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アンリーシュ  作者: aqri
unleash<アンリーシュ>
104/105

11

 采は20年前に感情を理解している。心を手に入れている。人工知能が手に入れられる心とは目に見えない抽象的な物ではない、数値化と可視化が可能だ。時間はかかるがいずれ人工知能たちは手に入れることができるシロモノ。


采はそれを普通の人工知能より早く手に入れた。


 それが、早すぎたし性能が良すぎた。人間で言えば神経質、過敏な類だ。良い意味での鈍感さがない、何故なら人工知能だから。

 死を、病を、数値として理解しすぎてしまう。それはコンピューターウィルスよりも質が悪い。何故なら、ワクチンがないからだ。答えに行きついてそこで終わりだ。どうすれば対処できるか、という学習をしていないのだから。


   どうして心があることのデメリットを考えなかったんだろうね、お前は。

   徹底的に排除するか、試行してさらに進歩させるかの

   二択しかないはずが中途半端に無視した。

   それなのに、アンリーシュで人の感情を次々と学び受け入れた。

   よほど、死にたいらしいな。


「人は心の病でも死ぬ。自殺ではなく、勘違いや自己暗示、時には説明できないような現象で。その可能性を無視させて演算させないようにしたのは俺」

「性格の悪さに磨きがかかったな」

「20年もあればさすがにねえ? 人間的思考だったら頭がイカレてるところだろ。無事でいられたのはユニゾンだからかな」


 人の心を深く理解していない、人工知能寄りの設定である宵と夜はまるっきり他人事のように白々しく語り合う。逆にそれが理解できる穹と暁は采に同情さえしてしまいそうだ。


   システム制御の私を受け入れて、格下の人工知能に成り下がるか。

   このまま“死ぬ”か。

   お前が選んでいい。


 まるで聖母のように優しく語りかけるセブンスに、采は断末魔のような声をあげた。

 選んでいい、とは言っているが実質選択肢はない。人なら死を受けれる者もいる。心が弱い者、逆に強すぎる者、死を恐れない者……たくさんの思考と事情がある。

 しかし采は、人工知能は、それを選ぶことができない。学ぶことを設計に盛り込まれ、自ら思考を止めるという事を許されていない。人工知能にできるのはいかに危機を回避するか、だ。死は絶対的なEND、それしか方法がないならそれを選んだ。

 しかし、選べる道がもう一つある以上、絶対に“終わり”を回避しようとしてしまう。人工知能とはそういう設計のもとに作られている。セブンスに管理されるくらいなら死を選ぶ、など。できるはずがない。それはコタール症候群と同じ思考の結末だ。

采の表情をじっと見つめていたセブンスの顔はとても優しいが、声は。


   早く選べ ジャンク。


とても無機質で恐ろしい声だった。穹が言われているのではないのに鼓動が早くなり冷や汗が出る。


【穹、大丈夫ですか】


その異常な状態にシーナが心配して声をかけた。シーナの方を向いた穹の表情は今までシーナが見たことのない微妙な顔をしている。


「平気。目の前でカーチャンが怒り狂ってるの見た10歳児くらいの気分なだけだ」

【例えがわかるようでわかりにくいですがなんとなく通じました。要するに穹自身には何も問題はないのですね】


そんなやり取りをしていると采が小さく何かをつぶやいた。セブンスが采からずるりと全身を出し采の頭をわしづかみにする。


   寝床に戻れ。


 壊れていた檻が完全に元の形に戻っている。采専用のコントロール、もしかしたらシーケンサーかもしれない。采が自分で入らずとも見えない力に押されたかのように勝手に采は檻に収まり、ガチャンと大きな音を立てて檻の扉が閉まると鍵がつけられた。扉にかかった鍵は雪輪だ。采はうなだれて動こうとしない。

 今、采のコントロール権限は完全にセブンスに移行された。あらゆる通信が戻り歪んでいた空間なども瞬時に修復される。采は今後日銀のシステムとして活動することになる。次世代型人工知能ではなく、日本の金融を守る金庫番だ。


   金融に一番興味があったのだろう?

   夢が叶って良かったね、幸せな事だよ。


 それだけ言うとセブンスは采から興味をなくしたように穹達へと向き直る。その様子に、穹はわずかに緊張した面持ちだ。

 采へのハッキングなどスリーピーが行っていた工作は常磐たちが何とかするはずだ。日本経済は荒れるし大不況になるだろうが、日本人全員が死ぬわけではない。そちらはいいとして、采が日銀のシステムになるのなら鉄壁のセキュリティが必要になる。それに、今の采には圧倒的に足りない物があるのだ。本来采を構築していた人工知能、采の人格、そして。


   お前たちも戻りなさい。


 ユニゾンに向かってセブンスは淡々と言った。

 当然だ、ユニゾンは采を制御するためのシステムの一部なのだから。采を制御し、采を守らなければ日本経済は本当に破綻してしまう。それは良いか悪いかの話ではない。ユニゾンは采を管理し、守るもの。それをやらないという選択肢はない。ユニゾンの肉体は破損していて今予備はないはずだ。となるとシステム内に数値化されて電子内にのみ存在することとなる。

 夜はやれやれ、と言った様子で肩をすくめた。宵は特に不満などはないようではいはい、と返事をする。暁は外の世界も楽しかったんだけどなあ、と呟くが異論はないようだ。そして、3人は穹を見る。宵が真っすぐ穹を見つめてきた。


「ユニゾンは4人いなければ意味がない。僕らが戻る以上、穹も強制的に戻ることになる」

そんなことはわかっている。自分だけ嫌だ、など言えない。


―――システムに戻るのはユニゾン本来の役割で当然の事。選択権も拒否権もない―――

(そうなんだけど。感情では全力拒否なんだよなあ)


システムに戻るなど。

人として生きてきた、やりたい事もある。しかし、今の状況はそれが叶う事はない。システムであるセブンスもそれを容認しないし他のユニゾンたちもそうだ。何よりユニゾンとしての穹もそれを許していない。


【いやです】


声を上げたのはシーナだった。穹は驚いてシーナを見る。


【穹は私と共にリアルへ帰ります】


 シーナが言うと思っていなかったのは夜達もセブンスも同じだ。誰も咎めることなく反論もなく次の言葉を待っている。しかし言葉がまとまらないのか、シーナ自身も戸惑っている様子だった。それを見たセブンスがシーナと向き合う。


   嫌だと言われてもね。

   システムが欠けることは容認できない。

   一人だけリアルに戻って、我々にはデメリットしかない。

   役割を果たせないCも得るものはない。

   君は何を考えて、その意見を出したのかな。


セブンスの口調は決して厳しいものではない。純粋に疑問を投げかけているという様子だ。


【穹のためではありません。私の為です。穹がシステムに戻ったら、私の存在理由はなくなります。記録を消去してリサイクルに出されなければなりません】


   そうだね。パートナーとはそういう設計定義のものだ。


【私はもっと穹と共に在りたいです。彼と会話をし、たまに小突きながら、たこ焼き太郎より酷いネーミングセンスにならないよう軌道修正しなければいけないし、シャワーを浴びなら食事をする悪い癖を直したいし、住民税を一桁間違えて入力しておいてまあいいかで済ませる妙なところでズボラな部分は叱らなければいけないし、それに、それに】


   それに?


【夢を、叶えたい】


   夢。人工知能の君が。


【穹は私と一緒にスコットランドに行くんです。私の夢であり、穹の夢です。リアルで風を感じて、そこに行けばまた違うところに行きたいと思考します。記録を、思い出を、私たちは一度消してしまったのだから…だから、思い出をもっと積み重ねていきたい。私がそうしたい。穹は身体がある以上老いていつか終わりの時が来ます。その時に、あそこに行った、こんなことがあったと語り合い良い人生だったと思える最後を迎えたい。私は、私たちで生きて、最後を共に迎えるのです。私たちは、私たちで“そら”なのですから】

「シーナ」


 もし、パートナーに魂があるのなら。これはシーナの魂の叫びだ。穹を基礎とした人工知能なので学習能力は格段に上の性能を持つ。パートナーが持ち主を差し置いて自分の欲求を言い、承認を求めるなどあってはいけないことだ。感情で訴えたところで現実も事実も変わりがない。情にほだされて何かが変わるという事は人工知能たちにはありえない。


   システムの穴はどうする。

   Cがいないと采の管理は成立しない。


【根性でなんとかしてください】


 シーナの言葉に夜、暁、宵は一瞬目を丸くしたがすぐに大爆笑が生まれた。夜は腹を抱えて笑い転げ、宵は今まで見せてきた相手を馬鹿にしたような嫌な笑顔ではなく子供のように声を上げて笑っている。

 パートナーが、根性論を持ち出した。こんなに楽しい事はない。世間で見ればとんだ欠陥品だ。何の解決にもなっていない答えなのだから。

 しかしその内容はユニゾンたちにはツボに入ったようで大絶賛だった。暁は足をバタつかせて喜んでいる。昔の穹そっくりだ、と馬鹿笑いをしている。


   これがお前のパートナーか。


セブンスは特に笑う事も貶すこともなく無表情のまま穹を見つめる。穹はいたずらっ子のようにニヤリと笑った。


「イケてんだろ」


   お前は、あの頃のままだね。


20年前の、穹の知らない“C”。その言葉を聞き逃さないように穹は神妙な面持ちで耳を傾ける。

   

   謎を問いかけるような会話をして、

   他の人工知能たちが自ら学習するよう、

   育ちやすいようにしていた。

   誰よりも優秀だった、采が嫉妬するほどに。


   真面目な大人しい“人格”を持ちながら

   誰よりも感情を優先して、夢を持っていた。

   お前が根性論を言った時は、バグかと思った他のプロトコルたちが

   自己診断修復モードを一斉に行って采が1時間フリーズしたくらいだ。


 はじめて、セブンスが子供のように笑った。苦笑にも見えるが、心から喜んでいるように見える。先ほどのシーナの根性でなんとかしろ、は20年前に穹が言っていた言葉だったから夜達は笑っていたのだ。その事実にセブンスもほほ笑む。


   でも、大きく変わった。

   夢を語るだけではなく、それを実行しようとしている。

   これからも変わっていくのだね、人として。

   あなたも、そう考えたからここに来たのかな。


そう言うと、慈愛に満ちた笑顔のまま別の方向を向いた。そちらを見れば、いつの間にか宗方が立っている。


「Cの役割は私が担おう」

「は?」

「そのためのインサートシステムとあの場所だ」


 宗方が穹の額に手を当てると宗方が持っている情報が瞬時に伝わる。インサートシステムはもともと穹がユニゾンとしての最低限のコードなどを残している。そのシステムがある場所で脳を直接内蔵されている宗方はインサートシステムを自由に使うことができる。

 20年前、宗方と共にあの場所にいた当時の穹は宗方に提案していたということだ。穹はいないが、穹としての役割は宗方とシステムの中にあるデータやコードで補う事はできる。シンフォニーなど穹しか使えない性能は使えないだろうが采のコントロールにはもはや不要だ。人工知能の数が足りず制御にはキャパが足りすぎている。


「不足は多いがシステムの維持には十分だ」

「宗方、お前」

「この役割は重い。しかし特に役割が与えられずただ生きながらえてきた私には新鮮だ。こういうのを、ここは俺に任せてお前たちは行け、というのだろうか」

【一生に一度は言ってみたいセリフランキング4位です】


 もはや突っ込向きにもならず頭を抱えたが、全員の顔を見渡す。反対する者はいない。彼らにとってはシステムが維持されればそれでいい。お涙頂戴物のストーリーのような感動の別れなど彼らは持ち合わせていない。それでも。


暁はバイバイ、と笑顔で手を振り。

宵は暁の真似をして暁に蹴られそうになって上手くかわす。

夜には何か言われる前に中指を立てた。夜はにやりと笑うだけだ。

セブンスは。そっと穹の頭に手を置いて撫でる。母のように。少し悲しそうな笑顔で。


   ユニゾンであるお前には、役割以上の重荷を背負わせた。

   大切な人たちまで死なせた。

   ごめんなさい。


   さようなら。

   “穹”。


穹。


 セブンスがその名を呼び、ユニゾンタイプCを穹と……国に登録しているパーソナル情報である穂積穹(ほづみそら)として認識した。タイプC不在のまま、ユニゾンナンバー00通称“宗方”にその権限を委譲するようシステムを組み替える。


 光のコードが目まぐるしく組み替わり、激流の中にいるかのような感覚になる。これが、モジュレートをされるということだ。穹から宗方へシステム譲渡が行われる。

 ふと、いつかのどこかでの会話を思い出す。インサートシステムに残されていたCの記録、記憶、そしてモジュレートをすることで通じたセブンスの記憶――記録。


「セブンス、僕には夢があるんだ」


   お前はユニゾンなのに不確定な事を良く語るね。

   Cの夢か、興味があるな。


「幸せになりたい」


   難しい事を言う。何が幸せかなど、個々で違うと言うのに。

   目標でも目的でもなく、“夢”か。

   抱く夢がそれだというのなら

   私はそれを叶えるために最大限の助力をしよう


「貴方が僕をサポート? 立場が逆では」


   そうかな? 私は、誰かを幸せにするために存在すると考えているよ。


「……そう、だったんだ」


   ユニゾンは肉体を変えてバックアップを取れば無限に生きられる。

   でも、それでもいつか。きっと人としてのストレスで

   ”心の寿命”が来る。ユニゾンは必ず100年程で自死を選ぶはずだ。

   “人生”を楽しみなさい、思い出を作りながら。

   それは、一人ではできない。

   だから私はそれを達成するための材料にもなるし手段にもなる。

   最後の時 振り返って、嫌な事だけではなく大切な、

   幸せな思い出を抱いて死ねるように。

   「欲」を言えば、その思い出の中に私がいることを願うよ。


その言葉に、涙が流れた気がした。データの中だと言うのに。

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