6
ハッキングに成功し耳を澄ませると酷いノイズ音とともに何かの会話が聞こえてくる。ノイズ音にかき消されている部分も多いので詳しくは聞き取れないが。
《では……今回は》
《はい。該当…いま…んで…た。》
《体調不…は…だな》
《…せん。店の一人…倒れ…しい・》
《関係…いと思いま……ヘッドセ…問題ありま…》
《…え、倒…た際、そうちゃ…、…ません》
これ以上は危険と判断しハッキングは中断した。聞き取れない単語は多かったが大筋は予測がつく。
【重要な情報はありましたか】
「今から言う事記録しておけ、いくぞ。では今回は、はい該当者はいませんでした、体調不良者は出てないのだな、いません。店の一人が倒れたらしいです、関係ないと思います、ヘッドセットは問題ありませんでした、いいえ倒れた際装着していません」
【記録完了。これは穹の事を言っていますよね?】
「ああ。ヘッドセットはあいつらが持ち込んだ物の事だ。客もそうだが俺たちにも試していいとか言って使わせただろ、あれ自体が何か意味があったんだ。やっぱりあいつらイベント使って何かをやっていて体調不良者が出るか見てたんだ、出なかったけどな。唯一倒れたのは俺で、ヘッドセットをしてなかったから無関係じゃないかって意見が出たとこだ。シーナはここで待機して俺の体内チップとリンク、俺が新型ヘッドセットとリンクしたら俺のヘッドセットの設定と同期しろ」
【了解】
急いで穹は部屋を出て足早に作業場所に戻る。穹が倒れたことまで報告がいったのなら、穹は運営が用意したヘッドセットを使っていないことがすぐに伝わるはずだ。そうなると必ず次の一手が来る。
さりげなく作業に戻るとすぐに店長が穹を呼びに来た。呼ばれていった先にはスーツの男が二人いて穹を見ると頭からつま先までじろじろと見られる。
「君が店の機材を調整していると聞いてね。今回用意したヘッドセットは最新型なんだが、少し機材の詳しい人の意見も参考にしたいんだ。少しつけてみてくれるかな。今までのとどう違うか感想を聞きたい」
―――そうきたか。大根役者にも程があるだろ。それにこの声、さっきの会話の一人か―――
「わかりました」
にこやかに返しヘッドセットをつける。起動するとゲーム画面が起動した。ログイン画面後にデモムービーが流れるが見ているとビリビリとした奇妙な感覚が沸き起こる。おそらく普通の人は何も感じない、穹の体質だと何かを感じ取っているのだ。
オープニングが流れ始め徐々に音が大きくなり始めたが、すっと音量が調整され静かになる。シーナのリンクが間に合ったのだ。おそらくこのヘッドセットをこのまま使っていると穹の体質がばれる。
まだ憶測の段階だが、彼らのハーモニクス実験はおそらく穹のような体質者を探す事ではないかと思ったのだ。あの時体調不良で倒れたが、頭を打つ前に気を失っていたのであれば原因はハーモニクスとやらだったのだろう。それなら、ハーモニクスを使って体調不良となった穹は該当者だ。どうか考えすぎであってほしいが今のところ7割ほどの確率で当たっていると思う。
あの店で手に入れたヘッドセットの設定に強制的に変更することで負担を軽減するしか方法がなかった。ここに一人でもエンジニアがいたら設定変更がばれただろうがスーツの男しかいない。スーツの男たちは会話の内容からいってもたぶん経営側だろう、言っている内容が机上論だ。
「へえ、すごいですね。映像が細かくて臨場感が増してます」
何でもないことのように語っているが実際は冷や汗ものだ。無理やり設定を変えているとはいえ光の明滅は少し眩しく感じる。頭がだんだん痛くなってきた。音の調整はできても光の加減はリンクをつなげただけでは限界がある。あとはいかに穹が耐えられるかどうかだ。
「どうだろう、今後この店においてもらえるかな?」
「ええー、俺に営業されても。店の予算次第ですので店長にお願いします」
―――機材調整俺がするんだから入れ替えなんてさせるわけねえだろ―――
内心罵りながらも笑えない話だと肝が冷える。もしこの店すべてのヘッドセットがこれになろうものなら、それはもうバイトをやめるときだろう。デモムービーでこれだけ支障が出ているというのに日々の調整などやっていられない。
「もういいですか? 凄いと思いますけど俺がやってるの調整なんで。客の意見取り入れた方が手っ取り早いと思いますけど」
「そうか。そうだね、時間を取らせた」
その言葉を聞いてヘッドセットを取ろうとしたがロックがかかっているらしく外すことができない。まるで拘束具のようだと思った。
「ああ、すまない。今解除するよ」
言いながら男が穹のつけているヘッドセットに触れる。その瞬間、目の前にあの蝶が現れ頭に激痛が走った。
我ながらよく耐えたと思う、体が跳ねなかったのが本当に救いだ。おそらく今ロックを解除するふりをして感度設定をマックスにあげたのだろう。その上で何らかの刺激となる信号を送られたのだ。ここで痛がっていたらアウトだったが、何事もなかったかのように笑顔でヘッドセットを返した。
「消費者側として考えてもらいたいが、これが発売されたら買うかな?」
「ええ、安ければ」
「勉強しておこう」
しらじらしいやり取りを終え、スーツの男たちは部屋を出ていった。それから数秒後、ずっと黙っていた店長が穹をちらりと見て苦笑する。
「大丈夫?」
「……」
「何があったのか知らないけど、笑顔に殺意が沸いてたよ」
「実際ブチコロしてえって思ったからな。なんだあのエセインテリ、顔と声がムカツクんだけど」
「本人の意思ではどうしようもないことを罵られてもねえ」
チっと舌打ちをして眉間の辺りを指でつまんでマッサージをする。
「で、替えるんですかあのヘッドセットに」
「そんなお金あるわけないじゃないか。替えたら君らの給料半年は出ないよ」
「そっか、替えたらブチコロ」
「そんなヨロシクみたいに言わないで」
くだらない会話をしながら部屋を出てスタッフルームへと戻る。シーナが穹のもとへふわりと飛んできた。
【リンクは成功です】
「ああ、こっちもなんとかなった」
【体調は? 最後心拍数が急激に上がりましたが】
「すっげえ頭痛い。あのおっさんマジ殺す」
言いながらも後始末を急ぐ。外部リンクがばれたら今度は家にでも乗りこまれそうだ。使用した形跡を消し、念のためリンク履歴にクズデータをまき散らして偽装をしておいた。
用事は終わったと運営側は機材をトラックに積み込み帰っていった。その後の処理と新たな会員登録者の整理などいろいろと仕事はあったが、穹は一度気絶したという事で皆より早めに帰してもらえた。
家に着き食事の支度をしながら今日あったことを整理する。正直情報がありすぎてパンクしそうだ。昼間経験したことはすべてシーナには伝えてある。
「まず確定事項から。運営はアンリーシュを使ってなんかやってる、野外用モニターと音響設備と最新機器はそのツールである。俺が体調不良になるのはアンリーシュの演出効果が原因、ここまでは絶対に間違いない」
【はい】
「次は憶測交じり。あの蝶はアンリーシュに関わりがある……と思う、たぶん。これは単にあの蝶があそこにいたのとヘッドセットから見えたってだけでわからん。あとは……これはマジで憶測だけど。俺が見た何かの記録っぽいやつ、あれって20年くらい前にあったっていうグロードだっけか? アンリーシュの前の時の事故」
【死亡者が出た、意識不明者が出たというものですね。詳細は不明でしたが】
「ああ。あれの映像じゃねえかなって思った。今回俺のイヤホンマイクが勝手に運営のイヤホンマイクとリンクしてただろ。明らかにあの時データの混在が起きてた、だったら運営のお宝マル秘映像もひっかかっちまったとかなくはない、かな。可能性としてはほぼゼロに近いけどそれしか思いつかない」
穹はその事故の詳細を知らない。しかし映像の中でははっきり「6人死んだ」と認識していた。ここは実際どうだったのか調べる必要がありそうだ。骨は折れそうだが。
【しかし、何故穹は運営側とデータが混ざってしまったのでしょう】
「イヤホンマイクの設定が勝手に変わってただろ。最後の更新履歴見たけど更新は俺が変な音聞いた時間ぴったりだ。あの時俺ら店側のバイトと店長は全員会場内にいたことを確認してる。誰かが勝手にいじるのは不可能な環境だった。運営側がリンクするはずもねえし。残る答えはモジュレートだ」
【データの微調整を勝手に機材がするという機能ですか。他の機材まで巻き込んで起きたという事は、無線LANまで達したということでしょうか】
「たぶん。機材の規模がでかくなればなるほど、高性能であればあるほど影響力も比例するって仮説をたてるとつじつまが合う。俺らの使ってるポンコツイヤホンマイクじゃ耐えられなかったんだろう。この世に存在する機材が全部それやってたらさすがに大問題だから普通の物は起こらない現象だな、たぶんアンリーシュ関連の機材限定で俺みたいな体質の奴の体内チップがリンクしやすいのかもしれない。よくわからないバトルに2回引き込まれたし、引っ張り込まれやすい状況にあるんだろう」
今回の事で穹が導き出した答えの一つがこれだ。自分の意志に反して勝手にオンラインへおかしなアクセスの仕方をしているのは引っ張り込まれているのだろうと思っていた。モジュレートの可能性に気づいたのは今回のイヤホンマイクの事があったからだ。イヤホンマイクが最後にいつ更新されたかを見ればはっきりするのではと思い早退せず残っていたのだが、運営側のアクションもあり他の情報も得ることができた。




