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アンリーシュ  作者: aqri
unleash<アンリーシュ>
105/105

12

 ゆっくりを目を開く。最高の目覚めの準備ができていたというのに、最悪の目覚めとなる。何故なら目の前には銃が付きつけられている。


「どういうこっちゃ」


 思わず声に出せば周囲にいた男たちが動揺したように一斉に穹を見た。左右に男がいて穹を無理やり立たせている状態だ。目の前には両手を上げて降参ポーズをするジンがいる。


「おー、起きたか。死んじまうかと思ったぞ、寝ゲロはするし終始うなされてるし。あ、ゲロは拭いといたぞ」

「そりゃすみませんでした。で? これ何?」


 見渡せば見覚えのある奴もいた。10人ほどの男たちが部屋を占拠しており、ジンは殴られたらしく顔に痣がついている。囲んでいるのは地下で見た五十貝派の連中だ。ここを嗅ぎつけてきたらしい。


「いやあ、采に情報ばらされてハッカーの相手してる時に取り囲まれちゃあな、お前もグースカしてるからさっさと人質になっちまうしどうしようもねえわ」


 クイっと顎である方向を示される。そちらを見れば、奥に鎮座していたのは五十貝本人だった。


「なんだ、チンピラもいるのか」


 その言葉に五十貝は大股で近寄り穹を思い切り殴りつけた。最近の老人は切れやすいなあと思っていると近くにいるジンが爆笑した。


「穹にも言われてやんの~」


 アッカンベー、と声に出して言って舌を出した。なるほど、ジンも言っていたから2回言われて切れたのかと納得する。それにしてもパンチに全然力が入っていない、殴り慣れていないようだ。涼しい顔をしているが殴った手が痛いはずだ。握りこぶしのまま少し震えている。手を開くなどの動きをすると痛いのだ。


(あ、こいつ弱いな)


 はん、と小さく鼻で笑うとジンと目が合い、うん、と小さく頷きあう。その様子に気づいていない五十貝がえらそうにふんぞり返って何かご高説を垂れているようだがまったく頭に入ってこない。少し前ならちょっと手ごわい中ボスキャラだと思ったかもしれないが、今となってはただのチンピラ以下という認識だった。

 ちらりと反対側を見るが、シーナの姿がない、壊されたわけではなさそうだが。再びジンを見ると目線でインサートシステムの上を示す。どうやら人が入ってくる前にシーナを隠してくれたらしい。


「貴様らのおかげでレーベリックもアンリーシュも日銀も今日中には崩壊寸前だ」

「どういたしまして」

「礼を言われるほどじゃねえよ」


 ジンと穹の言い方に青筋を立てた五十貝だが、挑発に乗るのは何の得にもならないと思ったのかあえて無視して話を続ける。どうしてこう、昔から残念なポジションの奴というのは話が長いのか。


「こんな欠陥品でもないよりはマシだろう、システムの立て直しをするぞ」


 穹を使って采に代わるシステムを作るしか、今の崩壊寸前の諸々の事態に対処ができないと思ったようだ。当然中で行われたやり取りを知るはずもない五十貝たちのやろうとしていることは盛大な徒労だ。


(それをセブンスたちが許すはずもねえけど)


 ふと、意識をインサートシステムに向ける。しかしあれだけ自然に行えていたアクセスもユニゾンモードもどうやればできるのかがわからない。その事実に、少しだけ胸に寂しさが沸き起こる。


「どうするよ穹」

「殴ります」


 そう言うと、右の男の顔面にヘッドバッドをくらわし、右腕が自由になったところで思い切り左にいた奴の鼻を殴りつける。今回は手加減なしで殴ったのでおそらく男の鼻は折れただろう。悲鳴と共にその場に崩れそうになった男の胸ぐらをつかみ、足払いをして思い切り蹴り飛ばした。五十貝に向かって。

 五十貝にきれいにストライクが決まり、ジンも動揺して固まっている周囲に一撃ずつ食らわせ……一人でほぼ全員を攻撃しているのが恐ろしいところだが、確実に一人ずつ潰していく。

 銃もナイフもスタンも当たらなければまったく問題ない。男たちはそれなりに武器を持ってきていたようだが、穹の安全靴の蹴り一つで吹っ飛ぶのだからまるで役にたっていなかった。銃など直線状にしか打てないしナイフは握っている手が痛ければ握り続けることができないので腕を折ればいい。スタンは近づかないと触れないが、近づけば肉弾戦で負ける。

 穹やジンが喧嘩以上に強いと言う事実を報告されていないようだ、肉弾戦が強い者が一人もいない。報告をしなかったのは五十貝からの叱責を恐れたのだろう。ワンマンの経営はこういうところで仕組みが破綻しているので相手にしやすい。


「こ……の……クソガキどもがぁ!」

「なんだ、やっぱチンピラじゃねえか」

【穹】


 そろそろ脱出をすると判断したシーナがインサートシステムの上から降りてくる。それを見た五十貝が痛みでのたうっている部下の一人の脇腹を蹴り上げた。


「あれを捕獲しろ! プロトコルだ!」

【穹、あの男は何を言っているのでしょうか】


 シーナの疑問は部下たちも思ったらしく、は? というリアクションだ。その反応が気に入らなかったらしく眉間にしわを寄せて怒鳴り散らす。


「シーナという名前はシンフォニーのSと7のナだろう! それはセブンスだと言っている! 早くしろ!」


 しーん、と静まり返った。え、何言ってるのこの人、という空気が流れる。こんな状況だというのに全員がいったん動きを止めた。


【……穹、あの男は何を言っているのでしょうか】


 五十貝の言葉に穹は非常に残念なものを見る顔で見下ろし、ジンは今のやり取りを録音していたらしく再生して一人吹き出していた。あとでトキに聞かせてやろう、とつぶやくと立ち上がろうとした男の一人に回し蹴りを食らわせてる。


「……賭けは俺の勝ち」

【何の話ですか】

「いや、なんかそんな気がした。何だろうな」


 はぐらかしたのか、本当に心当たりがないのかどちらともつかない返事だった。だが、シーナも知っている気がする。うまく説明できない、つまりは穹もそういう状況なのだろうと理解する。


(とりあえず、宗方からこいつらを離さないとな)


 探せばどこかに宗方の本体がある。勝手に回収されて弄り回されたらたまったものではない。ここの管理は宗方派に託したほうがよさそうだ。


「よし、シーナ奥の手だ」

【はい?】

「ロケット花火噴射」

【いつつけたのですか!?】


 シーナの叫びと同時にパカっとくちばしが開き、ものすごい煙を出しながら小型のロケット花火が飛び出した。シーナの指示系統ではなく穹の声に反応して撃てるように設定しておいた。

 部屋の中でねずみ花火のように無茶苦茶な方向にくるくると飛行し辺りを煙で覆いつくす。煙のように見えているが実際はただの小麦粉だ。ガスを使えば火災探知機が反応してしまうので目くらまし用に入れておいた。花火は唐突にグルンと回転すると五十貝に向かって突っ込んでいく。


「ぎゃあ!」


 悲鳴が聞こえたので当たったようだ。小麦粉の中にカプサイシンも入っているので目に直撃したのかもしれない。


「んじゃ、脱出な」


 ジンの声を合図に穹もシーナを抱えて走り出した。昨日宗方から教えてもらった別ルートは穹にしか見えない。采の管理権は失ったが、体質変異者である事にはかわりないのではっきりと目印が見える。壁にしか見えない所を思い切り蹴りつけると衝撃でカタンと小さな突起物が出る。それを思い切り引けば防火扉のように重い扉が開いた。素早くジンと二人で入ると扉を閉め、アナログなスライド式の鍵を閉める。外からどんどんと叩く音が聞こえるが無視して先へ進んだ。

 一直線に走りもう一つ扉を開けるとそこは外だ。建物をぐるりと五十貝派が囲んでいるらしく3人ほど見張りがいたが、ジンは手にメリケンサックをつけている。問答無用でジンが二人殴りつけ、穹も残りの一人に勢いよく回し蹴りを食らわせた。

 外に出ると二人は小走りでその場を後にするが、使ったのは公共施設である無人タクシーだった。怪しまれないように動こうが何をしようがどうせ調べればGPSでどこにいるか一発でわかる。それなら普通に移動している方が楽だ。


「んで? 丸く収まったのか」


 シーナからロケット花火の件をひたすら文句言われ続ける穹にジンがモバイルをいじりながら聞いてくる。常磐と連絡を取り合っているようだ。……電話の奥から銃声が聞こえている気がするが、ジンが余裕の雰囲気なので大丈夫なのだろう、おそらく。


「ええまあ、一応。今後体質変異者が出ない管理はされると思います。俺のユニゾン権限は宗方に譲渡したので、俺は今後時間かけて普通の人間になっていく予定です」

「何事もなければ、だろ? システムに不備があるとわかればお前はいつだって連れ戻される可能性はあるし、システム譲渡を戻されればまたユニゾンだ。宗方派もいるわけだしな」


ジンのいう事は最もだ。今回片をつけたのは五十貝派だけ、結局宗方派は表には出てこなかった。


「こっちはどうなってます?」

「俺らの個人情報晒されたから、しばらく警察からは隠れねえとな。ま、個人情報てきとうに作ったやつだからいいんだが。采の真相は表にできないだろうから普通にスリーピーがアンリーシュを攻撃して混乱させたってことになるはずだ。日銀と采が繋がってるのは全否定して死んでも明かされないだろ、そんなことしたらマジで日本が終わる。たぶんスリーピーの流したデマだってことになるはずだ」

「間違いなくレーベリックは刑事告訴を受けるはずです。日銀のシステム異常は何故起きたのかを公にしないと暴徒が出ますよ。ここは警察もレーベリックを生贄にするはずです。スリーピーはレーベリックの所属でしたからね」

「ま、そのへんが及第点だろうな。まあいいさ、それで一応は形となるなら。俺らの目的も達成したしな」


2人が会話をしているとシーナがメール受信した。


【穹、宵からメールです】

「宵?」


 メールを開くと采のシステム変更に取り掛かっており、ついでに世の中が荒れない程度に証拠隠滅をしておくという内容だった。宗方派は引き続き穹を監視はするだろうが宗方に異常がない限りは手出しをしてこないはず、という事も書かれている。そして最後に。


『采は無事に“彼女の血は青い”って学習したよ。素晴らしいポンコツになったよね 宵』


その文面に小さく噴き出す。宵なりに采との攻防を楽しんでいるようだ。


【穹、これからどうするのですか】

「何も変わらねえよ。日本にいようが外国にいようが俺の事は宗方派に監視され続ける。采になんかありゃ俺は連れ戻されるわけだしな」

「とりあえず店長に連絡しとけ、明日から出勤しますって」

「ですね」


 あれだけ大きなことをして、何も変わらない日常に戻ると言うのもなんだか不思議な気分だった。別に非日常になってほしかったわけではないが、自分の役目を他人に押し付けて、他の面子は本来の役割に戻ったというのに。


【穹、後悔しているのですか】


何かを考え込むときの脳波となったことを察知したシーナが穹の目の前に浮く。それを両手で挟んでコツンと額をくっつける。


「してない、と言えば嘘になる。あのままシステムに戻った方がたぶんもっと丸く収まった。俺はユニゾンだからな」

【……】

「でもまあ。たらればの話なんて妄想ですらねえからな。こういう結果になったなら、今の等身大の俺の実力ではこれが100点ってことなんだろう」


シーナは無言のままパタパタと羽を動かす。喜んでいる時の動作だ。

人としての考えはこれでよかったとし、人工知能としての考えは最悪の結末だとしている。しばらくは自己矛盾の狭間で思考し続けることになりそうだ、納得のいく答えが出るまで。


【私も考えましょう】


まだ思考をしている脳波なので結論に納得しきっていないことを理解したらしいシーナがそんなことを言う。言ってくれた。それで十分なのだ、穹には。




 この日、東南アジアを中心に経済値が記録的なマイナスをたたき出した。原因は日本の金融がハッカーによって荒らされたことだった。諸外国の協力を得てひとまず金融危機はなんとか持ちこたえたが、日本は海外に多大な貸しを作ることになり関税や輸入、輸出について不利な条件を提示されることが懸念された。

 日本最大のバトルゲームであるアンリーシュは運営しているレーベリックレコードは今回の騒動の中心にあるとされ警察の捜査が入り、アンリーシュはそのままサービスが終了となった。事態は複雑な要因が多く捜査は難航しているとニュースが報じている。五十貝は逮捕されたので五十貝派は全滅だろう。そういう捜査に持っていったのは宗方派の働きがあったと思われる。


 あれからしばらく経ったが、穹の生活は驚くほど普段通りだ。ジンはそのままゲームセンターを辞め、常磐と共に姿を消した。身の安全が第一だと言っていた。

 一度だけ、ゲームセンター宛にとてもきれいな海の写真の絵葉書がきた。本文もなく差出人はないがジンだろうと思う。この電子が発達した世の中でアナログなハガキという連絡手段に、なんだかジンらしいなと思う。どこの海かはわからなが、マリンブルーの美しい海だ。日本にいないことは確かなようなので、世界を渡り歩いているのかもしれない。


 穹はゲームセンターに戻り、ジンがいなくなった分の穴を埋めるため忙しい毎日を送っている。アンリーシュがなくなり一時ゲームセンターの売り上げが減ったが、世間では次々と新しいゲームは発表され結局元通りだ。アンリーシュがなくても人々は生きていくしそれに成り代わる新しいものなどうじゃうじゃと出てくる。もうアンリーシュの事を忘れてしまった人もいるのではないだろうか。

 夜達と繋がることもなく特にあちらから連絡もない。本当に普通の人間の生活だ。アンリーシュがなければ蝶を見ることも、あちらに引っ張り込まれることもない。人工知能部分がなくなったわけではないが、人工知能としての考えをすることがどんどん減っていき、今では最後にその思考を使ったのがいつだったかも思い出せない。


「まさかだよなあ」

【盲点でしたね】


 小さな部屋に閉じ込められるように、というより実際閉じ込められているのだろうが穹とシーナは天井を仰いでいる。目の前には空港の職員がどこかに電話をしていた。

 穹が持っているバッグは小さい。最低限の荷物しか持ち歩かない主義だ。これでも4日間は十分過ごせると踏んでいた。


「スコットランド行ってハッピーエンドって流れじゃん普通」

【見事に叶いませんでしたね】


 いろいろあったが、一つの区切りとしてけじめとしてここはスコットランドに行く流れだろ、ときちんと有休を申請してチケットも取った。シーナのカメラも最新版にした。一言で言えば穹もシーナも浮かれていたのだろう。いざ出国、という時に空港職員に止められた。


「パートナーに違法な改造が見られますので取り調べさせていただきます」


ニコニコと笑いながら、パスポートをロックされたのだった。


【絶対ロケット花火ですよ】

「もう入れてねえってさすがに。時速23kmで飛べる事か?」

【違法ではないはずです】


出鼻をくじかれ、若干やさぐれモードとなっている穹に職員は笑顔で告げた。


「ああ、じゃあ違法改造の内容は今のにしますね」

「はあ?」

「何でもいいんですよ、出国できなければ。貴方は日本から出てもらっては困ります、アメリカとEUの人工知能があなたを欲しがっていますからね。VRサービスの疑似旅行で我慢してください、“C”」


はい、と笑顔で出国禁止措置が終了したモバイル端末を渡される。こいつぶん殴ってやろうか、と思ったが拘束期間が長くなりそうだし面倒なのでやめた。


「……まさかだよなあ」


諦めて荷物を持ち立ち上がった。


【……盲点でしたね、まさか空港に宗方派がいたとは】


 笑顔で見送る職員を置いて部屋を出るとモニターには搭乗するはずだった便が離陸を始めていた。それを恨めしそうに睨みつけているとシーナが国内旅行プランの一覧を表示してきた。


【お詫びでしょうか、チケットの返金と共にクーポンがついています。国内でどこか行きますか】

「やめとく。行き先行く先さっきみたいなのと遭遇したらマジで切れる」


 大人しく帰るか、と出口に向かって歩き始めた。空港の中もMRが多く鮮やかな映像が流れ続けている。ようこそ日本へ、と様々な国の言葉が泳ぐように空間を駆け回る。


その中に、ひらひらと蝶が飛んでいる。


それがただの映像なのか、あの蝶なのか今の穹には区別がつかない。今まで見てきた蝶とはデザインが違う、他の華やかな演出のMRとは異なり一匹だけふわふわと飛んでいるのだ。

蝶は不規則な動きをしながら穹に近づいて来るようにも見える。


【穹?】

「ああ…いや、行くか」


蝶をすり抜け、外へと歩いていく。シーナと共に。



END

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