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結局その日は大会準備に追われ、家に帰ったら委託販売の投げかけをしてバイトと自分の稼ぎと両方の仕事に追われてあっという間に次の日が来てしまう。運営会社は朝早くからやってきて会場設営をし始めた。バイトは主に雑用で力仕事やつかいっぱしりだ。機材の扱いはデリケートなものだからと触らせるつもりはないようだった。
運営側の人間はスーツを着たビジネスマンのような者と、いかにもエンジニアといったラフな格好をした者と真っ二つに分かれている。店長はビジネスマンたちと運営について話しており、ラフな格好をした者たちは穹達に具体的に会場設営の指示をしてきた。スーツ連中はずいぶんお堅い感じの印象だったが、彼らはフランクに話しかけてきて協力して会場を設置していく。
参加者が使うヘッドセットなどは運営が用意し彼らが調整しているので穹たちは触ることなく、一般客用のヘッドセットなどを穹が調整していると彼らの一人が話しかけてきた。
「それ自分たちで調整してるの?」
「ええ、まあ。オリジナル設定とかはないですよ、メーカー推奨の設定にしてるだけです」
「ってことはちょっと古い設定かもね。今回結構派手な演出あるから最新版の設定に更新してみて」
「ああ、はい」
大会終わったらその設定直さなきゃいけないの俺なんですけど、と思ったが口には出さないでおいた。運営側からすれば最新のもので大会を見てほしいという気持ちがあるのは当然だが、何もここのゲームセンターはアンリーシュのためだけにあるのではない。シューティングやRPGなどは微妙に設定を変えなければならないので、実は一番スタンダードな設定があらゆるゲームに対して安定している。
エンジニアの指示で最新版の設定をインストールしてすべてのヘッドセットに取り込み、微調整は彼らにやってもらった。
もともとこういったイベントは全国各地でやっているようで彼らの手際は恐ろしく早く正確だった。トラブルもなくあっという間に会場設営が終わり、当日の細かい打ち合わせも1時間もかからず終わる。店長の説明通りほぼすべて運営が取り仕切る形なので店の人間との打ち合わせは特にないようだった。
意外に早く終わったおかげで穹やバイト仲間たち、運営側のエンジニアたちは少し時間が空いた。するとエンジニアの一人が提案で、試しに使ってみるかと言ってきた。
「大会用特別仕様だから家で見てるのとは結構違うよ、迫力とか」
その言葉にバイト仲間は盛り上がり俺も俺も、と群がる。ゲームセンターでバイトしているだけあって全員それなりにゲームはする。趣味はそれぞれ違うようだが、こういった機材やゲームの基本的な知識は全員持っていた。
穹としても興味はあったが、裏で連絡を取っている稼ぎ元と細かい調整をしたいのとアンリーシュにログインはしたくないのもあってそこには参加しなかった。やらねーの、というバイト仲間に対しては寝不足だから休むと答え店のバックヤードへと戻る。
「彼はゲームしないのかな?」
「どうだろ、アンリーシュはやってないかもしれないです」
運営側とバイト仲間の会話が聞こえてきたが特に反応を返す事なく扉を閉めた。穹がアンリーシュをやっていることは誰にも言っていない。気のいい奴らだと思うしやっていて面白い場所ではあるが、そこまでプライベートを話したことはなかった。辞めてしまえば繋がりがなくなる、ただそれだけの存在だからだ。
大会当日。朝早くから大勢の人が集まり会場はごった返していた。そういった対応も運営側は慣れているようで大きなトラブルなくイベントは進んでいく。
司会者がプレイヤーを一人ずつ呼ぶたびに熱狂に包まれた。人気のあるプレイヤーなのだろう、一人ひとり登場するたびに歓声が上がる。
皆の注目が会場に集まっているうちに事前に予約してきていた客に荷物を渡したり穹自作のプログラムなどを売ったりと穹も忙しく動いていた。叫んでいる客にさりげなく飲み物を持っていけば面白いほどよく売れる。多少高くてもその場を離れたくない者が多い。買いに来るのを待つのではなく合間合間に売りつけるといいと気づきバイト達で一斉に飲み物を売りに走った。
気が付けばイベントはすでに始まっていた。今回は運営側が用意したボス3体に参加者全員で挑むというアンリーシュにしては珍しいスタイルだ。参加者は4人一組のチームに分かれ、1体のボスにつき2チームずつ参加する。チーム戦なのでお互いがフォローしあい攻撃をするという、ファンからすれば人気プレイヤー同士のコラボといえるそのシチュエーションに熱狂しているようだ。アンリーシュは個人戦が特に人気だ。普段一人だけで戦っているプレイヤーたちが協力している姿というのが感動するらしい。特にAチームは普段ライバルとして名をはせている人物が二人協力し合って戦うのだから今回一番の目玉のようだ。
―――ああ、あいつら公式戦にいた―――
人気の二人は覚えがある。穹が大会観戦に参加した時戦っていた二人だ、確かロボとRPGのキャラ。ちらりと運営から配られた一日のプログラムを見れば、片方は直接来ているようだがもう一人はここには来ていないようだ。家からログインしているのだろう。
会場中央には運営が用意した巨大モニターがあり、そこにはバトルの様子が立体的に映し出される。そこでも見れるしヘッドセットをつけて脳内で見ることもできる。どちらでも見れるがやはりヘッドセットの方が人気のようだ。巨大モニターの方もかなり人は集まっているが臨場感は脳内の方が上なのだろう。
采が審判として指示を出しながらプレイヤー達が一斉にとびかかっている。4人同時攻撃だろう、かなり攻撃力が上昇し連続でボスにダメージを与えていっている。
あまり見ることもなく会場内を移動しながら販売に力を入れていた穹だったが、違和感に気づき足を止める。
光が、眩しいと感じた。それはアンリーシュにログインした時に感じたあの眩しさだ。モニターを見ている観客たちは誰も苦情を言ってこないので穹だけが感じているらしい。脳内映像ではない、眼から見ている映像なのにどうしてと疑問は浮かぶが今は答えが出ない。なるべくモニターを見ないようにしながら仕事を続ける。しかし時間が経つにつれ乗り物酔いのような酷い不快感がこみ上げてくる。
眩しいのもそうだが、会場内の音が耳鳴りのように響いた。人々の歓声も確かにうるさいが、どちらかというとこれはゲーム音の方だ。
【穹、自律神経に異常が出ています。休息を】
シーナは今店のスタッフルームで穹の個人的仕事の方をサポートしている。バイト同士で連絡が取れるようにイヤホンマイクをつけているが、シーナと話せるように同期もしている。体内チップの情報発信から穹の体調に気づいたようだ。
休息と言ってもこの忙しい時に休んでいられない。今イベントも大盛り上がりで運営側のスタッフも忙しく動き回っている。かといってこのまま動いていても体調が回復する兆しはないだろう。明らかに体調不良の原因はアンリーシュだ。
地下の店の店主の言葉が頭に浮かぶ。「VRが現実に見え始めたら頭がイカレ始めた証拠」と言っていた。脳内映像を錯覚しやすい体質者は現実に支障をきたしやすいと思えば、この現象も出てしかるべき症状なのかもしれない。目から、耳から、まさに脳を揺さぶられる感覚とでも言えばいいのか。歩きながらVRのジェットコースターに延々乗らされている気分だ。
ああ、これだめだ、と思った時は速足で会場から抜け出して店のスタッフルームへと走った。
【穹?】
シーナが心配そうに問いかけるが今はそれどころではない。穹はトイレに入り、そのまま嘔吐したのだった。
「最近俺ゲロ多くないか」
【まだ2回目です】
「まあ今回は掃除しなくて済んだけど」
水を飲みながらげんなりとした様子でシーナと話す。吐いてしまえば楽になり今はそれなりに体調が回復した。しかしイヤホンからは穹を探す店長の呼び出しが聞こえるので早く戻らなければならない。
せめてあのヘッドセットがあれば違うのだが今は持っていないしリアルであれをつけているわけにもいかない。
【これ以上の業務はおすすめできません】
「そういうわけにもなあ。最悪な時は会場の熱気に酔ったってことにして早退する」
シーナに引き続き取引関連を任せ店長のいる場所へと急いだ。顔色が悪かったのだろう、体調が悪いのかと聞かれたが夕べ友達と夜更かししたせいで寝不足だとだけ言っておいた。
「で、何ですか」
「いや、会場の熱気っていうのかな。盛り上がり方が予想以上だ。人間興奮しすぎると普通はやらないようなことやったり、冷静な判断が抜けるからトラブルにならないよう注意はしててほしい」
言われて会場を見ると確かに大騒ぎになってきている。ちらりとモニターを見れば、どうやら苦戦しているらしく応援に熱が入っているのだ。
いつもアンリーシュはコロシアムのようにバトル会場があり、それを観客席から見ているかのような設定なので一歩引いたところから見る形となる。しかし今回は臨場感を出すためか目の前にいるかのような見え方なので、自分が一緒にいるかのような錯覚さえ起きるような状況だ。普段は各プレイヤーのファンがいざこざを起こすが、今日は全員が一体となってますます盛り上がっているらしい。
「もし喧嘩が起きたり機材壊す人いたら警察呼ばないで運営に連絡してほしいってさ」
「またおかしな要望ですね。ヤクザでも出てきてお客さんちょっといいですか、とか始まるんですか」
「そこまではしないと思うけど、まあトラブルにしたくないんだろう。全国回ってるだけあってそういうのは慣れてるみたいだから任せればいいと思うよ。ウチとしても警察に来てもらうのは勘弁してほしいし」
確かに警察が来たらイベントどころではないし、今後の客足も遠のく可能性がある。ゲームセンターは大音量になる事が常なので防音はできているが、本当に外まで漏れていないか心配になるレベルだ。イヤホンをしていても仲間同士の連絡が聞こえにくくなってきている。
プレイヤーたちが必殺技のような強烈な一撃を繰り出すと悲鳴のような歓声が上がった。音だけ聞くとまるでジャングルに迷い込んでしまい動物たちに威嚇されているかのようだ。女性の声がどうしても高いので超音波のように聞こえて不愉快になる。加えてゲーム音も大きいので耳が痛くなってくる。
ズキズキと頭痛がしてきた。自律神経が、とシーナが言っていたのでその影響だろう。ぎゅっと目を閉じて痛みをこらえていたが、突然聞いたことのない音を聞いて目を開いた。
人やゲーム音の中にわずかにノイズ音が聞こえる。ゲーム音が大きすぎて音が割れているのかと思ったが違う。確かにはっきりとしたノイズ音だ。今の時代あまり聞くことがないが、大昔で言うところの砂嵐というやつだろう。ザー、っという雨音を汚くしたような音とブツブツと途切れる音が混ざって聞こえてくる。
ありえない、何故この音だけはっきり聞こえる。そんな疑問が頭をよぎり、再びモニターを見た時だった。蝶が一羽ひらひらと飛んでいる。真っ二つにしたものを無理やりくっつけたようないびつな形。いつからいたのか知らないが、モニターの周りをゆっくりと飛んでいる。
周囲を窺ってみても蝶を見ているのは穹だけのようだ。なるべく凝視しないようにしながら自然と蝶を避けるように移動をする。あれはただの映像で何も害はないとわかっているが近づきたくなかった。
ノイズの発生音と同じタイミングで蝶は点滅をしている。この音、蝶から出ているのだろうか。嫌な気分になりながら休憩でもさせてもらおうかと店長に連絡するためマイクをつまんで口元に近づける。するとイヤホンから聞こえてきたのは聞きなれない声だった。
《状況は?》
《良好です》
《ではハーモニクス、スタンバイ》
―――なんだ、今の会話。誰だ?―――
イヤホンごと耳の上から手を当てて音をよく聞こうとしたが周囲の音がうるさくてよく聞こえない。ハーモニクスと言っていた。確か高周波だっけ、と思った時ふとあの店主の言葉が再びよみがえる。
―――機材が勝手に設定調整する事をモジュレートという、本来は音楽に使う言葉だが何故か浸透した―――
音、音楽、その単語がまるでパズルがはまるように繋がる。音に使われる単語が機材やオンライン上での単語となっているのなら、あの会話はアンリーシュに関するものだ。
―――運営の会話が混線して聞こえたのか?いや、それより何をしようとしてる―――
ドクドクと心臓が早まり嫌な汗をかいてくる。何かがチラチラと頭の中で点滅している。これは映像だろうか、いや、記憶か。
―――前にも、こんなことがあった気がする。あの時も結局止められなくて―――
《出力は?》
《レベル3だ》
《3ですか……よろしいのですか》
《目に見える結果が出なければ意味がない。何かあってもなんとかできるし、最悪の場合はこの店に責任を取ってもらうから問題ない》
―――やめろ、それをやるな―――
《ではハーモニクス、開始します》
―――そんなことをしたら、あの人たちは―――
あはは、ざまあみろ
そう嘲笑った奴がいたのを覚えている。誰が嗤っていたのだったか。
鼓膜が破れるのではないかという大音響が響いた。それは観客たちの歓声だ、とうとうプレイヤーたちがボスを一匹倒したのだ。そのことに興奮した客の数名がはしゃいでジャンプをし、立ててあった仕切りに5~6人一気にぶつかって穹の方へと倒れこんできた。パネルと人に押され穹は受け身を取ることもできず突き飛ばされる形で倒れこむ。意識が途絶えた。




