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はっきり断ります 1

 ダドリュースは、非常に機嫌がいい。

 いまだかつてないくらいに、気持ちが高揚している。

 

(これが、新語で言うところの“うきうき”もしくは“るんるん”という感覚か)

 

 ロズウェルドは、言葉の表現力豊かな国だ。

 かなり前に作られた「民言葉の字引き」及び「民言葉の字引き その2」により貴族言葉にはない、様々な表現が普及した。

 公の場では使われていないものの、ほとんどの家庭が2冊の字引きを持っていて、幼い頃から自然と学んでいる。

 

「キーラ、もう明日の仕事のことで、悩むことはあるまい」

「そうですね……」

「早速に部屋を用意させねばな」

「そうですね……」

 

 ウキウキるんるんしているダドリュースには、キーラの呆れ目線も通じない。

 すぐに客室を、キーラ用の部屋にすることにした。

 内装はしっかりしているため、改装する必要はないはずだ。

 

(寝室も兼ねるのだから、ベッドは必要となろう)

 

 ほかの調度品にも手を加えなければならないだろうが、なによりベッドが重要。

 ダドリュースの中では「2人で」入っても問題ない大きさのものが、想定されている。

 

「こちらの部屋だ」

 

 キーラに「もったり」だと思われているとは知らず、ダドリュースは、ゆっくり客室のほうに歩いて行く。

 もちろん、キーラの手を引いて、だ。

 

「少々、狭いが、不都合があれば、私の寝室に来れば良い」

 

 とは言っても、王太子の私室内の客室ともなれば、かなりの広さだった。

 重臣の私室の倍以上はある。

 それでも「2人で」過ごすことを想定しているため、狭く感じられたのだ。

 

 私室には、寝室のほかに居間、食堂、書斎、召し替え室、客間などがある。

 それぞれに、1人で使うには不十分なほどの広さだった。

 が、ダドリュースは産まれながらに、その空間で過ごしている。

 2人で過ごすのなら、単純に考えて、倍の広さが必要だと思うのだ。

 

「いえ……十分です、殿下」

「そうだな。ひとまず、寝起きできるようにしておき、改装は後で考えればよい」

「改装など必要ございません」

「だが、この狭さでは、窮屈であろう? 本当に、寝起きしかできぬではないか」

「寝起きができれば、問題ないかと存じます」

 

 そうか、と、ダドリュースは納得する。

 きっと、キーラは、彼を迎えられれば、それでいいのだ。

 寝起きだけで十分というのは、そういう意味に違いない。

 彼女は、とても積極的なので。

 

 侍女が大部屋で過ごしているとも知らず、勝手な解釈をしている。

 大部屋は、ここと同程度の広さだった。

 そこに、3,4人で暮らしている。

 が、女性を寄せつけずにいたダドリュースは、侍女とのつきあいもない。

 彼女らが、どんな生活をしているのかも知らずにいた。

 

「サシャ」

「は! こちらに」

 

 サシャが、姿を現す。

 調度品の入れ替えには、魔術を使ったほうが、簡単で速いのだ。

 重い家具なども、楽に動かせるため、人手もいらない。

 

「こちらをキーラの部屋に整えよ」

「かしこまりました」

 

 いつものごとく(ひざまず)いていたサシャが、立ち上がる。

 その(そば)に、なぜかキーラが歩み寄っていた。

 握っていたはずの手を、いつの間にか振りはらわれていた。

 

「それでは、私も、お手伝いいたします」

「いえ、それは……」

 

 ちらっと、サシャが、ダドリュースに視線を投げてくる。

 サシャは、ダドリュースの意思にのみ従うからだ。

 己の判断で動くこともあるが、そこにもダドリュースの意思が介在する。

 ダドリュースが望むであろうとの判断での行動だった。

 

「キーラ、サシャに任せておけばよい。お前が働く必要はないのだ」

「そうはまいりません。私は、侍女として王宮に上がっております。働くために、ここに来たのです。それに、自分の部屋の整理を人任せにするのは気が引けます」

 

 ダドリュースとしては、サシャが部屋を整えている間、キーラと「イチャつき」たかったのだが、本人の意思を無視することはできない。

 彼は、大変に残念な男ではあっても、傲慢ではないのだ。

 基本的には、相手の「好きにすればいい」と思っている。

 キーラには見捨てられたくなくて、(すが)りつきはしたが、それはともかく。

 

「では、怪我をせぬよう気をつけるのだぞ」

「わかりました」

 

 返事をしてからも、キーラは、じっとダドリュースを見つめていた。

 なにかしてほしいことでもあるのかと、その猫目を見つめ返す。

 

(言葉だけでなく、抱きしめたほうが良かったか。それとも口づけを……)

 

 思って、足を踏み出しかけた。

 が、キーラが、手で扉の向こうを指し示す。

 

「殿下は、あちらでお待ちください」

「なぜだ?」

「見ておられる必要はないですし、怪我をなさるかもしれないでしょう?」

 

 キーラにふれて「いい雰囲気」になったら、調度品が飛んでくるかもしれない。

 それを、彼女は心配しているようだ。

 実際、わずかではあるが、魔術が発動している。

 室内の家具や調度品が、カタカタと音を立てていた。

 おそらく、さっき「口づけ」などと考えたせいだろう。

 

 自分がいないほうが、キーラにとっては安全かもしれない。

 一瞬だけ、そう考えた。

 が、しかし。

 

「いや、私も、ここで見ておる。見るだけであれば、何も起こらぬはずだ」

 

 ダドリュースは、サシャを信用している。

 さりとて、キーラは、とても積極的で奔放な性格だ。

 もしかすると、サシャを押し倒すかもしれない。

 もちろん、サシャが応じるはずはないが、誰であろうと、彼女が男にふれること自体に抵抗がある。

 

 せっかく押し倒すのであれば、自分を押し倒してほしいからだ。

 

 というわけで、サシャと2人きりにはできない。

 思っていると、キーラが、大きく溜め息をつく。

 それから、客室用のイスを部屋の隅に置きに行った。

 

「こちらにお掛けください。ここなら、邪……怪我はなさらないでしょう」

 

 わざわざ自分のためにイスを用意してくれたと、ダドリュースは嬉しくなる。

 キーラは、心根の優しい女性なのだ。

 あれほど「帰る」と言っていたのに、結局、残ってくれているし。

 

(この様子なら、近々、キーラと理無(わりな)い仲になれるであろう)

 

 彼女とベッドをともにできる日を思い、ダドリュースは、また「るん」となる。

 イスに、ゆったりと腰かけ、キーラに、にっこりしてみせた。

 笑顔だけなら文句のつけようがないほど、完璧なのだけれども。


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