表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/60

しっかりしてください 1

 キーラは、その男性が、そこいらの貴族でないことを、すぐに察している。

 ホールに入ってきた瞬間、気づいた。

 王太子の対抗馬と目されている人物。

 

 アネスフィード・ガルベリー。

 

 王太子の暗い金髪とは違い、白に近いほど薄めの金髪。

 いわゆるアーモンド形の目の中にある瞳は、明るい緑。

 身長や体格は似ているのに、雰囲気が、王太子とは、まるで異なる。

 明るくて、爽やかな「ハンサム」といった感じだ。

 

(いるんだな、ああいう人。誰が見ても、イケメンって思うような人)

 

 王太子もイケメンではあるのだが、その言葉に、ちょっぴり違和感を覚える。

 カタカナ言葉より「男前」と表見するほうが、似合う気がしていた。

 対して、アネスフィードは「イケメン」や「ハンサム」との言葉が相応しい。

 周囲に笑顔を振りまく様も、非常に、甘い空気を醸し出している。

 

(あいつも、黙ってれば男前なのにさ。まぁ、黙ってると厳しい感じになるから、近寄りがたいってふうに見られるだろうけど)

 

 黙っていれば、ハスキー犬っぽいのに、実際は、レトリーバーなイメージ。

 けして、レトリーバーが「残念」な犬種なわけではない。

 王太子が「待て」も「あおずけ」も「ハウス」もできない駄犬なだけだ。

 わふわふ嬉しそうに飛びついて来られても、困る。

 

 キーラは、王太子が、しょんぼり寝室に戻っていく姿を思い出して、笑いそうになった。

 耳を、くたっとさせ、尻尾をたらんと下げている、叱られたばかりの犬の姿と、だぶったからだ。

 状況を加味すると、同情はできない。

 さりとて、ちょっぴり可愛らしくも感じてしまう。

 

(確かに、無理強いはして来ないんだよね。あんなに、がっついてるのに、身分を振りかざして、言うこと聞かせようってこともないし)

 

 どの道、あの魔術がかかっている以上、王太子は、いたせないわけだが、過程としても、立場を利用したことはなかった。

 ひたすらに、どストレート。

 直球で勝負してくる。

 

(ま、全部、暴投なんだけど……)

 

 そこが、王太子の残念なところだ。

 あの外見なのだから、バシッと150キロ越え速球ストレートを決めてほしい。

 どこに投げているのだかわからないようなボールではなくて。

 

 キーラは、アネスフィードに、一瞬だけそそいでいた視線を、すぐさま王太子に戻していた。

 次々に、女性とダンスを踊っている。

 今のところ、不測の事態は起きていない。

 ダンスに集中しているのだろう、魔術は発動していないようだ。

 

(でも、あいつのことだから、いつ“いい雰囲気”になるか、わかんないからね)

 

 思った時、ほんの少し、イラッとした。

 意識すると、よけいに、イライラっとする。

 

 あれほど直球で自分に迫っておきながら、彼は、ほかの女にも同じことを言うのだろう。

 いたせれば、誰だっていいのだ、奴は。

 

 今だって、不必要なくらい、女性に体を押しつけられているのに、嫌な顔もせずダンスに興じている。

 腹の中では、鼻の下を伸ばしているに違いない。

 いっそ、残念さがバレてしまえばいい、などと意地悪なことを考えた時だ。

 

「きみが、ダドリー付きの侍女かな」

 

 声に、びくっとして、そちらに顔を向ける。

 今回は、本当に「びくっ」としていた。

 王太子に気を取られていたのもあるが、声をかけられるまで気配を感じなかったからだ。

 爽やか「イケメン」のアネスフィードが、キーラを見つめ、甘く微笑んでいる。

 

 なんかヤバい。

 

 反射的に、そう感じた。

 王太子とは違い、アネスフィードは「切れる」と判断している。

 キーラは、訓練を受け、それなりに実践も積んできた諜報員なのだ。

 残念か、そうでないかくらいの区別はつく。

 

「さようにございます、アネスフィード殿下」

「僕を知っていてくれたとは、嬉しいね」

「アネスフィード殿下は、有名にございますから」

 

 キーラは、うつむいて、そう答えた。

 侍女が、身分の高い相手の顔を正面から見据えて話すなど、本来はあり得ない。

 王太子の場合は、残念王子だからこそなのだ。

 しっかり、はっきり目を見て言い聞かせなければ、伝わらないので。

 

「有名? どう有名なのかな?」

「……う、写し()が……侍女の間でも出回っております」

 

 驚いたことに、ロズウェルドには「写真」がある。

 自転車もないような世界であるにもかかわらず、だ。

 

 フィンセルでも、ほかの国でも「姿絵」は流通している。

 キーラの印象として「イラスト」とするようなもの、美術や歴史の本などにある肖像画のようなものなら、目新しくもない。

 肖像画のタイプには、写真に近いものもあった。

 それでも、やはり絵は絵でしかなかったのだ。

 ただし、カメラは見当たらなかったので、おそらく魔術によるものだろう。

 

 アネスフィードが、いかにも面白いといった様子で、明るく笑った。

 会話自体に不自然さはないし、気軽な調子でもある。

 きっと人好きのする性格をしているのだ、とも思えた。

 なのに、緊張と警戒が、キーラをつつんでいる。

 

 侍女に「気軽に」話しかける王族、それ自体が不自然だからだ。

 

 王族や貴族にとって、侍女など、庭木と同じ。

 いることはわかっていても、景色の中に埋もれている。

 用がない限り、話しかけたりはしないものだ。

 残念王子は例外として。

 

「ダドリーは楽しんでいるようだし、きみは暇だろう? どうかな、僕と庭を散策しないかい?」

「いえ、私は、殿下のお(そば)に控えているのが役目ですから」

 

 咄嗟に、断ってしまった。

 なるべく不自然にならないよう、言葉を付け足す。

 

「ですが、お心遣いには、感謝いたします」

 

 先に言っておくべき言葉が、後出しになっていた。

 こういう仕事をしていれば、ひとつのミスが命取りになるのだ。

 不審に思われるだろうかと、いよいよキーラの緊張が増す。

 

「きみがいなくても、ダドリーは、気にしないのじゃないかな」

 

 さらりと言われた言葉に、ほんのわずかムっとした。

 心に、小さなささくれができたみたいに。

 

(あいつが、女にデレデレしてても、私には関係ない。ここにいるのは、仕事なんだから)

 

 『はしゃいでおる、お前も可愛らしい』

 

 聞こえた気がしたけれど、無視する。

 そんな言葉に懐柔されたりはしない。

 キーラは、うつむいたまま、再度の断りを入れるために口を開いた。

 

「それでも、私は殿下の……」

「アーニー」

 

 言いかけた言葉と、ほかの言葉が重なる。

 王太子が、2人に声をかけてきたのだ。

 まだ3メートルほど距離はあったけれども。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ