うっかりし過ぎです 4
「サシャ」
「は! お呼びですか、我が君」
ダドリュースの前に、ローブ姿の側近が現れる。
サシャは、彼にのみ従う魔術師だ。
通常の魔術師とは違い、王宮には属していなかった。
ゆえにダドリュースを「殿下」とは呼ばない。
サシャが側近になって15年。
ずっと、サシャは、そんなふうに呼ぶ。
なので、ダドリュースも気にしない。
彼は、残念かつ、とても大雑把な性格なのだ。
そのせいで、派閥争いが勃発しかけている。
ダドリュースの対抗馬は、アネスフィード・ガルベリー。
真面目だが機知に富んでおり、頭も外見も性格も良い。
男女を問わず、人気も人望もあった。
外見だけしか取り柄のないダドリュースとは違うのだ。
当然に、重臣たちの半数以上は、アネスフィードを推している。
が、大派閥である、ウィリュアートンとシャートレーの両公爵家は、ダドリュース推し。
家の数では圧倒的にアネスフィード優勢でも、大派閥には逆らえない。
そのため、現状では、ダドリュースが、王太子の席に座らせられている。
はっきり言って、ものすごく迷惑をしていた。
2つの派閥が、なぜ自分を推してくるのかも、わからない。
が、今は、そんなことはどうでもいい。
「私室には、誰も近づけるな」
「かしこまりました。ですが、我が君、その前に身だしなみを」
一瞬で体が清められ、服や髪が渇くのを感じた。
そう言えば、頭から水を引っかぶっていたのだった、と思う。
ダドリュースは外見が良過ぎるため、逆に、自分の外見にはこだわらないのだ。
こだわる必要がなく、生きてきている。
どんな「ナリ」をしていようが、ずぶ濡れだろうが、見た目が変わるなどとは、思っていない。
「ついてまいれ」
キーラミリヤという侍女に呼びかけ、歩き出した。
気配からして、ちゃんとついて来ているようだ。
(サシャが塞間をかけておるだろうから、中の様子を覗かれる心配はなかろう)
彼女は非常に積極的な女性なので、室内に足を踏み入れたとたん、押し倒される可能性もある。
それは望むところだが、音や声を漏れ聞かれるのは、いささか恥ずかしい。
とはいえ、塞間の魔術がかかっていれば、覗かれたり音を聞かれたりすることはないので安心して、事におよべる。
(これほど積極的ということは、ずいぶんと手慣れておるのであろうな。今まで、どのくらいの男を相手にしてきたのか)
気にはなったが、問題は数ではなかった。
彼女の「好み」だ。
外見や性格に「好み」があるように、ベッドの中での行為にも「好み」があるに違いない。
(だが、気にすることもあるまい。手慣れておる者であれば、なんとでもなろう)
ダドリュースは、すっかり上機嫌。
とても足取りが軽い。
「ここだ。入れ」
私室の扉を開いて中に入る。
いきなり押し倒されかねない、と思っているので、少しだけ身構えておいた。
床で、というのも、情熱的で、悪くないのかもしれない。
が、やはりベッドのほうが心地良いだろうし。
後ろで扉の閉まる音がした。
心臓が、どきどきしている。
「殿下、私は……」
「わかっておる」
パッと振り向き、彼女の両肩に手を置いた。
押し倒されるのは吝かではないが、口づけくらいは、自分からしたかったのだ。
顔を近づけても、彼女に避けようとする様子はない。
気を良くして、唇を重ねようとした。
「殿下……」
彼女の猫目が、また大きく見開かれている。
その吸い込まれそうな琥珀色の瞳に、いよいよ胸が高鳴った。
(ようやく、私は……)
彼女の唇を見つめつつ、自分の唇を近づけていく。
あと少しで重なる、というところだった。
「殿下ーッ!!」
どしゃ、ごろごろ、ばったーんっ!
なにが起きたのか、ダドリュースは、きょとんとなる。
気づけば、また彼女に押し倒されていた。
(口づけすらも自分からしたがるとは、なんと精力的な女か)
真下から彼女の顔を、じっと見つめる。
背中の感触からして、ここはカウチの上だ。
床の上でなくて良かった、などと思う。
「お前は、手慣れておるのだろ? ならば、お前に任せる。好きにいたせ」
「殿下……お訊きしたいことがございます……」
「やはり見抜かれておったか。そうであろう。お前は、手慣れておるのだからな」
ちょっぴり恥ずかしい気もしたが、正直さは大事だろう。
言っておかなければ、落胆させるかもしれないし。
「私は女を抱いたことがない。ゆえに、どのようにすれば、お前の気にいるかが、わからん。手慣れておるお前に任せたほうが、間違いがなかろう」
さあ、どうぞ。
ダドリュースは、腕を広げ、体から力を抜く。
なにをされるかは不明だが、ともあれ、服を脱ぐ必要はあるはずだ。
ぎし。
カウチが軋む音がした。
いよいよ、女性と「初めて」の行為におよぶのだと、期待に胸が弾む。
みしみし。
カウチが音を立てている。
彼女は、ダドリュースにのしかかり、体を前に倒していた。
やはり、最初は口づけからだろうか。
思って、ダドリュースは、目を閉じた。
瞬間。
バリーンッ!!
むぎゅ。
耳元で大きな音がする。
が、ダドリュースは気にしない。
それよりも、もっと気にすべきことがあった。
むぎゅっという感触。
顔に当たっている、このふくよかさは。
(どこまで積極的なのだ。いきなり、胸を顔に押しつけてくるとは)
ロズウェルド王国王太子、ダドリュース・ガルベリー。
彼は、本当に顔がいいだけの、非常に残念な男なのである。