7
元々の持ち主である采に、内容の変更など子供だましにもならない。すぐに仕様を戻されるに決まっている。小さな布石だ、攻撃にも防御にもならない。しかし、湖に石を投げ波紋として広がるように広がっていくのだ。
先ほどのウィルスは采に直接何かをするものではない。ただ、アンリーシュプレイヤーにメッセージがいくだけだ。プレイヤーである穹にも届いている、地下の男がエンターを押す10秒前から。采が日銀システムを担っていることとその証拠データと、たった一言。
『采をどうにかすれば、日銀から金がとり放題だ』
「えっぐいなあお前」
夜がニヤニヤしながらメッセージを見つめる。暁は目を丸くした後苦笑する。
「さて、ハッカーの集まりであるアンリーシュプレイヤーのお手並み拝見だ」
メッセージが開かれてからほんの数秒だ。そこら中に警報が鳴り響く。
アンリーシュの登録者は日本だけで1万人以上、世界を入れればもっといるはずだ。その中で腕の差はあるといえハッカーは数多く存在する。ヒマつぶしを、快楽を、マウントをとって自己顕示を、とにかく金を、腕試しを、ただなんとなく…さまざまな理由が、「欲」が、その思考が、采を総攻撃する。
采は人工知能だ、当然危機に対して対処するようにできている。防御プログラムもある、セキュリティもある、采自身がハッカーとして相手を攻撃することもできる。
優秀であるが故対処をするし、プログラムであるが故最高のパフォーマンスで対応をする。一気に攻撃を受け、それを一気に対処する。普通はサーバーがダウンするものだが、そうならないようにレーベリックレコードは最大規模のサーバーとデータバンクを地下施設に用意していたのだ。
「ついでに宇宙にもサーバー飛ばしてるからな。絶対落ちねえよ」
レーベリックが宇宙にGPSを飛ばしたことばかり目が行っていたが、おそらくそちらはフェイクだ。本当の目的は地球外にサーバーを持ち、采をコントロールできなくなった際采ごとサーバーを破壊する事を狙っていたのだろう。宇宙のサーバーはそのためのバックアップだ。
「采もサーバーを落として全員の行動を停止させるっていう判断は……まあしないだろうね」
「殺してくれって言ってるようなもんだそりゃ」
落とせば采は雁字搦めにされた状態で棺に入れられるようなものだ。自分を改造してくれ、あるいは破壊してくれと宣伝するのと同じだ。しかし次のステップは刻一刻と迫る。
サーバーダウンなど、少し考えればやるメリットはあまりないとわかる。しかしレーベリックはこの異常事態を何とか納めなければならないのだ、日銀をハッカーに一斉攻撃されるなど日本経済の終わりを示す。
ガクン、という衝撃のような感覚があった。サーバーが強制遮断されたのだ、五十貝派によって。これで采へのハッカー攻撃を防げる、と思っての行動だ。
「ま、そんなうまくいくわけねえわな」
穹、夜、暁がその隙を狙って組んでいたプログラムを、非常回線を使って一気に起動する。采もそれを読んで非常回線に予防線を張っていたようで一瞬で防がれた。
しかし夜の分解プログラムには今の采にはかなわない。他の人工知能を改めて取り入れて能力の底上げをしているようだが、だからこそ夜の分解は防げないのだ。強くなればなるほど、オリジナルに近づけは近づくほど大きく効果をもたらす。それがユニゾンだ。
凄まじい速度で非常回線を作り変え、新たな回線まで作り出してくる采にさすがの夜も一人では対処が追い付かない。
「一人ならな」
そう言うと、夜の周りにいくつものロボットがあらわれる。それは夜がアンリーシュで使っているキャラだ、噛みつき攻撃をしてくる穹にとっては軽くトラウマになりそうなキャラ。その数は2倍ずつに増えていき、とどまることがない。
一瞬怪訝そうな顔でそれを見た穹だったが、理解した途端にこの世の終わりのような顔をする。夜が増やし続けているこのロボ、すべて夜の分解プログラムで構成されているのだ。つまり、夜が何十人と増え続けていて今もなお増えている。
「おええええええええええええ!! キモイ!」
「テメエはちょいちょい失礼だよなあ」
くっくっと嗤う夜に穹は涙目だ。心理的に嫌悪をする相手が目の前でどんどん二倍数に増殖していく光景は地獄そのものと言っていい、これならまだ頭の中に毛虫を突っ込まれたバトルの方がはるかにマシだ。
「どうすんだよリアルで寝ゲロしてたら! 吐瀉物が喉に詰まって窒息死したら化けてでるぞゴルァ!」
「近くにいるヤローに人工呼吸でもしてもらえ。ああ、ゲロまみれの口は吸いたくねえか」
言いながらも夜とロボットの目が同時にユニゾンカラーに変わる。その時初めて采に変化が起きた。目につけていたゴーグルのような物が消え、初めて素顔があらわとなる。その姿は、シーナのゲームキャラと同じビジュアルだ。チュートリアルの時適当に組まれている標準のビジュアル。紙の色と目の色が違うが同じ見た目とは思わなかった。
―――そうか、無意識に俺はシーナを似せて作っていたのか―――
てきとうに選んだと思っていたが、それは無意識の中で以前の穹が見ていた采の顔だ。忘れたくても忘れられなかった、忘れてはいけなかった顔。消したはずの記憶の中に消せずに残っていた。
「んじゃあ耐えてみろ、クソババア」
夜が笑みを消すと同時にロボットたちが一斉に空中へと散る。不規則な動きをしながら采にヒットアンドアウェイを繰り返していく。1秒でざっと100体近くが消されていくのが見えた、おそらく采の対抗だ。しかしそれを上回る速度でロボットは増え続ける。
「あれいいのか?」
穹が暁に問う。夜は分解を司る、それ以外のプログラムはない。その真逆であるプログラムの増殖は夜の役割を考えれば絶対にタブーであるはずだ、それでなければユニゾンに役割が分散されている意味がなくなる。先ほど暁は夜の分解能力を使ったが、あれはあくまで人としての思考で行った事だ。夜は人工知能寄りの思考であるはずで、こういった事は「実施しない」という思考のはず。
「だって君、夜をモジュレート済みだからねえ」
「あ」
言われてみれば。アンリーシュで、夢の中で、何度も夜と接触した。思考が筒抜けになるのは双子のような要素だから仕方ないと思っていたがそれだけではない。コントロールできず暴走気味だったモジュレートの頃に夜と接触していたのだから、当然と言えば当然だった。
「俺か」
「君」
そうだ。モジュレートは本来穹の持っている性能ではない、これはセブンスの物だった。では、穹の本来の役割は? 分解、再構築、セキュリティ、その他に必要なユニゾンのプログラムとは。
「もうクライマックス近いから言っちゃうけど。不足を補い、ユニゾン全体の調律を行う。それが、ユニゾンタイプC、昔の君。この場に僕らが揃ってるんだ、僕の性能の一部をフォローって形で夜に提供してるんだよ。夜が望んで使ってるんじゃなく君がそうさせてる」
だから先ほど采はCと呼んだのか、と納得がいった。本来のシンフォニーは頭文字がSだが、単語としてのシンフォニーと区別するためcymphonyというタイプ名だった。セブンスのプロトコルが穹に移ったことでモジュレートの性能がシンフォニーを上回り、シンフォニーが使えなくなってしまったのだ。当然だ、シンフォニーを使おうとするとモジュレートによって調律できず別の調整が始まってしまう。「調律」と「調整」はプログラム上違うもの。穹が本来持っている性能が夜に作用するようになってしまった。
ぎり。
そんな音を聞いた気がした。
(なんだ?)
聞き覚えあるような、ないような。どこで聞いた? いつ聞いた? なんの音だ? そんな疑問が沸き起こるが、ふと采の顔を見て目を見開いた。
(まさか、歯ぎしり?)
実際に発した音ではない、プログラムによって再現された現象に過ぎない。ここはすべて、おそらく采自身が不要と思った小さなことがすべて映像や音として再現される。普通の人間なら見聞きできないが、ユニゾンはそれが信号となってキャッチしてしまうため拾って再現されたのだ。
采が歯ぎしり、何のために。夜の方が押しているのはわかる、しかしそんなことを再現して何になるというのか。
だいぶ前に夜にガラクタ呼ばわりされた時もそうだ、采の口元がわずかに動いた。
悔しい、と思ったという事か、采が。このままではまずい、と危機感を感じたというのか、采が。
夜の言葉が蘇る。「お前がまだ勘違いしてるようだから」と言っていた。勘違いとは何か。
(何故采が悔しがることがあり得ないと思うのか?)
―――それは、人工知能には感情がないからだ―――
それが勘違い。
そうか。
「あはは、ざまあみろ」
第一クラッシュの時、そういう声が聞こえた。あれは采だ、と以前自分でも結論付けた。その時に何故気づかなかったのだろう、人工知能がざまあみろなどと考えた異様性に。こういう場面ではこういう返答が適している、と人工知能は当然学ぶが、あの場で誰が聞いていると確定しているわけでもないのに言ったという事は、采は誰かに向けたメッセージではなかったのだ。采が、自らの感情に従って発したのだ。あの時から采は感情があった。
そう思った瞬間、思わず口にしていた。
「ざまあねえなあ、次世代人工知能が」
その言葉に采が一気にロボットを9割以上消失させる。
(やっぱ怒った。感情により不確定の処理能力向上を実践できた)
―――当然だな、アンリーシュのバトルを何万回と見て人間を分析してきたんだから―――
(いや、それにしたってやけに感情を理解しすぎじゃないか?バトルで学ぶ感情なんて怒りと高揚くらいだ。他に何を見て学んだ)
―――アンリーシュ以外の学びの場。ああ、そうか。そういうことか―――
夜のロボットがほぼ消滅したところでがくんと采の体が大きく震えた。
「今度は何?」
暁が怪訝そうにあたりを窺い、ついでにダメージを受けたらしい夜を修復しながら回線の一つを乗っ取ることに成功した。夜の総攻撃の間に一つ確保できたのだ。
「今度は別の集中砲火ってとこだな」
穹が周囲を探ると先ほどよりもハッカーからの攻撃が増えているように思える。おそらく今ようやくスリーピーが活動している。采に対して大勢のハッカーが総攻撃しているが、それはあくまでアンリーシュのシステムの方だ。そちらに対処が集中している今常磐たちスリーピーが采本体への直接攻撃ができる。そちらの攻撃はハッカーたちの攻撃よりも窮地となる、何故なら21か所に分けられた采のシステムに同時に攻撃を受ければ、当然他のハッカーたちも気づくからだ。おそらく10~20人程度のスリーピーの攻撃はなんとかなるが、それが数百以上のハッカーとなるとサーバーがダウンした今采にできることは相手への攻撃よりも自衛中心となる。
その対処プログラムは、宵だ。采に囚われたままのユニゾン、分解と再構築と最終調整の役割の他に、最も大切な性能とはセキュリティだ。もっとも、采を守るためのものではなくおそらくユニゾン全員を守るためのものだ。それを采が取り込み、自らのセキュリティとして利用した。
「よおおおおし、相手は宵か! やる気出てきたああああ!」
突然ハイテンションとなった暁が腕を片腕をぐるぐると回すと采へのシステム攻撃に加わる。乗っ取った回線から何らかのデータを送り続ける。
「何してんの今」
「宵の防御プログラム書き換えてる!」
それ、宵にダメージがいくってことじゃないか、と思ったが暁は嬉しそうだ。どれだけ宵の事が嫌いなのか。宵を救う手立てを考えていた立場のはずなのに。
「アホ、それじゃ意味ねえだろ、もっと不器用な具合に強くしろ」
夜が真顔でそう言うと、暁はそっかと納得した様子でプログラムを書き換え始めた。今暁が行っているのは宵のセキュリティをより強化するためのプログラム構築だ。弱点を補い、相手の攻撃をひたすら受け止め追い続ける。つまり余計な事をやたらと行うがとても優秀なセキュリティとなる。余計な事を増やせば、ますます采はそちらにかかりきりとなってしまう。
「さて、采はどうするかな」
穹は采の挙動を見逃さないようにじっと見つめた。宵の話では宵は采の支配を逃れ続けていたという、20年前からずっとだ。つまり宵はセキュリティという特質上、ある程度采の自由を制限することができるということだ。人間で言うなら、首を吊ろうとしている人をそっと止める、あるいは縄を切る。本人が望まずとも「生存」し続けることができるように本人の意志とはうらはらな行動をすることができる。
もしその決定権が宵と采逆転したら、宵は采を完全にしばりつけることができる。采にとって利用価値は十分あるものの、もっともやっかいなものを取り込んでしまったのだ。
今、暁が宵のプログラムを変え続ければハッカーの攻撃をひたすら受け続け、しかも反撃を許されないという状況に陥り最終的に采のシステムを全世界に晒す事になる。スリーピーはともかくハッカーとはそういう生き物だ。では宵を切り離すのか、それはユニゾン4人を揃えることとなり采の制限装置が完成する事となる。暁を消滅させるか、ハッカーを全滅させるか、電気系統を麻痺させて攻撃そのものをやめさせるか。
―――計算じゃ、あと126秒でぶっ壊れるな―――
穹達の計算よりもずっと早く計算し終わっていたであろう采がついに決断を下す。
穹達の目の前に強烈な歪みが発生する。そこから現れたのは、糸に見える様々なリンクと回線に絡まった一人の青年。ゆらりと揺れ、前屈みの状態で器用に浮いている。そして、自らの手でそれらの糸を振り払いようやく自分の足で立った。大量にあった糸は宵の服に吸収されるようにするすると取り込まれていく。
「ああ、シャバの空気はおいしい」
「第一声それかよ」
穹が呆れてそう言うと宵は長い前髪を書き上げて顔を出した。その顔は暁をもう少し大人にしたような、中世的な顔立ちだ。目は完全にユニゾンカラー、身長は意外に高く、メンバーの中で一番高い。暁と目が合うと暁はあからさまに顔を顰め口の下が梅干し状態だ。
「さて、ユニゾンが揃っても問題ないと判断した采はどんな隠し玉をもっているのやら」
どこか楽しそうな雰囲気で宵が采を見る。采は無表情、に見えてわずかに宵を睨んでいるようにも見える。
宵のいう事は最もだ、ユニゾンに対処できるという確信がないと宵を切り離すことはしない。穹達が宵を求めていたのは予測しているはずだ。
《旧世代のゴミが》
采の声が響き、采を拘束していたものが砕け散る。その砕け散った物が光の集合体となって采に絡みつき、首、手首、足首にアクセサリーのような輪となって形作られた。
「あはは、案山子が帽子かぶってサングラスしてるみたいだ。良く似合ってるよ、采。傑作だ」
宵が楽しそうに言った。楽しそうではあるが、目が全く笑っていない。以前暁が言っていた「常磐は壊れてる系、宵はイカレてる系」という言葉が今更ながらにぴったりだと思う。常磐はその瞳の奥に何もない、空虚なイメージだが宵はその瞳の中にあるのは火口の中で燻るマグマのようなイメージだ。何かはあるが何をしでかすか予想もつかない。
采を拘束していたものが采に装着されたというイメージなのだから、五十貝派が用意した何らかの制御プログラムは采の管理下になったという事だ。おそらくその事実に五十貝派は気づいていないだろうが。
《悪くない手だった、お返しさせてもらおう》
そう采が言うと、周囲に新たな警告画面が現れる。それはスリーピーの情報だった。常磐やジン、その他のメンバーであろう人物たちの個人情報が事細かに書かれており、現在の常磐たちの居場所や口座情報、その資産まで書かれている。資産は一生遊んで暮らせるだけの額だった。これを見たハッカーは日銀のついでにスリーピーも攻撃するはずだ、ハッカーとして格上の実力者たちなのだから。スリーピーに勝利することはハッカーの頂点に立つと言っても過言ではない。
采は学習し続ける。目の前で起きたことはすべて吸収し、何が最善かを超高速で演算して欠点のない最善の方法をいくつも用意して実行してくる。今までの人工知能と違って、答えを一つに絞ろうとしないのがやっかいだ。




