きっちりしてきます 3
ようやく、キーラに追いつくことができた。
顔が見えて、安堵が広がる。
即席の魔術は切れるのが早い。
ダドリュースが王宮を出た頃には、すでに解けていた。
そのため、サシャや魔術師たちよりも先に、キーラを見つけなければと、内心、穏やかではなかったのだ。
途中、何度も見失ってはいる。
が、人気のないほうに進んだのは正解だったらしい。
キーラは、黙って王宮から出て行った。
よほど知られたくないのだろうと、そんなふうに予想していた。
だから、迷った時は、人の少なさそうな道を選んだのだ。
果たして、キーラの姿が、ほんの3メートルほど向こうに見える。
ダドリュースは、思わず、にっこりした。
けれど、キーラは笑わない。
むしろ、顔をしかめている。
いつもなら、しかめ面のキーラも可愛らしいと感じる。
もちろん、今も可愛らしくはあるのだけれども。
(なにか、悲しいことでもあったのであろうか)
どことなし悲しそうな表情にも見えた。
そのため「可愛らしい」だけには感じられずにいる。
キーラの泣き顔を思い出し、胸が痛んだ。
あれからキーラが泣くことはなかったが、ずっと帰りたいとの気持ちを押し隠していたらしい。
だから、黙って王宮を去ろうとしたのだ。
さりとて、ダドリュースだって、キーラを黙って帰す気などなかった。
どこに帰りたいと思っているのかは知らないが、どこでもかまわないと思う。
泣くほどつらくなるくらい帰りたいのなら、帰ればいい。
ダドリュースは、はなはだ残念な男であり、大雑把な性格をしている。
そのため、思うのだ。
(私が、キーラの“帰りたい”場所について行けば良い)
即位も正妃選びの儀も、知ったことではない。
完全に、忘れている。
ダドリュースは、国の在り様に想いを馳せたりはしないのだ。
はっきり言って「そんなことより」キーラと一緒にいることのほうが重大事、と捉えている。
ダドリュースは、いい笑顔で、キーラに歩み寄った。
いつものごとく、ゆったりとした足取りで。
「……なぜ、ここにいらしたのですか……?」
「お前が、抜け出すのが見えたのでな。後を追ってきたのだ」
「どうして……」
「黙って出て行くとは、酷いではないか。私には、声をかけるべきであろう?」
くしゅ…と、キーラが顔を歪める。
泣きたいのに、泣くのを我慢しているようだった。
ダドリュースに来てほしくなかったと思っているのは明白。
だが、彼を拒絶してはいない。
それだけで、十分だと思える。
「殿下……私は……」
「へえ、そいつぁ、王太子だろう?」
ぎくっとした様子で、キーラが体をこわばらせた。
うつむいて、ダドリュースから顔を背けている。
「なるほどな。そいつに、熱を上げてるってわけだ。抜けたいなんて言い出すからおかしいと思ったが、そういうことか」
よく見れば、キーラの向こう側に2人の男と1人の女が立っていた。
キーラしか見えていなかったので、気づかなかったのだ。
キーラ以外は、どうでも良かったし。
(キーラが熱……もしや、キーラは……)
思うダドリュースの前で、キーラが、パッと3人のほうに体を向ける。
まるで、背中にダドリュースを庇うようにして立っているのだ。
(私が疲れさせてばかりおったので、熱を出しておるのだろうか)
こんな時だろうが、ダドリュースは、残念な男だった。
熱は、熱でも「お熱」違い。
キーラは、体調が優れないのではないかと、心配になる。
が、しかし。
「違うわよ。彼は関係ない」
(私は、関係がなかったのか。だが、体調は……)
「私が辞めたくなっただけ。命が惜しくなってね」
(命……命に関わるような病に……?! それゆえ、さきほど、あのように悲しき顔をして……)
がしっと、キーラの両肩を掴み、再び、自分のほうに体を向けさせた。
キーラの猫目が、見開かれている。
可愛らしいけれど、今は、それどころではない。
「なぜ言わなかった?! そのように大事なことを、なぜ言わんっ?!」
「で、殿下……」
キーラが、顔をそむけた。
悲しそうに眉を下げている。
「言えなかったのです……」
「苦しい時は苦しいと言わねばならん、と言ったはずだ!」
キーラが涙を見せた日から、ひと月あまり。
彼女は、もう泣くこともなく、楽しげにしていた。
笑っていたから、ダドリュースは気づかなかったのだ。
(まさか、そんな大病を患っておったとは!)
全然、違うのだけれど、それはともかく。
勘違いしたまま、彼は突っ走っていく。
「ただちに王宮に帰るぞ、キーラ! 私が、必ず、なんとかする!」
「殿下! それはいけません! 私は……」
「いいや、お前を、どこにもやらんぞ!」
たとえ流行り病だとしても、隔離施設などにやってたまるものか。
仮に、同じ病におかされることになろうと、傍を離れたりはしない。
ダドリュースは、強い覚悟をいだいて、キーラを見つめる。
キーラの目の縁に、涙が浮かんでいた。
非常に、感動的な場面と言えなくもない。
これが勘違いでなければ。
とはいえ、ダドリュースにとっては、彼の思うことが真実なのだ。
このままではキーラを失う、と焦燥感をいだいている。
ある意味では、失う可能性はあるので、間違いとは言えない。
キーラに声をかけた男が、不意に笑い出した。
「こいつはいい! 王太子のほうが、お前にぞっこんらしいな」
キーラが大変な病だというのに、笑っている男。
が、ダドリュースは気にしない。
そんな男のことより、キーラのほうが大事だった。
というより、男たちのことなど、また忘れている。
「おい、王太子、その女は、フィンセルの諜報員なんだぜ? お前さん、すっかり垂らし込まれて、素敵な贈り物をくれてやったんだろう? ロズウェルドも情報戦には弱いってことだ。なんせ、こんな馬鹿が王太子やってるんだからな」
「やめて……ユバル……」
「ほう。これはこれは。お前も、こいつに……」
「やめてって言ってるじゃないっ!」
病に罹っている時は、大声を出したり、感情を大きく揺れさせたりしないほうがいいのだ。
安静にしていなければ進行が早まる、と聞いたことがあった。
ダドリュースは、ひたすらキーラだけに意識を向けている。
男が、なにを言おうと、どうでもよかった。
というより、キーラ以外は、どうでもいいと思っている。
「キーラ、お前は、私と帰るのだ。良いな?」




