てっきりバレたかと 4
頭の中で声が響いた時も、大きな驚きはなかった。
魔術によるものだろうと、察しがついたからだ。
テレパシーや以心伝心といったものにも、キーラは免疫がある。
魔法使い物の話でなくとも、よくある設定だった。
もちろん「フィクション」の世界の話ではあるけれども。
そして、本当は、ダドリュースを罵倒しまくりたいのに、我慢している。
頭の中を読まれかねない、と危惧していた。
どこまで相手に伝わるのかわからない状態で、好き勝手に思考するのは危険だ。
目の前に、いい「見本」がいる。
(ラビスト男爵家は、経済的に困窮状態。長女が勤めに出ていた間は、その収入で賄えていたが、彼女は婚姻して家を出た。それで、お前を新たな働き手として養女に迎えた、ということだったな)
(仰る通りにございます)
声からすると男性と思しき、ヤミ。
この男は、危険だと感じる。
キーラの「出自と経歴」は、フィンセルの機関が用意したものだ。
それを、正しく調べ上げている。
王宮に属するのだから、当然なのかもしれない。
が、キーラは、いち侍女に過ぎないのだ。
しかも、正妃付きどころか、重臣付きの侍女ですらなかった。
ただの、一般侍女、要は雑用係として雇い入れられている。
部屋も個室ではなく、侍女宮という大部屋。
もっとも、キーラは、そこで侍女たちと親しくなる予定だったのだけれども。
(お前自身は、元は平民、商人の娘。だが、両親が旅の途中で死に、それからは、花売りをして、1人で暮らし……)
(両親がいない? それは、まことか、キーラ?)
急に、王太子が割り込んできた。
彼は目の前にいるのだから、普通に話せばいいのに、と思う。
(なんていうか、SNSのグループトークみたい。うっかり送信すると、戻せなくなったりするから気をつけてたけど、これも似たようなもんだよなぁ)
子供用の携帯電話を、キーラは持っていた。
小学校に上がる前に、買ってもらったものだ。
危険人物の連絡が入ったり、親が子供の居場所を確認できたりする。
さりとて、キーラが使うのは、友達とのメッセージのやりとりや、簡単なゲームくらいだった。
ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略称をSNSという。
インターネットを通じて、他者とコミュニケーションを取るサービスの総称だ。
特定の機能を使うことで、文字でのやりとりができる。
1対1でのやりとりや、複数の相手をグループとしてやりとりすることが可能。
それを思い出した。
なぜかは不明だが、この世界は、あまり「機械」が発達していない。
フィンセルで暮らしていた頃から、感じている。
世界史などを勉強する前に、飛ばされてきたものの、自分のいた世界と違うことだけは、はっきりとわかった。
その最も大きな理由が「機械」の普及だ。
飛行機も電車も自動車もなく、電話もテレビもない。
自転車すらも。
そもそも「電気・ガス・水道」といった概念がないのだ。
成長するに連れ、それがわかるようになっている。
なんとなく雰囲気は、欧米チックではあった。
フィクション頼りな知識なので定かではないが、それでも似ているとは思う。
街並みや服装、食べ物。
すべて和風ではなく、洋風に近い。
それも、古い時代的なものだ。
フィンセルもロズウェルドも、石畳に、煉瓦造りが基本の建物が並んでいる。
女性は、平民でも長いスカート姿で足を見せるような服装はしていなかった。
食事も、パンやスープはあったが、いわゆる「白米」は見たことがない。
この世界は、前の世界の、欧米の昔の時代に似ている。
そう判断はできたものの、機械的な発展がない理由は、未だ不明。
ないものはない、としか考えようがないのだ。
(キーラ?)
言葉に、しまった!と、一瞬、思った。
けれど、頭の隅で考えたことは伝わらないらしい。
王太子が、キーラを不思議そうに見ている。
「こうした会話に慣れておりませんので……失礼いたしました。お話にありました通り、私には両親がおりません」
と答えざるを得なかった。
本当の両親がどうなったのか、知るすべはないのだ。
この十年、日本に帰りたいと常に思ってきた。
それでも、諦めに似た気持ちもある。
どうやって来たのかわからないのだから、帰る方法もわからない。
ひたすら、毎日を生きていくだけで、精一杯だった。
とはいえ、生きてさえいれば、帰れる日が来る可能性だってある。
そう思い、嫌々ながらも、仕事に勤しんでいた。
(そうであったか……)
王太子の言葉に、ちょっぴり心が揺らぐ。
しんみりされても困るのだ。
そもそも、この世界に両親はいないのだから。
が、しかし。
(では、お前が王宮に留まっても、なんら問題はない。働き手として養女になっただけであれば、里帰りも、たいして必要なかろう)
このクソ王子。
言いたくなるのも、考えたくなるのも、なんとか堪えた。
目の前の、顔しか取り柄のない男は、これでも、一応、王太子で、次期国王。
周囲には魔術師、頭の中は覗かれている。
キーラは諜報員であり「身バレ」するわけにはいかない。
ものすごい苦行だ。
滝に打たれる修行僧も真っ青だ。
(ヤミ、すぐに手続きをせよ。キーラの部屋は、私の客室とする)
(隣に、ちゃんとした控えの間を作ったほうがいいんじゃねーか?)
(いいや、それでは都合が悪い)
それ、お前の都合だろ。
早く魔術を切ってくれ、と言いたかった。
心の中でだけでも、王太子を、ぶん殴りたくてしかたがない。
罵倒すら封じられると、非常にストレスが溜まる。
(キーラには、いついかなる時も、私の傍におってほしいのだ)
(へいへい。わぁかった。もう、いいや。面倒くせえ)
急に、なぜだか、ぎくっとした。
どこにいるのだか、姿も見えないのに、ヤミが自分を見た気がする。
背中に、嫌な感覚が走っていた。
もしかすると、頭の中を覗かれたのかもしれない。
(キーラミリヤ・ラピスト、お前を王太子付きの侍女に任ずる)
(か、かしこまりました)
それまでの王太子に対する感情も思考も、断ち切れている。
喉が、おかしなふうに上下した。
(せいぜい気をつけな)
どういう意味なのか、とらえかねているうちにも、ふっと視線が消える。
大きく息を吐き出した。
「どうであった? 魔術というのは、便利なものであろう?」
王太子が、声に出して話し始めたので、魔術が切れたのだと、わかる。
確かに便利かもしれない。
が、キーラは、初めて魔術を恐ろしいものだ、と認識した。




