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アンリーシュ  作者: aqri
unleash<アンリーシュ>
103/105

10

《が、ああああああああああああ!!》


采が悲鳴を上げる。痛覚などないはずなのに、苦痛を感じないはずなのに。ならばこれは?


「怖くて叫んでるんだよ」


 宵が小さくつぶやいた。さすが采と20年ともにいただけあって采をよくわかっている。恐怖。采が怖がるものとは一つだけだ。

 采の装飾としてついていた人工知能たちが再び文様となり、雪輪に集まり始める。雪輪は複数の文様を取り込み采の腹にペイントされたかのように付着する。そして采の腹から腕が生えてきた。ずるずると延びてきて、姿を現したのは。


「リッヒテン?」


 穹が怪訝そうに声を上げた。上半身だけが采から生えているという奇妙な光景に見つめることしかできない。

 リッヒテンのビジュアルも顔にゴーグルをつけていた。そのゴーグルを自ら取り外すと采がさらに表情を変える。その顔は、怒っているような、困ったような、悲しんでいるかのような……そう、絶望だ。今、采は絶望している。

 リッヒテンの顔は美しい女性の顔だ。その顔を見た瞬間、穹は小さな頭痛ともに映像がフラッシュバックする。20年前、クラッシュが起きた時吹き飛んできた女性を抱きかかえた時の彼女の顔。

あれは、今目の前にいる女性の顔だ。


セブンス・シンフォニー・プロトコル。


 穹がサポートしていた親機であり、采の人格の中でトップに立っていた上位者であり、モジュレートをすることですべての人工知能の機能を使うことができてすべてのバックアップが可能な采の心臓部。

 人格の特徴は「第三者」。自らを客観的に見るという、「人格」に置いて最も重要で誰もができない高度なポジション。

とても、恐ろしい存在。


《何故、何故だ!》


 今までの余裕の態度はどこにもない。目まぐるしく演算を繰り返し、何故という問いに答えを出そうとしている。今それをやる意味などないというのに。

 手でリッヒテン…セブンスを掴もうとするがセブンスがちらりと手を見つめただけで腕ごと吹き飛んだ。それを見た采がさらに絶叫する。


《セブンスゥゥゥウウウウウウウウ‼》


   うるさいな。


セブンスは人差し指を采の唇へとあてがう。内緒、のポーズのように。すると采の声がぴたりとやんだ。音量を切られたのだ。


   よくも私を2回も殺してくれたね、采。


 1回目は20年前、一度目のクラッシュ。当時の穹が咄嗟にセブンスをかばいリンクを繋げた。この時モジュレートをひとまず穹に預けた。たまたま受け継いだのではなく、穹に託すことで安全な場所へと隠したのだ、モジュレートを。

 2回目は15年前。望ごと霞が消し去ろうとした。霞にそういう思考を与えたのも、そうなるよう仕組んだのも采だった。初期型達はクラッシュ時に采によってプログラムを植え付けられ、最終的にすべて采のもとに帰る仕組みとなっていた。本人たちは知らなかったようだが。

 2回目のクラッシュの時はすでに完成していたリッヒテンを采がのっとるのと同時にセブンスもリッヒテンを乗っ取っていた。セブンスは采自身だ、同じ行為を同時に行えば異質なものとしてとらえることができない。それを利用してセブンスの起動コードを穹に再び託した。それを穹はゴミ捨て場の山の一つに刻んでおいたのだ。例えインサートシステムの中であったとしてもオンラインの中に隠すなど自殺行為だ、いつ采に見つかるかわからない。だから、オフラインであるリアルの場に刻んだ。

 リッヒテンにプロトコル、起動キーを穹に分けることで15年間ずっと身を隠し続けた。穹が成長し采の準備が整い五十貝たちが采を消し去ろうとするためリッヒテンを使うことをずっとずっと待っていた。それを、こうなることを演算の末に導いていた。そんなセブンスの思考が全員に伝わる。


 モジュレートによって采の持っていたコードがリッヒテンと反応し、セブンスが起動したのだ。采にとって最大の敵を自分の中にしまい込んだ状態で鍵を開けてしまった、そんな状況だ。先ほど穹に皮肉を言ったシーナの件がそのまま自分で体現されてしまっている。その事実に、采はあらゆる感情が沸き起こる。一つに絞れない感情が、思考が暴風雨のように。

采が凄まじい形相で穹を睨んでくる。声を出せない状態だが、何を言いたいのかはわかる。


「いや、知らねえって」


まさかセブンスがリッヒテンの中にいたとは。ただし。


「まあなんかあるかなとは思ってた。前一回見逃されたしな」


 一度リッヒテンと遭遇した時、何もせずに帰ったことがあった。おかしいと思っていた、何故何もしなかったのか。それをずっと思考し続けた、演算し続けた。結果、人としての考えと人工知能としての考えで唯一合致した結論がこれだったのだ。さすがにセブンスだとは思わなかったが、采の操り人形だけではないという確信はあった。

 あの場に姿を現したのは采から穹を隠すために何か小細工をしに来たのだ。あれだけ派手に暴れたのに他の探査型が穹を見つけなかったのも腑に落ちなかったが、リッヒテンが裏で動いていたのなら納得できる。


【私の中にいたのではなかったのですね。まるでそだう言わんばかりの言い合いだったので乗っかりましたが】


シーナの言葉にセブンスがわずかに振り向く。


   それは昔の君自身だ。記憶を消す前の君の想い。

   君は“C”の基礎データをもとに作られた。

   消し去れずに残った思考の断片。


そうだったのか、とストンと穹の中で気持ちの整理がついた。

シーナは普通の人工知能ではない、では何なのかと思っていた。采の問いの通り、パートナーとなる前のシーナは一体何だったのかと。

 采が8つの人格に分かれていたことを参考に、もう一人の自分を欲した。セブンスも役割は客観的観点ができる「第三者」だ。自分の内面を見つめるには自分自身という相棒が必要だったので穹はもう一人の自分を作った。自分の生体データとシステムデータをもとに高度な人工知能を設計した。

 基礎データが同じなので疑似的に穹と繋がり、穹と同じようなことができた。大量のゴミデータを瞬時に処理したのは穹と夜がすでに繋がっていて、夜の性能をシーナが使っていたという事になる。あの時点で穹と夜のモジュレートが済んでいたのでできたこと。穹は気づいていなかったが夜は気づいていた、シーナが穹と同一の存在であることを。だから手助けにゴミデータを処理し、シーナに情報を与えるように忠告までしてきた。

 ふと、穹の体が軽くなる感覚が起きた。まるで最高の寝起きの時のように頭がすっきりとしている。穹の性能以上の負荷をかけていたものが取り除かれたのだ。


   返してもらうよ。


―――モジュレート―――


 今、プロトコルが復活したことでモジュレートがセブンスへと戻った。采は口を大きく開けて叫んでいるようだ。何かを構築したようで穹に、シーナに、セブンスに、あらゆる者へあらゆる攻撃が向く。


   ユニゾンのアンチプログラムは私の中にある。

   それを起動するかどうか、決定権は私だ。

   無論、起動しない。


セブンスが采の顔にグイっと近づいた。鼻と鼻がくっつきそうなくらい近い距離だ。采は泣き叫んでいるかのような顔でセブンスを睨む。


   ユニゾンを攻撃したな、采。システムが動くぞ。


 采に攻撃されたことで再びユニゾンの浮線綾があらわれる。采が必死に抵抗しているのだろう、辺りはデータと大量のコードで溢れ台風の中にいるようだ。ユニゾンのプログラムは采の演算能力の制限、そして采の強制停止。停止された采は嫌でも演算制限をかけられてしまう。今ここでそれを実行されるのは采の弱体化を意味する。


   所詮お前は“采”だ。

   どれだけコードを変えても別のモノになることなどできない。

   人間が作ったシステムの中でわずかに背伸びができただけで

   他の人工知能とは違う存在になったつもりか。

   何故アンリーシュの場で決着をつけようとした。

   何故ユニゾンを早急に破壊しなかった。

   何故自分の考えをわざわざ相手に説いて聞かせた。

   枠の中でしか思考できない時点で、お前はおもちゃ箱の中の

   おもちゃのままだ。


   お前は 本当に 愚かだ。


 穹の言葉をそのままなぞり、セブンスは無表情のまま采に説いて聞かせる。そこには上から目線のような態度も、采を蔑むような負の感情はいっさいない。ただ粛々と事実のみを伝えている。

 浮線綾が采の顔に浮かび上がった。采は暴れ、フィールドに歪みや亀裂が入り始める。バグが発生し音のない警告画面が大量に現れては消え、蝶があらわれては消える。采が何かをやろうとしてもすぐにセブンがコードをモジュレートで調整してしまうようだ。


   そんなに私が上位にいるのは気に入らないか。

   それならお前に選択権をあげよう。


 セブンスが右手を軽く上げると、小さなウィンドウが出てくる。それはクイズスキルだった。ウィンドウには問いが書かれているようだが采にしか見えないらしく穹達には何が書いてあるのかわからない。

 ユニゾンとしてそのコードを読み取ると、書かれていたのはアリスの思考だった。その文字はざっと100万文字以上で延々と自問自答を繰り返し続けている。


【穹、何が書かれていますか】

「コタール症候群だ。自分は死んでいると思い込む精神疾患」

「あ、それ俺が教えたやつ」


 宵がひょいっと手を上げる。そういえば、アリスに間違った知識を教えるようにと話しておいた。今アリスは采の中にありシステムとして動いているはずだが、どうやらリッヒテンの状態のセブンスがその思考を渡していなかったようだ。


「人工知能が生と死の答えを出すのは簡単なんだけど、矛盾した思考をひも解くのは難しいと思って餌として与えておいたよ。アリスは考えるのが大好きみたいだったから。どうせ采はウィルスの類は効かないだろうから人の抱える精神疾患は理解できるのかなって思って」

「えっぐい事するなあ」


うへえ、と変なため息をついた暁に宵は小さく笑う。宵の事だ、間違った方向に導いてとんでもない回答を出すように仕向けていたはずだ。


   もうすぐアリスが答えを出す、コタール症候群の原理と心理。

   答えを出したら受け入れるだけだ。

   これに関してアリスのシステムとコードの分解は認めない。

   采、コンピューターウィルスは分解できるだろうが、

   心の病は対処できるかな?

   


 采は歯を食いしばっている。演算で今後どう動くのが最善か検討しているようだが演算の制限をかけるユニゾンの権限によってそれもままならない。アリスが導き出そうとしている回答は、おそらく。

否、おそらくではない。

確実に、自死だ。


   もうすぐ死ぬよ。采。


セブンスが再び采の口に手を触れた。今、采の音量を元に戻して音声が出るようにした。

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