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設定を変えてまずはVR遮断モードにする。外の風景が映り、そこに蝶がひらひらと飛んでいる。次にVRモードにし、適当に入っているサンプル画面を出す。すると陳腐な風景画が表示され画面の中に蝶が同じようにふわふわと飛んでいた。
「シーナ、今ヘッドセットと同期できるか」
【やってみます、……、完了です】
「蝶は見えるか」
【いいえ、私には認知できません。穹の脳だけで認識しているようです】
「しょうがねえか。今から俺が見つめた所に画像を大きめにカットしてデリート」
【了解】
蝶の周辺をシーナが画像として切り取り削除する。すると背景は消えたが蝶は残ったままだ。
「だめだな、もう一回」
【了解】
シーナにしてみれば何もないところをカットして削除しているという作業になるが、穹にとっては重要な作業だ。何とかあの蝶をVRだと認識しなければならない。今このヘッドセットをしているのなら目を通じて脳へ光の信号が送られているはずだ。何度も繰り返すことは学習の基本、必ず効果が表れるはずだ。
6回目を実行した時ようやく蝶が消えた。試しにVR完全遮断モードにすると見事に蝶が消えている。その事実に穹は素直に感動した。
「すげえ、今俺は通常人間レベルが1上昇した」
【たとえがよくわかりませんが、蝶が消えたのですね?】
「ああ、成功だ。このヘッドセットってマジで凄いんだな、あんな格安で手に入れていいのかって感じだ」
ひとまずヘッドセットを外してそのまま外へと急いだ。今のところ穹が見たVRと現実の混在はあの蝶だけだ。そして地下に来るとランダムで現れるようなので地下に来るときはヘッドセットを持ってきた方がよさそうだ。
―――いや、もう一か所あったな、蝶が見れる場所―――
APの最後を見たあのバトルフィールド。正確にはぽっちょのユーザーが歩いていくときに蝶がいた。あのユーザーについているものなのかフィールドにいるものなのかはわからないが、あの蝶は謎のフィールドへの手がかりと思っていい。ただし何の準備もなく対策も打てていない今あの蝶を追う気はない。
家に帰りヘッドセットをつけて何度かごろごろしてみたが、やはりこれをつけたまま寝るのは寝心地が悪すぎる。頭も首も痛い。
【穹、何をしているのですか】
「いや、これがあればある程度の情報遮断ができるんなら寝てる間つけてらんねーかなと。夜とAPの時比べると、これつけて寝たAPの時って明らかにそれらしい効果が出てたんだよな。声でないし体が動かないってのも脳内で勝手に拘束具に映像転換されてただけで、ヘッドセットで俺の行動が制限されてたっぽい」
【問題は寝ている時もその舞台に行ってしまう事ですね。夜とAPの時穹は当事者ではありませんし、何が理由でそこに行ってしまったのでしょうか】
「今の状態じゃなんとも言えない。俺の体内チップがどっかに勝手にリンクしたってのが一番有力かな。まあそれはなんとかなる。要は俺がプレイヤーとして招かれなきゃいい話だ。そんで、その手段はここにあるんだからな」
【しかしそのヘッドセットでは寝心地はあまり】
「おっさんが言ってたろ。部品をアナログにして役割分担させることで全部品のモジュレートさせないようにしてるって。それってつまり、一つのヘッドセットだけで全部やる必要ないってことだろ」
【ヘッドセットと手足のコンタクトパーツのように、部品ではなく機材そのものを分けるということですか】
「そういうことだな。さあて、そうなると専門知識が必要になるわな。まあガキの頃スクラップをバラしていた俺に抜かりはない。」
【穹。かっこつけてるようですがとてつもなく情けない事言ってますよ】
「うるせーや」
ひとまずヘッドセット内のパーツを理解し、機能をいくつかに分ける必要がある。手足のコンタクトパーツは既製品なのでバラすわけにはいかない。となると中古のパーツをいくつか使う必要がありそうだ。サングラスでは痛いのでファイバーを使った通信機能が出来上がっている物が必要だ。通信ケーブルやプラスチックなど使わず繊維状にすることで柔軟性や耐久力を上げた素材が開発されて以来、コンピューターはもはや大きくて固いものではない。おしゃれ感覚で来ている服やアクセサリーにしか見えない物も今ではパソコンだったりするのだ。ただどうしても性能の差は出るのでサブや予備で使うことが多い。
普段から身に着けてて取り外さなくても困らないものとなるとやはり装飾品となる。そういった物を作るにはオーダーメイドが必要だ。いくら知識があっても縫い合わせたり形を作ったりするとなるとち密な設計と相当な時間がかかる。
そういう物はオーダーメイドできるがあまり時間はかけたくない。そうなると、もう選択肢は一つしかなかった。
「やっぱお前になるよなあ」
【はい】
シーナを両手で持ち上げる。シーナには基本的な機能しかつけていない。手足やパーツを増やせば介護や家事などもできるようになるが穹はシーナにそういったことを求めてこなかった。ハッカーとして動くときにデータ収集や解析、保存やセキュリティレベルの調整などオンライン上での補助的な、補佐のような事をやらせてきた。それだけなら特に手を加えなくても最初から持っている機能だけで十分だ。現状シーナのデータ容量などはかなり空きがある。
「あんま詰め込みすぎるとセキュリティに影響でそうだから、一個だけ分譲するか」
【了解。アンリーシュにリンクしないよう気を付けてください】
「ああ、それにはやっぱ調整がいるだろうな。ま、そこは俺とお前でなんとかするしかない」
【調整は私がしますので機能選択はお任せします】
ひとまず機能を分けるための材料を調達し、寝ている間だけでも強制介入を防ぐための道具をそろえる必要がある。すべて自作していては時間がかかるし中には穹の知らない専門知識もあるだろう。穹とシーナだけでは限界がある。
「困ったときの地下ショップ!」
【帰ってきたばかりですが、行きますか】
「いや、それは明日でいいや。まだ警察いるだろうから」
今日はいろいろと分かったことがあったし、謎の人物も増えたので情報の整理整頓でもしておくかと思った時、バイト先から連絡が来た。聞けばイベント開催が決まり忙しくなるので準備を手伝いに来いという事だ。
シーナを連れてバイト先に行くと非番の者も駆り出されたようでバイトが勢ぞろいしていた。といっても人件費削減のため人数は多くはない、全員で6名ほどだ。店長がどっさりと装飾品を持ってくる。
「はーい、ちゅうも~く」
「店長、普通にしゃべってください。イラっとします」
「厳しいな~穹クンは。ま、いいや。なんと我が店で大々的にイベントが開催されます! これで集客アップするとみんなにボーナスあるかもね!」
満面の笑顔で語る店長に数名はマジっすか、と喜々として反応したが穹は冷めた反応だ。
「あるかもしれないしないかも?」
「いやあ、どうだろう。いやいやありますよたぶん」
「売り上げは店にすべて入るか店長の懐に入るかするかもしれないんですよね」
「僕の懐に入ることはありません、そんなことできるならとっくにやってます」
「能力評価ちゃんとしてくださいよ、俺機材の調整超頑張ってんですけど。時給あげてください、5000円くらい」
「その話はまた別件だから!」
「俺の事こき使いすぎなんだよ玉すり潰すぞ」
二人の会話に周りから笑い声が漏れる。穹と店長のこのやり取りは日常の風景というより風物詩のようにもなっていた。機材の調整という重要な役割を担っている穹にはある程度発言力がある。
「で、イベントって?」
「そうそう! なんとなんと今流行りの電脳ゲーム、アンリーシュの公式大会の会場がここに決まったのです!」
「へー」
店長はテンション高めだが相変わらず穹はテンションが低い。そしてイベントの凄さがいまいちわかっていないらしい他のバイト仲間が穹に聞いてくる。
「そんなに凄いこと?」
「ああ、まあ集客って意味じゃかなりな。ゲームなんざ機材あればどこでもできるしプレイ自体はほぼ無料だからそこで金は落ちねえけど、まあその他のモンで金が稼げる」
「飲食とか?」
「それが一番だけど、有料システムとか会員登録とか課金とか。要するにボッタクリで稼げる」
「どこのヤクザだ」
「金の稼ぎ方はヤクザ参考にすると一番わかりやすいんだよ。定額の給料ない身でいかに効率よく金稼げるかって大昔から考えてきた連中だぞ、思考停止してないって意味じゃ国会より優秀じゃねえか」
穹の言葉に全員が感嘆の声を上げ拍手をする。唯一店長は「穹クン変な事教えない!」と注意してきているが知ったことではない。
「つーわけで今から急いでウチに会員登録してる客優先で優待券送るぞ、そっから告知な」
「普通逆じゃないの?」
バイトの一人が不思議そうに聞く。確かにまだこの情報はアンリーシュとこの店にしか知られていない情報だ。まずは告知が先である。
「この方がもらった方は優越感に浸れるだろ。ちゃんとしたお知らせ前に教えてくれたんだ、って思うと他人に自慢するし会員続けようと思うだろ。自慢してますます情報広がってっていう相乗効果狙い。詐欺か冗談だと思われないように発表タイミングはあんまずらさない方がいいかも」
穹の指示に店長はにこにこ笑って「じゃあそっちは穹クンよろしくね」と言ってくる。信頼しているというより面倒なので穹にやってもらった方が手っ取り早いというだけだ。
「あ、そういや。イベントっていつから?」
「明後日」
「あはは、死ね」
明後日、の言葉に咄嗟にリアクションできたのは穹だけだった。数秒後、バイト達の悲鳴と怒号が鳴り響き、店長の「だから全員呼んだんでしょ!」という叫びが聞こえた気がした。
普段つかみどころがなくふにゃふにゃしている店長だがこういう肝心な時は一応店長らしいリーダーシップを発揮する。各個人の得意分野から役割を分担し、軽食はケータリングで飲み物は普段から置いてあるドリンクバーの増量で済ませることにした。会場の準備はアンリーシュ運営側がするため他のバイトは主に手伝いだ。翌日の午前中からやってきて準備をするというので事前にできることを手分けして進めていく。
店長と穹は主に先ほど言った告知と会員登録サービスの簡略化準備、機材の最終メンテだ。
「当日の司会進行、混雑時の誘導とか対応とかとにかくイベントそのものを全部運営がやってくれるから僕らはそのフォローだね。あんまりやることないと思うからダイジョブダイジョブ」
「ちなみにいつから決まってたんですか」
「あ、もっと前からわかってたんじゃないかって?さすがにそれはないよ、僕もさっき連絡受けたから。あちらの事情は分からんねえ、ゲームは脳内でやるしリアルの事は後回しなんじゃないかな」
「ふうん」
腑に落ちないが店長が嘘を言っている様子はない。そもそもこんなぎりぎりにみんなに打ち明けてメリットなどない、今こうして死ぬほど忙しいのだから。皆に指示を出してはいるがやはり店長が一番忙しそうに動いている。
「大会って具体的に何をどうするんですか」
「参加者はあらかじめ当選した人だけであとは観客だね。僕らが稼ぐとしたらこの観客に対して。観客用の巨大モニターと音響設備は全部運営側が持ってくるから、こっちの機材のメンテだけで大丈夫。巨大モニターじゃなくログインしてみたい人用に予備のヘッドセットとかこの後凄い数来るからメンテがまってます」
「マジかよ。参加者ってログインはここ?」
「そういう人もいるけどほとんどは自宅からみたいだよ。来るのは運営に招待されたランク高い人……まあ、人気ある人だね。芸能人みたいな扱いだからどっちかって言うとファンサービスイベントなんだろう」
「あーそういうこと。じゃあ思いっきり稼げるかな」
「ほどほどにね」
にやっと笑って楽しそうに仕事を進める穹に店長は苦笑する。穹がたまに正規でない商売で稼いでいることはうっすら気づいているようだ。ゲーム好きが集まるのなら有料サービスのほかにいろいろ売りつけることができる。こういったイベントには必ず自作品のツールやプログラムを売買する者もあらわれる。ゲーム好きなら金を払ってでも欲しいという物はゲームをしている人間の方がよく分かっている。穹はたまにそういった物の委託をしているのだ。自分が知っている取引相手にも連絡をしておこうと作業ペースを速めた。




