用しようが国を出ようが何か食べようと支払いをしようが記録され、チップにGPS機能があるためどこにいても調べれば見つかってしまう。
そういえば、最初に見た夢で見つかったと焦っていた奴も同じことを思っていた。どこに逃げる、どこに逃げても同じだと。今更だ、本当に。
夜が「自分の置かれた状況を理解したら自分を罵るに決まってる」と言っていた意味がようやくわかってきた。おそらくこんなものではないのだろう、もっと重要な何かがあるのは間違いない。
【アンリーシュ側に見つかるわけにはいかないといのが決定事項ではありますが。まず穹は自分を知ることが必要です。夜が知っていて穹が知らないことがあまりにも多い。このような体質の場合、出生時や幼児期の検査で必ず何かわかっていたはずです。何か特別な出生の事情があったのでは】
「あー、1歳3歳5歳で検診するっけな。でも俺、たぶんそれやってねえわ」
【穹、ご両親と連絡は】
「取ってないのはお前がよくわかってるだろ」
穹は家族とは疎遠だ。顔も名前も覚えていないし今どこにいるのかも知らない。
「そういえばちゃんと説明した事なかったな」
【はい。私が初めて起動した時に家族構成を聞いた際、たぶん生きてるがどこで何やってるのか知らない、とだけ】
「俺生まれた時死にかけてて1年くらい意識なかったらしい。で、目覚めた時障害があるってわかってリハビリのための施設に行ったんだけど、要は捨てられたんだな。あとで医者が言葉濁しながら教えてくれたけど、どうも完璧主義の夫婦だったらしくそういう子供はいらない、みたいなこと言ってたんだとさ。必要な金は払われてたから金持ちだったみたいだ。連絡先は誰も知らなかったし、俺も別に知りたいとか思わなかった」
淡々と語る穹は悲しみや感情のブレは数値状出ていない。おそらく穹にとっても本当にどうでもいいことなのだろう。人が悲しんだ時人工知能として悲しみを共有し慰めて励ますというプログラムもちゃんとあるのだが、10年傍にいて穹がそういった事を望んだことがなかったのでシーナはそのプログラムを使用するという選択肢はなかった。
「そっか。そう考えると、俺が意識不明だったのも障害があったのもなんかあったからなのかも」
【穹、具体的に障害とはどのようなものだったのですか?】
「発達障害。歩き出すのも言葉覚えるのも普通より遅かった。あとは放浪癖があったみたいでドアに鍵かけないと夜中外に出ちまうとか聞いたな、覚えてねえけど。そんな俺でも毎日訓練とリハビリしたら6歳くらいには平均的になったって判断もらったぞ」
法律上15歳までは義務教育の為国から補助金が出る。親がいない、経済面で学業が難しいと判断された子供には国が世話をする仕組みはあるが、これは奨学金と同じで後で3割は返さなければならない。滞ったり踏み倒したりすると個人評価が下がるようになっている。そうなると今後就職しようとしたり借金を申し込みたいときなど相手の機関はこの評価をもとに判断するため不利になることが多い。
穹が常に金欠なのもすでに返さなければならない年齢になっているからだ。両親はリハビリの金は払っても教育費は払わないのだからある意味運用が上手いなとは思った。
「そっちは調べてもたぶん無駄な気がするな、結局親なしってのは記録も検診もてきとうだ、やってなくてもやったって記録になってるからな。当時の医者探すのも時間と金がかかる。きっかけが何であれ俺は今こういう体質だ、これからどうしていくかを考えた方が手っ取り早い」
【そうですね、もはや薬や治療でどうにかなるレベルではないようですし。あの店主がおっしゃっていたようにヘッドセットを使って現実とVRを区別できるようにしておきましょう】
「店主って言えば、そういや地下に行くつもりだったな。寝るときつけられる材料あさるのもそうだけど、グロード事件の事詳しく知ってる奴探してみるか」
イベント会場で見たあの映像の謎も残ったままだ。もしあの映像が本当にグロード事件の中身だとしたら犠牲者は確かにいた。そして穹が見たのならまったくの無関係ではない。
―――俺が当時の意識不明者だったら話は早いんだが、年が合わない―――
例えば20年ほど前のグロード事件で意識不明者が出たとして、その人たちは脳に障害を負っていてもおかしくない。状況としては穹の境遇に似ているのだが穹が意識不明だったのは生まれて間もない時で体内チップがない時だろう。
おそらく出生後退院さえしていない時だ。赤ん坊にコミュニティサイトへアクセスさせる親もいない。穹が当時の事件の被害者である可能性は低い。




