はっきり断ります 2
ローブ姿のサシャは、キーラのイメージ通りの「魔法使い」だ。
魔術は恐ろしい部分もあるので、注意は必要だろう。
だとしても、好奇心は振りはらえない。
フィンセルには、魔術師などいなかったので。
「あの、サシャ様、私にできることはありますか? お掃除とか」
「敬称は不要にございます、キーラミリヤ様」
最初に聞いた時から、思っていたけれど、耳に通り心地のいい声だった。
落ち着いていて、静かな雰囲気なのに、聞き取り易い。
ぼそぼそ話す感じではないのだ。
「私も敬称は不要です。どうか、キーラとお呼びくだ……」
「待て、キーラ」
王太子からの横槍に、ムッとする。
話している最中に、言葉をかぶせてくるのは失礼というものだ。
急いでいようと、とりあえず、話し終わりを待つのが当然だろう。
さりとて、彼は、王太子であり、残念王子でもある。
常識が通じると思ってはいけないのかもしれない。
「お前は、周囲の者から愛称で呼ばれておるのか」
「はい。たいていは、愛称で呼ばれております」
「そうか。ならば、良い。サシャ、キーラのことはキーラと呼ぶようにいたせ」
「かしこまりました、我が君」
サシャが、深々と頭を下げた。
そう言えば、王太子相手だというのに、自分は、あまり頭を下げていない。
気づいて、ほんのちょっぴり反省する。
会った当初は「役作りは完璧」だったのに、どうも王太子の残念さに、侍女との「役」を、つい忘れてしまう。
(周りには魔術師がいて、2人だけじゃないってことも忘れないようにしないと)
王太子に失礼過ぎるのは「侍女」らしくない。
もっとも、王太子のほうが、よほど「王太子」らしくないので、キーラも流されているのだけれども。
とにかく、役作りをきちんとしておかなければ、どこかでボロが出る。
正体がバレてしまったら、死罪は免れないのだ。
調子を狂わされている場合ではない。
「サシャのことは、サシャと呼んで良いぞ、キーラ。ああ、それと、私のことも、愛称で呼んではどうか」
「それは、いたしかねます、殿下」
まるで「ついで」のように言ってはいたが、どちらかといえば後半がメインだったのだろう。
キーラに、ぴしゃんと断られ、王太子は見るからに、がっかりしていた。
(確か、あのヤミって人は、王太子をダドリーって呼んでたっけ。てことは、この人の愛称はダドリーか。でも、侍女ごときが王太子を愛称呼びするわけないしさ)
幼稚園の先生を「愛称+先生」と呼ぶのとは、わけが違う。
たとえば、彼が、一般王族であれば、あり得たかもしれない。
本人が望んでいるのだから「ダドリー殿下」と呼ぶのも、吝かではなかった。
が、彼は、一般王族ではなく「王太子殿下」なのだ。
この差は大きい。
王太子とは、次期国王候補を指す。
いずれ国王になる人物を、軽々しく、しかも、侍女が愛称で呼ぶなんて、できるはずがなかった。
たとえ本人が望もうと、周囲の目というものがある。
「それでは、キーラ様、私が家具を動かしますので、その辺りを掃除してくださいますか」
「かしこまりました」
どうあっても、敬称はつけるらしい。
意味はわからないが、サシャなりの、こだわりどころがあるのだろう。
それ以上は、突っ込まず、その呼びかたを受け入れる。
王太子も、なにも言わなかったので、キーラが文句を言う筋でもない。
サシャが、軽く手を動かす。
速くて、目で追うのも難しいほどだ。
瞬間、家具が、バッと部屋の隅にまとまって移動する。
「うわあ!」
思わず声を上げてしまい、ハッとした。
テレビでしか見たことのない光景が、現実に目の前で起こっている。
さっきの「つどい言葉」という魔術とは違い、目に見えて「魔法」っぽかったため、うっかり感動したのだ。
「キーラ」
王太子に声をかけられ、視線をそちらに向ける。
なぜか、王太子は、非常にいい笑顔。
「はしゃいでおる、お前も可愛らしい」
ぐ…と、言葉が詰まった。
急に、気恥ずかしさに襲われている。
王太子には「いたしたい」とか「ベッドをともに」とかは言われていた。
さりとて「可愛らしい」なんて言われたのは、初めてだったのだ。
(な、なに……お前も、って……それじゃ、まるで……)
いつも「可愛らしい」と思っていたようではないか。
キーラは、その考えを頭から弾き出す。
日本の16歳と、この世界の16歳とは同じではない。
この世界の16歳は、れっきとした大人なのだ。
とくにフィンセルでは、より厳しく自立が求められる。
可愛いと言われたくらいで照れていては、仕事にならない。
観光で来たのならともかく、キーラは諜報員として、ロズウェルドにいる。
それが現実。
「では、あの辺りから掃除をいたしますね」
「こちらを、お使いください」
パッと、掃除道具一式が足元に現れた。
サシャが、魔術で出したのだろう。
声を上げたくなるのを我慢して、道具を持つ。
「魔術って、本当に便利……なんでもできちゃいそう……」
それでも、心の声が、小さく口からこぼれた。
それが、サシャの耳にとどいたらしい。
「なんでもはできませんよ」
「そうなのですか?」
「ええ。人の心を操ったり、心を覗いたりする魔術はございませんので」
聞いて、ものすごくホッとする。
頭を覗かれる心配がないのなら、王太子を罵倒し放題だ。
多少のストレス解消にはなる。
口に出さないよう気をつけるのには、慣れていた。
キーラは、フィンセルでの上司を、よく頭の中で罵倒していたからだ。
拾ってもらった恩はあるが、好きになれるような相手ではない。
キーラの上司は「詐欺師」という言葉が、ぴったりくる男だった。
「私も、手伝いをいたそう」
「殿下は、そちらにお掛けになっていてください」
「しかし、こう遠くては、お前の顔が見えにくいではないか」
部屋の端にイスを持っていったのは、なんのためだと思っているのか。
2人の距離は、十メートル以上離れている。
王太子に「いい雰囲気」だと勘違いさせないため、あえて距離を取ったのだ。
「片づけを早く終わらせたほうが、よろしいのでは?」
なにをどう受け止めたのか、王太子が、そわそわっとした雰囲気を漂わせる。
逆効果になりそうな気配に、キーラは、思った。
待ても覚えられないなんて、どんな駄犬だよ。




