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思いの丈 2

 急に、体が軽くなる。

 そろりと、ダドリュースは目を開いた。

 

「いかがした?」

 

 キーラミリヤが、カウチの横に立っている。

 腰に両手をあて、非常に険しい表情を浮かべていた。

 さりとて、ダドリュースには、彼女の顔つきに、思い当たる節がない。

 というより、思い至れない。

 彼には、自分が悪いことをしたとの意識が、まったくないので。

 

「殿下。私は、殿下とは、いたしかねます」

「いたしかねる?」

「殿下とベッドをともにすることはできない、と申し上げております」

 

 がーん。

 

 頭を殴られるよりも、ダドリュースは、大きな衝撃を受ける。

 正直、彼女は、希望の光だったのだ。

 これほど積極的だった相手に「ふられた」ならば、ほかのどの女性とも、いたすことはできないだろう。

 

 ダドリュースは、女性に人気(にんき)がないわけではない。

 むしろ、人気はあった。

 彼は、いつも物憂げな表情をしている、ように見える。

 自分にかかっている魔術をどうにかできないかと考えているだけなのだが、それはともかく。

 

 その表情から、周囲の女性たちは、ダドリュースに声をかけることを躊躇(ためら)ってはいたが、けして、興味を持っていないわけではなかった。

 なにしろ、ダドリュースは、容姿端麗。

 黙っていれば、その残念さは、わからないのだ。

 令嬢らの間では、彼が女性を寄せつけずにいるのは、理想が高いからだ、と噂されている。

 

 が、実際には、理想もへったくれもない。

 ダドリュースは、女性と、まともに話せたことすらなかった。

 女性を寄せつけずにいるのも、彼女に話した通りの事情に過ぎないのだ。

 

 もし怪我をさせて、それが噂になったら、もう誰も自分の相手をしてくれない。

 もちろん妻を娶ることだって、望めなくなる。

 彼にとっては「最初の1回が最後の1回」なのだ。

 だから、慎重に、いや、臆病になっていた。

 

「それでは、殿下、私は下がります」

 

 ぺこっと頭を下げ、彼女が、ダドリュースに背を向ける。

 瞬間、彼は、衝撃から立ち直った。

 というより、衝撃を受け過ぎて、我を忘れていた。

 

「待て! なぜ、そのように無体なことを言う! 酷いではないか! 私を、これほど、その気にさせておいて、その仕打ちはなかろう!」

「私も、命は惜しいので」

 

 ダドリュースは、脚が折れ、斜めにかしいだカウチから飛び降りる。

 彼女が、扉に向かっていたからだ。

 慌てて、駆け寄り、扉の前に立つ。

 両手で扉を押さえるようにして、彼女と向き合った。

 

 彼は、顔はいい。

 だが、残念な男だ。

 首を横にふるふると振りながら、泣きそうになっている。

 

「私は、すべて話したではないか! 女を知らぬことも、恥をしのんで……」

「お退()きください、殿下」

 

 彼女は、ダドリュースの懇願を、にべもなく切り捨てていた。

 いよいよ、彼は、混乱、いや、錯乱しかかっている。

 最後の頼みの綱が切れてしまう、と。

 

 このままでは、半年後の正妃選びの儀が乗り切れない。

 乗り切ったとしても、すぐに、女を抱けないことが露見する。

 アネスフィードに譲位するのはかまわないが、生涯、独り身になるのは嫌だ。

 寂し過ぎて死ぬ。

 しかも、女性を知らない人生なんて、悲し過ぎて死ぬ。

 

「退かぬ! 退くものか! 退いたら、お前は帰ってしまう! そして、2度と、私の元には来ぬ! わかっておるのだ!」

「それは、まぁ……仰る通りですね」

 

 再び、がーん。

 

 されど、がーんとなっていても、彼女を引き()めることはできない。

 なんとしても引き留めなければ、ダドリュースには後がないのだ。

 彼女以外に、自分の相手ができる女性はいないのだから。

 

「お、お前は、私の秘密を知ったのだぞ。このままでは……」

 

 自分が、どのような悲惨な人生をおくることになるか。

 

 そう言おうとしたのだけれど、なぜか彼女の目つきが変わる。

 とても剣呑なものに。

 

「私を殺しますか?」

「なにを言うっ?! そのようなこと、できるはずがなかろう!!」

 

 本気で、驚いている。

 彼女を殺すということは、自分で自分の命を絶つも同然だ。

 (すが)りついている命綱を切ることなど、ダドリュースにできるはずがない。

 

「では、お退きください」

 

 冷たい。

 ものすごく冷たい。

 彼女は、氷さえ凍りつかせそうなくらいに、冷たかった。

 

 ダドリュースは、顔がいいだけの残念な男だ。

 よって、自尊心などというものは皆無。

 

「嫌だあ! 私を見捨てないでくれ! お前に見捨てられたら、私は、どうすればよいのだ! 頼む、頼む、頼む! 私を見捨てないでくれーっ!!」

 

 膝を折り、がしっと、彼女の膝にしがみつく。

 恥も外聞もない。

 そして、彼女を引き留める有効な手段も、わからなかった。

 錯乱していたというのもあるが、ダドリュースは「計算」もできない男なのだ。

 

「ちょ……離し……お離しください、殿下!」

「嫌だ、嫌だ! 絶対に離さぬぞ! 私には、お前しかおらぬのだ!」

「いえ、殿下でしたら、女性に困ることは……」

「お前しかおらぬ! お前だけなのだ、私には!!」

 

 彼女の声が聞こえなくなる。

 俄然、不安になった。

 自分を蹴飛ばして、彼女は部屋から出て行ってしまうのではないか、と思う。

 

「お前は、私を憐れだと思わぬのか?! 思え! 28にもなるのに、私は、女を抱いたこともない! 女の肌を知らぬまま死ね!と言うか?!」

 

 はあ…と、大きな溜め息が聞こえた。

 鼻をすすりながら、彼女にしがみついたまま、ダドリュースは顔を上げる。

 切れ長のスッとした目元に、涙が浮かんでいた。

 こんな状態でなければ、ものすごく美麗ではあるのだけれども。

 

「……わかりました」

 

 ふわっと、ダドリュースの心が浮き立つ。

 それまでの情けない姿から一変。

 すたっと立ち上がった。

 大雑把な性格をしているので、立ち直りも早いのだ。

 

「そうか。わかってくれたか」

 

 うむ、と、うなずくダドリュースの前で、彼女が額を押さえている。

 眉間に皺まで寄せ、なにやら頭が痛そうにしていた。

 さりとて、その理由が、やはりダドリュースには、わからないのだった。


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