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真っ暗な闇の中にいた。目の前には鳥籠のような物があり、その中に誰かがいる。その周囲には7人、ぐるりと鳥籠を囲むように立っている。そしてさらにその周囲には自分を入れて11人、並ぶことなくバラバラの場所に座ったり立ったりしている。全員細い糸のようなもので首も手も足も胴も絡まっている。まるで体に蚕が糸を出して繭を作り始めているかのように。複雑に絡み合っているが、全員がすべての糸と繋がっているのだと知っている。この糸があるから全員繋がっていられる。
ふと別の闇の方向を見れば、どうやら自分たちは大勢の気配に囲まれているらしいとわかる。ざわざわと雑音のような喧騒が聞こえ、一体何百人が群がっているのだろうと思う。
皆が楽しみにしている。いや、実際楽しいのだろう、ざわつきは主に弾んだ声が多い。これから起きることを楽しみにしている。子供の声、男性の声、老人の声、老若男女様々な声が今か今かと待っていた。
周囲の楽しそうな声とは相反して、鳥籠の周囲の7人も自分たちもまったく楽しくない。むしろ緊張している、不安にさえ思っている。他の者たちは不自然なほど落ち着いているようだ。
―――本当に、これをやっていいのだろうか?―――
そんな疑問が生まれてももう止めることはできない。決定権は自分ではない。鳥籠の中の者は眠っているようだ、意識が感じられない。
カウントダウンが始まる。楽しみにしている周囲が大きな声でカウントダウンを叫ぶ。
5,4,3,2,
2、で鳥籠の中から一気に光が弾ける。轟音とともに衝撃波が発生し、鳥籠の周囲にいた7人が一気に弾き飛ばされた。自分の方に飛んできた一人を咄嗟に掴んで呼びかけるが返事はない。
自分たちと繋がっていた糸が一気に燃える、砕ける、散る、消えていく。
1、
カウントダウンのラストナンバー。命が消えていくのをはっきりと捉えた。鳥籠の周囲にいた6人と周囲に大勢いた人たちが同じく6人。
自分たちとともにいた6人とたまたま巻き込まれた6人の命がデータから消える。データのデリートは命の終わりと同じだ。きっと今死人が出た。
暴風雨のようなうねりの中光が激しく明滅し、自分がどこにいるのかもどういう状態なのかもわからない。
―――あいつら、最初からこれが狙いで―――
あれはやってはいけなかったのだ、おかしいと思っていた。まさかこんな事態を引き起こすなどと……後悔と怒りと悔しさがこみ上げる。千切れてしまった糸を抱きかかえた者と合わせ命をつなぐ。
―――7人中一人しか残らなかった、せめて残りの一人だけでも―――
そう思っても糸が切れて周囲は荒れていてもはやコントロールができない。自分は、みんなは……
やがて意識が弾ける。
「あ、起きた?」
顔を覗き込んでいるのは店長だ。バイト仲間も一人傍にいてほっとした表情になる。
【穹】
シーナがぴょんと腹の上に乗った。ゆっくりと瞬きをして周囲を見ればそこはスタッフルームだ。長椅子に横になって寝かされていたらしい。ゆっくりとした動作で起き上がった。
「会場内が極度の興奮状態になってもみくちゃになったみたいだね。脳震盪起こしたみたいだけど病院行く?」
「……。いいえ」
「じゃあ少し休んでね。今日はもう帰っていいよ、さすがにその状態で働いてとは言えないから」
言いながら店長は会場へと戻る。穹が抜けると踏んで穹の分まで対応をしてくれるのだろう。バイト仲間も災難だったなと心配をしてくれたが、人手が足りないからと会場に戻っていった。その様子をぼんやりとみている穹にシーナが問いかける。
【穹?】
「……」
【穹。脳波がいつもと違う波形を出しています】
「……」
【穹、しっかりしてください。あなたは今、現実にいるんです】
その言葉にようやく穹はシーナの方を向いた。まるで冷水を浴びせられたかのように頭も体も芯まで冷えているような不思議な心地だ。ふと扉の方を見れば蝶がドアをすり抜けてひらひらと飛んでいる。
鬱陶しい。
プツンと小さなノイズ音を立てて蝶が消える。まるで人形のように無表情、無言のままの穹にシーナは持っているデータを駆使して最善策を探す。今の穹は明らかに異常だ、いつもの穹ではない。起きているはずなのに寝ている時の脳波だ。しかし外部からの刺激には十分すぎるほどの反応も示している。
このままではいけないとシーナの分析結果は警告を発している。情報をフル回転させたが、今の穹に効果がありそうな手段は一つしか導き出すことができなかった。
【穹】
「……」
【掲示板に穹の名前で寂しいので会いたいですと夜宛に書き込みしますよ】
「嫌です」
無表情だった穹の顔は眉間にしわが寄りシーナを睨みつけるように目を細めている。それはシーナのデータの中で穹が夜の話をしたときの顔と100%合致する。
シーナの知っている穹だ。人工知能が「ほっとする」という表現はおかしいのかもしれないがシーナは今明らかにその境地にいる。
【そこは即答ですか】
「いや、目覚めたわ、一気に。徹夜明けの目覚ましにしてもいいくらいだな」
軽く頭を振り床にぶつけた部分を手で擦る。あまり痛みはない、大したことないのだろう。
【脳震盪で気絶していたようですが、体調はどうですか。データ上ではあまり問題ないようですが】
「ああ、それは大丈夫。たぶん気失ったのは頭ぶつけたからじゃない。ぶつけた記憶ねえからぶつける前にもう意識なかった」
【気絶の原因に心当たりは? 倒れる前の穹の生体データは体調不良以外特に変わったものはありません】
「その答えはちょっと待ってくれ、俺自身にもわからない」
あの映像は記憶、記録だろうか?自分視点で見えていたがもちろんあんな奇妙な記憶に心当たりはない。はっきりしているのはアンリーシュ運営側がとことん胡散臭いという事くらいだ。
ハーモニクスがどうのというあの会話はまさにあの時行われていたリアルタイムの会話だ。何かをしようとして大事になったらこの店に責任を押し付けようとしていた。よろしいのですか、と聞いていたのである程度リスクがあったのは間違いない。要するにこの店はイベントに選ばれてラッキーだったのではなく、使い捨てとして選ばれてしまっただけだ。
「舐めやがって」
別にこの店に思い入れがそこまであるわけではないが、それなりに稼ぎにはなっているし認めたくないが店長にもまあまあ融通してもらっているとは思う。経営難から潰れたらなんとも思わないが他所から押し付けられたことで潰れるなど冗談ではない。しかも本当に何かあったら責任問題もある。店をたたんで終わり、というわけにはいかないだろう。今は挨拶をする感覚で裁判を起こされる時代だ、巻き添えになるのは目に見えている。
ゆっくり立ち上がって眩暈などないことを確認すると会場へと向かった。入口のところに別のバイト仲間がいて穹に大丈夫かと聞いてくる。
「平気。パネル倒した奴らどうした?」
「ああ、穹を押し倒した奴らね」
「おいこら、何で言い直した」
「間違ってねえじゃん。あいつらならごめんなさいもなかったから運営のスタッフに連行された、どうなったかシラネ。ボッコボコにされてるといいな」
「ねえよ、厳重注意だろ」
見た感じでは同じ場所にはいないようだ。といっても自由に立ち見をしたりテーブル席に座れるので違う場所に移動しただけだろうが。
ゲーム自体はクライマックスだ、3体いたボスは残り1となっていて追い込みにかかっている。見た所変わったことはない。
―――あの会話は。ハーモニクスを開始するとか言ってたけど結局なんだったんだ―――
そもそも何故あの時イヤホンに入ったのだろうか。あんな重要そうな話を混線してしまう通信機器を使って話すとは思えないし穹が聞いたのは本当にたまたまだったようにも思える。しかしここ最近起きている奇妙なことは一つだけ共通点がある。それを思うと偶然ではない。
結局穹はそのまま帰ることなく最後まで残ることにした。どうしても確かめたいことがあったからだ。イベントは大盛り上がりのうちに終わり時間はかかったが客も全員帰った。会場の片づけの間、運営側は少しミーティングをしたいと外に出ていった。それを見計らって穹もスタッフルームへと急ぐ。
危険な橋だが渡るしかない。これが分かれば少しだけ対策が打てる。シーナを掴むとロッカーに走りドアを背にして周囲の音に注意しながらネットワークにアクセスした。
「シーナ、イヤホンマイクの同期設定をプログラムで表示しろ」
【了解】
サブ携帯端末とシーナをつないで穹がつけているイヤホンマイクの設定を細かく見ていく。すると音調周辺機器との同期設定がされていた。これがあると似たような機能の物、つまりイヤホンマイクや他の通信機器とリンクしていることになる。あの時運営側の会話が聞こえたのは彼らの通信を拾ってしまったのだ。
それなら、と穹は急いで最後に交信した器材を特定する。その端末を見つけると意を決してハッキングをしかけた。ばれるかばれないかぎりぎりの線ではあるが、PCではなくそんなものをハッキングする者がいるとは思わないだろう。時間はせいぜい1分だ、それ以上は気づかれて逆ハックを仕掛けられる可能性がある。




