しっかりしてください 1
キーラは、その男性が、そこいらの貴族でないことを、すぐに察している。
ホールに入ってきた瞬間、気づいた。
王太子の対抗馬と目されている人物。
アネスフィード・ガルベリー。
王太子の暗い金髪とは違い、白に近いほど薄めの金髪。
いわゆるアーモンド形の目の中にある瞳は、明るい緑。
身長や体格は似ているのに、雰囲気が、王太子とは、まるで異なる。
明るくて、爽やかな「ハンサム」といった感じだ。
(いるんだな、ああいう人。誰が見ても、イケメンって思うような人)
王太子もイケメンではあるのだが、その言葉に、ちょっぴり違和感を覚える。
カタカナ言葉より「男前」と表見するほうが、似合う気がしていた。
対して、アネスフィードは「イケメン」や「ハンサム」との言葉が相応しい。
周囲に笑顔を振りまく様も、非常に、甘い空気を醸し出している。
(あいつも、黙ってれば男前なのにさ。まぁ、黙ってると厳しい感じになるから、近寄りがたいってふうに見られるだろうけど)
黙っていれば、ハスキー犬っぽいのに、実際は、レトリーバーなイメージ。
けして、レトリーバーが「残念」な犬種なわけではない。
王太子が「待て」も「あおずけ」も「ハウス」もできない駄犬なだけだ。
わふわふ嬉しそうに飛びついて来られても、困る。
キーラは、王太子が、しょんぼり寝室に戻っていく姿を思い出して、笑いそうになった。
耳を、くたっとさせ、尻尾をたらんと下げている、叱られたばかりの犬の姿と、だぶったからだ。
状況を加味すると、同情はできない。
さりとて、ちょっぴり可愛らしくも感じてしまう。
(確かに、無理強いはして来ないんだよね。あんなに、がっついてるのに、身分を振りかざして、言うこと聞かせようってこともないし)
どの道、あの魔術がかかっている以上、王太子は、いたせないわけだが、過程としても、立場を利用したことはなかった。
ひたすらに、どストレート。
直球で勝負してくる。
(ま、全部、暴投なんだけど……)
そこが、王太子の残念なところだ。
あの外見なのだから、バシッと150キロ越え速球ストレートを決めてほしい。
どこに投げているのだかわからないようなボールではなくて。
キーラは、アネスフィードに、一瞬だけそそいでいた視線を、すぐさま王太子に戻していた。
次々に、女性とダンスを踊っている。
今のところ、不測の事態は起きていない。
ダンスに集中しているのだろう、魔術は発動していないようだ。
(でも、あいつのことだから、いつ“いい雰囲気”になるか、わかんないからね)
思った時、ほんの少し、イラッとした。
意識すると、よけいに、イライラっとする。
あれほど直球で自分に迫っておきながら、彼は、ほかの女にも同じことを言うのだろう。
いたせれば、誰だっていいのだ、奴は。
今だって、不必要なくらい、女性に体を押しつけられているのに、嫌な顔もせずダンスに興じている。
腹の中では、鼻の下を伸ばしているに違いない。
いっそ、残念さがバレてしまえばいい、などと意地悪なことを考えた時だ。
「きみが、ダドリー付きの侍女かな」
声に、びくっとして、そちらに顔を向ける。
今回は、本当に「びくっ」としていた。
王太子に気を取られていたのもあるが、声をかけられるまで気配を感じなかったからだ。
爽やか「イケメン」のアネスフィードが、キーラを見つめ、甘く微笑んでいる。
なんかヤバい。
反射的に、そう感じた。
王太子とは違い、アネスフィードは「切れる」と判断している。
キーラは、訓練を受け、それなりに実践も積んできた諜報員なのだ。
残念か、そうでないかくらいの区別はつく。
「さようにございます、アネスフィード殿下」
「僕を知っていてくれたとは、嬉しいね」
「アネスフィード殿下は、有名にございますから」
キーラは、うつむいて、そう答えた。
侍女が、身分の高い相手の顔を正面から見据えて話すなど、本来はあり得ない。
王太子の場合は、残念王子だからこそなのだ。
しっかり、はっきり目を見て言い聞かせなければ、伝わらないので。
「有名? どう有名なのかな?」
「……う、写し画が……侍女の間でも出回っております」
驚いたことに、ロズウェルドには「写真」がある。
自転車もないような世界であるにもかかわらず、だ。
フィンセルでも、ほかの国でも「姿絵」は流通している。
キーラの印象として「イラスト」とするようなもの、美術や歴史の本などにある肖像画のようなものなら、目新しくもない。
肖像画のタイプには、写真に近いものもあった。
それでも、やはり絵は絵でしかなかったのだ。
ただし、カメラは見当たらなかったので、おそらく魔術によるものだろう。
アネスフィードが、いかにも面白いといった様子で、明るく笑った。
会話自体に不自然さはないし、気軽な調子でもある。
きっと人好きのする性格をしているのだ、とも思えた。
なのに、緊張と警戒が、キーラをつつんでいる。
侍女に「気軽に」話しかける王族、それ自体が不自然だからだ。
王族や貴族にとって、侍女など、庭木と同じ。
いることはわかっていても、景色の中に埋もれている。
用がない限り、話しかけたりはしないものだ。
残念王子は例外として。
「ダドリーは楽しんでいるようだし、きみは暇だろう? どうかな、僕と庭を散策しないかい?」
「いえ、私は、殿下のお傍に控えているのが役目ですから」
咄嗟に、断ってしまった。
なるべく不自然にならないよう、言葉を付け足す。
「ですが、お心遣いには、感謝いたします」
先に言っておくべき言葉が、後出しになっていた。
こういう仕事をしていれば、ひとつのミスが命取りになるのだ。
不審に思われるだろうかと、いよいよキーラの緊張が増す。
「きみがいなくても、ダドリーは、気にしないのじゃないかな」
さらりと言われた言葉に、ほんのわずかムっとした。
心に、小さなささくれができたみたいに。
(あいつが、女にデレデレしてても、私には関係ない。ここにいるのは、仕事なんだから)
『はしゃいでおる、お前も可愛らしい』
聞こえた気がしたけれど、無視する。
そんな言葉に懐柔されたりはしない。
キーラは、うつむいたまま、再度の断りを入れるために口を開いた。
「それでも、私は殿下の……」
「アーニー」
言いかけた言葉と、ほかの言葉が重なる。
王太子が、2人に声をかけてきたのだ。
まだ3メートルほど距離はあったけれども。




