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アンリーシュ  作者: aqri
unleash<アンリーシュ>
102/105

9

先ほどの嬉しそうな雰囲気と違って采の声は無機質だ。


「浮線綾は期待外れだったかな?」


 宵の言葉に采は無反応だが、言われてなるほどと納得した。おそらくそうだ、采が予想していたものと違った。演算の末に導き出していた答えと違って“不満”なのだろう。ありとあらゆる想定をし尽していたのだから。


「まるで徳川の埋蔵金だな。そこに宝があると信じて穴を掘り続ける。当時の人間の技術じゃ到達できねえような深さまで重機で掘り続けて、それでもなくて。ここじゃなくてどこか別の場所なのかってまた探す。埋蔵金自体がないって発想にはいかないんだよな」


穹がそう言うと宵が困ったように笑った。その顔がまた、絶妙に相手を小馬鹿にした嫌な笑顔だ。


「そりゃメディアまでよんで大々的にやってれば実は勘違いでした、なんて言えないから。宝はあるっていう妄想を辻褄合わせしないとやってられないでしょ。采、人工知能が辻褄合わせしたら終わりだよ」


宵の嫌味に反応せず、采はわずかに口元を緩める。まっすぐ穹を見ると優しく問いかけてきた。


《C、お前がゴミ捨て場でパートナーに託したものはなんだ》


「……」

「穹、聞かれてるけど」

「あ、Cって俺か」


 暁の突っ込みにボケではなく本気で忘れていた穹に夜と宵がケラケラと笑う。ダッセ、今のは恥ずかしい、と采を嘲笑い楽しそうだ。二人とも人工知能寄りの設定のはずだが、なんだか穹よりも人間らしく見える。

確かに地下のゴミ捨て場で見つけたものをシーナに預けた。大切なデータはいつもシーナに託してきた。


《大切なものはいつもパートナーに託す。それがお前のやり方だったな》


 アンリーシュのバトルにおいてスキルを隠しておくのは穹の得意とするところだった。今までの人工知能たちとの戦いでも重要なスキルはシーナに使わせることが多かったと思う。アンリーシュそのものである采はすべて見てきて解析まで終わっている。


「託したものはなんだって言われてもな。俺が知るかよ」


その言葉に嘘はない。昔の自分がよく行っていた場所に置いていたのなら大切なものなのだろうと思っただけだ。ゴミ処理がされる場所ではない、ずっとその場にあると踏んで未来の自分へと託した。


《では確認しよう》


 空間が振動する感覚があった。小さな電子音とともに姿を現したのはシーナだった。ゲーム上でのキャラの姿で采と同じ顔。ただし今は采に何らかの制御を受けているらしく何の反応もない。まるでNPCのようだ。

 采がシーナの腹に手を当てるとシーナにからアラーム音が鳴り始めた。ハッキングを受けている時になるように設定しているものだ。シーナに隠されたものを強制的に探り始める。采の性能をもってすれば一瞬で見つけられるだろう。イメージ映像なのだろうが、シーナの腹部から何かが抜き取られた。おそらくアレがゴミ捨て場で見つけたデータだ。


「痴漢行為はやめてくださーい」


 宵がそう言うと宵の背後に蜘蛛の巣のような物が一瞬で組みあがり、采に襲い掛かる。采は軽く手を振り蜘蛛の巣……宵が作ったセキュリティプログラムを破壊する。しかし砕けたプログラムは一瞬で元通りの同じ形になると采の手に絡みついた。するとシーナが目を開き、瞬時に穹の隣に移動する。宵が采のハッキングに対処をし、シーナを開放する手助けをしてくれたのだ。無論穹の為にやったわけではない。穹にはシーナが必要だという状況判断での行動だ。


【今の状況は把握しています、動けなかっただけなので】

「そりゃ何よりだ」


 エラーや破壊などはなかったようだ。采は単純に隠されたものを探っただけ。これがハッカーだったり采がもっと人間寄りの考えがあれば腹いせや嫌がらせでシーナを破壊したりウィルスを仕込んだりしていただろうが、采はあくまで人工知能だ。この状況に不要と判断した事は実施しない。

 シーナは真っすぐに采を見据える。シーナが来る前の状況はどうだったのか、と普通は聞いて来そうな気がするがシーナは何も確認してこない。把握しているのだ、ここで起きていることを。


―――インサートシステムを使ってるって事か。ここにシーナが来れたのも、俺たちと同等の性能を持っているから―――


《私も同じ答えを導き出した、C。そのパートナーは普通のモノではない》


まるで穹の考えを読んでいるかのようだが、今采にはモジュレートが効かないはずだ。となると通信やリンクが繋がれて穹の考えを見ているとは考えにくい、おそらく演算だろう。


《私がユニゾンの持つ性能だと結論づけたのは、セブンスの再構築だ》


 セブンス・シンフォニー・プロトコル。采の人格が複数あった中でも、心臓部と言っていい重要な役割だったプロトコルだ。他のプロトコルも十分大切なのだが、セブンスは別格だった。だからユニゾンを一人サブポジションに置き完全に壊れてしまわないようにしていた。

 穹は有事の際セブンスの代替えとなるが、代わりの物より本物が復帰したほうがいいに決まっている。ユニゾンによるプロトコルの代替えはいくつかある対策の一つに過ぎない。


《20年前セブンスの破壊に失敗しCがセブンスとリンクを繋げたのは知っていた。完全に消える前に基礎を移し、復活できるように下準備をしていたのだろう。お前は自分の記憶を消し、ソレをパートナーとすることで成長のリセットをかけたようだが、では本来一体何の役割を持っていたのだソレは》


シーナは答えない。シーナ自身が知るはずもないし記憶がない穹もわからない。

シーナは明らかに普通のパートナーではなかった。成長が早すぎた。


《思い当たることが多数あるだろう》


「まあ、あるな。感情の理解みたいな言動はいくつかあった」


 それはシーナ自身も理解していないようだった。なんだと聞けばなんでしょう、と返ってくることがあったくらいだ。普通のパートナー型人工知能ならありえないことだ。答えが出せないのなら不明だ、と答えが欲しいと訴えてくるようプログラムされている。しかしなんでしょう、という返答は今まさに思考、演算の袋小路に入っていることを示す。まるで、人のように。


《望が死ぬ前、Cと共に霞と戦っていた》


「確かにな。結局力及ばず霞に弾き飛ばされたけど普通できねえわ」


穹が断片で思い出した記憶。正確には霞に負けたのではなく裏から手を加えていた采に負けたのだが。それでも初期型人工知能に対抗できるなど、ありえない。


《お前が作り出した人工知能だ。ユニゾンとして動いていたお前に何故パートナーが必要だった?違うな、パートナーではなかった。ソレは》


「霞と戦ってる時にゴミデータを一瞬でデリートした時もあった。普通のパートナーの性能じゃ無理だ。俺らと同等以上の性能がないとな」

【そういえば、知らない声が再現されたこともありました。思考の先にあるものを見るのが夢だったと。あれは、彼女の声だったのですね】


ここから結論付けられることは。


《ソレは、セブンスを再構築するための受け皿だ。それを起動するためのプログラムがゴミ置き場に隠されていた。愚かにも、お前は必要なコードを必要な場所にわざわざ隠し奪われた。お前は本当に愚かだ》


私の勝利だ。そう、顔に書いてあるかのように采が嗤う。その表情を、穹だけでなくユニゾン全員が冷静に見つめた。冷静に、というより白けていると言った方が正しいか。


「んじゃあやってみっか」

【何をやるのです】


モジュレートに決まっている。今、この状態で。その答えにたどり着いたシーナは静かに穹を見る。


【采にモジュレートは効かないのでは】

「効かねえな」


 穹は自信満々だ。迷うそぶりもない。シーナは何も言わず、穹がやろうとしていることを最大限に生かせるように思考し始めたようだ。

 これは賭けだ。おそらく今必要な条件はシーナが来たことで本当にすべてそろった。何かが起きるかもしれないし、何も起きないかもしれない。何も起きなければ自分たちは采に取り込まれるか完全に破壊されて終わりだ。


「勝率は?」


 宵が微笑みながら聞いてくる。采に対して見せていた嫌な笑顔ではなく、まるで日向ぼっこを楽しむかのような穏やかな笑顔だ。


「計算できねえや、祈っててくれ」


 暁はやれやれ、と言った感じに肩をすくめる。夜は一人だけ無表情だ。その顔は穹を見ていない。采を見据えている、否、采だろうか? そのもっと先にある別の物を見ているようにも感じるが。

 再びモジュレートを行う。采は余裕の表情で攻撃をして潰しにかかってきた。アンチプログラムがあるので当然采には効かないが、それをわかっていてやっているのなら何か奥の手があると警戒したようだ。

 アンリーシュのバトルスタイルではない、システムとしての攻撃だ。それを夜が分解、暁が別の物へ再構築、宵がセキュリティでカバーをする。性能は采が圧倒的に勝る、1秒持てばいい方だ。


 采の狙いはシーナだった。シーナがセブンスであると采は確信している。このモジュレートによってシーナがセブンスとして中途半端に完成されると面倒なことになるので今のうちに潰したいようだ。コードは采の手の中にあるので完成はしないだろうが、采の知らないセブンスとユニゾンの繋がりがあった場合を考えての対処だ。

 ユニゾンの浮線綾が再び現れ、采はターゲットをシーナから浮線綾へと変更した。リッヒテンから得た構築プログラムと先ほど得た浮線綾データから破壊ウィルスを作り出したようだ。この文様さえ消えてしまえば弱体化などできない、データを抜き取った以上シーナをセブンスとして目覚めさせることもできない。今、目の前の文様破壊にすべての性能を集中させることが最善だという答えにいきついた。その様子に穹が叫んだ。


「やっぱそっちに行くんだなジャンク品!」


《黙れ》


「所詮お前は“采”だ、どれだけコードを変えても別のモノになることなんてできねえんだよ! 人が作ったシステムの中でちっとばかし背伸びができただけで他の人工知能とは違う存在になったつもりかよ、最高に笑えねえんだよ! 何でアンリーシュの場で決着をつけようとしたんだ、何で俺たちをさっさと破壊しなかった、何で自分の考えをわざわざ相手に説いて聞かせた! いらねえだろ、そんな茶番は!」


モジュレートは采には効かない。しかし、確かに何かが組み替えられ、不足が補われ、プログラムが組み立てられていく。夜が、暁が、宵が采からの攻撃に対抗し時間を作る。


「決められた枠の中でしか思考できない時点で、お前はおもちゃ箱の中のおもちゃのままだ。しかもポンコツときてやがる! テメエなんざジャンクで十分なんだよ改名しろクソババア!」


《黙れぇぇぇええええ!》


「ブチ切れたぞ」


夜が采の攻撃を分解する。すぐに何千という攻撃が来るが、


「まるで駄々っ子だ。残念具合が凄いよね。誰のせいなんだか」


暁が分解した攻撃を組み直し、采に反撃をする。それらはすべて防がれ新たな攻撃となって戻って来るが、


「まあだいたいは俺のせい。あと、穹の言葉に切れるのは穹のこと嫌いなんだよ采は、20年前からずっと」


宵がそれらの攻撃をすべて防いで采のセキュリティ解除まで行おうとする。

今の采はユニゾンの性能をすべて持っている。プログラムをまねた時に参考にして、疑似的なユニゾンのプログラムを組み立てたのだ。同じ性能が攻防しあうのでこれといって解決になっていない。


「テメエは20年前から本当に何も変わってねえな、20年間何してやがったんだ! お前は本当に!」


『采、君は本当に愚かだ。今まで一体何を学んできた』


 20年前のクラッシュ時、セブンスを抱きかかえたままの“C”にそう言われた。クラッシュを引き起こされたことに対する負け惜しみでもない、怒りも悲しみもない、ただ憐れみを向けられた。愚かだと評価された。

自分より劣る性能の、人間部分まである中途半端な存在に。


《ゴミが、私に、意見をするな!!》


 采の怒りは何に対しての怒りなのか。人工知能なら、システムなら怒る必要などないというのに。人間の犯罪心理を理解するために開発された采は感情を、心理を学びやすいように設計されているはずだ。段階を踏んで順次学んでいけば数億の人間の思考パターンを習得することができたはずだ。

 アンリーシュというバトルシステムを使い、ある意味人間の思考を大量に集めることはできた。しかし、バトルゲームという環境で学ぶことができたのは勝利へのこだわり、いわば優劣だ。相手より自分が勝っていると誇示することができる場所。そんなところで学びを得てしまったのなら、手に入れることができるのは矜持くらいなものだ。


【人工知能間で優劣に関して、悦を得るなど言語道断です。そんな無駄な事をしている時点で貴方はどうしようもないポンコツなんです。相手をゴミと呼ぶのは三流以下だと2世紀前から言われています。馬鹿と言った奴が馬鹿という言葉を知らないのですか】


《貴様が言うなああああ!! セブンス!》


采の攻撃がすべてシーナに向けられた。ユニゾン、采を攻撃するハッカー、五十貝たちの妨害工作、すべての対応を止めて何億という演算の末の破壊プログラムをシーナへと叩きつけるために。



   はずれだ、采



全員の頭に声が響いた。


【誰ですか】


 シーナも辺りを見渡す。その様子に采が初めて驚愕の表情を浮かべた。シーナから聞こえた声ではなかった。それは、采の中から聞こえた。しかも男とも女とも区別がつかない、采の声にそっくりだが似て非なる声。


《な  に   ?》


 采の周りに雪輪があらわれる。砂のような大きさだったそれは、采の目の前に集まり始めやがて顔と同じくらいの大きさへと変わっていく。それは確かに雪輪、そして対ユニゾン用に組まれたアンチプログラムだ。穹達には見えないよう細工されていたプログラムが事細かに可視化されている。

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